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第94話 逆流する性分

ー/ー



 椎名の言っていることは正しいのかもしれない。
 都合よく、全てが解決なんてできない。
 大団円なんて、夢物語。

「俺一人じゃ無理かもしれないけどさ。みんなで力を合わせたら!」

「無理よ」

「っ! そんなのやってみないと分からないだろ」

「そうじゃないわ。力を合わせるのが無理ってことよ」

「え?」

「忘れたの? 後輩対して……いえ、池本に対して特別扱いはできないって話」

「それは……」

 覚えている。あの帰り道で樫田が言っていた。
 それに昨日、二年生で話したときも意見が分かれたことだ。

「池本の担当は杉野と栞だわ。それはつまり他のみんなは金子と田島の担当であるということよ」

「……だから協力できないと」

「チーム分けした時点で池本の問題は二年生全員の問題ではなくなったってことよ……栞が今樫田と何を話しているかは分からないけど、たぶん樫田も」

 同じ考えってことだろう。
 それでも、胸の内から納得できないと何かが訴えてくる。
 椎名はそんな俺を黙って見た。
 少ししてから、彼女はゆっくりと口を開いた。

「…………正直、私はもう覚悟が出来ているわ」

「椎名」

「冷酷と言われようが、私にとって優先すべきことは決まっているわ」

「ああ、そうかい」

「……でも、そのために杉野、あなたが必要なの」

 真っ直ぐに椎名が俺を見る。
 懇願する瞳の奥には、何とも言えない複雑な感情が絡み合っているように思えた。
 ああそうだ。俺は椎名に協力すると決めた。そのことに嘘はない。

「俺に、割り切れっていうのか」

「……違うわ。割るのではなく選ぶのよ」

「選ぶ?」

「ええ、選んで証明して。私と全国に行くことを」

「それは、前にちゃんと目指すって言ったはずだ」

「じゃあ、何で今迷っているの?」

 …………その問いに俺は答えられなかった。
 椎名の言う通りだ。
 全国を目指すというなら遅かれ早かれこういう問題は起こっただろう。

 それを分かっているなら、なぜ今迷う?
 俺は既に椎名と全国を目指すと決めたじゃないか。
 そう思うと、色んな事の考えが浮かんだ。

 べつに舞台に上がらなくても青春はできるんじゃないか。
 べつに部活に来なくなるのが確定したわけでもないしさ。
 べつに誰もが望んだ役を勝ち取れるわけじゃないんだし。

 べつに。べつに。べつに。

 色んな考えが濁流になって脳を溺れさせる。
 いいじゃん。頑張ったって俺。十分やっただろう。
 もともと椎名と全国を目指すって話だったじゃん。
 池本も心情を吐露して満足そうだったじゃないか。

 色んな考えが土流になって思考を埋もれさせる。
 肩の力が抜ける。
 意固地になっていた自分が馬鹿らしくなる。

 ……。


 …………。



 ………………。




 なのに。



 なのに、なのに。なのに!

 俺の心の根っこにあるんだ。
 無謀でも、無理でも、無茶苦茶でも、とにかくみんなで劇をしたいっていう叫びが。
 逆流する。

「わりぃ、俺の性分なんだ」

 口に出たのは、そんな言葉だった。
 椎名が顔を歪めた。
 俺は心の底から流れ出るものを、そのまま言った。

「椎名、お前の言う通りだ。全国行くなら選ばなきゃならないことは出てくるだろう。そして今がその時の一つなんだと思う」

「そこまで分かって」

「そうだな。分かってなお、俺は全部を何とかしたい。みんなで劇がしたい……そして、その上で全国に行きたい」

「自分が何を言っているか分かっているの?」

「ああ、けどさ。俺の性分なんだよ。これは治らない」

「その道が何よりも過酷だと分かっていても?」

「……さっき増倉にも似たようなことを言われたよ」

「似たようなこと?」

「増倉は、今の俺じゃその道に進むのは無理って言っていた」

 思い当たる節があったのか、椎名は俺の言葉からその意味を察した。
 今なら俺も分かる。確かに無理だ。
 誰かを選んで、誰かを外すなんてことはできない。

「選べばもっと楽な道もあるのよ。わざわざ苦難な道のりを通らなくても」

「楽かどうかじゃないだろ? 俺達が全国を目指す理由は」

「……そうだったわね」


「過酷でも苦難でも俺は進むよ。だって俺の青春にはみんなが必要だから」


「…………」

 椎名はじっと俺の瞳を覗き込んだ。
 俺は目をそらさず、ただただ見つめ合った。
 数秒後、椎名は不意に笑った。

「そうね。あなたはそういう人だものね」

「椎名?」

「分かったわ。あなたの覚悟を尊重するわ」

「っ! ありがとう!」

「ただし、私は私の覚悟を変える気はないわ」

「……分かった」

 尊重はするが協力はできないと。
 俺が頷くと椎名は困ったような顔で笑う。

「不思議ね。あなたの覚悟に期待する私がいる」

「それって」

「説明している時間はないわ。午後の練習が始まるまでにすべきことがあるでしょ?」

 椎名が俺の言葉を遮り、急かす。
 そうだ。午後の練習が始めるまでの約一時間で俺にはしないといけないことがあった。

「悪い、俺行くわ」

「ええ、いってらっしゃい」

 椎名の言葉を背に、俺は走り出した。



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 椎名の言っていることは正しいのかもしれない。
 都合よく、全てが解決なんてできない。
 大団円なんて、夢物語。
「俺一人じゃ無理かもしれないけどさ。みんなで力を合わせたら!」
「無理よ」
「っ! そんなのやってみないと分からないだろ」
「そうじゃないわ。力を合わせるのが無理ってことよ」
「え?」
「忘れたの? 後輩対して……いえ、池本に対して特別扱いはできないって話」
「それは……」
 覚えている。あの帰り道で樫田が言っていた。
 それに昨日、二年生で話したときも意見が分かれたことだ。
「池本の担当は杉野と栞だわ。それはつまり他のみんなは金子と田島の担当であるということよ」
「……だから協力できないと」
「チーム分けした時点で池本の問題は二年生全員の問題ではなくなったってことよ……栞が今樫田と何を話しているかは分からないけど、たぶん樫田も」
 同じ考えってことだろう。
 それでも、胸の内から納得できないと何かが訴えてくる。
 椎名はそんな俺を黙って見た。
 少ししてから、彼女はゆっくりと口を開いた。
「…………正直、私はもう覚悟が出来ているわ」
「椎名」
「冷酷と言われようが、私にとって優先すべきことは決まっているわ」
「ああ、そうかい」
「……でも、そのために杉野、あなたが必要なの」
 真っ直ぐに椎名が俺を見る。
 懇願する瞳の奥には、何とも言えない複雑な感情が絡み合っているように思えた。
 ああそうだ。俺は椎名に協力すると決めた。そのことに嘘はない。
「俺に、割り切れっていうのか」
「……違うわ。割るのではなく選ぶのよ」
「選ぶ?」
「ええ、選んで証明して。私と全国に行くことを」
「それは、前にちゃんと目指すって言ったはずだ」
「じゃあ、何で今迷っているの?」
 …………その問いに俺は答えられなかった。
 椎名の言う通りだ。
 全国を目指すというなら遅かれ早かれこういう問題は起こっただろう。
 それを分かっているなら、なぜ今迷う?
 俺は既に椎名と全国を目指すと決めたじゃないか。
 そう思うと、色んな事の考えが浮かんだ。
 べつに舞台に上がらなくても青春はできるんじゃないか。
 べつに部活に来なくなるのが確定したわけでもないしさ。
 べつに誰もが望んだ役を勝ち取れるわけじゃないんだし。
 べつに。べつに。べつに。
 色んな考えが濁流になって脳を溺れさせる。
 いいじゃん。頑張ったって俺。十分やっただろう。
 もともと椎名と全国を目指すって話だったじゃん。
 池本も心情を吐露して満足そうだったじゃないか。
 色んな考えが土流になって思考を埋もれさせる。
 肩の力が抜ける。
 意固地になっていた自分が馬鹿らしくなる。
 ……。
 …………。
 ………………。
 なのに。
 なのに、なのに。なのに!
 俺の心の根っこにあるんだ。
 無謀でも、無理でも、無茶苦茶でも、とにかくみんなで劇をしたいっていう叫びが。
 逆流する。
「わりぃ、俺の性分なんだ」
 口に出たのは、そんな言葉だった。
 椎名が顔を歪めた。
 俺は心の底から流れ出るものを、そのまま言った。
「椎名、お前の言う通りだ。全国行くなら選ばなきゃならないことは出てくるだろう。そして今がその時の一つなんだと思う」
「そこまで分かって」
「そうだな。分かってなお、俺は全部を何とかしたい。みんなで劇がしたい……そして、その上で全国に行きたい」
「自分が何を言っているか分かっているの?」
「ああ、けどさ。俺の性分なんだよ。これは治らない」
「その道が何よりも過酷だと分かっていても?」
「……さっき増倉にも似たようなことを言われたよ」
「似たようなこと?」
「増倉は、今の俺じゃその道に進むのは無理って言っていた」
 思い当たる節があったのか、椎名は俺の言葉からその意味を察した。
 今なら俺も分かる。確かに無理だ。
 誰かを選んで、誰かを外すなんてことはできない。
「選べばもっと楽な道もあるのよ。わざわざ苦難な道のりを通らなくても」
「楽かどうかじゃないだろ? 俺達が全国を目指す理由は」
「……そうだったわね」
「過酷でも苦難でも俺は進むよ。だって俺の青春にはみんなが必要だから」
「…………」
 椎名はじっと俺の瞳を覗き込んだ。
 俺は目をそらさず、ただただ見つめ合った。
 数秒後、椎名は不意に笑った。
「そうね。あなたはそういう人だものね」
「椎名?」
「分かったわ。あなたの覚悟を尊重するわ」
「っ! ありがとう!」
「ただし、私は私の覚悟を変える気はないわ」
「……分かった」
 尊重はするが協力はできないと。
 俺が頷くと椎名は困ったような顔で笑う。
「不思議ね。あなたの覚悟に期待する私がいる」
「それって」
「説明している時間はないわ。午後の練習が始まるまでにすべきことがあるでしょ?」
 椎名が俺の言葉を遮り、急かす。
 そうだ。午後の練習が始めるまでの約一時間で俺にはしないといけないことがあった。
「悪い、俺行くわ」
「ええ、いってらっしゃい」
 椎名の言葉を背に、俺は走り出した。