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#12-monster children-

ー/ー



 つい先程まで私の座っていた座布団に座る狐人は自らを葛ノ葉麻美と紹介した。 彼女が何か書類にサインをしている間、十一時の位置に移動した私は助手という言葉に友人と二人顔を見合わせていると、元の位置に戻り居住まいを正した少年が私たちの代わりに肯定の意を示す。 話がこじれても面倒なのでこの場は流すが後でどういう事か聞かなければと考えていると、ちゃぶ台を挟んだ二人の間で早速今日の本題について話が始まった。
「文には目を通したが、こ奴らは知らぬゆえ周知がてら今一度確認させてもらう。今日お前が訪れたのは金子のことで相違ないな?」
「はい。そうです。」
 少し顔を伏せ着物の右袖で口許を覆いながら頬を紅く染めながらの返答する姿に、女子高生としての何かが激しく脈動する。この仕草はまず間違いない、恋バナだと。
「実はお前が相談に来る前週に金子もここに訪れていてな。あれの訪問理由からお前の力になることも出来るやもしれぬが、まずはお前の目から見た状況を改めて詳しく話せ。」
「それは有難いのですが本当によろしいのでしょうか、金子様のプライバシーというものも。」
「貴様もたった今署名したが、私を頼る者には他の怪異の問題解決の為に必要な場合は情報を用いるという事の同意は取ってある。それにあれもまだ若いとはいえ狸の次期棟梁、直接会ったのは先日が初であったがこの程度で気を揉むほど器は小さくないと私は見ている。」
「そう。そうですわよね。塵塚様に大器を保されるなんて、流石金子様です。」
 言いながら目を細め一層顔を紅く染め口許どころか鼻まで隠し、背後で嬉しそうにぶんぶんと左右に振れる尻尾からは桃色に輝く何かを振り撒いており、可愛さを超えたなにかに胸の内がキュンとする。
「葛ノ葉よ。漏れ出ているぞ。」
「はっ!申し訳ございません、ついあの方の事を考えてしまうと周りが見えなくなってしまいまして。」
 先週の魅了の件を思い出し山川を見てみると、いつの間に眠りから覚めていたのかは分からないがまたしても涎を垂らしながら焦点の定まっていない様子の目を中空に彷徨わせていた。 少年は何ともなさそうなので距離の関係もあるのかと思い私よりも葛ノ葉に近い位置に座る冬華の顔を恐る恐る覗き込んでみるが、何ともない様子でお茶を啜っている。 よく考えてみれば先週は庭にいる彼女を見ても影響を受けていたので、アルコールのように人によって抵抗力が違うのかもしれない。
「……す……ですか?」
「え?」
 よく聞こえなかったのであろう葛ノ葉さんが聞き返しながら視線を向けたのは、人の仕事話に割って入るようなことは絶対にしないであろう冬華の顔である。 私も驚いて再度顔を向けると頬を紅潮させて口角あがった口の端から涎をつぅと垂らす親友のあられもない表情がそこにあった。
「しゅきなんですか!?しょしょしょしょうなんでしゅね!?」
 彼女もしっかり魅了されていたようだ。


 助手達が半壊した事により場を仕切り直すため仕方なく開始早々休憩タイムとなった。 症状が重度の山川は縁側に移され頭の下には涎用のタオルが敷かれており、仰向けで太陽に照らされる様はまるで河童の干物を作っている現場の用だ。 対して冬華の方は洗面所で顔を洗って気を入れ直し今はガスマスクを着用している。 確かに尻尾から出る何かを吸わなければ大丈夫だと言うのならば効果があるのかもしれないが、私の予想では距離など関係ないので防具も役に立たないと思うのだが、どういう原理なのか分からないがどうやら平気なようだ。
「それ効くの?」
「当たり前じゃない。品目はジョークグッズだったけれど、物自体は使われずに在庫がだぶついて、放出された軍用マスクよ。貴女も着ける?」
「なんか大丈夫っぽいから私はいいや。」
「……申し訳ございません。」
「構わぬ。かえってこ奴らにも免疫が付くと言うものだ。」
 所々シュコーという呼吸音を挟みながら話される言葉はくぐもっていて聞こえづらいし話しづらそうだが、今この場で出来る対策としてこれ以上はなさそうなので、いかついフォルムに変身し平気になったという彼女の感覚を信じよう。 ちなみに少年はいつも通りの仏頂面で私も身体が慣れてきたのかそれとも本当に免疫力が鍛えられたのか、既にこれといった症状は表われなくなっていた。
「して、改めて話をしてもらいたいのだが、構わぬか?」
 幼い見た目に反して謎に安心感を覚える声の響きに、先程より少し落ち着いた狐人が来た訳を話し始めた。
「塵塚様はご存じだと思うのですが葛ノ葉家の私と金子家次期棟梁の団吉様との縁談話がありまして、今回はそのことについて参った次第なのです。正直私は縁談のような古い慣習ではなく自身で相手を見つけたいと反発して家を飛び出し一人この奈良で暮らしていたのですが、たまたま質の悪い怪異に狙われた折に助けていただき名も告げずに去った方に一目で惚れてしまったのです。添い遂げたい相手が見つかったと実家に連絡し縁談はなかった事としてもらったのですが、何の因果か破談の連絡を出した数日後に、助けて頂いたあの方と再び出会えたので名を聞くとなんと姓が金子と申しまして。暗い顔をされていらしたので話を聞いてみますと、金子様も縁談は時代錯誤だと感じながらも一応家の代表と言う事で会う心づもりでは居たそうなのですが、顔も知らぬ相手に一方的に断られたという事に大層ショックをお受けになられたそうなのです。その後は何とか連絡先を聞き出し何度か顔を合わせてもいるのですが、すっかり自信を無くされてしまっていて。こちらから一方的に縁談を断ってしまいましたので当然再度申し込むなど出来ませんし、今更金子様に断ったのは自分ですと白状するのも恐ろしく、卜占の結果も振るわずもうどうしたらよいのか。だんだんと顔を合わせるのも申し訳なくなり、今はお誘いするのはもちろん彼方からのお食事の誘いにお答えするのも苦しくて。どうか皆様、この浅慮薄学な狐めに知恵をお貸しいただけませんでしょうか。」
 ざっくり纏めると名も知らぬ相手に惚れて実家に縁談を断らせたが、惚れた相手がその縁談相手だったということのようだ。 しかし何故その相談をこの図書館の管理人をしている少年にしに来たのだろうか。 彼の振る舞いはお世辞にも女心を理解しているとは思えないし門外漢だと思うのだが。 私の視線からその気持ちを察したのかその理由を説明してくれる。
「先週はただ色恋に悩む女子かと思いその手の本を多く揃えている新館へ案内したが、斑曰く事情を深く聞くと存外複雑だということでな。調停師でもある私の方へ戻してきたのだ。全く難儀な事だ。」
 珍しく人の気持ちにそった答えをしたので少し見直したが、その最後に相談に来た本人を目の前にして難儀な事と言ってのける無神経ぶりにやっぱりこいつ駄目男だと認識を再度改める。 可哀そうに彼の目の前に座る美女は尻尾を床に貼り付けられたかのように落ち込ませ、申し訳なさそうに肩を縮こませてしまった。
「あ、あの、色々あるかもしれないですけど今も金子さんと会えているならわんちゃんあると思います!」
「私もそう思います。完全に関係が切れていないのなら可能性は十分にあるかと。何よりその気もないのにこんな美人をご飯に誘いなどしないでしょう。ところで実際の所どこまで進んでいるのですか?」
 私のフォローにのった親友に心の中でグッジョブしていたのだが、最後に下世話な話をぶっこんできたので本日何度目かという彼女の顔を目を見開きながら勢いよく振り返った。 しかしその表情は堅固なガスマスクに阻まれてうかがい知ることは出来ない。
「そ、その。最後お会いした時に箸を落としてしまい、その折に指先が触れ。……私としたことがはしたないお話を。」
 恥ずかしそうに両袖で顔を覆う姿を可愛らしいと思うが、隣のガスマスクは不満げに大きくシュコーと吸ってからため息をついている。
「手を出していれば、背後関係なんて無視して既成事実から、結婚までもっていけるかと思ったのだけれど、その様子ではその線も難しそうね。」
「そそそそんな、お手付きだなんてまだ。」
 頭の上から湯気が出る程真っ赤になっている葛ノ葉さんは可愛いが流石に攻めすぎだと友人をいさめる。 どうも彼女は学校では物静かで大人しい振る舞いをしている癖に恋愛事に関してはガン攻め気質らしい。
「盛り上がっている所に水を差して悪いが、事は二人だけの話では収まらぬようでな。金子がお前の正体に気づいているのかは分からぬが、私の所に来たのも関連しておるようだしその話もしておこう。」
 話す前のルーチンなのかいつもの様に唇を湿らせる程度にお茶を啜ってから以前金子さんがここに来た理由を話し始めた。
「アレがここに来たのは現棟梁の機嫌を治すに足る品の在処を探す為だ。どうやら貴様たちの縁談は永きに渡る狐狸の諍いに終止符を打つ和睦の意味合いが強かったようでな。それを相手方から一方的に反故にされたことであの古狸は囲炉裏に掛けられた訳でもないに顔を真っ赤にして怒髪天を突く勢いだそうだ。まだ表沙汰にはなっておらぬがコケにされたと考えた団四郎は狐との決着をつけてやると息巻いておるようで、周囲の者が何とか抑えている状況らしい。そこでアレは古狸の機嫌を取る為の品を用意できぬかとうちを訪れ、旧館で伝説や神話に残る程の格を持つ遺物の資料を漁りに来たのだ。」
 上座に座る調停師の言葉にただでさえ白い葛ノ葉さんの顔が白を通り越して蒼白に変わる。 一昔前ならいざ知らずまさか現代において娘の意思を尊重して縁談を断った事が一族の存亡に関わる事態になるなど想像出来ようはずがない。 山川や冬華を魅了していた時の雰囲気とは打って変わり、場に絶望を振り撒くような微かに空気を藍色に染めるきめ細かな粉が卓上に降っては消えるも、消滅より早く降ってくるため徐々に積もり始め、狐人の頭や肩にはこんもりと濃藍の雪が積もり始めていた。
「塵塚さん、伝説や神話に残る遺物って、例えばどんな物があるんですか?というか簡単には手に入らないと、思うのですが。」
 ガスマスクのおかげか先の二の鉄を踏まずに済んでいるようだが、代わりに話しづらく表情の分からないマスクの下から途切れ途切れの疑問が投げかけられる。
「そうさな、実際に目にしたことがある者は僅かゆえイメージも湧かぬか。日本で言うならばフツノミタマノツルギや大蜘蛛天蓋、海外ならブリテンの選定の剣などが有名でそれこそ星の数ほど話は伝わっているが、お前の考える通り手に入れる事は至難の業だろう。なにせ現存する物となると数は知れる上、それらを持つのは国か莫大な富を持つ収集家位のもので容易に手放すとは思えぬ。ゆえにアレは未だ見つかっておらぬ物を求めてうちに訪れたようだ。伝説や神話の本自体は見つけられたようだが流石に遺物の今の在処までは載っておらぬゆえ、今頃は分厚い本を片手に舞台となった土地を遮二無二に探し回っている事だろう。」
 またしても聞かれた事だけでなく相談者の気が重たくなるようなことまで語ってしまったせいで、吹きすさぶ雪が一層激しさを増し風もないのに吹雪き始めた。
「で、でもほら塵塚君は遺物たくさん持ってるんでしょ?その中で珍しそうな物を売ってあげるとかさ。」
「持っておらんでもないが、果たして彼奴にその代金が支払えるだろうかな。」
「参考までに幾ら位するのか聞いてもいい?」
「実は持ってはいるものの私自身使ったことのない物ばかりでな。どの程度の値を付ければいいのか皆目見当がつかんのだ。そうだ一つ試しに使ってみるか。」
 そういうとコンパスを取り出した時のように袖の内を弄って出てきた物が私の目の前に置かれる。 透明な立方体の中に地球の模型が浮かんでいるだけに見えるが、触ってみると立方体は意外にも弾力がありゴムのような感触だ。 隣に渡すと彼女も掌に載せて指で突いてみるが、やはり窪むも指を離せば直ぐに元の形に戻る不思議な感触の立方体の使い道など見当も付かず悩んでいると、いつの間にか手に極細の真っ赤な楊枝を構える少年に卓の上に置くように言われ、大人しくその通りにすると狙いを定めるように睨み始めた。
「伝説遺物としては有名ゆえ初仕事としてこれが幾ら位の値を付けるが妥当か共に考えてもらおう。うむ、大体このあたりだな。庭の方を見ていろ。」
 言われて首を回した瞬間庭と隣家を隔てる板塀の遥か西の空から真っ赤な柱が物凄い勢いで降ってきた。 何が起こったのか理解できずキャパシティーオーバーした脳が思考停止に陥っている間に轟音に遅れて暴風が訪れる。 風が止み慌ててちゃぶ台の上に目を戻すと尖りに尖った楊枝の先端が透明な箱の弾力ある壁を難なく貫通し、ちょこんとほんの少しだけ模型に突き立っていた。
「うむ伝説どおりだな。これは数億年前にとある怪異が暇つぶしに作った物でな。一時は人の手に渡り王族の暗殺に使おうとしたようだが加減が難しく、うっかり使用者もろとも国ごと滅んでしまったのだ。遠くからそれを望んでいて被害を免れた者達の伝聞によって空から降ってきた楊枝の方のみが伝わり、≪太陽の矢≫という捻りのない名で呼ばれておる遺物なのだが、これに幾らの値を付けるのが妥当だろうか。」
「あの柱は、その楊枝を抜けば、消えるんですか?」
「当然だ。この玉はこの星そのものだからな。抜けばすぐ元通りになるはずだ。」
 言いながら少年が楊枝をゆっくり引き抜くと赤い柱が天に戻っていき、遠くの山の枯葉や鳥が再び訪れた逆向きの強風により重力が反転したかのように空へ吸い込まれていった。 ものの数分間であったが現実味のない光景が治まり元の静けさが訪れると、今起こったことは全て夢だったのではないかと思えてくる。 冬華と目で会話を試みるとより近い位置に座っている私にやれと伝わって来たので、戦々恐々しながらそっと立方体を手に取って少年の袖の内へとねじ込んだ。
「して、この遺物の値は幾ら位が妥当だろうか?」
 なおも繰り返された問に私達の答えは珍しく揃い、値段なんて付けられる訳がないだった。


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「文には目を通したが、こ奴らは知らぬゆえ周知がてら今一度確認させてもらう。今日お前が訪れたのは金子のことで相違ないな?」
「はい。そうです。」
 少し顔を伏せ着物の右袖で口許を覆いながら頬を紅く染めながらの返答する姿に、女子高生としての何かが激しく脈動する。この仕草はまず間違いない、恋バナだと。
「実はお前が相談に来る前週に金子もここに訪れていてな。あれの訪問理由からお前の力になることも出来るやもしれぬが、まずはお前の目から見た状況を改めて詳しく話せ。」
「それは有難いのですが本当によろしいのでしょうか、金子様のプライバシーというものも。」
「貴様もたった今署名したが、私を頼る者には他の怪異の問題解決の為に必要な場合は情報を用いるという事の同意は取ってある。それにあれもまだ若いとはいえ狸の次期棟梁、直接会ったのは先日が初であったがこの程度で気を揉むほど器は小さくないと私は見ている。」
「そう。そうですわよね。塵塚様に大器を保されるなんて、流石金子様です。」
 言いながら目を細め一層顔を紅く染め口許どころか鼻まで隠し、背後で嬉しそうにぶんぶんと左右に振れる尻尾からは桃色に輝く何かを振り撒いており、可愛さを超えたなにかに胸の内がキュンとする。
「葛ノ葉よ。漏れ出ているぞ。」
「はっ!申し訳ございません、ついあの方の事を考えてしまうと周りが見えなくなってしまいまして。」
 先週の魅了の件を思い出し山川を見てみると、いつの間に眠りから覚めていたのかは分からないがまたしても涎を垂らしながら焦点の定まっていない様子の目を中空に彷徨わせていた。 少年は何ともなさそうなので距離の関係もあるのかと思い私よりも葛ノ葉に近い位置に座る冬華の顔を恐る恐る覗き込んでみるが、何ともない様子でお茶を啜っている。 よく考えてみれば先週は庭にいる彼女を見ても影響を受けていたので、アルコールのように人によって抵抗力が違うのかもしれない。
「……す……ですか?」
「え?」
 よく聞こえなかったのであろう葛ノ葉さんが聞き返しながら視線を向けたのは、人の仕事話に割って入るようなことは絶対にしないであろう冬華の顔である。 私も驚いて再度顔を向けると頬を紅潮させて口角あがった口の端から涎をつぅと垂らす親友のあられもない表情がそこにあった。
「しゅきなんですか!?しょしょしょしょうなんでしゅね!?」
 彼女もしっかり魅了されていたようだ。
 助手達が半壊した事により場を仕切り直すため仕方なく開始早々休憩タイムとなった。 症状が重度の山川は縁側に移され頭の下には涎用のタオルが敷かれており、仰向けで太陽に照らされる様はまるで河童の干物を作っている現場の用だ。 対して冬華の方は洗面所で顔を洗って気を入れ直し今はガスマスクを着用している。 確かに尻尾から出る何かを吸わなければ大丈夫だと言うのならば効果があるのかもしれないが、私の予想では距離など関係ないので防具も役に立たないと思うのだが、どういう原理なのか分からないがどうやら平気なようだ。
「それ効くの?」
「当たり前じゃない。品目はジョークグッズだったけれど、物自体は使われずに在庫がだぶついて、放出された軍用マスクよ。貴女も着ける?」
「なんか大丈夫っぽいから私はいいや。」
「……申し訳ございません。」
「構わぬ。かえってこ奴らにも免疫が付くと言うものだ。」
 所々シュコーという呼吸音を挟みながら話される言葉はくぐもっていて聞こえづらいし話しづらそうだが、今この場で出来る対策としてこれ以上はなさそうなので、いかついフォルムに変身し平気になったという彼女の感覚を信じよう。 ちなみに少年はいつも通りの仏頂面で私も身体が慣れてきたのかそれとも本当に免疫力が鍛えられたのか、既にこれといった症状は表われなくなっていた。
「して、改めて話をしてもらいたいのだが、構わぬか?」
 幼い見た目に反して謎に安心感を覚える声の響きに、先程より少し落ち着いた狐人が来た訳を話し始めた。
「塵塚様はご存じだと思うのですが葛ノ葉家の私と金子家次期棟梁の団吉様との縁談話がありまして、今回はそのことについて参った次第なのです。正直私は縁談のような古い慣習ではなく自身で相手を見つけたいと反発して家を飛び出し一人この奈良で暮らしていたのですが、たまたま質の悪い怪異に狙われた折に助けていただき名も告げずに去った方に一目で惚れてしまったのです。添い遂げたい相手が見つかったと実家に連絡し縁談はなかった事としてもらったのですが、何の因果か破談の連絡を出した数日後に、助けて頂いたあの方と再び出会えたので名を聞くとなんと姓が金子と申しまして。暗い顔をされていらしたので話を聞いてみますと、金子様も縁談は時代錯誤だと感じながらも一応家の代表と言う事で会う心づもりでは居たそうなのですが、顔も知らぬ相手に一方的に断られたという事に大層ショックをお受けになられたそうなのです。その後は何とか連絡先を聞き出し何度か顔を合わせてもいるのですが、すっかり自信を無くされてしまっていて。こちらから一方的に縁談を断ってしまいましたので当然再度申し込むなど出来ませんし、今更金子様に断ったのは自分ですと白状するのも恐ろしく、卜占の結果も振るわずもうどうしたらよいのか。だんだんと顔を合わせるのも申し訳なくなり、今はお誘いするのはもちろん彼方からのお食事の誘いにお答えするのも苦しくて。どうか皆様、この浅慮薄学な狐めに知恵をお貸しいただけませんでしょうか。」
 ざっくり纏めると名も知らぬ相手に惚れて実家に縁談を断らせたが、惚れた相手がその縁談相手だったということのようだ。 しかし何故その相談をこの図書館の管理人をしている少年にしに来たのだろうか。 彼の振る舞いはお世辞にも女心を理解しているとは思えないし門外漢だと思うのだが。 私の視線からその気持ちを察したのかその理由を説明してくれる。
「先週はただ色恋に悩む女子かと思いその手の本を多く揃えている新館へ案内したが、斑曰く事情を深く聞くと存外複雑だということでな。調停師でもある私の方へ戻してきたのだ。全く難儀な事だ。」
 珍しく人の気持ちにそった答えをしたので少し見直したが、その最後に相談に来た本人を目の前にして難儀な事と言ってのける無神経ぶりにやっぱりこいつ駄目男だと認識を再度改める。 可哀そうに彼の目の前に座る美女は尻尾を床に貼り付けられたかのように落ち込ませ、申し訳なさそうに肩を縮こませてしまった。
「あ、あの、色々あるかもしれないですけど今も金子さんと会えているならわんちゃんあると思います!」
「私もそう思います。完全に関係が切れていないのなら可能性は十分にあるかと。何よりその気もないのにこんな美人をご飯に誘いなどしないでしょう。ところで実際の所どこまで進んでいるのですか?」
 私のフォローにのった親友に心の中でグッジョブしていたのだが、最後に下世話な話をぶっこんできたので本日何度目かという彼女の顔を目を見開きながら勢いよく振り返った。 しかしその表情は堅固なガスマスクに阻まれてうかがい知ることは出来ない。
「そ、その。最後お会いした時に箸を落としてしまい、その折に指先が触れ。……私としたことがはしたないお話を。」
 恥ずかしそうに両袖で顔を覆う姿を可愛らしいと思うが、隣のガスマスクは不満げに大きくシュコーと吸ってからため息をついている。
「手を出していれば、背後関係なんて無視して既成事実から、結婚までもっていけるかと思ったのだけれど、その様子ではその線も難しそうね。」
「そそそそんな、お手付きだなんてまだ。」
 頭の上から湯気が出る程真っ赤になっている葛ノ葉さんは可愛いが流石に攻めすぎだと友人をいさめる。 どうも彼女は学校では物静かで大人しい振る舞いをしている癖に恋愛事に関してはガン攻め気質らしい。
「盛り上がっている所に水を差して悪いが、事は二人だけの話では収まらぬようでな。金子がお前の正体に気づいているのかは分からぬが、私の所に来たのも関連しておるようだしその話もしておこう。」
 話す前のルーチンなのかいつもの様に唇を湿らせる程度にお茶を啜ってから以前金子さんがここに来た理由を話し始めた。
「アレがここに来たのは現棟梁の機嫌を治すに足る品の在処を探す為だ。どうやら貴様たちの縁談は永きに渡る狐狸の諍いに終止符を打つ和睦の意味合いが強かったようでな。それを相手方から一方的に反故にされたことであの古狸は囲炉裏に掛けられた訳でもないに顔を真っ赤にして怒髪天を突く勢いだそうだ。まだ表沙汰にはなっておらぬがコケにされたと考えた団四郎は狐との決着をつけてやると息巻いておるようで、周囲の者が何とか抑えている状況らしい。そこでアレは古狸の機嫌を取る為の品を用意できぬかとうちを訪れ、旧館で伝説や神話に残る程の格を持つ遺物の資料を漁りに来たのだ。」
 上座に座る調停師の言葉にただでさえ白い葛ノ葉さんの顔が白を通り越して蒼白に変わる。 一昔前ならいざ知らずまさか現代において娘の意思を尊重して縁談を断った事が一族の存亡に関わる事態になるなど想像出来ようはずがない。 山川や冬華を魅了していた時の雰囲気とは打って変わり、場に絶望を振り撒くような微かに空気を藍色に染めるきめ細かな粉が卓上に降っては消えるも、消滅より早く降ってくるため徐々に積もり始め、狐人の頭や肩にはこんもりと濃藍の雪が積もり始めていた。
「塵塚さん、伝説や神話に残る遺物って、例えばどんな物があるんですか?というか簡単には手に入らないと、思うのですが。」
 ガスマスクのおかげか先の二の鉄を踏まずに済んでいるようだが、代わりに話しづらく表情の分からないマスクの下から途切れ途切れの疑問が投げかけられる。
「そうさな、実際に目にしたことがある者は僅かゆえイメージも湧かぬか。日本で言うならばフツノミタマノツルギや大蜘蛛天蓋、海外ならブリテンの選定の剣などが有名でそれこそ星の数ほど話は伝わっているが、お前の考える通り手に入れる事は至難の業だろう。なにせ現存する物となると数は知れる上、それらを持つのは国か莫大な富を持つ収集家位のもので容易に手放すとは思えぬ。ゆえにアレは未だ見つかっておらぬ物を求めてうちに訪れたようだ。伝説や神話の本自体は見つけられたようだが流石に遺物の今の在処までは載っておらぬゆえ、今頃は分厚い本を片手に舞台となった土地を遮二無二に探し回っている事だろう。」
 またしても聞かれた事だけでなく相談者の気が重たくなるようなことまで語ってしまったせいで、吹きすさぶ雪が一層激しさを増し風もないのに吹雪き始めた。
「で、でもほら塵塚君は遺物たくさん持ってるんでしょ?その中で珍しそうな物を売ってあげるとかさ。」
「持っておらんでもないが、果たして彼奴にその代金が支払えるだろうかな。」
「参考までに幾ら位するのか聞いてもいい?」
「実は持ってはいるものの私自身使ったことのない物ばかりでな。どの程度の値を付ければいいのか皆目見当がつかんのだ。そうだ一つ試しに使ってみるか。」
 そういうとコンパスを取り出した時のように袖の内を弄って出てきた物が私の目の前に置かれる。 透明な立方体の中に地球の模型が浮かんでいるだけに見えるが、触ってみると立方体は意外にも弾力がありゴムのような感触だ。 隣に渡すと彼女も掌に載せて指で突いてみるが、やはり窪むも指を離せば直ぐに元の形に戻る不思議な感触の立方体の使い道など見当も付かず悩んでいると、いつの間にか手に極細の真っ赤な楊枝を構える少年に卓の上に置くように言われ、大人しくその通りにすると狙いを定めるように睨み始めた。
「伝説遺物としては有名ゆえ初仕事としてこれが幾ら位の値を付けるが妥当か共に考えてもらおう。うむ、大体このあたりだな。庭の方を見ていろ。」
 言われて首を回した瞬間庭と隣家を隔てる板塀の遥か西の空から真っ赤な柱が物凄い勢いで降ってきた。 何が起こったのか理解できずキャパシティーオーバーした脳が思考停止に陥っている間に轟音に遅れて暴風が訪れる。 風が止み慌ててちゃぶ台の上に目を戻すと尖りに尖った楊枝の先端が透明な箱の弾力ある壁を難なく貫通し、ちょこんとほんの少しだけ模型に突き立っていた。
「うむ伝説どおりだな。これは数億年前にとある怪異が暇つぶしに作った物でな。一時は人の手に渡り王族の暗殺に使おうとしたようだが加減が難しく、うっかり使用者もろとも国ごと滅んでしまったのだ。遠くからそれを望んでいて被害を免れた者達の伝聞によって空から降ってきた楊枝の方のみが伝わり、≪太陽の矢≫という捻りのない名で呼ばれておる遺物なのだが、これに幾らの値を付けるのが妥当だろうか。」
「あの柱は、その楊枝を抜けば、消えるんですか?」
「当然だ。この玉はこの星そのものだからな。抜けばすぐ元通りになるはずだ。」
 言いながら少年が楊枝をゆっくり引き抜くと赤い柱が天に戻っていき、遠くの山の枯葉や鳥が再び訪れた逆向きの強風により重力が反転したかのように空へ吸い込まれていった。 ものの数分間であったが現実味のない光景が治まり元の静けさが訪れると、今起こったことは全て夢だったのではないかと思えてくる。 冬華と目で会話を試みるとより近い位置に座っている私にやれと伝わって来たので、戦々恐々しながらそっと立方体を手に取って少年の袖の内へとねじ込んだ。
「して、この遺物の値は幾ら位が妥当だろうか?」
 なおも繰り返された問に私達の答えは珍しく揃い、値段なんて付けられる訳がないだった。