足音と土煙。叫ぶ声。
「ノッコ、大丈夫!?」
「ごめんなさい!」
球技大会のバレーボールの試合中。
謝ってるのは相手チームのサーブした子だ。あなた何も悪くないよ……。
私が何とかレシーブしたボールは、前にも上にも飛ばなかった。顔に直撃しそうになったのを咄嗟に避けようとして、バランス崩して尻餅ついちゃった。そのおかげで、ボールはぶつかったけど鼻掠めた程度で済んだんだ。
でも痛い~。
「ノッコ、すごい鼻血出てる! 動かないで!」
立とうとした私の肩を友達のアキが抑える。
これ鼻血なんだ。この感触って結構多くない? 高校生にもなって大勢の前で鼻血出すなんて、恥ずかしくて泣きたくなった。手で鼻抑えたままどうしていいかわかんない。
「倉掛さん、ゆっくり手を外して」
俯いてる私の顔と抑えた手が、突然何か柔らかいもので覆われた。優しい声。
「ふぁい……」
そっと手を抜き取ってから、誰かがピンクのハンドタオルを顔に当ててくれたんだって気づく。お礼言おうと思って確かめたら、二年女子の先輩だった。保健委員会で一緒の、確か──。
「ごめんなさい、これで手を拭いてあげてもらえる?」
「あ、はい! 屋敷先輩」
そうだ、屋敷先輩だわ。
先輩が小さなバッグから出したウエットティッシュを受け取って、アキが私の手の血を拭いてくれてる。
保健委員はシフトで見回りするんだよね。養護の先生一人しかいないし、保健室空けられないから。私も午後に入ってる。
「ありがとう。保健室行きましょう」
大したことないですって言い掛けたけど、私がこのまま残ってたら他の子も困るし邪魔なんだ。試合だって途中だし。
「……すみません」
先輩に促されて、私はよろよろと立ち上がる。
タオルは自分で抑えてた。もう止まってそうだけど顔にはいっぱい血がついてるだろうし、このまま返すわけにいかないから。
背中に軽く手を添えて心配そうに並んで歩く先輩は、私よりずっと背が高い。
私が小さい方だから余計だけど、先輩は百七十以上ありそうだから十五センチは違う。
「あら、鼻血? どうしたの?」
養護の先生の呑気な声。
「あ、バレーボールが当たって……」
「顔に当たったの? どれくらいの強さ? 痛みは?」
急に真剣な顔で次々訊いて来る先生にこっちが驚いた。そっか、ただの鼻血ならともかく怪我とか心配なんだ。顔だしね。
「いえ、ホントにちょっとだけで。最初痛かったですけど、今はもう大丈夫です」
「うん、まあ大事無さそうね。少し休んでいきなさい。今日はもう競技はしない方がいいわ」
ベッドを指されたけどそれは遠慮した。
「いえ! 座って応援だけしますから、それでいいですよね?」
体調崩した人が来るかもしれないし、私はもう横になるほどじゃないもん。
なんとか先生に納得してもらって、先輩には「委員のシフトも外れて」って言われた。
──それって誰かが穴埋めするんだよね? すみません……。
「おかーさん! 血って洗ったら落ちる? どうしたらいいの?」
家に帰って玄関入るなり矢継ぎ早に口走る私に、お母さんが訊き返して来る。
「血? 何、怪我でもしたの?」
「鼻血出ただけ。もう平気。……ねえ、教えてよ」
先輩から借りたハンドタオルを突き出して、お母さんを急かした。落ちるかどうかはともかく、試してみないと。
「これは……。もう諦めて捨てた方がいいんじゃない? それくらいまた買えばいいでしょ」
血染めのタオルにお母さんがあっさり言うけど、そんなことできるわけないじゃん!
「ダメ! これ先輩に借りたの! 洗って返さないと」
「乃梨子。他人の血の付いたもの、いくら洗って見た目綺麗だからって平気で使えるの? しかも手や顔拭くタオルを」
「──無理、かも」
訊かれてすぐ答え出た。うん、無理。
「でも勝手に捨てたりできないよ」
「当然でしょ。とりあえずは洗って、それと一緒に新しいの買ってお返しするしかないわね。……大切なものじゃないといいんだけど」
ホントにそうだわ。思い出の品だったりしたら取り返し付かないよね。
必死で、でも生地傷めないように丁寧に、って私は先輩のタオルを洗った。
そこまで沁み込んでなかったのか、思ったより簡単に綺麗になった気がする。元がピンクだから汚れが残ってたらすぐわかるけど、ぱっと見は目につかないし。
だけどお母さんの言葉通り、これ返して終わりじゃない。でも「買って返すのでどんなのがいいですか?」なんて訊いたら、絶対断られんのわかりきってるもん。
……どうしたらいいんだろ。