第3話 島津洋子、クリスマスイブ3
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女弁護士2
ぼくはアマネさんの腕を肩に回して、従業員用エレベーターで従業員階まで降りた。ベッドにアマネさんを放り出すと、もう彼はグウグウ寝ている。「アマネさん、トイレに行かないと・・・」と揺り起こすがダメだった。しょうがない、制服のままだが、制服はいつもクリーニングされて一式予備が支給されるので、明日は予備を着ればいい。毛布を掛けて寝かしつける。
ぼくは、部屋に付属する小さなシャワールームで手早くシャワーを浴びて、私服に着替える。そっと部屋を抜け出し、客用エレベーターに乗った。2時5分。2時頃に、と言ったのでいいだろう。9階に上がる。
903号室は階の隅にある。そっとノックをする。ドアが静かにあけられた。「キミね?」と隙間から覗く彼女。「ちょっと待っていて。ドアチェーンを外すわ」ドアが閉まり中でガチャガチャやっている。「さ、入って」と彼女が言う。「おじゃまします」と小さな声で言うぼく。
ベッドは乱れていなかった。窓際のテーブルにアマネさんの届けたシャンパンクーラーがおいてあった。彼女はグレイのニットのミニドレスに着替えていた。ストッキングははいていない。素足だ。
「さ、坐って。寝酒をつき合ってくれてありがとう」と彼女は窓際のソファーを指差した。ソファーに座りながら「ご招待頂きありがとうございます」とぼく。彼女は壁に備え付けのデスクの椅子に腰を下ろした。
「キミ、制服じゃなくって私服だと確かに学生なのね」
「だって、学生ですから」
「トラッドが好きなのね」と彼女が言う。
チノパンツにボタンダウンのシャツ、フィッシャーマンズセーターをぼくは着ていた。靴はデッキシューズ。
「キミ、名前は?」
「宮部明彦といいます」
「じゃあ、明彦くんでいいわね?私は島津洋子。洋子と呼んでね」とウインクする。
「ちょっと飲んじゃった」と彼女。
「遅れてスミマセン、片づけがあった物ですから・・・」
「仕事ですものね、シャンパンをどうぞ。それとも強いお酒がいい?」
「いえ、シャンパンを頂きます」とぼくはシャンパンクーラーからボトルを取り上げ、タオルで結露した瓶の表面を拭ってグラスに注いだ。彼女のグラスにも残り少なかったので継ぎ足した。
クリュッグのノンビンテージを頼むなど彼女は趣味がいい。モエ・エ・シャンドンが日本人にはよく知られているが(ドンペリニョンはこの社で作っている)、クリュッグの味には負ける。ビンテージは、何年ものとか呼ばれる。その年のブドウからしか作られない。いわばシングルモルトのようなものだ。
ノンビンテージは、さまざまな年のワインをブレンドして作られる、シャンパンのブレンデッドウィスキーだ。個性はビンテージが強いが、まよらかな味ならノンビンテージだ。むろん、高価だ。明治屋なんかで買うと。1978年当時で3万円もする代物だった。ホテルのチャージがかかるので、いったいいくらになるのか?
「やっぱり、シャンパンはおいしいわ」と彼女が言う。
「クリュッグのノンビンテージはあまり出ません。ご存じの方が少ないので。外国の方がよく飲まれるんですよ」
「フランスにいた時、こればっかり飲んでいたわ」
「フランスにおられたんですか?」
「ちょっとね、はくつけで留学していたようなものよ」
「へぇ~、パリですか?」
「モンペリエよ、南フランスの大学。パリはね、好きじゃなかったわ」と彼女が言う。「法学を学んだのよ・・・ところで、ね、キミの専攻は何なの?どこの大学?」と彼女がぼくに訊く。
「飯田橋の大学です。物理科です」とぼく。
「物理?変わっているわね?」
「変わっていますかね?」
「だって、工学部とかならいっぱいいるけれど、物理学専攻という人にはじめてであったわ」
「そんなに希少価値がありますかね?」
「上野の動物園のパンダ並じゃないの?」
「それほど珍しいかなあ・・・」
「彼女いるの?」
「いませんよ」と答えた。あれ、メグミはぼくの彼女なのか?う~ん、雅子が京都に帰ってしまって以来、本当の彼女という存在はいないようだ。「イブにバイトしているくらいですから・・・」
「それはお気の毒」
「不躾ですが、あなたはどうなんですか?」
「いないわよ、もう適齢期もすぎちゃったわ」なんてたわいない話をしばらくした。
1978年当時は、晩婚という現象もあまりなく、26才でも適齢期を過ぎた、という感覚だった。
急に真顔で「ねえ、何時までいられるの?」と彼女が訊く。
「このシャンパンを持ってきた男が起きるか、朝の始発電車の5時頃ですね」
「その人、早起き?」
「たいがい、昼近くまで寝ていますよ」
「じゃあ、5時頃まであと3時間ちょっとあるけれど、私につき合う?」
「いいですよ、明日は予定はありませんから」とぼくが言う。
彼女は、椅子から立ち上がるとベッドに腰をおろした。
「キミ、何をしたい?」と彼女が言う。ぼくは洋子の脚を見ていた。バーにいる時は、彼女の席はバーカウンター。脚がよく見えなかった。「ねえ、キミ、私の脚を見ているでしょ?」
「え?ああ、きれいな脚だなあ、って、洋子さん・・・」
「そぉかしら?きれいかな・・・でも、褒められてうれしい・・・じゃあさ、試しに私のスネを触ってみて」と刺激的なことを言う。
「え?」
「だから、そんな離れたソファーじゃなくて」とバンバンと自分の座っているベッドの左横を叩く。「ここ、ここに座って」
ぼくは、ソファーから立ち上がりベッドの彼女の左に座った。洋子さんは太腿を押し付けてくる。彼女のミニドレス越しに彼女の体温が伝わってくる。メグミにお仕置きをされそうだ。
彼女はぼくの手を持って、彼女のスネに押し付けた。「どう?」
「スベスベです」
「私は毛深いほうじゃないから、ムダ毛処理も簡単に済むのよ」
「へぇー」という会話になって、「キミ、女の子が毛深いか毛深くないか、どうやったら簡単に見分けられる?」などと質問する。
彼女が言うには「もみあげから顎、うなじにかけて産毛が多い女の子っているでしょ?そういう産毛が多い子は毛深いのよ」と持論を述べる。しかし、それが本当なのかどうか?調べないといけない。
「キミ、女性のあそこの毛だって、もみあげから類推できます、キッパリと言いきれます」とか言う。これも調べないといけない。でも、誰相手に?メグミにでも訊くのか?
「私、そんな産毛が多くないでしょ?毛深くないのよ。ホラ?」と長い髪をかきあげて、耳ともみあげを見せる。確かにそうだ。産毛はない。
「ね?今晩じゃないけど、今度じっくり私を確認してもいいわよ」とニヤッと笑って、彼女はシャンパンを飲み干した。
「さて、キミ、私と何をしたい?」と彼女が言う。
「ええっと・・・キスを・・・」
「キス?私と?」
「ハイ、洋子さんとキスしたいです」
「明彦くん、よく言った。いいわよ。私もキミとキスしたい」と洋子さんは唇を近づけてきた。
洋子さんはキスがとても上手だった。
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《《女弁護士2》》
ぼくはアマネさんの腕を肩に回して、従業員用エレベーターで従業員階まで降りた。ベッドにアマネさんを放り出すと、もう彼はグウグウ寝ている。「アマネさん、トイレに行かないと・・・」と揺り起こすがダメだった。しょうがない、制服のままだが、制服はいつもクリーニングされて一式予備が支給されるので、明日は予備を着ればいい。毛布を掛けて寝かしつける。
ぼくは、部屋に付属する小さなシャワールームで手早くシャワーを浴びて、私服に着替える。そっと部屋を抜け出し、客用エレベーターに乗った。2時5分。2時頃に、と言ったのでいいだろう。9階に上がる。
903号室は階の隅にある。そっとノックをする。ドアが静かにあけられた。「キミね?」と隙間から覗く彼女。「ちょっと待っていて。ドアチェーンを外すわ」ドアが閉まり中でガチャガチャやっている。「さ、入って」と彼女が言う。「おじゃまします」と小さな声で言うぼく。
ベッドは乱れていなかった。窓際のテーブルにアマネさんの届けたシャンパンクーラーがおいてあった。彼女はグレイのニットのミニドレスに着替えていた。ストッキングははいていない。素足だ。
「さ、坐って。寝酒をつき合ってくれてありがとう」と彼女は窓際のソファーを指差した。ソファーに座りながら「ご招待頂きありがとうございます」とぼく。彼女は壁に備え付けのデスクの椅子に腰を下ろした。
「キミ、制服じゃなくって私服だと確かに学生なのね」
「だって、学生ですから」
「トラッドが好きなのね」と彼女が言う。
チノパンツにボタンダウンのシャツ、フィッシャーマンズセーターをぼくは着ていた。靴はデッキシューズ。
「キミ、名前は?」
「宮部明彦といいます」
「じゃあ、明彦くんでいいわね?私は島津洋子。洋子と呼んでね」とウインクする。
「ちょっと飲んじゃった」と彼女。
「遅れてスミマセン、片づけがあった物ですから・・・」
「仕事ですものね、シャンパンをどうぞ。それとも強いお酒がいい?」
「いえ、シャンパンを頂きます」とぼくはシャンパンクーラーからボトルを取り上げ、タオルで結露した瓶の表面を拭ってグラスに注いだ。彼女のグラスにも残り少なかったので継ぎ足した。
クリュッグのノンビンテージを頼むなど彼女は趣味がいい。モエ・エ・シャンドンが日本人にはよく知られているが(ドンペリニョンはこの社で作っている)、クリュッグの味には負ける。ビンテージは、何年ものとか呼ばれる。その年のブドウからしか作られない。いわばシングルモルトのようなものだ。
ノンビンテージは、さまざまな年のワインをブレンドして作られる、シャンパンのブレンデッドウィスキーだ。個性はビンテージが強いが、まよらかな味ならノンビンテージだ。むろん、高価だ。明治屋なんかで買うと。1978年当時で3万円もする代物だった。ホテルのチャージがかかるので、いったいいくらになるのか?
「やっぱり、シャンパンはおいしいわ」と彼女が言う。
「クリュッグのノンビンテージはあまり出ません。ご存じの方が少ないので。外国の方がよく飲まれるんですよ」
「フランスにいた時、こればっかり飲んでいたわ」
「フランスにおられたんですか?」
「ちょっとね、はくつけで留学していたようなものよ」
「へぇ~、パリですか?」
「モンペリエよ、南フランスの大学。パリはね、好きじゃなかったわ」と彼女が言う。「法学を学んだのよ・・・ところで、ね、キミの専攻は何なの?どこの大学?」と彼女がぼくに訊く。
「飯田橋の大学です。物理科です」とぼく。
「物理?変わっているわね?」
「変わっていますかね?」
「だって、工学部とかならいっぱいいるけれど、物理学専攻という人にはじめてであったわ」
「そんなに希少価値がありますかね?」
「上野の動物園のパンダ並じゃないの?」
「それほど珍しいかなあ・・・」
「彼女いるの?」
「いませんよ」と答えた。あれ、メグミはぼくの彼女なのか?う~ん、雅子が京都に帰ってしまって以来、本当の彼女という存在はいないようだ。「イブにバイトしているくらいですから・・・」
「それはお気の毒」
「不躾ですが、あなたはどうなんですか?」
「いないわよ、もう適齢期もすぎちゃったわ」なんてたわいない話をしばらくした。
1978年当時は、晩婚という現象もあまりなく、26才でも適齢期を過ぎた、という感覚だった。
急に真顔で「ねえ、何時までいられるの?」と彼女が訊く。
「このシャンパンを持ってきた男が起きるか、朝の始発電車の5時頃ですね」
「その人、早起き?」
「たいがい、昼近くまで寝ていますよ」
「じゃあ、5時頃まであと3時間ちょっとあるけれど、私につき合う?」
「いいですよ、明日は予定はありませんから」とぼくが言う。
彼女は、椅子から立ち上がるとベッドに腰をおろした。
「キミ、何をしたい?」と彼女が言う。ぼくは洋子の脚を見ていた。バーにいる時は、彼女の席はバーカウンター。脚がよく見えなかった。「ねえ、キミ、私の脚を見ているでしょ?」
「え?ああ、きれいな脚だなあ、って、洋子さん・・・」
「そぉかしら?きれいかな・・・でも、褒められてうれしい・・・じゃあさ、試しに私のスネを触ってみて」と刺激的なことを言う。
「え?」
「だから、そんな離れたソファーじゃなくて」とバンバンと自分の座っているベッドの左横を叩く。「ここ、ここに座って」
ぼくは、ソファーから立ち上がりベッドの彼女の左に座った。洋子さんは太腿を押し付けてくる。彼女のミニドレス越しに彼女の体温が伝わってくる。メグミにお仕置きをされそうだ。
彼女はぼくの手を持って、彼女のスネに押し付けた。「どう?」
「スベスベです」
「私は毛深いほうじゃないから、ムダ毛処理も簡単に済むのよ」
「へぇー」という会話になって、「キミ、女の子が毛深いか毛深くないか、どうやったら簡単に見分けられる?」などと質問する。
彼女が言うには「もみあげから顎、うなじにかけて産毛が多い女の子っているでしょ?そういう産毛が多い子は毛深いのよ」と持論を述べる。しかし、それが本当なのかどうか?調べないといけない。
「キミ、女性のあそこの毛だって、もみあげから類推できます、キッパリと言いきれます」とか言う。これも調べないといけない。でも、誰相手に?メグミにでも訊くのか?
「私、そんな産毛が多くないでしょ?毛深くないのよ。ホラ?」と長い髪をかきあげて、耳ともみあげを見せる。確かにそうだ。産毛はない。
「ね?今晩じゃないけど、今度じっくり私を確認してもいいわよ」とニヤッと笑って、彼女はシャンパンを飲み干した。
「さて、キミ、私と何をしたい?」と彼女が言う。
「ええっと・・・キスを・・・」
「キス?私と?」
「ハイ、洋子さんとキスしたいです」
「明彦くん、よく言った。いいわよ。私もキミとキスしたい」と洋子さんは唇を近づけてきた。
洋子さんはキスがとても上手だった。