それから私は毎週、彼とファーストフード店で会った。
別に示し合わせてはいない。
彼が先にお店に入ってハンバーガーを齧りながらパソコンを打ってるところに私がお邪魔する。
そんな感じだ。
彼は、特に嫌がりも歓迎もせずに私を受け入れて黙々とパソコンを打っている。だから私も何も言わずに彼の向かいに座って紅茶を飲み、その時食べたいスイーツを食べる。
モデル兼タレントにとってジャンクフードは体型を破壊する最悪の禁忌だが、彼と会う為の時間を確保する為にガムシャラに働いてるので許して欲しい。
私達は、学校ではまったく話さない。
同じ教室にいるので干渉せず、おはようの挨拶もしなければさようならの挨拶もしない。廊下ですれ違っても目配せず、互いを空気のように扱っている。
だから、一週間ぶりに目を合わせ、向かい合った時は時を取り戻すようにメチャクチャ話す。
主に私が。
「ねえ、今日の数学のテストマジやばかったんだけどどうだった?」
「そうですね。難しかったです」
彼は、パソコンをカチャカチャ鳴らしながら目も合わせずに返す。
「にゃんにゃん亭茶々丸って知ってる?Me-tubeで話題の猫動画!ピンクの着物着た茶トラが落語するの。ここだけの話しなんだけど今度、モデル仲間でコラボするって話が……」
「すいません。前も言いましたがMe-tube見ないので」
「この前、解禁になったんだけどね。私、映画に出ることになったの。今、話題のラノベのサブヒロイン役で」
「そうなんですか。凄いですね」
「来週からクランクインするんだ。学校も少しお休みするかも」
「大変ですね」
「君の小説が売れて映画化したら私がヒロインしてあげるね」
「ありがとうございます」
「……」
「……」
こんな感じでまったく会話が繋がっていかない。
一方的に私が話して彼が相槌を打ってそれで終わり。
恋人どころか友達としての会話も成り立ってない。
側から見たら陽キャが陰キャにダダ絡みしてるようにしか見えないだろう。
でも、彼はまったく気にした様子もないし、私も彼にひたすら話して相槌を打ってくれるこの独特の雰囲気に心が安らいでいた。
本職の陽キャ達がよく"好きピといられるだけだ最高!"とか口にしてるけど今はその気持ちが良く分かる。
好きな人と側にいられる。
それだけで本当に嬉しい。と、は言え私もモデル兼花の女子高生の一人の女の子。
一方的に話すだけでは物足りなくなってくる。
彼と会話したい。
もっと彼のことを知りたい。
彼の中で一番の存在になりたい。
そう思った私はずっと蟠っていた一つの話題を彼に振った。
「ねえ、君って古文の先生のこと好きなの?」
私が口にした瞬間、彼の三白眼がパソコンから離れて私を見る。
彼とここで会うようになって一ヶ月、初めてのことだった。
その反応が事実を物語っていた。
私は、胸が痛むのを感じながらも話しを続けた。
「仲良いクラスメイトがね。君がこの店で何度と先生と会っているのを目撃してるの」
「そうですか」
彼は、特に後ろめたい様子もなくいつも通り抑揚のない声で言う。
「とても親そうに話してるって。先生と生徒と言うよりは恋人同士みたいだったって」
嘘だった。
クラスメイトは彼と先生が会ってるのを見たがそんなことまでは言ってない。そんな場面を見てたから彼女のことだ。もっと愉快そうに話して情報料と称してモデル仲間のサインや個人情報を強請ってくる。
しかし、彼が先生と親しくしてるのは事実だ。
先生は学校の中でも何かにつけて彼に構ってくる。
友達出来た?とか、勉強してる?今日もこれから行くの?とか教室でも、廊下でも下校時にも彼に声を掛けているのを見かける。
元々、美人で人当たりが良いことで人気の先生だが彼に対してだけは一歩抜きんでた扱いをしているように見える。
それに私は非常に癪に障っていた。
彼の一番は私じゃないとダメなのに……。
「誤解ですよ」
彼は、抑揚のない声で否定する。
「僕とアイさんはそんな関係じゃありません」
アイさん?
私は、首を傾げる。
先生はそんな名前ではなかったはずだ。
彼もそれに気づいて三白眼が少し細め、開く。
「アイさんっていうのは先生のあだ名のようなものです」
「あだ名?どこにも引っかかってないけど?」
先生の名字も名前も"あ"からは始まらない。むしろ顔に似合わない男っぽい名前だったと思う。
「個人情報があるので詳しいことは言えませんが僕と先生の間ではこのように呼び合うようにしてるんです」
「それってやっぱり恋人……」
「違います」
彼は、珍しくきっぱりと否定する。
その語気の強さに私は思わず肩を揺らす。
「僕とアイさんが恋仲なんて言うのは止めてください。アイさんに失礼です」
彼は、三白眼でじっと私を見る。
彼の目に頬を引き攣らせた私が映る。
「仲の良いクラスメイトにも言ってください。冗談でもそんなことを言わないでと」
「分かった」
私は、コクンッコクンッと頷いた。
悲しくなった。
まさか、こんなことで彼に嫌われるなんて……。
私は、浅はかな自分を呪った。
「話しは終わりですか?」
彼は、パソコンを閉じる。
ああっ本当にもう終わりだ……。
この世の終わりだぁ……。
「アイさ……先生は僕のことを心配してくれてるんです」
えっ?
彼の唐突な言葉に私は絶望にまみれた顔を上げる。
「僕がしている仕事を心配して声を掛けてくれてるんです」
「仕事って……アルバイト?」
「いえ。ボランティアです。報酬に交通費とシウマイ弁当
を貰ってます」
私の脳裏にお昼にシウマイ弁当を食べる姿が浮かぶ。
「それって危ない仕事なの?」
「僕の命に関わりはありませんが……そうですね。先生は心配してくれてます」
意味が分からない。
命には関わらない。
でも、凄く心配な仕事。
それって一体……?
「で……来週はどうするんですか?」
えっ?
私は、驚いて顔を上げる。
「来週?」
私は、何を言われてるか分からなかった。
「来週から映画のクランクインなんですよね?学校休むんですよね?」
「そうだけど……なんで?」
「なんでって……ここでの待ち合わせのことですけど?」
彼は、抑揚のない声で言う。
「さすがに撮影で忙しいんじゃないですか?」
ここまで聞いて私は彼が言わんとしてることが分かった。
「来て……いいの?」
「来れるんですか?撮影場所近いんですか?」
「ううんっ地方だけど……」
「新幹線?」
「ううんっ飛行機」
「それは流石にマネージャーさん怒るのでは?」
「まあ、そりゃそうだけど……ってそうじゃなくって!」
私は、思わず漫画のようにノリツッコミしてしまう。
「会ってくれるの?」
私は、恐る恐る訊く。
「会っちゃダメなんですか?」
彼は、首を傾げる。
「いや……でも私、貴方を……」
「僕は、アイ……先生の間違った情報を流さないで欲しいとお願いしただけです。先生の名誉の為に」
そう言って彼は、アップルジュースを飲む。
私がCMをやってる飲料メーカーのアップルジュース。そのことを彼に告げると「そうですか」と興味なさそうに言われたのでそれ以降、話題にしてないがそれでも飲んでくれてるのは嬉しい。
「貴方の話し……僕にとってはとても刺激的です」
どきんっと心臓が高鳴る。
「また、聞かせてください」
なんだろう……?
今にも空を飛べそうな気がする。
私は、自分でも分かるくらい満面の笑みを浮かべて頷く。
「分かった!楽しみにしてて!」
「はいっ」
彼は、抑揚のない声で言って頷く。
「来週から学校を長期で休むから次会うのは二ヶ月後かな?その時またここで。いい?」
「はいっ」
彼は、頷く。
私も嬉しくて何度もコクコクッと頷く。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか?」
あっもうこんな時間か。
マネージャーに怒られる。
「そうだね。行こうか!」
私は、椅子から立ち上がる。
目が回る。
目の前を星が散って世界が反転する。
私は、身体を支えることが出来ずその場に崩れ落ちそうになって……止まる。
ガッチリとした感触が私の身体を包む。
特徴的な三白眼が私を覗き込む。
「大丈夫ですか?」
彼は、抑揚のない声で聞いてくる。
「う……うんっ」
私は、クラクラする思考の中、頷く。
どうやらまた目眩を起こして倒れそうになったのを彼が支えてくれたようだ。
あれっ?てことは私……。
私は、彼の手が私の肩を、彼の胸が私の頬にくっ付いていることに気付いて慌てて立ち上がる。
「ご……ごめんなさい!私……」
しかし、彼は私の話しを聞いてないかのようにハンカチをポケットから取り出して私の鼻に当てる。
私は、何が起きたか分からず混乱する。
「鼻血が出てます」
彼は、小声で私にだけ聞こえるように言う。
えっ?
私は、彼の手からハンカチを取り、確認すると確かな鼻血が出ている。
えっ?、なんで?いやらしいこと考えたから?
「大丈夫ですか?」
彼は、私の顔を覗き込む。
「うんっ目眩はよくあるの」
「でも、鼻血が……」
「ちょっと変なこと考えたからかな?」
そう言って私は、ははっと笑う。
「少し休まれた方が?」
「ううんっマネージャー待ってるから……ハンカチ……どうしようか?」
「そのまま使ってください」
「ごめんね。新しいの買って返すね」
「いえ、そんなの……」
スマホが鳴る。
痺れを切らしたマネージャーが怒りのコールをしてきてる。
「それじゃあ二ヶ月後、ここで」
「はいっ」
そして私達は、別れた。
私は、鼻血を出してしまった羞恥と次に会える歓喜で心が満たされていた。