TVで見た駅伝に憧れて、陸上部に入った。
それからは、毎日走り込みの日々。
1秒でもタイムを縮めたくて、駅伝のメンバーに入りたくて。
部活の練習だけでは足りないと思い、朝の自主練も始めた。
「へぇ、いい走りしてるね」
そんな時、少年のようなハスキーボイスで俺に話しかけたのが翔|《かける》さんだった。
「でも、もう少し歩幅を意識するといいかも。キミは足が長いから、その体格の有利を活かしたほうがいい」
1月、真冬のきらきらした朝。もこもこして温かそうなダウンとマフラーを着た彼は、ひょっこりと現れて俺に色々とアドバイスをしてくれるようになった。
最初は疑っていた俺だけど、彼の言う通りに走ったら、一気にタイムが良くなった。
それから、俺にとって翔さんは朝限定のプライベートコーチみたいな存在になっていた。
真冬の凛とした空気の中。公園のトラックを周回して走り終えると、翔さんは嬉しそうにストップウォッチを見せてくる。
「いいよ、またタイムが良くなってる。キミみたいに素直なヤツは、育てがいがあるなあ」
「翔さんの教え方がいいんですよ、いつもありがとうございます」
「いいのいいの、僕も楽しくてやってるだけだから」
「てか、翔さんは走らないんですか? これだけアドバイスできるってことは、経験者ですよね?」
ずっと不思議に思っていた疑問をぶつけてみる。だけど、翔さんが走っている姿は、まだ一度も見たことがない。
「実を言うと、僕は今ケガしちゃっててさ。本当は、走りたいんだけどね……」
遠く、トラックの向こう側を眺める翔さん。その視線から、羨望や悔しさが滲み出ているのがわかる。
「なんかすいません、余計なこと聞いちゃって……」
「いやいや全然! むしろ僕のこと、興味持ってくれて嬉しいなって」
すると、白い息をふーっと吐いて。
「この際だから言っちゃうけど、僕、今回のケガで走るの諦めてたんだよ」
「えっ……」
「でも、やっぱり諦めたくなかったんだね。キミが毎朝頑張って走ってるの見て、ついつい話しかけちゃった。で、それから今まで練習につき合って……僕は決めました!」
「決めた?」
「うん、僕は春の復帰を目指す。もう大会には応募したから。今度その時には、キミに応援してほしいな」
「そういうことなら……もちろん、応援しますよ。全力で」
翔さんが、再スタートを切る。
決断したその表情は朝日に照らされ、きらきらと輝いていた。
この時の俺は、まだ知らなかった。
翔さんの、もう1つの秘密を。