瑠菜は楓李と雪紀に見送られた後、一人でカフェに来ていた。
いつも行く場所とは違う、隣町の小さなカフェだ。
「瑠菜……ちゃん?」
「ナコ!来てくれたの?よかったぁ。」
「え……うん。そりゃ、来るよ。」
瑠菜に声をかけたのは瑠菜に少し似た少女だった。
一つ瑠菜と大きく異なる部分があるとすれば、最近瑠菜は髪を切ったためおかっぱだということくらいだ。
少女の方は真っ黒な黒髪を一つにくくっていて清楚感がある。
「そのネックレスきれいだね。夏らしい。」
「今は冬だけどね。チカさんからもらったの。」
ナコと呼ばれた少女はニコッと笑ってネックレスを触った。
トパーズの宝石は水色に輝いていてとてもきれいだった。
瑠菜もそれを見てそっかと笑う。
「瑠菜ちゃんも……それきれいだね。」
「一目ぼれしたの。」
「あ……自分で買ったんだ。」
「何食べたい?おごるよ。」
「え、いいよ。自分で払うから。」
「呼び出したのは私なんだから払わせて。」
ナコは瑠菜に言われて小さくうなずいた。
今のナコにはお金が全くなかったからだ。
払ってもらえるならそれはそれでありがたい。
「今って何してるの?」
「……普通に学生。」
「え?どこ行ってるの?」
「近くの私立高。」
「そっか。会わないわけだねぇ。」
公立高校と私立高校は下校時間すらも全く違う。
近くを通ったとしても会わないのは仕方がないことだろう。
ナコも瑠菜の言っていることの意味は分かる。
しかしながら、今の瑠菜とナコではそれ以上に立場が違いすぎる。
ナコはそう感じていた。
「あ、そういえばナコ……。」
「っなんで普通にできるの?」
ナコは瑠菜に対して叫ぶように言ってしまい、ハッとした。
強く言い過ぎたと思った。
それくらい、瑠菜の表情に冷たさを感じたのだ。
「なんでって?」
「だって……私は。」
「私をいじめた発端?」
瑠菜が冷たく言い放つと、ナコは泣きそうな顔になった。
瑠菜は先ほどの冷たい表情からニッコリといつも通りの笑顔に戻っている。
「知ってるならなんで?」
「知らないよ。君らのおかげでそのころからの記憶はないからね。」
「え……?何言って……。」
瑠菜は笑ってナコの手をつかんだ。
震えているナコの手は瑠菜の手の中でも震えたままだ。
「なんとなくそう思っただけ。お兄が何もない人をやめさせたりしないだろうし、君もこの会社を辞めたいとは思ってなさそうだからね。でも、今日はそんなの関係ない。」
瑠菜はそういてコーヒーを一杯飲む。
ナコはその姿を見た瞬間噴き出して笑ってしまった。
「あなたはいつもそう……。」
どうしようもなかった不安から解放されるような気がしたのだ。
縄によって縛られていた体がふっと軽くなって縄が急にほどけていく感覚。
瑠菜もそんなナコを見ていて安心したような笑顔を浮かべる。
「フフ……ごめん、瑠菜。……本当にごめん。」
「それは今ここで笑っていることに対する謝罪?」
「それもだけど……過去のことも。私もあそこまで大きないじめになるとは思ってなかったから。」
「そんなに大きないじめだったの?ナコ、目の付け所がいいんじゃない?周りを動かせるほどの観察力ってめっちゃいいじゃん。」
「あんたらしいわね。……でも、本当に悪かったとは思ってるのよ。」
「いいの、気にしないで。どうせ覚えてないし。記憶ないんだから。」
「え?それ本当なの?」
「小6から先の記憶がないの。」
瑠菜はごく当たり前に言う。
ナコはそれを聞いてハッとした。
瑠菜がここで嘘をつくような人間ではないことくらいわかる。
というか、今ここで嘘をつき通す理由もないと思ったのだ。
「それは、いじめが原因?」
「そうらしいわね。知らないけど。」
瑠菜は鼻で笑っているが、ナコはそれを聞いて下を向いてしまった。
瑠菜が大きな木の下にいるような気がしたのだ。
それはナコがまいた種。
その種は思っていたよりも大きく成長していた。
ナコが最後に瑠菜の姿を見た時よりもずっと大きい。
それを今、思い知らされた。
ナコは瑠菜の居場所を奪ってしまったと一瞬思ったが、瑠菜はコムや楓李、雪紀もいたためそんなことはないのだろうと思いなおす。
「本当にごめんなさい。」
「いいって、ナコが原因ではないし。悪いのは、ナコの言葉を真に受けて物理的に私をいじめてきたやつらでしょ?日記にもそう書いてあったし。」
「でも……。」
「ナコは悪くないよ。もしナコが悪かったら私は今日ここにナコを呼び出したりしないわ。」
「……ありがとう。」
ナコはそう言って少しだけ笑った。
ボロボロと涙を出しながら笑った。
ナコは会社を辞めさせられてから一度も瑠菜のことを考えたことがなかった訳では無い。
自分のせいだという気持ちも少なからずあった。
そしてナコにとって何よりも辛かったのは、瑠菜にそのことを謝ることすらできなかったことだ。
一言くらい何か言いたかった。
昔みたいに話せるようになりたかった。
瑠菜をいじめたことで瑠菜に話しかけにくくなってしまった。
一人ぼっちになってしまったのは、瑠菜だけではなかった。
瑠菜は、涙を流すナコを見て何も言わなかった。
ただ、笑顔で見つめるだけ。
それでも、ナコにとってそんな瑠菜の雰囲気が心地よかったのは言うまでもない。
どんなに遠くからでも、二人の仲は良いということが分かるくらい二人の雰囲気はよかった。
「……ごめんね、泣いちゃって。で?今日呼んだ理由は?まさか私に会いに来ただけとかではないよね?」
「……ナコも変わんないわねぇ。」
「瑠菜のことをよくわかっているって言ってほしいわ。たった一つの理由でわざわざこんな遠くまで出かける性格じゃないことくらいわかってる。」
「まぁ、そうね。」
瑠菜はそう言いながら泣き止んだナコに一枚の写真を見せた。
そこには真っ赤なワンピースを着た女性とチカと名乗っている男が写っていた。
ナコはそれを見て顔をこわばらせる。
「……これ……。」
「ナコだよね?そして、この男のこと何か知ってるでしょ?」
「……瑠菜にはかなわないわね。」
「この男はチカさんの名前を使って私たちに近づいてきた。ナコ、どっちの味方する?」
「待って、今なんて言った?チカさんの名前を使ってたって本当?」
「私たちにはそう名乗ってる。」
「……あの男。」
ナコはそう言って舌打ちとともに目を細めた。
そして、少し考えたようなそぶりを見せてから瑠菜のほうをまっすぐ見る。
「……私はここに来た時点で瑠菜の味方。あいつは、私にはコムと名乗っていたの。」
「ナコは本気でこの男をコムさんだと思ってたの?」
「会ったことない相手ならそうなるわね。まぁ、残念なことに私はコムさんとは会ったことがあったから、偽名だとわかったけど。でも、あいつはチカさんの死の原因を知っていると思ったから近くにいたの。」
ナコは強く、はっきりとした口調で瑠菜に言った。
その間もずっと瑠菜の目を見ている。
瑠菜はそんなナコを見て嘘偽りはないと判断する。
「チカさんは事故だったって聞いたけど、ナコは違うと言いたいの?」
「事故ではあったけど、あの人が道路に飛び出すような人だとは思えない。動物でも助けようとしたんじゃないかって言ってる人たちもいるけど、そんな人のために動くような人ではなかったからね。」
「それ悪口になりそうだけど。まぁ、いいか。私はコムさんのことを聞きたいの。」
ナコはその瞬間少し目を伏せた。
瑠菜にはその意味が何となく分かる。
しかし、ナコの口からしっかり説明してほしかったのだ。
「ナコ、何か知ってるでしょ?」
「……私はもう瑠菜の味方。もう、あいつらのところへ行くつもりはない。」
「うん、そのつもりで話を聞いてる。」
「コムさんは……。」
ナコはそこまで言って水をグイッと飲んだ。
胃から上がってくるものを抑え込むように。
そして。
「コムさんは、私の目の前で殺された。」
「……そっか。」
「あいつらの目的は瑠菜だよ。コムさんは瑠菜のことを知るために連れてこられただけ。瑠菜の情報をあまりにも落とさなかったから殺された。多分、瑠菜の情報を出しても殺されてたけど。」
「私?」
「そう、あいつらの目的は瑠菜。瑠菜の先祖がどうとか言ってたけど、確かなのは悪魔を探しているってことだけ。女帝の地位に就いた悪魔の子、それが瑠菜なんだって。」
瑠菜はその瞬間頭を抱えた。
「……またか。」
「笑えるでしょう?私も最初は何かの宗教かと思った。」
ナコはそう言って失笑している。
ありえないと本気で言っているのだ。
しかし、瑠菜は下を向いたまま動かなかった。
今まで何度もお前は悪魔だと言われてきた。
コムの引継ぎとして女帝の地位に就くと予想されて言われてきたのか、もしくは瑠菜の過去の行いから言われてきたのかわからないが、なぜかよく言われる。
占いでも、何でも言われた。
それを証明するように霊的なことにもかかわった。
雪紀と会ったとき「強いな」という一言を言われて意味は分からなかったが、霊的なことに関係する何かが強かったのだろう。
瑠菜は雪紀にお札の作り方を教わって自分を守った。
そこで気づいたのだ。
自分は他の人とは違う。
自分は普通ではいられないということを。
「ナコは霊とか見える人だっけ?」
「まぁ、あの場所にいたんだからそれなりには。」
「そうね、あの会社はそう言うのが一定数いるものね。」
「なんで集まるのかは知らないけどね。」
「ならよかった。私をコムさんが殺されたところに連れて行って。」
「いいけど、私が見たときはいなかったわよ?」
「いいの。ただ行くだけ。」
瑠菜はそう言って会計を済ませてカフェを出た。
そしてそのまま、人気のない道へと歩いて行く。
「楓李、新しい社長に挨拶がてらこれ届けてくれねぇか?」
「新しい……?」
「挨拶くらいしてやらねぇとだからな。」
「神じゃなくなったのか?」
楓李がそう聞くと、雪紀はポカンとした顔をした後に「あぁ、あぁ」と言いながらうなずいた。
「そういや、いなかったから知らなかったか。神は一か月前に病死したんだ。」
「病死……ってことは逃げたわけではないのか。」
「まぁな。今の社長を指名した次の日だった。」
雪紀の言い方は他人行儀すぎると思うだろう。
そうだ。
自分のこと以外はすべて他人事。
それがこの会社だった。
だから、楓李も雪紀と同じでそこまでの興味は示さない。
病死した、そして新しい社長が来た。
情報としてはこれ以上の情報はない。
ほかのことを知ったところで今は変わらないのだから。
「挨拶なら瑠菜も一緒のほうがいいだろ?」
「あいつはお前が辞めた後にすぐやめたが?」
「は?」
「……まさかあいつ……。」
雪紀は楓李の反応を見て嫌な予感がした。
楓李が復帰することをみんなの前で言ったのは瑠菜だった。
楓李がいるからこの家に戻ってきたのだと瑠菜は笑っていた。
そして、自分が復帰することに関しては一言も何も言わなかった。
それどころか、その話題に触れることさえなかった。
「ちょっと、サクラのとこ行ってくる。」
「おい……待て。」
「すぐ戻るから。」
楓李は笑っていた。
すごく怒りをあらわにしながら。
「あいつ何考えて……いや、そういうことか。」
もしばれたら楓李から怒られるであろう嘘をなぜ瑠菜が付いたのか。
雪紀の中には少し心当たりがあった。
ほんの数秒前まで忘れていたが、瑠菜はとても怖いのだ。
詐欺だろうとスリだろうと、瑠菜は自分のためなら何でもする。
今回もそんな瑠菜にここにいる全員が、特に楓李が騙されただけ。
雪紀はこれから起きる災厄の事態を考えて、酒を一本開けた。
「かえ……あ……。」
「ん?どうした、みなこ。」
楓李は急いでいる足を止めてみなこと目線を合わせた。
何といってもみなこから楓李に声をかけることはとても珍しい。
瑠菜を頼ることができないときは、しおんに。
しおんを声をかけることができないときはいつもきぃちゃんに。
この三人がいないときだけ声をかけてくる。
ほぼほぼ、三人のうち誰かしらこの家に入るため楓李にまで声をかけに来ることはない。
「ん……。」
「あぁ、あの時の人形か。きれいになってよかったな。」
楓李はみなこの持っている人形を見て笑いながら言った。
みなこはそれを見て何も言わずに楓李に人形を押し付ける。
「悪いな、みなこ。今急いでるから遊んでやれねぇんだ。」
「んん……んっ!」
「ちょ、……みなこちゃん。お兄ちゃん急いでるんだって。」
楓李の困った状況を察したのか、はたまたみなこの様子がおかしいと思ったのか、きぃちゃんがみなこを楓李から離れさせようとする。
しかし、みなこはじたばたと手足を動かしてきぃちゃんから逃げ、楓李にもう一度人形を押し付けた。
「んっ!」
「みなこちゃん、どうしたの?……あら?」
「ちょっ……、きぃ姉さ?」
楓李はみなこの手から人形を取り上げるきぃちゃんを見て止めようとする。
きぃちゃんの人形の持ち方が、どう見ても引き刺そうとしている持ち方だったためだ。
ちびっ子の前でそんなことをするのはさすがに残酷すぎる。
こんなことでトラウマを作られるのも困るのだ。
しかし、楓李のそんな心配はよそにみなこはおとなしくしていた。
「ねぇ、この縫い目って前から?」
「えっ……いや、前はなかったけど。」
「この人形どうしたの?」
「コムさんが手紙を入れてみなこに渡してたんだ。それを持ってきただけ。」
「……ごめん、みなこちゃんの目隠して。あとで直すから。……ケイが。」
きぃちゃんはそう言ってクマのぬいぐるみを左右に引っ張った。
楓李は言われた通りにみなこの目を隠す。
新しい縫い目の糸がブチブチと音を立てる。
場所としては背中のファスナーの真横。
そこが裂けて、一枚の紙が地面に落ちる。
「やっぱり。」
「……なんだ?それ。」
「瑠菜ちゃん、探したほうがいいんじゃない?」
その紙には一言「ありがとう、後はよろしく。」とだけ書かれていた。
名前もないが、楓李はその紙が誰によって書かれたのかを知っている。
「あいつ……。」
楓李はそう言ってその紙を持ったまま走り出した。
みなこはそれを邪魔しないように、きぃちゃんの膝の上に自分から乗る。
「楓李くんに知らせたかったの?」
「んっ!」
「ごめんね。破いちゃって。すぐに直るから待っててね。」
「あいがと!」
みなこが笑顔でそう言うと、きぃちゃんはぎゅっとみなこを抱きしめた。
「サクラ、瑠菜はどこだ?」
「フェッ!楓李兄さん……し、知らないですよ。こっちが聞きたいくらいなんですから。」
「……そりゃそうか……。」
ドンっという音にビビったサクラを見て楓李は焦ったように周りを見渡す。
どう見てもここには瑠菜はいないし、ここにいること自体に意味はないように感じる。
小さな小屋にいるのはどう見てもサクラと龍子とみおり、後は三つ子が拭き掃除やこざこざとしたお手伝いをしているだけ。
「そもそも、最近瑠菜さんはここへは来ていませんよ。最後に来たのはサクラが風邪をひいたときですから。」
「は?それって俺が瑠菜の髪切った時か?」
「えぇ……。そうですよ。そもそも、楓李様は復帰なさいましたけど瑠菜さんは戻ってきていないので。」
「え?」
「あ、知らなかったんですか……。瑠菜さんはサクラに引き継いでから、そのままなんです。」
龍子はサクラをかばうようにして楓李に説明する。
楓李としては、もうすでに瑠菜も会社へ戻っていると思っていた。
しかし、龍子の説明を聞いて納得した。
瑠菜がもし、楓李の予想している通りに動こうとしているのであれば会社へ戻ってきているはずがない。
「サクラ、瑠菜の居場所とか……最後に見ていたものとかあるか?」
「えー……、そんなのありましたっけ?」
「最後に……あぁ。これを持っていかれましたよ。」
楓李は今の瑠菜の居場所をサクラに聞こうとして辞めた。
きっとサクラにもそれはわからないと思ったからだ。
サクラも仕事を終わらせることに必死で、瑠菜のことまで頭が回っていなかったのだろう。
瑠菜が何を最後に見ていたのかすらもわからないらしい。
代わりに、みおりが何かのコピーを持ってきた。
「これ……まだあったのか。」
「この前手伝いに来てくださったときに見つけていました。持ち出してもいいかと聞かれたので瑠菜さんのほうが詳しいでしょうと言ったらコピーを置いて行かれて。」
「……これに対して瑠菜は何か言ってなかったか?」
「えー、……そこまではちょっと……。」
「……これ借りてもいいか?」
「……わかりました。その代わり、必ず瑠菜さんを連れ戻してください。」
「ありがとな。」
みおりがコピーを渡す姿を物珍しそうにサクラと龍子は見ていた。
ここの資料は基本的に持ち出し禁止だ。
持ち出すならコピーを取って持ち出すのがルール。
それを一番守っていたのがみおりだったからだ。
楓李の考えを察したみおりはそれだけ言って自分の机に戻った。
それと同時に楓李も走って小屋から出て行ってしまった。
「ちょっ……みお、本当に良かったの?」
「コピーくらいとってもらってもよかったんじゃないか?」
「……そんな時間ないよ。一分一秒を争うから。」
「え?」
「スマホ持っておいたほうがいいと思う。あと、もうあのシェアハウスに帰ろう。」
みおりはそう言いながらパソコンを閉じた。
仕事が終わるにしては早すぎるため、どう考えても終わっていないだろう。
しかし、それに対して文句を言う人はその場にはいない。
いつもなら「早く終わらせてよね。」などと愚痴をこぼされるが、ここ数か月間は何も言われない日が続いている。
その感情を寂しいと言う言葉だけで言いくるめるのは少し違うと思うのはみおりだけではなかった。
雪紀はお酒を飲んでいた。
これ以上にないほど多く飲んで、今頃は酔っぱらっている予定だった。
しかし、どうやら雪紀の体はお酒に対して軽い耐性がついてしまったようだ。
何本飲んでも、ぐでぐでになるほど酔っぱらうことがない。
それどころか意識もしっかりしていて、いつも以上に頭がよく回ってしまう。
「雪紀兄さん……、瑠菜が。」
「俺は車出せねぇぞ。」
「っ……今の状況分かってるのか?」
「知らねぇよ。一度命救ったのにまたバカやるやつなんか。」
「雪紀兄さ……。」
「ゆき、僕が車出すよ。」
楓李と雪紀が言い合いになる一歩手前で、ケイが車のカギを振り回しながら来た。
雪紀はそれでも行く気がないのか、お酒を飲み続けている。
「雪紀兄さんも来てくれ。」
「俺はいい。」
「よくねぇよ。」
「俺は、お前に瑠菜のことは任せると言った。だよな?楓李。」
「俺一人じゃ無理だ。」
「行かねぇ。」
「っ……お願いします!ついてきてください。」
「かえ、先に車乗ってて。」
ケイは二人の間に立って楓李に車のカギを渡す。
楓李もケイに言われて諦めたようにカギを受け取って家を出ていく。
「ゆき、そのお酒はマルガリータだよね?」
「だから何だ?」
「本当に来なくていいの?」
ケイはニヤニヤとしながら雪紀に言う。
雪紀はそんな敬の姿を見てコップに入っていたお酒を飲み干す。
「何杯飲んだの?」
「二十くらい……いや、もっとか。」
「大丈夫?」
「どうしても酔えなかったんだ。」
「マルガリータねぇ……。珍しいもの飲んでるなぁって。」
「別に珍しくねぇだろ。」
「どうかねぇ。」
雪紀はニヤニヤするケイに見守られながら台所のシンクの中にお酒を吐く。
方法は古典的な口に指を入れる方法で。
「はい、水飲んで。僕が運転するから。」
「……お前の運転だったら途中でまだ吐きそうだな。」
「安全運転なんだけどなぁ。まぁ途中で吐かれても困るし袋くらい持って行ってよ。」
「そうするか。」
雪紀はそう言ってケイについて行きながら笑った。
その笑顔が寂しく感じたケイはただ事じゃないということを察した。
「ゆき、本当に大丈夫?」
「大丈夫にしないとな。」
「雪紀兄さ……。」
「ほら行くぞ。危ねぇんだろ?」
「……さすがだよねぇ。」
「さすがだな。」
「うるっせぇ。で?目星くらいつけてここに来たんだろうな。」
楓李は雪紀に言われて一枚の紙を出した。
先ほど、みおりから渡されたコピーだ。
楓李としても、もちろんこれだというものや場所があるわけではないが、雪紀の反応からそれが当たりだということを確信した。
「ケイ、名湖まで頼む。
「了解。」
「え?」
「コムが好きだったからな。」
「そこって、瑠菜が前に名前間違えた……。」
「じゃあ、あたりだな。」
「あ、シートベルトいい?んじゃ、行くよ!」
ケイはそう言って思いっきりアクセルを踏み込んだ。
もちろん、楓李には雪紀の最後の言葉は聞こえなかった。