表示設定
表示設定
目次 目次




【4】②

ー/ー



    ◇  ◇  ◇
 スマートフォンを握り締めたまま何分が経ったのか。
 ふっとディスプレイが暗転して、亜沙美は我に返る。改めて電源を入れ直し、息を止めて呼び出された電話番号の下のボタンを押した。

 調べて登録しておいた、穂台支店の代表番号。さすがに支店長室に直電を入れるほど厚かましくも非常識でもない、つもりだ。

「あの支店長、……上坂支店長さんをお願いします!」
 通話が繋がり担当者の型通りの受け答えが終わるやいなや、亜沙美はつかえながらも要件だけ告げた。

『大変失礼ですが……』
「佐原です。佐原 亜沙美です。そうお伝え願えれば──」
 ここで断られたらどうすればいいのか。そこまでシミュレーションしていなかった。当然、上坂と話せるものという前提でしか。

『サハラ アサミ様ですね。少々お待ちくださいませ』
 しかし内心取り乱した亜沙美に対して、電話の向こうの女性の丁寧な応対と同時に保留音が流れる。

『お電話変わりました、上坂です。──佐原、さん?』
 待つほどもなく耳に流れ込んで来た、少し懐かしい声。まだひと月しか経たないのに。
 瞳が潤みそうになった自分を叱咤して、亜沙美は何度も心の中で繰り返した台詞を告げた。

「そうです。斉内でお世話になりました佐原 亜沙美です。私用の番号を知りませんので、お仕事中に申し訳ありません。してん、──上坂さん。私、アルバイト辞めたんです。二年からは大学の方に集中しようと思って。それであの、お会いしてお話したいことがあるんです」
 この短い台詞の中でさえ矛盾がある。論理破綻している。
 「勉強のためにバイトを辞めた」「でも、あなたに逢いたい」
 それさえ自覚しているのに止まらない、心。

『……僕と?』
 上坂の一人称が、オフィシャルのではなくなっている。
 単に不意打ちで驚いただけだとわかってはいるが、亜沙美はそれさえ何故か嬉しかった。

「はい。あの、お忙しいと思いますのでいつでも構いません。合わせます」
 沈黙。やはり迷惑だっただろうか。いや、当然か。

「やっぱりいいです。すみません」
 そう言って切るべきだろう。そして、すべて忘れていい想い出にする。
 けれど、できなかった。




スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 【4】③


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



    ◇  ◇  ◇
 スマートフォンを握り締めたまま何分が経ったのか。
 ふっとディスプレイが暗転して、亜沙美は我に返る。改めて電源を入れ直し、息を止めて呼び出された電話番号の下のボタンを押した。
 調べて登録しておいた、穂台支店の代表番号。さすがに支店長室に直電を入れるほど厚かましくも非常識でもない、つもりだ。
「あの支店長、……上坂支店長さんをお願いします!」
 通話が繋がり担当者の型通りの受け答えが終わるやいなや、亜沙美はつかえながらも要件だけ告げた。
『大変失礼ですが……』
「佐原です。佐原 亜沙美です。そうお伝え願えれば──」
 ここで断られたらどうすればいいのか。そこまでシミュレーションしていなかった。当然、上坂と話せるものという前提でしか。
『サハラ アサミ様ですね。少々お待ちくださいませ』
 しかし内心取り乱した亜沙美に対して、電話の向こうの女性の丁寧な応対と同時に保留音が流れる。
『お電話変わりました、上坂です。──佐原、さん?』
 待つほどもなく耳に流れ込んで来た、少し懐かしい声。まだひと月しか経たないのに。
 瞳が潤みそうになった自分を叱咤して、亜沙美は何度も心の中で繰り返した台詞を告げた。
「そうです。斉内でお世話になりました佐原 亜沙美です。私用の番号を知りませんので、お仕事中に申し訳ありません。してん、──上坂さん。私、アルバイト辞めたんです。二年からは大学の方に集中しようと思って。それであの、お会いしてお話したいことがあるんです」
 この短い台詞の中でさえ矛盾がある。論理破綻している。
 「勉強のためにバイトを辞めた」「でも、あなたに逢いたい」
 それさえ自覚しているのに止まらない、心。
『……僕と?』
 上坂の一人称が、オフィシャルの《《私》》ではなくなっている。
 単に不意打ちで驚いただけだとわかってはいるが、亜沙美はそれさえ何故か嬉しかった。
「はい。あの、お忙しいと思いますのでいつでも構いません。合わせます」
 沈黙。やはり迷惑だっただろうか。いや、当然か。
「やっぱりいいです。すみません」
 そう言って切るべきだろう。そして、すべて忘れていい想い出にする。
 けれど、できなかった。