院、透の二人による脱出補助の末、五斂子社から脱出したエヴァと信一郎。表層の道にて急ぎ足かつ帰路についていた。
「――人質として取られた子供たちを、誰一人救えなかった。申し訳ない」
「いえ、この状況下……しょうがない部分もあります。完全に相手の策略が一枚上手でしたわ」
ただ、それぞれが悔やむ帰路の中で、話題になったのはその子供たちについて。あれだけのデータを提示されておいて、子供たちに関する『謎』を気にせざるを得ないのだ。
「……そういえば、院と透ちゃんの二人は……この県の子供たちに関するデータというものは理解しているかな」
「? いえ、特には……一部子供たちが親主導で売春していた、という話は知っている上に現場を目の当たりにしたわけですが……」
「――子供たちにまつわる『ビジネス』と、五斂子社代表取締役である来栖は語っていた。五斂子社自体は随分前から存在する企業ではあるが……昔はそこまでの規模じゃあなかった。何なら、前身組織しかなかった。その前身企業も特段悪い印象もなかったし、大したことの無い中小企業といった印象だった」
それが、ここ十年程度で急激に成長し、やがて山梨を背負って立つ企業となった。その後にいつからか『教会』の後押しもあり、臓器売買やら麻薬の実験台やら、汚れた裏の仕事も受け持つようになった。
しかし、そこまで躍進するには何かしらの理由があった。信一郎はデータを参考にしながら仮説を組み立てるも、どうもその仮説がとっ散らかったものだった。何かしらの確証がない限り、まるでふざけていると思われてしまうほどの突飛なもの。
だからこそ、その自分自身の仮説を信じていなかったのだ。
「……葵ちゃん、君に聞きたいんだが――――」
そう問おうとした矢先、眼前に現れるは奇妙な男であった。まるで古い雑巾のようなぼろぼろの服だったものを纏い、生気を失った瞳で信一郎一行の前に立つのだった。
一行のほぼが戦闘態勢を取るも、信一郎が皆を遮る。
「――悪いね皆、ここは私に任せてくれないか。正直……こいつ以外に包囲されそうな気がする。一対多ができるのはこの中で私だけだ」
その信一郎の言葉通り、次第に周囲に気配が増えてきたのだ。しかも、皆が皆ゾンビのように生気を失った状態であったのだ。
「この場から離脱して、しのびの里で現状を整理してくれ。これはあくまで予感だが……清志郎はきっと、しのびの里にいる」
院たちは仕方なく、信一郎の肩を叩いて無言の鼓舞≪エール≫を送り、その場からすぐさま立ち去るのだった。
残された信一郎は、肩の荷が下りたように、敵対する屍のような存在に対して、酷く悲しい目を向ける。
「――君たちを相手させるには、あの子たちには少々酷だ。私が……この罪を受け入れる以外にないよ」
意識も生気もないはずの存在は、どこで学んだか信一郎と同じような型を取る。その行動で、信一郎は確信を得たのだ。
「君たちは……違法な人体実験の結果大人にされた子供たち。体が急激な成長についてこれず、今まさに自壊に近い状態にある。私の至った結論とは異なるが……こうなった以上…………正直にあの世に送ってやるのが、これ以上ない温情ってやつだ」
そうまでする理由は、誰にも語っていない仮説ゆえ。静かに涙しながら、子供たちだった存在を眠らせてやるべく、ドライバーを手にする。
「――君たちは、私のドライバーを喜んでくれたね。最期に見せてあげよう……私の変身を」
ライセンスを認証、装填。辺りに一対の飛蝗と一匹の鍬形が跳躍、飛翔する。子供たちだったものは、忍び刀やどこから持ってきたか不明の鉈を手にしながら痛みを気にすることなくじりじりと近づく。
「……変身」
ドライバー両端を激しく押し込んで、鋼鉄のビジョンで自身を覆う。すんでのところで子供たちだった存在が攻撃するも、その鋼鉄に阻まれる。装甲を纏った信一郎が顕現するとき、残ったビジョンを辺りに弾き飛ばしスペースを確保。
かつて見せたように勇ましい『原初の英雄』たる装甲であったが、いつもだったら見えるはずの頭部装甲前面が一切見えなくなっていた。不自然に曇り、一切の表情を知れないままであったのだ。
何も語ることなく、その場に立つ信一郎。それに向かっていく子供たちだったもの。
四方八方から矢継ぎ早に乱雑な攻撃を振り下ろされるも、人間としての意識が飛んでいるため、一切形無しであった。
技術が一切要らない戦い方に心を痛めながら、一人の頭を渾身のスマッシュにて爆散させる。
血肉の断片が装甲に付着するも、表情と平静を崩さないようにした。そうしない限り、悲しみに心を囚われてしまいそうだったのだ。今まで手解きをしてきた子供たちが、こういった形で敵対することになるなんて、信一郎は信じたくはなかったのだ。
「……次」
胴体を蹴り抜いて、一人の臓物を辺りに散らばらせる。それに足を囚われた二人ほどの頭部を鷲掴みにし、大外刈りの要領で地面に激しく叩きつける。
「……三人送った。次」
意識や理性が飛んでいるため、仇を討つという真っ当な思考を持ち合わせているわけではないが、三人ほどが視界の外から刀を手に襲い掛かる。
しかし、一切の淀みなくドライバー右側を押し込み、右腕に魔力を込める。
『必殺承認! 原点の一撃≪ポイントゼロ・インパクト≫!!』
飛び掛かる三人全員巻き込むように、魔力を帯びた拳を叩き込んで、血肉ごと蒸発させる。その子供が存在した証すら、この世から消滅させていくのだった。
「――ッ、三人。次」
相手は手練れではない。しかし、着実に信一郎の心を抉っていく。
「二人。次」
「一人。次」
「四人。次」
どれほど殺す≪おくる≫ことをすればいいのだろう。自分に敵対することは止めて、どこかへ逃げてくれと願うばかり。しかし、どれほど願おうと所詮願いで止まってしまう。
敵対存在として、敵うはずもない信一郎に戦いを挑むのだ。
この場に、もし信一郎以外が残ったのなら。きっと、皆の心は崩壊する。
ならば、大切なものを何度も失った男が残る以外に手立てはないのだ。
何度も、
何度も、
何度も、
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
しのびの里にて保護されていた戦災孤児、その内の八割。しめて、八十人ほどを、ものの五分ほどで皆あの世に送り返した。人体実験の結果、敵対した存在皆が一度死んでいるため、殺害したカウントにはならないだろうが、信一郎の心に傷をつけるには十分の相手であった。
「――――天晴だよ、君たちが私に『傷』を負わせるなんてさ」
信一郎自ら稽古をつけていた際、だれも信一郎に一撃与えることすらできずに終わっていた。皆が信一郎を「強い」と称賛するも、いつかは攻撃を与えたかったはず。
その願いが、歪んだ形で果たされたのだ。
誰も、こんな未来望んでいなかったはず。しかし、運命は実に残酷であったのだ。
「……君たち、免許皆伝だ」
変身を解除して、俯く信一郎。全員をあの世に送った後から、空模様はぐずついていた。優しい雨が、次第に順当に勢いを強めていく。
肉片が、この世に存在することを許されていないと言わんばかりに、徐々に燃えカスのように消えていく。血は洗い流され、土に還っていく。
「…………」
静かに拳を握り締める。あまりにも強い力によって、そこに常軌を逸した熱がこもっていく。雨がそこに当たるたびに、熱されたフライパンに水滴を落としたかのように蒸発していくのだった。
何も語ることはなく、雨の中しのびの里へ歩いていく。ただ院たちのために歩く。心をズキズキと痛めながら、戒めとして真の意味で救えなかった、子供たちだった者たちの顔を一人一人思い浮かべながら。