【1】
ー/ー
ある男が死んだ。
雲が重たく垂れ込めた午後。まるで何かを隠すように、空一面を覆う灰色の雲が不穏な報せを運んで来る。
恐らく他殺だろうってニュースでは言ってたな。まあ私には関係ないけどさ。そもそも「訃報」には違いなくても、私には「悲報」ですらないんだけど。
昔、と言っても六、七年前。
中学時代に私に嫌がらせして来た同級生だった。
パパとママに相談したんだけど、おじいちゃまとおばあちゃまも大激怒でうちに乗り込んでたわ。
「だから眞司と同じ敬銘学園が良いって言ったのに! 陽奈子さん、あなたが『自分もそうだったから公立でいい』なんて意地を張るから……! ここはあなたの育った田舎とは違うのよ!」
「で、でも琴羽もそれで良いって……」
おばあちゃまに責められたママが言い訳するのに、おじいちゃまが被せる。
「琴ちゃんは親が揉めるのが悲しくて我慢しただけだろう! そんなこともわからないなんて本当に母親か!?」
おじいちゃまの声に、ママは俯いて黙り込んだ。
「まあまあ、お父さんもお母さんも落ち着いて。今そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
パパがどうにかその場を宥めようとしてる。
「ママのせいだとは思ってないよ」
私の言葉に、ママは一瞬救われたように顔を上げた。だけど。
「でも、もうちょっと人の話聞いたほうがいいんじゃない? 自分で考える頭があるなら別だけど」
笑う私に、ママは静かに泣き出した。
結局ママも、うちとは違って「普通の家」で育ってるから理解できなかったんだろうね。おじいちゃまやおばあちゃまが話してるのを聴いてたら、向こうの立場に近かったのかもしれないし。
パパはいつもママを庇ってたけど、そのパパでさえ簡単には引かなかったのが私の進路だけだったしね。
別にママのことは嫌いじゃないよ。敵だとも思ってない。
ただ、私とは「別世界」の人に過ぎないんだな、って再認識しただけ。
小さい頃、よく「琴羽はママの味方よね!?」って泣きながら私に縋って来てたママ。
逆じゃないの? あなたは私を守る立場でしょ?
学校だってそうよ。おじいちゃまの言う通り。「琴羽はママと同じが良いわよね?」って、ママは私を使っておじいちゃまやおばあちゃまに対抗したかっただけでしょ?
あの頃はママに嫌われたらどうしよう、って「ママと同じがいい」って言ったわ。ううん、『言わされた』のよ。
「公立の学校だって負け組じゃないんですよ!」って自分の人生を正当化したかっただけじゃない。
そういうのは自分一人でやってよ。
今なら私もわかるわ。ママは私を都合よく使いたかっただけだって。
実際、公立に行って良いことなんて何もなかったわ。だからってママを恨んでるわけでもない。そんな価値もないのよ。
所詮ママはその程度の人間でしかないのよね、悪いけど。
おじいちゃまのお友達の弁護士さんに頼んで、後を継ぐことになる息子さんが担当してくれることになったの。
弁護士さんが被害届を出すから、って向こうの家に行ったら「何とか示談にして欲しい」てそいつの母親が泣いたってさ。金もないのに示談って舐めてんの?
結果として「被害届は出さない」代わりに、私の家の前の道路で本人と両親が揃って土下座するのを動画に撮って残すって条件を飲ませた。
次に何かあったら被害届はもちろんこれを公開する、親もタダじゃすまない、ってね。父親は一応地元の小さい工場に勤めてたらしいし。
貧しさは人を卑屈にするんだね。見ていて滑稽だったわ。
たったの三十分で勘弁して上げたんだから感謝して欲しいくらいよ。金がないんだから身体で払うのが当然でしょ?
雨上がり。
雲の切れ間から漏れる薄い光が、濡れて汚れた道路で土下座する彼らを照らしてた。スマホとビデオで撮影しながら、私はその様子をじっと見てたわ。
あいつらの惨めさが最高に滑稽だった。
しかも結局、父親は「うち」に逆らったってことでクビになって自分も首吊ったらしいしね。お似合いの最期じゃない?
ああ、そういえばその動画を見せたら私に同情して泣いた男もいたな。
「絶対に俺が守る」って、勝手に覚悟を決めてた。頼んでもないのにね。
むしろつきまとって鬱陶しいから、あんたも限度超えたらこうなるよ、って観せた意図さえ通じなかった単純な男。
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ある男が死んだ。
雲が重たく垂れ込めた午後。まるで何かを隠すように、空一面を覆う灰色の雲が不穏な|報《しら》せを運んで来る。
恐らく他殺だろうってニュースでは言ってたな。まあ私には関係ないけどさ。そもそも「訃報」には違いなくても、私には「悲報」ですらないんだけど。
昔、と言っても六、七年前。
中学時代に私に嫌がらせして来た同級生だった。
パパとママに相談したんだけど、おじいちゃまとおばあちゃまも大激怒でうちに乗り込んでたわ。
「だから|眞司《まさし》と同じ|敬銘《けいめい》学園が良いって言ったのに! |陽奈子《ひなこ》さん、あなたが『自分もそうだったから公立でいい』なんて意地を張るから……! ここはあなたの育った田舎とは違うのよ!」
「で、でも|琴羽《ことは》もそれで良いって……」
おばあちゃまに責められたママが言い訳するのに、おじいちゃまが被せる。
「琴ちゃんは親が揉めるのが悲しくて我慢しただけだろう! そんなこともわからないなんて本当に母親か!?」
おじいちゃまの声に、ママは俯いて黙り込んだ。
「まあまあ、お父さんもお母さんも落ち着いて。今そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
パパがどうにかその場を宥めようとしてる。
「ママのせいだとは思ってないよ」
私の言葉に、ママは一瞬救われたように顔を上げた。だけど。
「でも、もうちょっと人の話聞いたほうがいいんじゃない? 自分で考える頭があるなら別だけど」
笑う私に、ママは静かに泣き出した。
結局ママも、うちとは違って「普通の家」で育ってるから理解できなかったんだろうね。おじいちゃまやおばあちゃまが話してるのを聴いてたら、向こうの立場に近かったのかもしれないし。
パパはいつもママを庇ってたけど、そのパパでさえ簡単には引かなかったのが私の進路だけだったしね。
別にママのことは嫌いじゃないよ。敵だとも思ってない。
ただ、私とは「別世界」の人に過ぎないんだな、って再認識しただけ。
小さい頃、よく「琴羽はママの味方よね!?」って泣きながら私に縋って来てたママ。
逆じゃないの? あなたは私を守る立場でしょ?
学校だってそうよ。おじいちゃまの言う通り。「琴羽はママと同じが良いわよね?」って、ママは私を使っておじいちゃまやおばあちゃまに対抗したかっただけでしょ?
あの頃はママに嫌われたらどうしよう、って「ママと同じがいい」って言ったわ。ううん、『言わされた』のよ。
「公立の学校だって負け組じゃないんですよ!」って自分の人生を正当化したかっただけじゃない。
そういうのは自分一人でやってよ。
今なら私もわかるわ。ママは私を都合よく使いたかっただけだって。
実際、公立に行って良いことなんて何もなかったわ。だからってママを恨んでるわけでもない。そんな価値もないのよ。
所詮ママはその程度の人間でしかないのよね、悪いけど。
おじいちゃまのお友達の弁護士さんに頼んで、後を継ぐことになる息子さんが担当してくれることになったの。
弁護士さんが被害届を出すから、って向こうの家に行ったら「何とか示談にして欲しい」てそいつの母親が泣いたってさ。金もないのに示談って舐めてんの?
結果として「被害届は出さない」代わりに、私の家の前の道路で本人と両親が揃って土下座するのを動画に撮って残すって条件を飲ませた。
次に何かあったら被害届はもちろんこれを公開する、親もタダじゃすまない、ってね。父親は一応地元の小さい工場に勤めてたらしいし。
貧しさは人を卑屈にするんだね。見ていて滑稽だったわ。
たったの三十分で勘弁して上げたんだから感謝して欲しいくらいよ。金がないんだから身体で払うのが当然でしょ?
雨上がり。
雲の切れ間から漏れる薄い光が、濡れて汚れた道路で土下座する彼らを照らしてた。スマホとビデオで撮影しながら、私はその様子をじっと見てたわ。
あいつらの惨めさが最高に滑稽だった。
しかも結局、父親は「うち」に逆らったってことでクビになって自分も首吊ったらしいしね。お似合いの最期じゃない?
ああ、そういえばその動画を見せたら私に同情して泣いた男もいたな。
「絶対に俺が守る」って、勝手に覚悟を決めてた。頼んでもないのにね。
むしろつきまとって鬱陶しいから、あんたも限度超えたらこうなるよ、って観せた意図さえ通じなかった単純な男。