「あれ?
大島さん、今日お子さんの入学式じゃなかったですか?」
「そうだけど? なんで知ってるの?」
出勤するなり一年後輩で隣席の
井川に問われ、大島は意味もわからず軽く返した。
「いや、大島さんの上の娘さんてうちの子の一つ下でしたよね? お住まいも僕と同じ加寿美市ですし。市立小学校はみんな今日入学式ですから」
式に出るのは六年生だけなんでうちの息子は休みで、と彼が続ける。
そういえば、去年井川は「子どもの入学式だから」と休んでいた。たかがその程度で、と呆れた記憶がある。
同時に、他の誰もが当然のこととして受け入れていた様子だったことも脳裏に浮かんだ。
ふと大島は、周りの空気がおかしいのに気づく。
つい先ほどまでは、勤務時間開始前ということもあって適度にざわついていた室内は水を打ったように静まり返っていた。
「……大島くん! なんでそんな大事なことを言わなかった!?」
課長の慌てた様子に、この息苦しい雰囲気の原因は自分なのだと思い知らされる。「部下にきちんと休みを取らせる」のも管理職の職務なのだから、彼の心中は複雑なのかもしれない。
特に繁忙期でもないのに「入学式にさえ休ませない上司だ」と見做されたら、と課長が不安を覚えても仕方がないと理解はできた。
家庭の事情をいちいち詮索するような『アットホーム』な社風でもない。大島自身、井川の息子のことも今聞いて思い出したくらいだ。
そもそも個々の課員の子どもの年齢など、データとして知ってはいても課長が日常的に意識していないのはむしろ当然だろう。
「井川くん、今は入学式に父親も行くの?」
「えーと。そりゃまあ全員ってことはありませんけど、普通に行くご家庭が多いんじゃないでしょうか。……あ、あくまでもうちの子の学校では、ですけど」
微妙に納得が行かずに尋ねた大島に、少し気まずそうに答える彼。
井川の気遣いには感謝するが、この課内の面々の受け取り方からもそれが世間の常識らしい。
大島には娘が二人いる。
この『失態』は下の娘の際に取り返そう、と密かに決意を固めた。