夕方五時、まだ陽は傾かない。この時間帯の公園は幼い子供らで占領されていてもおかしくないが、少子化の影響なのか、見える範囲には誰一人いなかった。
公園の隅で屹立する大きな桜の樹は、枝の先で沢山の花弁を纏っていた。風が吹けば、流れに身を委ねるように薄桃色がひらひらと剥がれていく。季節の変わり目は苦手だが、春特有の風景と香りは嫌いじゃない。
私は、座高の低いブランコに腰掛けるでも、ジャングルジムの頂点を目指すでも無く、何の変哲もない地面にしゃがみこんでいた。軽い砂に混ざる透明な石が柔らかい太陽光を反射していて、辺り一面が煌めいて見える。
「真緒」
誰かが私を呼んだ。よく知っている響きだ。私の心に静かに波紋を作るような、淡い声。
「こんな所にいたの?」
と言って微笑むと、彼は躊躇無く私の隣でしゃがみこんだ。
佐和だ。こうして顔を合わせるのは先日の卒業式ぶりだ。今年の春から私たちはバラバラの高校に進学してしまったから、彼の着るその紺色のブレザーに馴染みがなく、まだ見慣れない。
「あんたはいつも急に現れるね」
「はは、お褒めに預かりまして」
佐和の、吐息を捨てるような笑い方はずっと変わらなくて安心する。私の問いに対する、雑な返事も。
「何を見ていたの?」
小さく首を傾け、佐和は私に尋ねた。
「これ」
私は人差し指で地面を示した。その先には、虫の死骸がある。が、私が示唆したかったのはグロテスクな死骸ではなく、その周囲で蠢く黒い点々とした行列だった。
「蟻?」
「そう。何か面白いでしょ」
乱れることなく規則的に動く蟻を俯瞰するのは案外楽しい。先に巣の方へ戻っていく個体の道をなぞり、後発の個体がぞろぞろと移動する様子は、流れ作業の工場のようで見ていて飽きない。
「真緒はいつも訳分からないことばかりするね」
お返しと言わんばかりに皮肉めいたことを口にしてくる。訳分からないとは何よ、と言い返すよりも先に、佐和がこう続けた。
「僕は好きだよ。そういう所」
ムキになって張り合おうとした感情が一瞬で鎮火し、代わりにさわやかな春風が私の胸を吹き抜けていく。まぁいいか、と思わされる魅力が佐和にはある。
「……でも、これは要らない」
それは一瞬の出来事だった。突然佐和がその細い指先を地面に向け、小さく力を込めたのだった。地面と指の狭間で潰れた黒が、列を乱す。道を見失った他の蟻が混乱したように徘徊する。そして、そのうちに新しい道を開拓する。何事も無かったかのように。
「下校の途中なんでしょ? ほら、帰ろう?」
だが、一番何事も無かったかのように振舞ったのは、他でもない佐和だ。立ち上がって私に手を差し出す。殺害に加担していない、白い左手で。
「あんたの方がよっぽど訳分からないっての」
と呟いて、私はその左手をとった。
私たちは、二人手を繋いで孤島を形成している。寂れた街中にいても人々の群れの中にいても、私たちは常に周りから乖離している。