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第三部 28話 青い幻

ー/ー



「行くわよ?」
 どうにか立ち上がると、エルの言葉に頷いた。

「まずは視覚から」
「!」
 瞳に青い炎が灯ったような感覚があった。

 真っ暗だった周囲の景色が見える。
 薄い青色が森を照らしているようだった。

「眩しくはない?」
「大丈夫だ」

 視線を向ける。
 俺の様子を訝しむ『駆猿』がいた。

 次に落としたナイフを見つけた。
 取りに行くことは諦めて、別のナイフを腰から抜く。

 逆手に握って水平に構えた。

「次は聴覚ね」
『駆猿』の息遣いが聞こえた。耳を澄ませば自分の心臓の音くらいは聞こえそうだ。

 様子を窺っていた『駆猿』が一歩、踏み出した。
 合わせるように軽く身を引く。

 驚いたような息を呑む音。
 見えていることを確信したか。

「!」
 今度は本気で踏み込んできた。

 今までのような嬲り殺しではなく、警戒をもって『駆猿』が走り寄る。流石に速い。だけど、先ほどの跳躍ほどじゃない。同じく両手による薙ぎ払いが迫って来た。

 俺は同時に踏み込んだ。
『駆猿』の両手を紙一重で避けながらナイフを払う。

『駆猿』が小さな悲鳴を上げた。
 それでも致命傷は避けている。右脇腹を少し裂いただけ。

 交差した後、お互いに振り返る。振り向きざまにもう一度。
 俺が斬り上げて『駆猿』は裏拳を払う。

 今度は互いに回避した。
『駆猿』が仕切り直すために後ろへ跳ぶ。

「最後よ。条件が複雑なんだから、文句言ったら叩くからね。
 対象は『駆猿』。君が予測した動きを視界に映すわよ」
「……これは、便利だな」
 エルが俺の頭をぺしんと叩いた。褒めたんだよ。

 俺を警戒する『駆猿』から青い影のような姿が複数見えていた。
 
 一つ目、俺へと直進してくる。
 二つ目、後ろへと大きく跳ぶ。
 三つ目、一歩下がる。
 
 なるほど、俺はこの動きを想定しているわけか。
 試しに俺は『駆猿』へと一歩だけ詰め寄った。

『駆猿』は一歩下がった。
 三つ目の影と動きが重なる。

 俺の予想を超えた動きをされたら困るけどな。
 ……まあ、それは結局困るから良いか。

 俺はゆっくりと下がる動きを見せることにした。
 ナタリーとソフィアがいる方向にだ。もちろん本気ではない。

 三歩、後ろに下がった時。
 逃げられると思ったのだろう、『駆猿』が直進してきた。

 完全に『予測』していた俺は、一転して踏み込んだ。
 ナイフを置くイメージで突き込む。

「が……ッ」

 同時に体を回転させる。
『駆猿』の突進は受け流すように避けた。

「チ」
 首を狙ったのだが、完璧とはいかないか。
『駆猿』の左肩にナイフが刺さっただけだ。これで手持ちのナイフはなくなった。

『駆猿』の叫びが響く。
 怒りの表情で俺を睨むと、屈みこんだ。

「マジか」
 例の跳躍だろう。この木々の中でも使えるのか?

「ッ!」
『駆猿』が飛び込んでくる。やはり異常な速度だ。
 
 しかし『予測』していればどうにか避けることができた。
 逆上した『駆猿』が木の幹に着地して、再度跳ぶ。

『駆猿』自身も慣れていない様子だ。
 お前、一か八かで試してるだろ。

「でもこれは……」
 厄介だ、と口の中で呟いた。

 まるで光の帯が乱反射するように『駆猿』は木々の間を自由に跳び回った。
 人間の目では追うことすら難しい速さで何度も何度も襲い掛かる。

「……?」
 疑問を持ったのは『駆猿』の方だった。

 二度、三度と木々の合間を縫っては殴りつけているにも関わらず、俺は全てを避け切っていた。

 半身をずらし、一歩下がる。
 低く屈んだ後に右に転がった。

『駆猿』の跳躍は速いが直線的で読みやすい。事前に見ていたのが大きいな。
 タイミングに気を付けて『青い幻』から逃げれば良いだけだ。
 
 相手の位置は着地音を聞き分ければ把握できる。
 後は『駆猿』を視界に収め続ければ『青い幻』は消えない。

 二十は避けただろうか、堪え切れずに『駆猿』が吠えた。
 一際大きく跳び込んだ。俺へと一直線に向かってくる。

 ――ここだ。

「障壁よ、防げ」
 魔術を発動させながら右方向へと転がった。

 俺は『青い幻』の軌道から逃れつつ、()()()()()()()()()()()()
 
「ぎゃ……!?」
『駆猿』が障壁に激突して混乱の叫びを上げた。

 同時に目の前にあった障壁が砕け散る。
 代わりに『駆猿』の跳躍は途中で止まった。

「ふ――!」

 目の前に落ちてきた敵へと、転がった勢いそのままでナイフを振るう。
 さらに『駆猿』の左肩に刺さったナイフを空いた左手で引き抜いた。

 斬られた脇腹の痛みで、初めて『駆猿』が怯えた様子で一歩下がる。
 そこに全力で踏み込んだ。両手のナイフを逆手に握り直す。

 軽く跳んで両手のナイフを斬り返した。

 首から血が吹き出す。
『駆猿』が両膝から崩れ落ちる。

 その様子が――良く見えた。



「キース! 無事!?」
 しばらく経つとソフィアの声が響いてきた。

「無事じゃない! 死にそうだ!」
「何! どうしたの? 怪我したの!?」
「大きな怪我はしていない!」
「? じゃあ何で死にそうなのよ……?」
「過労死しそうだ……」
「……へえ。随分元気そうじゃない」
 暗闇で目が見えないソフィアに合わせて大声で会話する。

「で、『駆猿』は?」
「倒した。そこに転がってるよ」
「本当に?」
「夜が明けたら分かる。今日は帰ろう」
 俺がゆっくりと立ち上がる。
 ソフィアに分かるように足音を立てながら横を通りすぎた。

「……ソフィア?」
「一つ、分かったことがあるわ」
「?」
 真赤の魂をした少女は歩き出そうとしなかった。
 
「グレイの弟を庇った瞬間、あんたが分かった気がしたわ。
 ――あんたは、こういう人なのね?」
 それは決して良い意味には聞こえなかった。
 
 ソフィアは返事を待たずに歩き出す。
 俺の横を静かに通り過ぎて行った。



 戻ってみると、ナタリーとグレイの弟だけではなくアリス達のチームもいた。
 なるほど。合流できたからソフィアが離れたんだな。

 すぐさまグレイとセシルが寄ってくる。
 グレイは謝り倒し、セシルは治癒術を掛けてくれた。

 一通り事情を説明すると、ナタリーは驚いていたが頷いてくれた。
 明日『駆猿』の討伐を確認できれば依頼達成だろう、と。

「でも、どうして温厚な『駆猿』が人里近くまでやって来たんだろう?」
 ふと、アリスが首を傾げた。ナタリーが頷く。

「確かに。それだけは少し気がかりだね……。ちなみに、誰か心当たりは?
 不思議な出来事とか、どんな些細なことでも良いよ。何かない?」
 ナタリーの言葉に思わず上を見る。

 不思議な出来事というならこの子狐だろう。
 もちろん無関係なのは分かっているが。

「キース?」
「え? えーと……」
 ナタリーが目ざとく俺を目に留める。

 しかし、事情を話すわけにもいかない。
 エルはナタリーに正体を知られたくないのだ。

「さ、最近、動物に好かれてて……」
 エルが俺の頭をぱぁんと叩いた。



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「行くわよ?」
 どうにか立ち上がると、エルの言葉に頷いた。
「まずは視覚から」
「!」
 瞳に青い炎が灯ったような感覚があった。
 真っ暗だった周囲の景色が見える。
 薄い青色が森を照らしているようだった。
「眩しくはない?」
「大丈夫だ」
 視線を向ける。
 俺の様子を訝しむ『駆猿』がいた。
 次に落としたナイフを見つけた。
 取りに行くことは諦めて、別のナイフを腰から抜く。
 逆手に握って水平に構えた。
「次は聴覚ね」
『駆猿』の息遣いが聞こえた。耳を澄ませば自分の心臓の音くらいは聞こえそうだ。
 様子を窺っていた『駆猿』が一歩、踏み出した。
 合わせるように軽く身を引く。
 驚いたような息を呑む音。
 見えていることを確信したか。
「!」
 今度は本気で踏み込んできた。
 今までのような嬲り殺しではなく、警戒をもって『駆猿』が走り寄る。流石に速い。だけど、先ほどの跳躍ほどじゃない。同じく両手による薙ぎ払いが迫って来た。
 俺は同時に踏み込んだ。
『駆猿』の両手を紙一重で避けながらナイフを払う。
『駆猿』が小さな悲鳴を上げた。
 それでも致命傷は避けている。右脇腹を少し裂いただけ。
 交差した後、お互いに振り返る。振り向きざまにもう一度。
 俺が斬り上げて『駆猿』は裏拳を払う。
 今度は互いに回避した。
『駆猿』が仕切り直すために後ろへ跳ぶ。
「最後よ。条件が複雑なんだから、文句言ったら叩くからね。
 対象は『駆猿』。君が予測した動きを視界に映すわよ」
「……これは、便利だな」
 エルが俺の頭をぺしんと叩いた。褒めたんだよ。
 俺を警戒する『駆猿』から青い影のような姿が複数見えていた。
 一つ目、俺へと直進してくる。
 二つ目、後ろへと大きく跳ぶ。
 三つ目、一歩下がる。
 なるほど、俺はこの動きを想定しているわけか。
 試しに俺は『駆猿』へと一歩だけ詰め寄った。
『駆猿』は一歩下がった。
 三つ目の影と動きが重なる。
 俺の予想を超えた動きをされたら困るけどな。
 ……まあ、それは結局困るから良いか。
 俺はゆっくりと下がる動きを見せることにした。
 ナタリーとソフィアがいる方向にだ。もちろん本気ではない。
 三歩、後ろに下がった時。
 逃げられると思ったのだろう、『駆猿』が直進してきた。
 完全に『予測』していた俺は、一転して踏み込んだ。
 ナイフを置くイメージで突き込む。
「が……ッ」
 同時に体を回転させる。
『駆猿』の突進は受け流すように避けた。
「チ」
 首を狙ったのだが、完璧とはいかないか。
『駆猿』の左肩にナイフが刺さっただけだ。これで手持ちのナイフはなくなった。
『駆猿』の叫びが響く。
 怒りの表情で俺を睨むと、屈みこんだ。
「マジか」
 例の跳躍だろう。この木々の中でも使えるのか?
「ッ!」
『駆猿』が飛び込んでくる。やはり異常な速度だ。
 しかし『予測』していればどうにか避けることができた。
 逆上した『駆猿』が木の幹に着地して、再度跳ぶ。
『駆猿』自身も慣れていない様子だ。
 お前、一か八かで試してるだろ。
「でもこれは……」
 厄介だ、と口の中で呟いた。
 まるで光の帯が乱反射するように『駆猿』は木々の間を自由に跳び回った。
 人間の目では追うことすら難しい速さで何度も何度も襲い掛かる。
「……?」
 疑問を持ったのは『駆猿』の方だった。
 二度、三度と木々の合間を縫っては殴りつけているにも関わらず、俺は全てを避け切っていた。
 半身をずらし、一歩下がる。
 低く屈んだ後に右に転がった。
『駆猿』の跳躍は速いが直線的で読みやすい。事前に見ていたのが大きいな。
 タイミングに気を付けて『青い幻』から逃げれば良いだけだ。
 相手の位置は着地音を聞き分ければ把握できる。
 後は『駆猿』を視界に収め続ければ『青い幻』は消えない。
 二十は避けただろうか、堪え切れずに『駆猿』が吠えた。
 一際大きく跳び込んだ。俺へと一直線に向かってくる。
 ――ここだ。
「障壁よ、防げ」
 魔術を発動させながら右方向へと転がった。
 俺は『青い幻』の軌道から逃れつつ、|落《・》|ち《・》|て《・》|い《・》|た《・》|ナ《・》|イ《・》|フ《・》|を《・》|拾《・》|っ《・》|た《・》。
「ぎゃ……!?」
『駆猿』が障壁に激突して混乱の叫びを上げた。
 同時に目の前にあった障壁が砕け散る。
 代わりに『駆猿』の跳躍は途中で止まった。
「ふ――!」
 目の前に落ちてきた敵へと、転がった勢いそのままでナイフを振るう。
 さらに『駆猿』の左肩に刺さったナイフを空いた左手で引き抜いた。
 斬られた脇腹の痛みで、初めて『駆猿』が怯えた様子で一歩下がる。
 そこに全力で踏み込んだ。両手のナイフを逆手に握り直す。
 軽く跳んで両手のナイフを斬り返した。
 首から血が吹き出す。
『駆猿』が両膝から崩れ落ちる。
 その様子が――良く見えた。
「キース! 無事!?」
 しばらく経つとソフィアの声が響いてきた。
「無事じゃない! 死にそうだ!」
「何! どうしたの? 怪我したの!?」
「大きな怪我はしていない!」
「? じゃあ何で死にそうなのよ……?」
「過労死しそうだ……」
「……へえ。随分元気そうじゃない」
 暗闇で目が見えないソフィアに合わせて大声で会話する。
「で、『駆猿』は?」
「倒した。そこに転がってるよ」
「本当に?」
「夜が明けたら分かる。今日は帰ろう」
 俺がゆっくりと立ち上がる。
 ソフィアに分かるように足音を立てながら横を通りすぎた。
「……ソフィア?」
「一つ、分かったことがあるわ」
「?」
 真赤の魂をした少女は歩き出そうとしなかった。
「グレイの弟を庇った瞬間、あんたが分かった気がしたわ。
 ――あんたは、こういう人なのね?」
 それは決して良い意味には聞こえなかった。
 ソフィアは返事を待たずに歩き出す。
 俺の横を静かに通り過ぎて行った。
 戻ってみると、ナタリーとグレイの弟だけではなくアリス達のチームもいた。
 なるほど。合流できたからソフィアが離れたんだな。
 すぐさまグレイとセシルが寄ってくる。
 グレイは謝り倒し、セシルは治癒術を掛けてくれた。
 一通り事情を説明すると、ナタリーは驚いていたが頷いてくれた。
 明日『駆猿』の討伐を確認できれば依頼達成だろう、と。
「でも、どうして温厚な『駆猿』が人里近くまでやって来たんだろう?」
 ふと、アリスが首を傾げた。ナタリーが頷く。
「確かに。それだけは少し気がかりだね……。ちなみに、誰か心当たりは?
 不思議な出来事とか、どんな些細なことでも良いよ。何かない?」
 ナタリーの言葉に思わず上を見る。
 不思議な出来事というならこの子狐だろう。
 もちろん無関係なのは分かっているが。
「キース?」
「え? えーと……」
 ナタリーが目ざとく俺を目に留める。
 しかし、事情を話すわけにもいかない。
 エルはナタリーに正体を知られたくないのだ。
「さ、最近、動物に好かれてて……」
 エルが俺の頭をぱぁんと叩いた。