"ちぃ ちぃ ちゅるる ちぃちゅるる"
メジロの朗らかな鳴き声が、静かな山奥に朝日を連れてくる。
「おはよう。お手紙もありがとね」
起き抜けに注がれたひとすくいの陽を浴びて、届いた手紙を読むところから、僕の一日は始まる。
"拝啓 見知らぬ貴方へ
ついこの間まで凍えるくらい寒かったのに、もうすっかり暖かくなりましたね。お変わりなくお過ごしでしょうか。
私は元気です。貴方とお手紙のやり取りを始めてから、もう一年になるんですね。時の流れには驚かされます。
ところで……風の噂で、貴方は詩も嗜んでいらっしゃると聞きました。もしよければ、いつか聞かせてくださいね。楽しみにしています。
敬具"
「はあ〜〜〜…」
上から下までじっくりと目を通した後、僕は手紙を抱きしめて、メジロに話しかける。
「見てよ、この綺麗な字!柔らかな言葉遣い!それに、ほんのり甘くていい香りまでする…!」
一年前、僕のもとに一通の手紙が届いた。
差出人は不明、"見知らぬ貴方へ"と書かれた紙切れには、当たり障りのない文章と、末尾に添えられた"よければお返事ください"の文字。初めは興味本位でお返事を書いただけだったけど、まさかこんなに会話が弾んで、やり取りが続くなんて思ってもみなかった。
顔も名前も、声も知らない"誰か"。だけどこの世界のどこかに確かに存在するその"誰か"は、いつの間にか、僕にとって大切な存在になっていた。
「お返事書かなくちゃ。えっと、今日はどんなことを書こうかな…」
「ちぃ?」
ペンを遊ばせる僕の隣で、メジロが首をくいと捻る。
「え、詩は書かないのかって?」
"楽しみにしています"の文字を小さな翼で指され、僕は首をぶんぶんと横に振った。
「もしかして、君が教えたの?詩のこと」
「ちぃ!」
胸を張って返事をするメジロ。
「ちょ、ちょっとやめてよ!恥ずかしいじゃん!見よう見まねでやってるだけだし、誰かに見せられるようなものじゃ……!」
僕の周りには、毎日色々なものが運ばれてくる。鳥のさえずり、川のせせらぎ、遠い国から吹くそよ風…運び手は様々だ。
五感をノックするみたいにして、僕の元へ流れ着いたもの。それらにくっついた言葉を拾って、集めて、並べて、詩にする。それがこの山奥で暮らす僕にとっての、唯一の趣味…というか、特技みたいなものだった。
でも、誰かにその詩を披露したことは一度もない。自分の好きなことなのに、自信を持って好きだって言えないままでいる。
だってこれは、僕の言葉じゃない。僕には特別な才能や知識があるわけじゃないし、かといって努力を重ねてきたわけでもない。長い時間をかけて磨かれながら運ばれきた宝石を選り好みして、お皿の上に散りばめているだけ。僕のやっていることは、字書きの真似事にすぎないんだ。
「このひとはきっと、とても可憐で、優しくて、教養もあって、みんなから慕われてる。だってこんな僕にまでお手紙を返してくれるんだよ?だから…もし僕の下手な詩を読んで不快にさせてしまったら、もう…お話できなくなるかもしれない。そんなの嫌だ」
「ちぃ……」
申し訳なさそうに俯くメジロ。きっとふたりの距離を縮めるために、良かれと思ってやってくれたのだろう。何だかこっちまで申し訳なくなって、気まずさを紛らわすように黙々とペンを走らせた。
"拝啓
詩は……やめておきます。恥ずかしいし、下手だし、素敵な君に僕なんかの詩を聞かせるなんて恐れ多いから。
僕が話したり、体を揺すったりすると、みんな蜘蛛の子を散らすみたいに離れていくんです。動くな、喋るな、近づくなって。だから、こうして山奥でひっそり暮らしています。嫌われている自覚はあるから、できるだけ迷惑をかけないように。
でも、それでも、聞きたくない言葉や噂話は風に乗ってやってきて、僕の体をちくちく小突いてくる。家族はみんな、気にしなくていい、生きるためには仕方の無いことだって言ってくれるけど…生まれた時からずっと嫌われ者の名札を貼られるなんて、あんまりだと思いませんか?別に迷惑をかけたくて生きてるわけじゃない。嫌われ者になりたくてなってるんじゃないのに。
だけど、こうして君とやりとりをしている間だけは、寂しい気持ちも忘れられる。全部忘れて、綺麗で幸せな夢を見ているみたいに。もし君みたいになれたら。君に相応しいひとになれたら、どんなに幸せだっただろう。僕は、君が羨ましい。君に会いたい。
敬具"
「…ちょっと、嫌味みたいになっちゃったかな」
「ちぃ……」
紙切れを渡そうとするが、メジロの表情は曇り空のままだ。これまでは何も言わず飛び立ってくれたのに、考え直せと言わんばかりに、飛ぶのを躊躇している。
「いいから。よろしくね」
半ば追い出すようにして体を揺らすと、彼はようやく紙切れを携えて飛び立った。その姿は木々に阻まれて、あっという間に見えなくなる。
僕の頬を撫でた風は、いつもよりほんの少しだけ、冷たかった。
それから、手紙は届かなくなった。