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第5話 千砂センセは色んなイミでアウトです

ー/ー



 夕里菜(ゆりな)は、まばたきをした。
 視界に写るのは、藍一色だった。
 大空のスカイブルーではない。
 太陽の光の届かない、水の澱んだ池みたいな色——。

 その澱んだ水のなかに、夕里菜は浮かんでいた。
 ——あぁ……まだ、夢は続いているんだ……。
 水のなかにいるのに、夕里菜はなぜか、呼吸が出来ていた。

 腕と脚を動かしてみるが、すぐに壁のようなものにぶつかった。
 ——これは……筒のようなものに、入れられている……?
 夕里菜の体格に対して、幅と高さはかなりあるが、完全に閉じ込められてしまっている。

 カプセルの内側は、ガラスのようだった。
 叩くにしても、水が完全に充たされているので、殴っても蹴飛ばしても、壊せそうにない。
 助けを呼ぼうにも、唇からは、泡が出てくるだけだった。

 ——もしかして、今度はずっと、このなかで永遠に続く夢を見ることになるのだろうか。
 ひやりとしたものを、背中に感じる。
 と——ごぼごぼ……という、音が聞こえてきた。
 足元のほうから、気泡が上がってくる。

 気泡は、頭上で少しずつ、水位を押し下げていった。
 碧色の水は、ぐんぐんと下へさがっていき、夕里菜の顔や首、上半身、そして、脚などを露にしていった。
 気づくと、夕里菜はガラスのカプセルのなかに、膝を曲げて座っていた。

 ——息が……苦しい……。
 体を折り曲げ、鼻と口のなかまで入り込んでいた液体を吐き出すと、ようやく、空気を呼吸することが出来るようになった。

 しばらく、ぐったりとして、体を丸くしていると、ガラスの部分が持ち上がっていった。
 外気に触れると、寒さを覚えた。
 何より、全裸なので、恥ずかしくなってしまう。
 脚をしっかりと閉ざし、腕で胸を隠してから、周囲を伺ってみる。

『おはよう。ポッドBK-201の君。診察室まで、誰もいないから、自分のペースでいいから、こちらまで、歩いてくるように……』
 声が聞こえてきた。
 ポッドBK-201というのは、よくわからないが、自分のことのようだ。
 ずっと、ここに座り込んでいても、しょうがない。
 夕里菜は胸を腕で隠したまま、カプセルの外へと出た。

 そこは——とても、殺風景な場所だった。
 工場のような、壁紙もなく、武骨な金属の壁と床、天井などがむき出しになっている。
 夕里菜が入れられていたポッド——というのだろうか。
 巨大な試験管のようなものが、等間隔にいくつも、並んでいる。

 ポッドには、碧色の液体が満たされているものもあるし、液体がなく、筒状のガラスだけのものもあった。
 液体のなかに、夕里菜と同じように、人が浸されているのかどうかは、見ただけでは、わからなかった。

 夕里菜は、ゆっくりと、歩きはじめた。
 ポッドは、建物の床に二列六個ずつ、いくつか、まとめて配置されていた。
 ざっと見回してみるが、なかは広く、ポッドの数がどのくらいになるのか、夕里菜には計算することはできなかった。

 ホラー映画の主人公にでも、なったような気分だ。
 全裸で、不気味な実験室のような場所を、わけもわからず、歩かされている。
 これで、おぞましい姿をした怪物などが登場したら——と考えてしまう。

 本当にこのまま、進んでもいいのだろうか……。
 捕まって、人体実験でもされてしまうのではないか。
 でも——逃げ出すにしても、どこをどう歩いていけばいいのか、まったくもって、わからないのだ。
 ひとつずつ、情報を探っていくしかない。

 一方で、夕里菜はこの状況に、どきどきもしていた。
 命が危険にさらされるのは、もちろん、好きではない。
 が、現実感が伴わない状況で、大胆な行動をとるのは、夕里菜に興奮をもたらしてもいた。
 結果がバッドエンドへと繋がっていても、試行錯誤をして、勝利へと導くのは、それなりに興味はある。
 挑戦が一回きりで、悲惨な結果に終わるかもしれないが、挑戦をしている間は、楽しみたい。

 床はところどころに、細い溝のようなものはあるが、脚を引っ掛けるような出っ張りなどはなかった。
 壁とポッドの間も数人がすれ違えるくらいのスペースはあり、歩きやすい。
 パイプやメーター、送風口などはむき出しとなっているものの、進路の邪魔などはしていなかった。

 建物を照らすライトは、一部だけが点灯していて、それ以外の場所は暗がりが広がっていた。
 どうやら、その照明が、夕里菜が進むべき方向を示しているようだった。
 暗がりに、もしかしたら、危険な生き物が潜んでいるのかもしれない……。
 そう思い、夕里菜は早足で、床を移動していった。

 途中、階段をあがったり、奇妙な形をした機械のすぐ側を通ったりはしたものの、分かれ道などはなかった。
 奇妙な音などは聞こえてくるものの、危険を感じるようなこともなく、夕里菜は移動を続けた。
 そして、夕里菜はひとつのドアの前まで導かれた。
 触れようとすると、自動的に持ち上がり、廊下が覗いた。

 廊下は、狭くはないものの、人がひとり、通れるくらいの幅しかない。
 ——なんとなく、ここを進んでいくと、もう戻れない気がする……。
 ゆっくりと、深呼吸をする。
 しかし、戻る気など、夕里菜にはなかった。
 この先に何があるのか、興味もある。

 廊下も、相変わらず、金属の通路となっていた。
 これまでと同様、窓はひとつもないので、相変わらず、外がどうなっているのか、まったくわからない。
 ——もしかしたら、外は宇宙なのかもしれない……。
 だとしたら、これはSFホラー映画なのかも。
 そんなことを思いながら、廊下を進んでいった。

 背後で、ドアが閉ざされた。
 振り向くが、脚を止めずに、夕里菜は先へと歩いていった。

 床がかすかに濡れていることに、夕里菜は気づいた。
「わっ」
 天井と壁から、温水が噴き出してきて、全身を水浸しにした。
 頭から肩、背中、つま先まで、温水で濡れていない箇所はなく、温かさを感じる。
 湯気が発生するが、視野を隠してしまうほどではない。

 掌で温水を受けてみるが、匂いなどはない。
 おそらく、このお湯でポッドにこびりついていた緑色の液体の名残を流しているのではないだろうか。

 お風呂、というよりサウナに入っているような気分だが、体が温められると、ちょっとほっとした気分になる。
 廊下を進んでいくと、もうひとつ、ドアがあった。
 今度のドアは自動で開閉はせず、窪みがある。
 温水は止まり、今は温風が吹きつけてきていた。

 夕里菜は、少しだけためらってから、その窪みに手をかけた。
 思い切って、ドアを開けた。

     ◆   □   ■

 廊下の向こうは、くすんだ白一色のカーテンで仕切られた、大きな部屋だった。
 壁際にロッカーが並び、ベッドがいくつか、置かれている。
 ——病室みたいだ……。
 ただし、誰もいない。

『ベッドの上のタオルで、体を拭いて、液体を肌に馴染ませてくれる? びっくりしないように』
 指示をする声はするものの、相手の姿は見えない。

 ——びっくりしないように?
 最後の言葉を脳裏で繰り返しながら、中央のベッドへと近づいていった。
 シーツの上に金属製のトレイがあり、綺麗に畳まれたタオルと小瓶が置かれていた。
 タオルで髪や顔、足の指の間などに残っている水分を拭き取り、それから、小瓶のコルク栓を抜くと、中身の液体を掌に広げてみた。

 透明な、どろりとした液体だった。
 乳液か何かだろうか。
 両手で擦り合わせ、伸ばそうとすると、膨らむような感覚があった。

 ……あ、あれ?
 手を離すと、液体は触れてもいないのに、手首から腕へと伝ってきた。
 アクチュエイション・アーマーを身につけた時と、似ていた。
 あの時は、光が広がっていったが、こちらは、液体が肌から肌へと広がっていった。
 腕、肩、そして、背中など全身、包み込まれた。

 液体は、すぐに布へと変わり、そして、質素なローブになった。
 しばらく、待ってみるが、ローブはそれ以上、変化はしなかった。
 感触は布そのもので、さっきまで、液体だった、とは思えないほどだ。

『はい。それじゃ、着替えが終わったら、まっすぐこっちに来てくれる』
 夕里菜は、タオルをトレイに上に戻すと、小瓶をしっかりと立てて、それから、ベッドの間を歩いていった。
 入ってきたのと逆のドアを開けた。


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 夕里菜《ゆりな》は、まばたきをした。
 視界に写るのは、藍一色だった。
 大空のスカイブルーではない。
 太陽の光の届かない、水の澱んだ池みたいな色——。
 その澱んだ水のなかに、夕里菜は浮かんでいた。
 ——あぁ……まだ、夢は続いているんだ……。
 水のなかにいるのに、夕里菜はなぜか、呼吸が出来ていた。
 腕と脚を動かしてみるが、すぐに壁のようなものにぶつかった。
 ——これは……筒のようなものに、入れられている……?
 夕里菜の体格に対して、幅と高さはかなりあるが、完全に閉じ込められてしまっている。
 カプセルの内側は、ガラスのようだった。
 叩くにしても、水が完全に充たされているので、殴っても蹴飛ばしても、壊せそうにない。
 助けを呼ぼうにも、唇からは、泡が出てくるだけだった。
 ——もしかして、今度はずっと、このなかで永遠に続く夢を見ることになるのだろうか。
 ひやりとしたものを、背中に感じる。
 と——ごぼごぼ……という、音が聞こえてきた。
 足元のほうから、気泡が上がってくる。
 気泡は、頭上で少しずつ、水位を押し下げていった。
 碧色の水は、ぐんぐんと下へさがっていき、夕里菜の顔や首、上半身、そして、脚などを露にしていった。
 気づくと、夕里菜はガラスのカプセルのなかに、膝を曲げて座っていた。
 ——息が……苦しい……。
 体を折り曲げ、鼻と口のなかまで入り込んでいた液体を吐き出すと、ようやく、空気を呼吸することが出来るようになった。
 しばらく、ぐったりとして、体を丸くしていると、ガラスの部分が持ち上がっていった。
 外気に触れると、寒さを覚えた。
 何より、全裸なので、恥ずかしくなってしまう。
 脚をしっかりと閉ざし、腕で胸を隠してから、周囲を伺ってみる。
『おはよう。ポッドBK-201の君。診察室まで、誰もいないから、自分のペースでいいから、こちらまで、歩いてくるように……』
 声が聞こえてきた。
 ポッドBK-201というのは、よくわからないが、自分のことのようだ。
 ずっと、ここに座り込んでいても、しょうがない。
 夕里菜は胸を腕で隠したまま、カプセルの外へと出た。
 そこは——とても、殺風景な場所だった。
 工場のような、壁紙もなく、武骨な金属の壁と床、天井などがむき出しになっている。
 夕里菜が入れられていたポッド——というのだろうか。
 巨大な試験管のようなものが、等間隔にいくつも、並んでいる。
 ポッドには、碧色の液体が満たされているものもあるし、液体がなく、筒状のガラスだけのものもあった。
 液体のなかに、夕里菜と同じように、人が浸されているのかどうかは、見ただけでは、わからなかった。
 夕里菜は、ゆっくりと、歩きはじめた。
 ポッドは、建物の床に二列六個ずつ、いくつか、まとめて配置されていた。
 ざっと見回してみるが、なかは広く、ポッドの数がどのくらいになるのか、夕里菜には計算することはできなかった。
 ホラー映画の主人公にでも、なったような気分だ。
 全裸で、不気味な実験室のような場所を、わけもわからず、歩かされている。
 これで、おぞましい姿をした怪物などが登場したら——と考えてしまう。
 本当にこのまま、進んでもいいのだろうか……。
 捕まって、人体実験でもされてしまうのではないか。
 でも——逃げ出すにしても、どこをどう歩いていけばいいのか、まったくもって、わからないのだ。
 ひとつずつ、情報を探っていくしかない。
 一方で、夕里菜はこの状況に、どきどきもしていた。
 命が危険にさらされるのは、もちろん、好きではない。
 が、現実感が伴わない状況で、大胆な行動をとるのは、夕里菜に興奮をもたらしてもいた。
 結果がバッドエンドへと繋がっていても、試行錯誤をして、勝利へと導くのは、それなりに興味はある。
 挑戦が一回きりで、悲惨な結果に終わるかもしれないが、挑戦をしている間は、楽しみたい。
 床はところどころに、細い溝のようなものはあるが、脚を引っ掛けるような出っ張りなどはなかった。
 壁とポッドの間も数人がすれ違えるくらいのスペースはあり、歩きやすい。
 パイプやメーター、送風口などはむき出しとなっているものの、進路の邪魔などはしていなかった。
 建物を照らすライトは、一部だけが点灯していて、それ以外の場所は暗がりが広がっていた。
 どうやら、その照明が、夕里菜が進むべき方向を示しているようだった。
 暗がりに、もしかしたら、危険な生き物が潜んでいるのかもしれない……。
 そう思い、夕里菜は早足で、床を移動していった。
 途中、階段をあがったり、奇妙な形をした機械のすぐ側を通ったりはしたものの、分かれ道などはなかった。
 奇妙な音などは聞こえてくるものの、危険を感じるようなこともなく、夕里菜は移動を続けた。
 そして、夕里菜はひとつのドアの前まで導かれた。
 触れようとすると、自動的に持ち上がり、廊下が覗いた。
 廊下は、狭くはないものの、人がひとり、通れるくらいの幅しかない。
 ——なんとなく、ここを進んでいくと、もう戻れない気がする……。
 ゆっくりと、深呼吸をする。
 しかし、戻る気など、夕里菜にはなかった。
 この先に何があるのか、興味もある。
 廊下も、相変わらず、金属の通路となっていた。
 これまでと同様、窓はひとつもないので、相変わらず、外がどうなっているのか、まったくわからない。
 ——もしかしたら、外は宇宙なのかもしれない……。
 だとしたら、これはSFホラー映画なのかも。
 そんなことを思いながら、廊下を進んでいった。
 背後で、ドアが閉ざされた。
 振り向くが、脚を止めずに、夕里菜は先へと歩いていった。
 床がかすかに濡れていることに、夕里菜は気づいた。
「わっ」
 天井と壁から、温水が噴き出してきて、全身を水浸しにした。
 頭から肩、背中、つま先まで、温水で濡れていない箇所はなく、温かさを感じる。
 湯気が発生するが、視野を隠してしまうほどではない。
 掌で温水を受けてみるが、匂いなどはない。
 おそらく、このお湯でポッドにこびりついていた緑色の液体の名残を流しているのではないだろうか。
 お風呂、というよりサウナに入っているような気分だが、体が温められると、ちょっとほっとした気分になる。
 廊下を進んでいくと、もうひとつ、ドアがあった。
 今度のドアは自動で開閉はせず、窪みがある。
 温水は止まり、今は温風が吹きつけてきていた。
 夕里菜は、少しだけためらってから、その窪みに手をかけた。
 思い切って、ドアを開けた。
     ◆   □   ■
 廊下の向こうは、くすんだ白一色のカーテンで仕切られた、大きな部屋だった。
 壁際にロッカーが並び、ベッドがいくつか、置かれている。
 ——病室みたいだ……。
 ただし、誰もいない。
『ベッドの上のタオルで、体を拭いて、液体を肌に馴染ませてくれる? びっくりしないように』
 指示をする声はするものの、相手の姿は見えない。
 ——びっくりしないように?
 最後の言葉を脳裏で繰り返しながら、中央のベッドへと近づいていった。
 シーツの上に金属製のトレイがあり、綺麗に畳まれたタオルと小瓶が置かれていた。
 タオルで髪や顔、足の指の間などに残っている水分を拭き取り、それから、小瓶のコルク栓を抜くと、中身の液体を掌に広げてみた。
 透明な、どろりとした液体だった。
 乳液か何かだろうか。
 両手で擦り合わせ、伸ばそうとすると、膨らむような感覚があった。
 ……あ、あれ?
 手を離すと、液体は触れてもいないのに、手首から腕へと伝ってきた。
 アクチュエイション・アーマーを身につけた時と、似ていた。
 あの時は、光が広がっていったが、こちらは、液体が肌から肌へと広がっていった。
 腕、肩、そして、背中など全身、包み込まれた。
 液体は、すぐに布へと変わり、そして、質素なローブになった。
 しばらく、待ってみるが、ローブはそれ以上、変化はしなかった。
 感触は布そのもので、さっきまで、液体だった、とは思えないほどだ。
『はい。それじゃ、着替えが終わったら、まっすぐこっちに来てくれる』
 夕里菜は、タオルをトレイに上に戻すと、小瓶をしっかりと立てて、それから、ベッドの間を歩いていった。
 入ってきたのと逆のドアを開けた。