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5.千波万波の帰り道-2

ー/ー



「怖がらせて悪かったな」
 追跡を警戒し、リュイセンは、しばらく人気(ひとけ)のない道を選んで車を飛ばしていたが、そろそろ良いだろうとスピードを落とした。
「ううん。――リュイセンこそ、大変だったでしょう? どうもありがとう!」
 アイリーは、ぐるっと半身を真横に向けた。しっかりと締められたシートベルトが、ぐいっと伸ばされ、天真爛漫な笑顔がリュイセンの視界に入り込んでくる。
 軽やかな声は、心からの感謝で満たされており、怖い思いをしたにも関わらず、どこか楽しげでもあった。うまく逃げ切れたことで、いたずらに成功した子供のように、高揚した気分になっているのかもしれない。
 きらきらと輝く無垢な瞳に惹き込まれそうになり、リュイセンは慌てて運転に集中した。
「いったい、何者だったんだろうな」
 気持ちを引き締め、リュイセンは呟く。
 謎の敵が現れたからには、人造湖に行くのは諦めるべきだろう。一刻も早く、アイリーを神殿に送り届けるべきだ。
 彼女が落胆する顔は、見たくない。……だが、仕方ないのだ。
 リュイセンは、苦々しげに顔をしかめた。胸の中に、もやもやと不快感が漂う。
 一方、彼の内心を知らぬアイリーは、ふうっと大きな溜め息をついた。
「『女王様』をやっていると、時々、襲撃者(ああいうの)に遭うよのよね」
「そうなのか……?」
 あっさりと告げられた事実に、リュイセンは愕然とした。アイリーは、好きで女王をやっているわけではない。狙われるのは不本意のはずだ。
「もともと刺客は、たまに来たけれど、私の婚約が発表されてから、特に頻繁になったわ。唯一の〈神の御子〉となった私に何かあれば、王家は自然に途絶える。だけど、私が結婚して〈神の御子〉が生まれたら……って、焦り始めたんでしょうね」
 強い口調とは裏腹に、華奢な肩は儚げで。リュイセンは理不尽を覚える。
 彼女の持つ『王』という肩書きほど強力ではないが、彼だって『鷹刀一族の次期総帥』の座にある以上、危険に晒されることはある。だが、彼は、自ら望んで『最後の総帥』になると決めたのだ。事情が違うだろう。
 そこまで考えて、リュイセンは、はっと気づいた。
 先ほどの不穏な輩たちは、女王(アイリー)がこの車に乗っていることを、どうして知り得たのか。
 ……狙われていたのは、本当に女王(アイリー)だったのか。
 彼女が鷹刀一族の屋敷を訪れたときには、門の周りに不審な人物はいなかった。そして、屋敷を発つときには、敷地内の車庫から車に乗り込んだので、彼女の姿が見られることはなかったはずだ。
「すまん。襲撃者(今の)は俺のほうの客だったかもしれない」
「そうなの……?」
 アイリーが、きょとんと首をかしげる。
 奴らの目的が、猛者と名高い『鷹刀一族の次期総帥』なら、二度目の襲撃の可能性は低い。警戒している彼を襲っても、勝ち目がないからだ。――などという屁理屈が、リュイセンの頭に浮かぶ。
 ……自分は、どんな理由をつけてでも、彼女を人造湖まで連れて行ってあげたいのだ。
 そう自覚して、リュイセンは車を道端に停めた。
「リュイセン?」
「襲撃に遭ったことを鷹刀に連絡して、万一のときの援護を頼む」
 余計な寄り道はすべきではないと、百も承知だ。それでも行くからには、保険くらいは掛けておく。
 リュイセンは(ふところ)から携帯端末を取り出した。
 音声通話は傍受されやすい。なるべく避けるようにと、ルイフォンに言われている。その代わり、リュイセンの端末からのメッセージは、弟分の細工によって自動的に暗号化され、安心な通信となるのだ。
 教えられた通りにメッセージ機能で屋敷と連絡を取り、リュイセンは再びハンドルを握る。あとは、こちらが動き回っても、携帯端末の位置情報で見つけてくれるはずだ。
「それじゃあ、人造湖に行くぞ!」
「リュイセン!? いいの!?」
 信じられない、とばかりに、青灰色の瞳が大きく見開かれる。どうやら、ドライブは中止になったと考えていたようだ。
 幼さを感じる無邪気な言動をするくせに、彼女は時々、妙に物分りがよい。……諦めることに慣れているのだ。
「約束しただろう? 綺麗な景色の中をドライブする、って」
 リュイセンが魅惑の低音を響かせると、「ありがとう」と白蓮の花が咲きほころんだ。

 しかし――。

 人造湖のある山が見えてきたあたりで、一台の車が停まっていた。
 タイヤが側溝に落ちたらしく、男がひとり、車外に降りて、手で持ち上げようと四苦八苦している。けれど、力が足りないらしく、如何(いか)にも困っている様子が見て取れた。
 誰か手伝ってほしいと、男の背中が訴えている。けれど、『穴場の絶景スポット』の近くであるためか、リュイセンたち以外の車は見当たらない。
 リュイセンの直感が告げる。
 敵だ――と。
 先ほどの輩とは別の車だ。だが、奴らの一味だと確信した。
 リュイセンの車を挟み込んだ二台は、よく連携の取れた、組織立った動きをしていた。ならば、他にも仲間がいたとしてもおかしくないのだ。
 道幅は広くはないが、すれ違えないほど狭くはない。無視して通り抜けるのが正解だろう。
 傍らを見れば、アイリーが緊張の面持ちをしていた。彼女もまた、あの車を不審に思っているのだ。
 このタイミングでトラブルに遭遇するとは、あまりにもできすぎている。
 ……まるで、先回りをされていたかのようだ。
「アイリー、このまま行くぞ」
「うん、分かっているわ」
 ふたりが短く言葉を交わしたときだった。
 車を持ち上げようとしていた男が、大きく手を振りながらリュイセンの車線上に現れ、行く手を(ふさ)いだ。
「おおい、すまん。手伝ってくれ!」
「!」
 まさか轢き殺すわけにもいくまい。リュイセンは慌てて急ブレーキをかける。
 アスファルトとタイヤが激しい金切り声を上げ、リュイセンの車は止まった。――停止してしまった。
 リュイセンの全身から、冷や汗が流れ落ちる。
 だが、止まるしかなかった。他の選択肢はなかった。
「タイヤが落ちて困っている。すまん、手を貸してくれ!」
 男が近づいてきて、がなり声を上げる。
「悪いが、先を急いでいるんだ」
 早まる鼓動を押さえ、リュイセンは苛立ちの演技で答えた。
「そう言わずに、ちょっと降りてきてくれよ」
「こちらには、こちらの都合がある」
 喰い下がる男を、リュイセンは突っぱねる。
 車を降りれば、相手が攻撃してくるのは必至だ。彼ひとりであれば、どうにでも対処できる。しかし、すぐそばには、アイリーがいるのだ。
「そうか。では仕方ない。強硬手段を取らせてもらおう」
 スモークガラス越しに見える男は、これといった特徴のない、平凡な顔と中肉中背の持ち主だった。しかし、雰囲気から、明らかに一般人ではない。
 その証拠に、眉ひとつ動かさず、無造作に(ふところ)から取り出したものは……。
 ――拳銃!?
 リュイセンは息を呑んだ。
 凶賊(ダリジィン)とは、(おのれ)の肉体で戦うものだ。『鷹刀一族の次期総帥』の命を取るのに銃などを使えば、栄誉どころか恥さらしだ。
 つまり、相手は他家(よそ)凶賊(ダリジィン)ではなく、女王(アイリー)を狙った刺客――!
 その刹那。
 銃声が、鳴り響く――!
「――!」
 リュイセンは、アイリーに覆いかぶさるようにして頭を伏せた。
 この車は、凶賊(ダリジィン)である鷹刀一族の所有物(もの)だ。窓は防弾ガラスになっている。多少のことで傷つくことはない。
 案の定、リュイセンも、アイリーも無事である。
 ……しかし。
 異変は、座席の下で起こっていた。足元に違和感を覚え、彼は気づく。
「っ! やられた!」
 男の放った弾丸は、タイヤを撃ち抜いたのだ。車を無効化し、リュイセンたちが外に降りざるを得なくするために――。



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「怖がらせて悪かったな」
 追跡を警戒し、リュイセンは、しばらく|人気《ひとけ》のない道を選んで車を飛ばしていたが、そろそろ良いだろうとスピードを落とした。
「ううん。――リュイセンこそ、大変だったでしょう? どうもありがとう!」
 アイリーは、ぐるっと半身を真横に向けた。しっかりと締められたシートベルトが、ぐいっと伸ばされ、天真爛漫な笑顔がリュイセンの視界に入り込んでくる。
 軽やかな声は、心からの感謝で満たされており、怖い思いをしたにも関わらず、どこか楽しげでもあった。うまく逃げ切れたことで、いたずらに成功した子供のように、高揚した気分になっているのかもしれない。
 きらきらと輝く無垢な瞳に惹き込まれそうになり、リュイセンは慌てて運転に集中した。
「いったい、何者だったんだろうな」
 気持ちを引き締め、リュイセンは呟く。
 謎の敵が現れたからには、人造湖に行くのは諦めるべきだろう。一刻も早く、アイリーを神殿に送り届けるべきだ。
 彼女が落胆する顔は、見たくない。……だが、仕方ないのだ。
 リュイセンは、苦々しげに顔をしかめた。胸の中に、もやもやと不快感が漂う。
 一方、彼の内心を知らぬアイリーは、ふうっと大きな溜め息をついた。
「『女王様』をやっていると、時々、|襲撃者《ああいうの》に遭うよのよね」
「そうなのか……?」
 あっさりと告げられた事実に、リュイセンは愕然とした。アイリーは、好きで女王をやっているわけではない。狙われるのは不本意のはずだ。
「もともと刺客は、たまに来たけれど、私の婚約が発表されてから、特に頻繁になったわ。唯一の〈神の御子〉となった私に何かあれば、王家は自然に途絶える。だけど、私が結婚して〈神の御子〉が生まれたら……って、焦り始めたんでしょうね」
 強い口調とは裏腹に、華奢な肩は儚げで。リュイセンは理不尽を覚える。
 彼女の持つ『王』という肩書きほど強力ではないが、彼だって『鷹刀一族の次期総帥』の座にある以上、危険に晒されることはある。だが、彼は、自ら望んで『最後の総帥』になると決めたのだ。事情が違うだろう。
 そこまで考えて、リュイセンは、はっと気づいた。
 先ほどの不穏な輩たちは、|女王《アイリー》がこの車に乗っていることを、どうして知り得たのか。
 ……狙われていたのは、本当に|女王《アイリー》だったのか。
 彼女が鷹刀一族の屋敷を訪れたときには、門の周りに不審な人物はいなかった。そして、屋敷を発つときには、敷地内の車庫から車に乗り込んだので、彼女の姿が見られることはなかったはずだ。
「すまん。|襲撃者《今の》は俺のほうの客だったかもしれない」
「そうなの……?」
 アイリーが、きょとんと首をかしげる。
 奴らの目的が、猛者と名高い『鷹刀一族の次期総帥』なら、二度目の襲撃の可能性は低い。警戒している彼を襲っても、勝ち目がないからだ。――などという屁理屈が、リュイセンの頭に浮かぶ。
 ……自分は、どんな理由をつけてでも、彼女を人造湖まで連れて行ってあげたいのだ。
 そう自覚して、リュイセンは車を道端に停めた。
「リュイセン?」
「襲撃に遭ったことを鷹刀に連絡して、万一のときの援護を頼む」
 余計な寄り道はすべきではないと、百も承知だ。それでも行くからには、保険くらいは掛けておく。
 リュイセンは|懐《ふところ》から携帯端末を取り出した。
 音声通話は傍受されやすい。なるべく避けるようにと、ルイフォンに言われている。その代わり、リュイセンの端末からのメッセージは、弟分の細工によって自動的に暗号化され、安心な通信となるのだ。
 教えられた通りにメッセージ機能で屋敷と連絡を取り、リュイセンは再びハンドルを握る。あとは、こちらが動き回っても、携帯端末の位置情報で見つけてくれるはずだ。
「それじゃあ、人造湖に行くぞ!」
「リュイセン!? いいの!?」
 信じられない、とばかりに、青灰色の瞳が大きく見開かれる。どうやら、ドライブは中止になったと考えていたようだ。
 幼さを感じる無邪気な言動をするくせに、彼女は時々、妙に物分りがよい。……諦めることに慣れているのだ。
「約束しただろう? 綺麗な景色の中をドライブする、って」
 リュイセンが魅惑の低音を響かせると、「ありがとう」と白蓮の花が咲きほころんだ。
 しかし――。
 人造湖のある山が見えてきたあたりで、一台の車が停まっていた。
 タイヤが側溝に落ちたらしく、男がひとり、車外に降りて、手で持ち上げようと四苦八苦している。けれど、力が足りないらしく、|如何《いか》にも困っている様子が見て取れた。
 誰か手伝ってほしいと、男の背中が訴えている。けれど、『穴場の絶景スポット』の近くであるためか、リュイセンたち以外の車は見当たらない。
 リュイセンの直感が告げる。
 敵だ――と。
 先ほどの輩とは別の車だ。だが、奴らの一味だと確信した。
 リュイセンの車を挟み込んだ二台は、よく連携の取れた、組織立った動きをしていた。ならば、他にも仲間がいたとしてもおかしくないのだ。
 道幅は広くはないが、すれ違えないほど狭くはない。無視して通り抜けるのが正解だろう。
 傍らを見れば、アイリーが緊張の面持ちをしていた。彼女もまた、あの車を不審に思っているのだ。
 このタイミングでトラブルに遭遇するとは、あまりにもできすぎている。
 ……まるで、先回りをされていたかのようだ。
「アイリー、このまま行くぞ」
「うん、分かっているわ」
 ふたりが短く言葉を交わしたときだった。
 車を持ち上げようとしていた男が、大きく手を振りながらリュイセンの車線上に現れ、行く手を|塞《ふさ》いだ。
「おおい、すまん。手伝ってくれ!」
「!」
 まさか轢き殺すわけにもいくまい。リュイセンは慌てて急ブレーキをかける。
 アスファルトとタイヤが激しい金切り声を上げ、リュイセンの車は止まった。――停止してしまった。
 リュイセンの全身から、冷や汗が流れ落ちる。
 だが、止まるしかなかった。他の選択肢はなかった。
「タイヤが落ちて困っている。すまん、手を貸してくれ!」
 男が近づいてきて、がなり声を上げる。
「悪いが、先を急いでいるんだ」
 早まる鼓動を押さえ、リュイセンは苛立ちの演技で答えた。
「そう言わずに、ちょっと降りてきてくれよ」
「こちらには、こちらの都合がある」
 喰い下がる男を、リュイセンは突っぱねる。
 車を降りれば、相手が攻撃してくるのは必至だ。彼ひとりであれば、どうにでも対処できる。しかし、すぐそばには、アイリーがいるのだ。
「そうか。では仕方ない。強硬手段を取らせてもらおう」
 スモークガラス越しに見える男は、これといった特徴のない、平凡な顔と中肉中背の持ち主だった。しかし、雰囲気から、明らかに一般人ではない。
 その証拠に、眉ひとつ動かさず、無造作に|懐《ふところ》から取り出したものは……。
 ――拳銃!?
 リュイセンは息を呑んだ。
 |凶賊《ダリジィン》とは、|己《おのれ》の肉体で戦うものだ。『鷹刀一族の次期総帥』の命を取るのに銃などを使えば、栄誉どころか恥さらしだ。
 つまり、相手は|他家《よそ》の|凶賊《ダリジィン》ではなく、|女王《アイリー》を狙った刺客――!
 その刹那。
 銃声が、鳴り響く――!
「――!」
 リュイセンは、アイリーに覆いかぶさるようにして頭を伏せた。
 この車は、|凶賊《ダリジィン》である鷹刀一族の|所有物《もの》だ。窓は防弾ガラスになっている。多少のことで傷つくことはない。
 案の定、リュイセンも、アイリーも無事である。
 ……しかし。
 異変は、座席の下で起こっていた。足元に違和感を覚え、彼は気づく。
「っ! やられた!」
 男の放った弾丸は、タイヤを撃ち抜いたのだ。車を無効化し、リュイセンたちが外に降りざるを得なくするために――。