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第96話 覚悟と在り方

ー/ー



「なるほどな」

 俺が簡潔に話すと樫田はそう呟いた。
 おそらく、俺のしたいことも伝えたいことも感じ取ったのだろう。
 しかし樫田の表情は明るくなかった。

「悪くはない……だがダメだ」

「なんで!?」

「確かに悪くないが、池本以外のことは考えているか? これは一年生だけじゃないぞ。俺達二年生を含めた部活全体のことだ」

「それは……」

「せっかく貴重な体育館での稽古だ……声の大きさや響き、舞台から見た客席。一年生に教えないといけないことはたくさんあるし、二年生もしたいことはあるだろう」

 樫田の言っていることは正しい。
 部活のことを考えた時、どこまで意味のあることか。
 それをはっきりと断言できなかった。

「それは違いますよ、樫田先輩」

 一瞬誰の声だか分からなかった。
 目の前の樫田と増倉の視線が田島の方に向けられていたので、俺も横を見た。
 田島は笑顔で樫田の方を見ていた。

「違う、とは?」

「私達に一年生に今必要なのは、技術や知識じゃありません」

「じゃあ、何が必要なんだ?」

「覚悟と在り方です」

 さらっと、田島は言う。
 確信めいた言葉を。
 それを聞いた樫田は笑顔になる。

「意地悪する気はないが、詳しく聞いても良いか?」

「はい。まず覚悟とは迷わないことです。それは準備であったり悟りであったりしますが、私たち一年生は今、迷っています」

「何に迷っている?」

「在り方です」

「なら、在り方とは何だ?」

「部活の方向性ですよ」

 その言葉に、増倉の表情が強張る。
 きっと俺も同じだろう。
 樫田だけが笑顔のまま、田島の話を聞いていた。

「だってそうじゃないですか。先輩たちがどういう方向性を持っていて、どういう覚悟を持っているのか、私たちは知りません」

「なるほどな。そりゃそうだ」

 どこか楽しそうなに樫田は肯定した。
 たぶん、田島の言いたいことが明確に分かったのだろう。

「春佳ちゃんも金子君も、それに私も……覚悟と在り方を示されていません」

 覚悟と在り方。
 それは哲学用語のように、繊細で明確な意味を持つのだろう。
 口に出すと短いくせにその意味は長く、されど事理明白としている。
 そんな言葉のように感じてならなかった。

「田島は、私たちが在り方を示してないって言うの?」

「はい。だって先輩たち迷っているじゃないですか」

 誰も何が? とは聞かなかった。
 心の奥を見透かされたかのような胸の高鳴りを感じた。
 増倉も同じなのか、驚いた表情をしていた。
 だが、樫田は依然として笑顔のままだった。

「やめとけ増倉。俺達は一年生たちに在り方を示せていない。そうだろ?」

「……ならどうするの? 杉野の案を飲むっていうの?」

 増倉は肯定も否定もせず話を進めた。
 対して樫田は答える。

「それはお前ら次第だ。俺は部活にとって有益な方を優先する」

「つまり、私が認めなかったら通らないわけだ」

「杉野がそれでもやるって言うなら別だけどな」

 二人の視線が再び向けられる。
 確かに、増倉に反対されたまま無理矢理やることもできるだろう。
 だが、俺は決めたんだ。
 俺の青春にはみんなが必要だって。

「増倉が反対するなら無理に自分の意見を押し通すつもりはない」

「そう、なら」

「けど引くつもりもない」

 俺が断言すると、増倉はじっと睨んできた。
 怯むことなく俺は続ける。

「増倉、俺は分かってなかったよ。自分が進む道がどんな意味を持つか」

「……今更だね。もう選んだんでしょ」

「いや俺は選ばなかった」

「嘘。じゃあどうやって香奈を説得したの?」

「説得はしていないつもりだ。椎名には椎名の、俺には俺の譲れないものがあるって話だ」

「信じられない」

 増倉からしたら、やはり俺は椎名の味方なのだろう。
 警戒心が解けていない冷たい視線だ。

「だったら俺はここにいないよ」

「それは……確かにそうかもしれないけど」

「増倉言ってただろ? 俺の中に池本の求める答えがあるって」

「言ったね」

「俺はまだそれが何かが分からない。けど、田島の言う通り俺たちは後輩たちに覚悟と在り方を見せないといけない。だから頼む!」

「…………一つだけ、聞かせて」

「ああ」

 増倉は真剣な眼差しを向けてきた。
 それは敵意ではなく、懇願するような視線。

「杉野が示す在り方って何?」

「それは」

 言葉が詰まった。うまく表現できないからじゃない。
 俺の中で矛盾が生まれたからだ。
 椎名と全国を目指しているのに、今この過程が愛しいと思っている無常なる矛盾。
 問われて、ようやく気付く。
 ああそうか。

「悪い、言葉にしたくない」

「したくない? どうして?」

「俺が一人で言葉したら、たぶん変わってしまうから」

「変わる?」

「ああそうだ。固まったり混ざったり引っ張られたり深読みしすぎたりしてさ。たぶん変わる……それは名前だったり意味だったり感じるものだったり、とにかく色んなことが変わる」

 俺の言葉を増倉も樫田も田島も黙って聞いた。
 きっと伝わっている。
 これは期待ではなく信頼だ。
 だから俺は話を進める。
 分かっている前提で、想いの全身全霊を。

「だって、示すのは俺の在り方、だろ?」

「……そう、杉野はそうなのね」

 増倉は何かに納得した。
 そして俺がそれについて聞く前に笑顔で言った。

「分かったよ杉野。もう一度、信じるから」



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「なるほどな」
 俺が簡潔に話すと樫田はそう呟いた。
 おそらく、俺のしたいことも伝えたいことも感じ取ったのだろう。
 しかし樫田の表情は明るくなかった。
「悪くはない……だがダメだ」
「なんで!?」
「確かに悪くないが、池本以外のことは考えているか? これは一年生だけじゃないぞ。俺達二年生を含めた部活全体のことだ」
「それは……」
「せっかく貴重な体育館での稽古だ……声の大きさや響き、舞台から見た客席。一年生に教えないといけないことはたくさんあるし、二年生もしたいことはあるだろう」
 樫田の言っていることは正しい。
 部活のことを考えた時、どこまで意味のあることか。
 それをはっきりと断言できなかった。
「それは違いますよ、樫田先輩」
 一瞬誰の声だか分からなかった。
 目の前の樫田と増倉の視線が田島の方に向けられていたので、俺も横を見た。
 田島は笑顔で樫田の方を見ていた。
「違う、とは?」
「私達に一年生に今必要なのは、技術や知識じゃありません」
「じゃあ、何が必要なんだ?」
「覚悟と在り方です」
 さらっと、田島は言う。
 確信めいた言葉を。
 それを聞いた樫田は笑顔になる。
「意地悪する気はないが、詳しく聞いても良いか?」
「はい。まず覚悟とは迷わないことです。それは準備であったり悟りであったりしますが、私たち一年生は今、迷っています」
「何に迷っている?」
「在り方です」
「なら、在り方とは何だ?」
「部活の方向性ですよ」
 その言葉に、増倉の表情が強張る。
 きっと俺も同じだろう。
 樫田だけが笑顔のまま、田島の話を聞いていた。
「だってそうじゃないですか。先輩たちがどういう方向性を持っていて、どういう覚悟を持っているのか、私たちは知りません」
「なるほどな。そりゃそうだ」
 どこか楽しそうなに樫田は肯定した。
 たぶん、田島の言いたいことが明確に分かったのだろう。
「春佳ちゃんも金子君も、それに私も……覚悟と在り方を示されていません」
 覚悟と在り方。
 それは哲学用語のように、繊細で明確な意味を持つのだろう。
 口に出すと短いくせにその意味は長く、されど事理明白としている。
 そんな言葉のように感じてならなかった。
「田島は、私たちが在り方を示してないって言うの?」
「はい。だって先輩たち迷っているじゃないですか」
 誰も何が? とは聞かなかった。
 心の奥を見透かされたかのような胸の高鳴りを感じた。
 増倉も同じなのか、驚いた表情をしていた。
 だが、樫田は依然として笑顔のままだった。
「やめとけ増倉。俺達は一年生たちに在り方を示せていない。そうだろ?」
「……ならどうするの? 杉野の案を飲むっていうの?」
 増倉は肯定も否定もせず話を進めた。
 対して樫田は答える。
「それはお前ら次第だ。俺は部活にとって有益な方を優先する」
「つまり、私が認めなかったら通らないわけだ」
「杉野がそれでもやるって言うなら別だけどな」
 二人の視線が再び向けられる。
 確かに、増倉に反対されたまま無理矢理やることもできるだろう。
 だが、俺は決めたんだ。
 俺の青春にはみんなが必要だって。
「増倉が反対するなら無理に自分の意見を押し通すつもりはない」
「そう、なら」
「けど引くつもりもない」
 俺が断言すると、増倉はじっと睨んできた。
 怯むことなく俺は続ける。
「増倉、俺は分かってなかったよ。自分が進む道がどんな意味を持つか」
「……今更だね。もう選んだんでしょ」
「いや俺は選ばなかった」
「嘘。じゃあどうやって香奈を説得したの?」
「説得はしていないつもりだ。椎名には椎名の、俺には俺の譲れないものがあるって話だ」
「信じられない」
 増倉からしたら、やはり俺は椎名の味方なのだろう。
 警戒心が解けていない冷たい視線だ。
「だったら俺はここにいないよ」
「それは……確かにそうかもしれないけど」
「増倉言ってただろ? 俺の中に池本の求める答えがあるって」
「言ったね」
「俺はまだそれが何かが分からない。けど、田島の言う通り俺たちは後輩たちに覚悟と在り方を見せないといけない。だから頼む!」
「…………一つだけ、聞かせて」
「ああ」
 増倉は真剣な眼差しを向けてきた。
 それは敵意ではなく、懇願するような視線。
「杉野が示す在り方って何?」
「それは」
 言葉が詰まった。うまく表現できないからじゃない。
 俺の中で矛盾が生まれたからだ。
 椎名と全国を目指しているのに、今この過程が愛しいと思っている無常なる矛盾。
 問われて、ようやく気付く。
 ああそうか。
「悪い、言葉にしたくない」
「したくない? どうして?」
「俺が一人で言葉したら、たぶん変わってしまうから」
「変わる?」
「ああそうだ。固まったり混ざったり引っ張られたり深読みしすぎたりしてさ。たぶん変わる……それは名前だったり意味だったり感じるものだったり、とにかく色んなことが変わる」
 俺の言葉を増倉も樫田も田島も黙って聞いた。
 きっと伝わっている。
 これは期待ではなく信頼だ。
 だから俺は話を進める。
 分かっている前提で、想いの全身全霊を。
「だって、示すのは俺《《たち》》の在り方、だろ?」
「……そう、杉野はそうなのね」
 増倉は何かに納得した。
 そして俺がそれについて聞く前に笑顔で言った。
「分かったよ杉野。もう一度、信じるから」