「あーもう、この際山川でもいいや。怪異を衰弱から回復させる方法教えて。」「でもってなんですねん。ええでっか?ワテはこれでもそこそこに」「そういうの今はいいから早く。こやぎが大変なの。」
私の気迫る態度から何かある事を察してか、机に上って降ろしてあげるといつものふざけた様子が一片も感じられない真面目河童が、服の襟元から覗く子供の顔を一瞥して答えを寄越した。
「あるにはあるけど怪異毎に違うんや。その子は確か音山羊やったな。ほなまずお嬢はんがすることは席について茶を啜ることや。」「なに言ってんのこんな時に。今はお茶なんて飲んでる場合じゃ」「ええからはよ座り。それともそのワロがどないなってもええんか?」
山川から聞いた事の無い威圧的な言葉に気圧され、たじたじいつもの座布団に座る。 それを確認することもなく黄色い水かきのついた手で家主のお茶セットを卓上に広げ、慣れた手つきで急須へ茶葉を入れるとポットから熱々の湯を注ぎ入れた。 無言で静止し数秒、何をしているのかとしばらく戸惑い声を掛けようと口を開こうとした瞬間また唐突に動きはじめ、急須を手に取り湯呑に注ぎ終えコトンと私の前に置いた。 アイコンタクトというにはきつすぎる、睨んでいるような視線に飲めと指示され大人しく従う。
「あっつ。」
熱すぎるお茶に驚き、フーフーと冷ましながら少しずつ表面を啜るようにして飲む。 その姿に満足したのか山川も啜り始め、ついでの様にいつもは少年の後ろにあって開いているのを見たことがない地袋を開くと木の器に盛られた小さな青磁色の長方形達を卓の中心に置き、またしても私の目の前に一つ寄越した。 先程と同じくゆっくりしている場合ではという視線を送るが山川は器から長方形を手に取り包装を破くとゴリゴリと派手な咀嚼音を響かせ、お前もはよく食べろという風に顎で指示してくる。 和紙のような包み紙を破るように縦に開くと中から顔を覗かせたのは小さな粒の固められたお菓子、たしか粟おこしという名前の堅い菓子に噛り付くとガリリという派手な音と共に口の中に甘味、鼻からは生姜の香りが抜けていく。
「って、だから今はこんな事して場合いじゃないんだって。」「その子の顔見ても同じこと言えるか?」
此方の訴えを迎え撃った言葉に訝しみながらと胸元に目を落とすと、すっかり血色の良くなった顔でスースーと静かな寝息を立てる穏やかなこやぎの寝顔があった。
全く朝から喧しいといつもの仏頂面に加え眉間に浅い皺を寄せる水色に雲が描かれたか可愛らしいパジャマに身を包んだ家主から起きぬけの苦言が呈される。 クリスマスに贈るばかりで自身に何も買っていなかった彼の為にトップモデルと相談しながら購入し贈ったものなのだが、自分には可愛すぎるとボヤいてた割りにしっかり使ってくれているようだ。 まだ眠たそうな少年は卓上のお茶と粟おこしを一瞥したった今お腹から解放され私から見て炬燵の左手、九時の位置で横になって眠るこやぎと私に交互に目をやり、やれやれといった様子で短い溜息をついた。
「今日は来客があるゆえ支度してくる。居ても良いがそれが騒がしくしないよう気を付けておけ。」
二階に戻った少年はものの数分で帰って来ると、いつもの着物に変身しており少し残念な気持ちになるが仕方ない。 台所を経由しおにぎりと味噌汁、あとカブのお漬物が入った小鉢を三人前用意して机の上に並べてから腰を落ち着けた。
「いかにガサツ者の台座といえど余程でなければ勝手に上がり込むなどせぬであろうから、それほどの非常事態だと捉えたことはわかった。私も伝え忘れていた事ゆえ今日は何も言うまいが、来ないと言った日に唐突に表れるのは控えて貰えると助かる。」
いつも次はいつ訪れるといった来訪を期待するニュアンスの言葉で別れていた為、少年からこの言葉を聞いた瞬間ガツンと金槌で頭を殴られたかのような衝撃を受ける。 いやまあ当然彼にも予定があり家に居ない日もあることに加え、こやぎの急変に動揺したとはいえ早朝から勝手に家に上がった私が悪いのだが、だが、だが……。 だめだ自己弁護の言い訳が思いつかない。
しゅんとしながら正直に謝り黙々と米を食む。 若干の塩気をまぶされた表面と丁度良い握り具合で固められ胴体を海苔で巻かれた俵形のおにぎりは、ひと口噛んで頬の中で解けば一粒一粒が主役となり噛めば噛むほど唾液の出る至高の一品だった。 ここ最近は食べる時に会話しながらという事が多くあまり素材の味を感じながらの食事をしていなかったのだが、やはり主食として長い間日本の食卓の支えてきただけの事はあり、ただの米されど米さすが米といったことを今一度実感する。 気持ちを紛らわそうと米への賛辞を送ってみるが、やはり心の曇りは晴れてはくれないようだ。
「河童さん!もっとちゃんと噛んで!」
いつの間にか起きだして移動していたこやぎが、ほんの数回嚙んだけで後は飲むように喉の奥に米を嚥下する山川を隣から睨みつけ怒声を上げている。
「あーもう、うっさいわー。嬢ちゃんはワテのおかんかってな。ほーいごっそさんでしたー。」
おちょくるように顔の横で両手を広げ器用にも眼球を左右逆の方向にぐるんぐるん回しながら舌を出しベロベロバーをする河童にキレたらしく、飛びつきながらの抗議が出来るまでに回復した少女の姿にほっと胸をなでおろす。
「心は安らいだか?」
数分にわたる二人のじゃれあい(こやぎは本気)は屋内から庭に移動したので、遠目に眺めながらの朝食を終えた少年が湯呑に口を付けながら問うてくる。 確かにすっかり安心してしまっているが、買ってきた弁当を与えていたのに衰弱した原因がはっきりとはわかっていないので、今後また同じことにならぬよう理由と対策を問い返した。
「まず音山羊という怪異は咀嚼を本体とする。あの姿はあくまで入れ物にすぎぬゆえ、人間と同じ食事はほぼ意味をなさぬ。あれがまたああならぬよう栄養を与えたいのであれば、出来るだけ大人数の食事に同席させることだ。」「そんなんでいいの?」
少年はそんなんでいい、怪異とはそういうものだとお茶を啜った。 どうしても物理的な肉体を持つものとして無機物というか、行動や音から栄養を得る原理が全く分からない。 腑に落ちないながらもいつの間に闘争から遊びに脳内が切り替わったのか、庭の池に飛び込んだ山川の放つ水鉄砲にはしゃぐ少女の様子をみているとまあいっかという気持ちになってくるので不思議なものだ。
「山川。楽しそうな所すまないが仕事の時間だ。」「んお?もうでっか?」「ああ、どうやら早めに到着したようだ。台座もそこではなく私の後ろでアレを抱えて控えていろ。そして決して口を開くな、これよりここは魔窟となる。」
魔窟という聞き馴染みのない言葉に大げさなと思っていたが、その数分後に炬燵を囲む面々を見て心身共に凍り付き何一つ誇張していない表現であったのだと思い知らされた。