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第三部 83話 夢

ー/ー



 俺は奥歯を強く噛んで、腕の中のソフィアを見た。
 傷を確認しなければならない。

「……っ」

 明らかに助かる傷ではない。背中から胸まで傷口が貫通している。
 即死しなかったのは心臓を外したからだろう。

 しかし、出血が酷い。長くは持たない。
 この村に治癒術師は来ていない。野営地まで戻るのも間に合わない。

 ……無理だ。

 そう結論付けると、俺は目の前で座り込んだ女の子を見る。
 怯えてはいるが大きな外傷はない。こちらは大丈夫だろう。

「ソフィア、女の子は無事だ」
「……そう。それは良かったわ」

 一瞬だけ沈黙してしまう。
 先ほどの行動について、何か言うべきか迷った。

 だが、俺の杞憂を払うように――ソフィアは微笑んだ。
 嬉しくて嬉しくて堪らないというような、綺麗な笑みだった。

「ねえ、聞いて? キース? 今、体が勝手に動いたの。
 何も考えずにこの子を庇ったのよ、私が」

 ソフィアが嬉しそうな声を出す。
 そのまま、ごふ、と血を吐いた。

「喋るなバカ!?」
 
 ――致命傷だと理解しているはずだ。
 ――自分の命の価値すら分からないのか。

「ああ、良かった。憧れていたのよ。
 打算も計算なく、誰かのために動いてみたかった」

 ――あるいは。
 ――彼女にとって『それ』はよほど価値のあるものだったのか。
 ――自分の命など比較にならないほどに。

先生(アッシュ)のように。あんた(キース)のように。あいつ()のように。
 ああ、嬉しいなぁ。ずっと――ずっと昔から羨ましかったのよ」

「ぁ――ああ、きっと褒めてくれるさ」

 よくやったと、言ってやりたかった。
 全てぶちまけてやろうとすら考える。

 でも、情けないが上手く言葉が出なかった。
 何から言えば良いのか、それすらもまとまらない。

「ふふっ」
 俺と目が合うと、眩しそうにソフィアは目を細めた。

「何よ。やっぱりちゃんと泣けるじゃない。
 なんて綺麗で、人間らしい感情かしら」 

 俺の顔へとソフィアが恐る恐る手を伸ばす。
 指先が涙に触れて、慌てて引っ込めた。

 まるで、その暖かさに驚いたように。
 ……そしてまた手を伸ばす。

 まるでこの少女を表すようだ。
 誰よりも『当たり前』が分からないくせに。
 誰よりも『当たり前』の価値を知っていた。

 涙に触れながら、少女が目を閉じてゆく。 
 不満は何もないというような、穏やかな表情だった。

 ――これなら、叱られないで済むかなぁ。

 そんなことを呟いて。
 ほっと息を吐くように息を引き取った。

 力の抜けたソフィアを抱いたまま、俺は長く長く息を吐いた。
 
 ――叱られるわけないだろ。

 遠くからは未だ喧噪が届いてくる。
 ナタリーたちも足止めを食らっているのだろう。
 ひょっとしたらまだ戦闘中かもしれない。

「……?」

 そして、その違和感に気が付いた。
 俺にだけ見えていた真赤な魂の色。

 それが、少しずつ流れていた。
 レンの時はゆっくりと消えたというのに。

 流れる先を目で追っていく。
 その先に辿り着いて、思わず呟いた。

「……そういう、ことか?」

 殺人鬼の魂は青鬼の方へと流れていた。
 そして、最後は黒い短刀へと吸い込まれていく。

 ――そうだ。
 ――青鬼の心臓に刺さった黒い短刀だ。

 その現象はすぐに収まった。
 だから、ひょっとしたら俺の見間違いだったのかもしれない。
 あるいは、全て吸い込まれたということなのか。

 今更ながら、不気味な声を思い出す。
 それは青鬼の最後の言葉。

 ……今度こそもらったぞ。



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 俺は奥歯を強く噛んで、腕の中のソフィアを見た。
 傷を確認しなければならない。
「……っ」
 明らかに助かる傷ではない。背中から胸まで傷口が貫通している。
 即死しなかったのは心臓を外したからだろう。
 しかし、出血が酷い。長くは持たない。
 この村に治癒術師は来ていない。野営地まで戻るのも間に合わない。
 ……無理だ。
 そう結論付けると、俺は目の前で座り込んだ女の子を見る。
 怯えてはいるが大きな外傷はない。こちらは大丈夫だろう。
「ソフィア、女の子は無事だ」
「……そう。それは良かったわ」
 一瞬だけ沈黙してしまう。
 先ほどの行動について、何か言うべきか迷った。
 だが、俺の杞憂を払うように――ソフィアは微笑んだ。
 嬉しくて嬉しくて堪らないというような、綺麗な笑みだった。
「ねえ、聞いて? キース? 今、体が勝手に動いたの。
 何も考えずにこの子を庇ったのよ、私が」
 ソフィアが嬉しそうな声を出す。
 そのまま、ごふ、と血を吐いた。
「喋るなバカ!?」
 ――致命傷だと理解しているはずだ。
 ――自分の命の価値すら分からないのか。
「ああ、良かった。憧れていたのよ。
 打算も計算なく、誰かのために動いてみたかった」
 ――あるいは。
 ――彼女にとって『それ』はよほど価値のあるものだったのか。
 ――自分の命など比較にならないほどに。
「|先生《アッシュ》のように。|あんた《キース》のように。|あいつ《仁》のように。
 ああ、嬉しいなぁ。ずっと――ずっと昔から羨ましかったのよ」
「ぁ――ああ、きっと褒めてくれるさ」
 よくやったと、言ってやりたかった。
 全てぶちまけてやろうとすら考える。
 でも、情けないが上手く言葉が出なかった。
 何から言えば良いのか、それすらもまとまらない。
「ふふっ」
 俺と目が合うと、眩しそうにソフィアは目を細めた。
「何よ。やっぱりちゃんと泣けるじゃない。
 なんて綺麗で、人間らしい感情かしら」 
 俺の顔へとソフィアが恐る恐る手を伸ばす。
 指先が涙に触れて、慌てて引っ込めた。
 まるで、その暖かさに驚いたように。
 ……そしてまた手を伸ばす。
 まるでこの少女を表すようだ。
 誰よりも『当たり前』が分からないくせに。
 誰よりも『当たり前』の価値を知っていた。
 涙に触れながら、少女が目を閉じてゆく。 
 不満は何もないというような、穏やかな表情だった。
 ――これなら、叱られないで済むかなぁ。
 そんなことを呟いて。
 ほっと息を吐くように息を引き取った。
 力の抜けたソフィアを抱いたまま、俺は長く長く息を吐いた。
 ――叱られるわけないだろ。
 遠くからは未だ喧噪が届いてくる。
 ナタリーたちも足止めを食らっているのだろう。
 ひょっとしたらまだ戦闘中かもしれない。
「……?」
 そして、その違和感に気が付いた。
 俺にだけ見えていた真赤な魂の色。
 それが、少しずつ流れていた。
 レンの時はゆっくりと消えたというのに。
 流れる先を目で追っていく。
 その先に辿り着いて、思わず呟いた。
「……そういう、ことか?」
 殺人鬼の魂は青鬼の方へと流れていた。
 そして、最後は黒い短刀へと吸い込まれていく。
 ――そうだ。
 ――青鬼の心臓に刺さった黒い短刀だ。
 その現象はすぐに収まった。
 だから、ひょっとしたら俺の見間違いだったのかもしれない。
 あるいは、全て吸い込まれたということなのか。
 今更ながら、不気味な声を思い出す。
 それは青鬼の最後の言葉。
 ……今度こそもらったぞ。