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第101話 午後稽古

ー/ー



 三年生たちも合流して、体育館での稽古が始まった。

「ここの体育館は長い方で、だいたい最長二十四、五メートルぐらいの距離がある。声を届かせようと思ったら結構な大きさが必要ってのは分かるな? しかも演技中は声を届けたい方に口が向いているとは限らない。それを踏まえると思ったよりも大きな声でセリフを言う必要がある。だが、だからといって大声を出すとセリフの情緒がなくなることもなる。まぁ、ここら辺は経験か。とりあえず一人ずつやってみるか」

 樫田が一年生たちに本番を見据えた声の大きさについて説明していた。
 一年生たちは舞台に、樫田は反対側の体育館の入り口に立った。
 そして実際に声を出す練習を始める。
 体育館は響くからコツを掴めばそんなに難しいことはない。
 一方で声を出すことに慣れていないと意外と大変だったりする。

「声の大きさは大丈夫そうだね」

「そうだな。あとは体力と本番次第って言ったところか」

 三年生と他の二年生が一年生たちの横に立って色々アドバイスする中、俺と増倉は体育館の端で弁当を食べていた。
 樫田が気づいて、食べる時間を確保してくれたのだ。
 まぁ、食べるタイミング失っていたから助かるのだが、何というか早く練習に混ざりたかった。
 一年生たちは特に恥ずかしがっている様子もなく、声出しの練習をしている。
 それを見ながら、俺は増倉と話す。

「オーディションに向けて準備してる?」

「正直ドタバタして、あんまできてない」

「やめてよね。後輩の面倒見ていて準備できなかったとか」

「分かってるよ。そっちは?」

「今のところは順調。あとはやりたい役が被るかどうか」

 そう言う増倉の顔は、どこか決意に満ちているように見えた。
 女子は男子より人数多いし、競争率が高いからな。
 どいつもこいつも演劇バカだし。

「……なんか今、ひどいこと考えてた?」

「……いや別に?」

 増倉からの視線に俺はすっとぼける。
 こえーよ。何で分かるんだよ。
 弁当を食べながら「ふーん」と言う増倉。

「杉野はさ、香奈のこと好きなの?」

「っ!?」

 あぶね! 口のもの吐き出すところだったじゃねーか!
 俺がそう目で訴えるが、増倉は真剣な様子だった。

「……そういうのは、ご法度だろ」

「どうして?」

「いや、そりゃ、部活やる上で恋愛はある程度割り切らないとだろ」

「杉野って能天気のわりに、そういう機微には敏感だよね」

「それ褒めてる?」

「べつに」

 質問の意図が見えなかった。
 俺としてはゴールデンウィークに色々あったりしたり、それに恋愛が絡むと私利私欲が増しそうなんか嫌だ。
 そうこうしているうちに、弁当を食べ終わる。

「「ごちそうさまでした」」

 どうやら、増倉の方も食べ終わったらしい。
 俺たちは立ち上がり、みんなの方へ近づく。
 気づいた樫田が声をかけてきた。

「二人とも、食べ終わったか」

「ああ、ありがとな。助かった」

「そりゃよかった。こっちはだいたい説明終えて、これから稽古に入るところだ」

「なら、ちょうどいいな」

「ああ、池本と三人で練習しといてくれるか? こないだみたいにチームごとに個別に見ていくから」

「分かった」

 ここからは台本読みに入るようだ。
 俺と増倉は池本のところに向かう。



 ――――――――――――――



 さて、ここで説明しないとならないことがある。
 それは桑橋高校演劇部における、演技の価値観である。

『演技において、下手は存在するが上手いはない』

 素人の棒読みや逆に感情が溢れすぎて見てられないという下手は存在するが、演技の上手いは存在しないということである。
 なぜなら演技をしているという時点でそれは嘘であり、本物になり得ないから。
 ただ、それでは褒めるときに言う言葉がなくなってしまうので、上手いの代わりにハマり役だったなどを使うことが多い。
 そんな我が演劇部の価値観がある故に、あまり手放しに演技を褒めることはないのだが。

「どうでしょうか?」

 池本が恐る恐る聞いてきた。
 俺は増倉と目を合わせる。
 そして、率直に答えることにした。

「いや、良かった。すごい良かったよ池本」

「そうね。すごいハマっていた……」

「ありがとうございます!」

 俺たちの言葉に池本は嬉しそうに笑った。
 春大会の台本を片手に読み稽古をしたのだが、まさかの池本の急成長である。
 もちろんツッコむべきところはいくつかある。
 ただ、午前中までの池本とはまるで別人の演技だった。
 一番の問題だった雰囲気、テンポが圧倒的に良くなっていた。
 こりゃ、本当にどうなるか分からないかもな……。
 俺は純粋に喜んだが、同じ役を狙うかもしれない増倉は複雑な様子だった。

 そして、樫田に観せる番が回ってきた。



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 三年生たちも合流して、体育館での稽古が始まった。
「ここの体育館は長い方で、だいたい最長二十四、五メートルぐらいの距離がある。声を届かせようと思ったら結構な大きさが必要ってのは分かるな? しかも演技中は声を届けたい方に口が向いているとは限らない。それを踏まえると思ったよりも大きな声でセリフを言う必要がある。だが、だからといって大声を出すとセリフの情緒がなくなることもなる。まぁ、ここら辺は経験か。とりあえず一人ずつやってみるか」
 樫田が一年生たちに本番を見据えた声の大きさについて説明していた。
 一年生たちは舞台に、樫田は反対側の体育館の入り口に立った。
 そして実際に声を出す練習を始める。
 体育館は響くからコツを掴めばそんなに難しいことはない。
 一方で声を出すことに慣れていないと意外と大変だったりする。
「声の大きさは大丈夫そうだね」
「そうだな。あとは体力と本番次第って言ったところか」
 三年生と他の二年生が一年生たちの横に立って色々アドバイスする中、俺と増倉は体育館の端で弁当を食べていた。
 樫田が気づいて、食べる時間を確保してくれたのだ。
 まぁ、食べるタイミング失っていたから助かるのだが、何というか早く練習に混ざりたかった。
 一年生たちは特に恥ずかしがっている様子もなく、声出しの練習をしている。
 それを見ながら、俺は増倉と話す。
「オーディションに向けて準備してる?」
「正直ドタバタして、あんまできてない」
「やめてよね。後輩の面倒見ていて準備できなかったとか」
「分かってるよ。そっちは?」
「今のところは順調。あとはやりたい役が被るかどうか」
 そう言う増倉の顔は、どこか決意に満ちているように見えた。
 女子は男子より人数多いし、競争率が高いからな。
 どいつもこいつも演劇バカだし。
「……なんか今、ひどいこと考えてた?」
「……いや別に?」
 増倉からの視線に俺はすっとぼける。
 こえーよ。何で分かるんだよ。
 弁当を食べながら「ふーん」と言う増倉。
「杉野はさ、香奈のこと好きなの?」
「っ!?」
 あぶね! 口のもの吐き出すところだったじゃねーか!
 俺がそう目で訴えるが、増倉は真剣な様子だった。
「……そういうのは、ご法度だろ」
「どうして?」
「いや、そりゃ、部活やる上で恋愛はある程度割り切らないとだろ」
「杉野って能天気のわりに、そういう機微には敏感だよね」
「それ褒めてる?」
「べつに」
 質問の意図が見えなかった。
 俺としてはゴールデンウィークに色々あったりしたり、それに恋愛が絡むと私利私欲が増しそうなんか嫌だ。
 そうこうしているうちに、弁当を食べ終わる。
「「ごちそうさまでした」」
 どうやら、増倉の方も食べ終わったらしい。
 俺たちは立ち上がり、みんなの方へ近づく。
 気づいた樫田が声をかけてきた。
「二人とも、食べ終わったか」
「ああ、ありがとな。助かった」
「そりゃよかった。こっちはだいたい説明終えて、これから稽古に入るところだ」
「なら、ちょうどいいな」
「ああ、池本と三人で練習しといてくれるか? こないだみたいにチームごとに個別に見ていくから」
「分かった」
 ここからは台本読みに入るようだ。
 俺と増倉は池本のところに向かう。
 ――――――――――――――
 さて、ここで説明しないとならないことがある。
 それは桑橋高校演劇部における、演技の価値観である。
『演技において、下手は存在するが上手いはない』
 素人の棒読みや逆に感情が溢れすぎて見てられないという下手は存在するが、演技の上手いは存在しないということである。
 なぜなら演技をしているという時点でそれは嘘であり、本物になり得ないから。
 ただ、それでは褒めるときに言う言葉がなくなってしまうので、上手いの代わりにハマり役だったなどを使うことが多い。
 そんな我が演劇部の価値観がある故に、あまり手放しに演技を褒めることはないのだが。
「どうでしょうか?」
 池本が恐る恐る聞いてきた。
 俺は増倉と目を合わせる。
 そして、率直に答えることにした。
「いや、良かった。すごい良かったよ池本」
「そうね。すごいハマっていた……」
「ありがとうございます!」
 俺たちの言葉に池本は嬉しそうに笑った。
 春大会の台本を片手に読み稽古をしたのだが、まさかの池本の急成長である。
 もちろんツッコむべきところはいくつかある。
 ただ、午前中までの池本とはまるで別人の演技だった。
 一番の問題だった雰囲気、テンポが圧倒的に良くなっていた。
 こりゃ、本当にどうなるか分からないかもな……。
 俺は純粋に喜んだが、同じ役を狙うかもしれない増倉は複雑な様子だった。
 そして、樫田に観せる番が回ってきた。