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ある春の休日のこと。隼人(はやと)の部屋のドアをガチャっと開く音がした。
「ねぇねぇ、兄ちゃん。虫採りに連れて行ってよ」
部屋では隼人とクラスメイトの美希(みき)、昌樹(まさき)が机を挟んで勉強をしていた。もう一学期の中間考査が近い時期になっていたのだ。
「ちょっと、ゆうき。僕達は勉強をしているんだ。見れば分か……」
隼人は断ろうとしたのだけれど……美希がそれを遮った。
「いいじゃない。だって、私、もう勉強には飽き飽きだし。外に出て走り回りたいわ。ねぇ、昌樹」
「ああ、息抜きにはいいかもな」
昌樹もグーンとノビをして、勉強漬けで鈍った体を伸ばした。
「え、いいの!?」
ゆうきが目を輝かすと、美希はにっこりと笑った。
「えぇ、もちろん。隼人の弟さん? はじめまして、美希よ。是非とも、一緒に虫採りに行きたいわ」
「わぁ、ありがとう!」
彼女の言葉に、ゆうきは満面の笑みを浮かべた。
「まったく……仕方ないなぁ」
隼人はそんな彼らの様子に苦笑いした。
狭山 美希は磯原 隼人の彼女。昨年から付き合い始めた。
しかし、そんな彼らの中に土谷 昌樹が加わった。数学好きな隼人と物理好きな昌樹はすっかり意気投合し、親友と呼べる間柄になったのだけれど……昌樹も美希のことが好きになって。お互いに恋敵でもある、そんな関係なのだ。
春の野原では、虫採り網を託された昌樹が蝶を狙い、構えていた。
「そうれっ!」
彼が虫採り網を振り下ろすと、網の中に黄色い蝶と白い蝶が入った。
「わぁ、すごい! 蝶々が二匹!」
ゆうきが目を輝かして、虫かごにその蝶二匹を入れた。
「本当だ。モンキチョウと……モンシロチョウ?」
美希がその二匹の蝶を見て首を傾げた。
色違いの蝶が二匹仲良く飛んでいて、二匹とも捕まえたのだ。
「言われてみれば……モンシロチョウとモンキチョウって、仲良く飛んでいるものなのかな?」
昌樹も不思議そうな顔をして……だけれども、隼人がそんな二人の疑問に答えた。
「これはどちらも、モンキチョウだよ。黄色いのがオスで、白いのがメスなんだ」
「えっ……」
二人とも、驚いて虫かごを覗いた。
「そういえば、同じ模様かも……」
「ということは、モンキチョウのメスって、白いんだ?」
そんな美希の疑問に、隼人は得意そうに答えた。
「いいや、黄色いメスもいるよ」
「えっ?」
「ほら、あそこ。黄色いモンキチョウが二匹、飛んでるだろ」
隼人が指さす先では、黄色いモンキチョウのつがいが飛んでいた。
「本当だ。ということは、モンキチョウのメスには白いのも黄色いのもいるってこと?」
「うん。モンキチョウの白い形質は優性遺伝子。メンデルの法則に従うんだ」
「メンデルの法則って……」
「優性とか、分離とか、独立とかの?」
美希と昌樹の言葉に、隼人は頷いた。
「色の違いが発現するのはメスだけなんだけど、モンキチョウの両親が白色遺伝子を持っていてその子供がその遺伝子を受け継ぐと、もし黄色遺伝子を持っていても白色の方が優性だから白色になる。だけど、黄色遺伝子しか持っていなかったら、黄色になるんだ」
「へぇ、すごい。私、生物の方の勉強は進んでないんで、全然知らなかった」
美希はメンデルの法則について納得した様子だった。
その時……すかさず、ゆうきが尋ねた。
「そういえば、もし、兄ちゃんと美希さんに子供ができたら、その子の瞼ってお兄ちゃんみたいに二重になるの?」
「ええっ……」
小学生の放った突然の言葉に、一重瞼の美希は赤面して……だけれども、隼人は割と冷静に答えた。
「二重瞼の遺伝子は優性だから、その可能性は高いかな」
「そ……そうなんだ。私、二重瞼に憧れてるから、そりゃまぁ、自分の子供は二重になってくれたら嬉しいかな……」
しどろもどろにそんなことを話す美希は、まるでその日の夕焼けのように真っ赤になったのだった。
夕焼け空の下。昌樹は一人、唇を噛んでいた。
「くっ……生物の勉強不足で差をつけられた。しかも、僕も一重瞼だし……」
良い雰囲気になっている二人を見て悔しがっていたのだ。しかし、その時……
「昌樹兄ちゃん。さっきの蝶々、逃してあげたし、今度はシオカラトンボを採って!」
ゆうきが昌樹の手を引き、二人は虫採りを再開したのだった。
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「ねぇねぇ、兄ちゃん。虫採りに連れて行ってよ」
部屋では隼人とクラスメイトの美希(みき)、昌樹(まさき)が机を挟んで勉強をしていた。もう一学期の中間考査が近い時期になっていたのだ。
「ちょっと、ゆうき。僕達は勉強をしているんだ。見れば分か……」
隼人は断ろうとしたのだけれど……美希がそれを遮った。
「いいじゃない。だって、私、もう勉強には飽き飽きだし。外に出て走り回りたいわ。ねぇ、昌樹」
「ああ、息抜きにはいいかもな」
昌樹もグーンとノビをして、勉強漬けで鈍った体を伸ばした。
「え、いいの!?」
ゆうきが目を輝かすと、美希はにっこりと笑った。
「えぇ、もちろん。隼人の弟さん? はじめまして、美希よ。是非とも、一緒に虫採りに行きたいわ」
「わぁ、ありがとう!」
彼女の言葉に、ゆうきは満面の笑みを浮かべた。
「まったく……仕方ないなぁ」
隼人はそんな彼らの様子に苦笑いした。
狭山 美希は磯原 隼人の彼女。昨年から付き合い始めた。
しかし、そんな彼らの中に土谷 昌樹が加わった。数学好きな隼人と物理好きな昌樹はすっかり意気投合し、親友と呼べる間柄になったのだけれど……昌樹も美希のことが好きになって。お互いに恋敵でもある、そんな関係なのだ。
春の野原では、虫採り網を託された昌樹が蝶を狙い、構えていた。
「そうれっ!」
彼が虫採り網を振り下ろすと、網の中に黄色い蝶と白い蝶が入った。
「わぁ、すごい! 蝶々が二匹!」
ゆうきが目を輝かして、虫かごにその蝶二匹を入れた。
「本当だ。モンキチョウと……モンシロチョウ?」
美希がその二匹の蝶を見て首を傾げた。
色違いの蝶が二匹仲良く飛んでいて、二匹とも捕まえたのだ。
「言われてみれば……モンシロチョウとモンキチョウって、仲良く飛んでいるものなのかな?」
昌樹も不思議そうな顔をして……だけれども、隼人がそんな二人の疑問に答えた。
「これはどちらも、モンキチョウだよ。黄色いのがオスで、白いのがメスなんだ」
「えっ……」
二人とも、驚いて虫かごを覗いた。
「そういえば、同じ模様かも……」
「ということは、モンキチョウのメスって、白いんだ?」
そんな美希の疑問に、隼人は得意そうに答えた。
「いいや、黄色いメスもいるよ」
「えっ?」
「ほら、あそこ。黄色いモンキチョウが二匹、飛んでるだろ」
隼人が指さす先では、黄色いモンキチョウのつがいが飛んでいた。
「本当だ。ということは、モンキチョウのメスには白いのも黄色いのもいるってこと?」
「うん。モンキチョウの白い形質は優性遺伝子。メンデルの法則に従うんだ」
「メンデルの法則って……」
「優性とか、分離とか、独立とかの?」
美希と昌樹の言葉に、隼人は頷いた。
「色の違いが発現するのはメスだけなんだけど、モンキチョウの両親が白色遺伝子を持っていてその子供がその遺伝子を受け継ぐと、もし黄色遺伝子を持っていても白色の方が優性だから白色になる。だけど、黄色遺伝子しか持っていなかったら、黄色になるんだ」
「へぇ、すごい。私、生物の方の勉強は進んでないんで、全然知らなかった」
美希はメンデルの法則について納得した様子だった。
その時……すかさず、ゆうきが尋ねた。
「そういえば、もし、兄ちゃんと美希さんに子供ができたら、その子の瞼ってお兄ちゃんみたいに二重になるの?」
「ええっ……」
小学生の放った突然の言葉に、一重瞼の美希は赤面して……だけれども、隼人は割と冷静に答えた。
「二重瞼の遺伝子は優性だから、その可能性は高いかな」
「そ……そうなんだ。私、二重瞼に憧れてるから、そりゃまぁ、自分の子供は二重になってくれたら嬉しいかな……」
しどろもどろにそんなことを話す美希は、まるでその日の夕焼けのように真っ赤になったのだった。
夕焼け空の下。昌樹は一人、唇を噛んでいた。
「くっ……生物の勉強不足で差をつけられた。しかも、僕も一重瞼だし……」
良い雰囲気になっている二人を見て悔しがっていたのだ。しかし、その時……
「昌樹兄ちゃん。さっきの蝶々、逃してあげたし、今度はシオカラトンボを採って!」
ゆうきが昌樹の手を引き、二人は虫採りを再開したのだった。