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知らせは突然だった

ー/ー



  瑠菜は旅行中ずっとコムのことを考えていた。
 
 コムの知り合いを知っているわけではないが、コムを殺したのは瑠菜たちも知っている人物なのではないか。
 そしてコムはその人に殺されることをわかっていてその人に会いに行った。
 みなこを瑠菜に託すような手紙があったのも自分が死ぬことをわかっていたとしたら説明できる。

 「もう夏も終わりか。」
 「早いわねぇ。」
 「八月下旬までには帰るからな。」
 「残念。まだ遊びたいのに。」
 「世界一周し終わるなぁ。」

 飛行機の中で雪紀ときぃちゃんの会話を聞いていると、まだまだ帰れなさそうだと思う。
 瑠菜が任されている仕事はイタリアで終わりだ。
 しかし、雪紀や楓李、きぃちゃんは他の仕事もあるためまだまだ日本には帰れないだろう。
 早く帰りたい瑠菜は下を向いてコムのことを考えることにした。

 「おにぃ、コムさんってもしかして……。」
 「ん?あ、ちょっと待ってろ。……おぉ、すげぇタイミング。」
 「え?」

 瑠菜が雪紀に声をかけたのとほぼ同タイミングで雪紀のスマホが鳴った。
 そして、メールの内容を見て雪紀は苦笑いをした。

 「コムの遺灰が海にまかれた。」

 瑠菜はそれを聞いてすぐにでも帰りたかった。
 しかし、次に行くイタリアの仕事では瑠菜が必要だったのだ。

 雪紀と楓李は帰りたいと騒ぐ瑠菜を止め、仕事だけに集中しろと言い聞かせた。
 瑠菜としても仕事を途中で放り投げるのは後々に自分がいろいろと考えてしまうので、その仕事が終わるまで我慢することにした。
 
 楓李は帰りたいという瑠菜を見て付き添うことになった。
 自分だってコムの弟子だと楓李が言うと、雪紀は少し寂しそうな表情をしながらも了承してくれたのだ。
 雪紀としては、瑠菜を一人で帰らせるのは気が気でなかったため、ありがたいことでもあったのだろう。




 「帰ってきたな。」
 「うん。」

 瑠菜の仕事が終わり、すぐに飛行機に飛び乗った瑠菜と楓李は玄関を開けて最初にそうつぶやいた。
 誰もいない家はいつもは賑やかな家がとても静かに感じたのだ。
 
 今年は海外からの仕事を優先しているため、ここでする仕事は一つもない。
 つまりは明日から数日間完全フリーな休日なのだ。
 本当なら二人で出かけてもいいくらいには暇だった。
 しかし、どうしても瑠菜から離れなかったみなこも一緒に帰ることとなってしまった。
 家にまっすぐ帰ってきた理由はこれだ。
 
 みなこはしゃべらずにいつもと違う静まり返った家を見ながら瑠菜にしがみついていた。
 
 「みなこ、手洗ったか?何か食べたいのあったら言えよ。」
 「……ちちゅー。」
 「シチューか。材料はないし買ってくるから、瑠菜姉ちゃんのことよろしくな。」
 「……ん。」

 楓李はほとんど会話にならない瑠菜をみなこに任せて、買い物へと出かける準備をした。
 小さくうなずきながらついてくるみなこを見て、楓李は笑いながらみなこの頭をなでる。
 瑠菜がおかしいことはみなこもわかっているようで、なでられるとすぐに瑠菜のほうへと駆け寄って行った。

 仕事をしているときは別にいつも通りの瑠菜のだが、仕事をしていないときはとてもひどかった。
 サクラが話しかけても全く返答をせずに遠くを見つめていてあまりにもぼーっとしていたのだ。
 雪紀のメールを見た後から、瑠菜との雑談で聞いた言葉は「うん」と「帰りたい」のみである。

(もぬけの殻……か。)

 楓李としては、瑠菜がこうなることを何となく想像はできていたため、これからどう瑠菜を元に戻そうかと考えている。



 「瑠菜姉……見て?」
 「……ん?……すごいね。上手。」

 みなこは嬉しそうに折り紙で作った鶴を瑠菜に見せる。
 瑠菜は笑ってみなこの頭をなでたが、みなこは少し不安そうな顔をしてる瑠菜に抱き着いた。
 まるで、瑠菜の心を読んだかのようだ。
 瑠菜はそんなみなこを見てギューッと抱きしめた。
 涙が出そうになったが、それは我慢した。
 これ以上心配させるのは何か違うと思ったのだ。

 「瑠菜姉……元気ない?……みなこ、悪い子?」
 「みなこちゃんはいい子だよ。大丈夫。ごめんね。」
 「……瑠菜姉、やっぱり……元気ない。」
 「元気だよ、大丈夫。一緒に遊びながら楓李兄を待ってようね。」
 「ほんと?」
 「本当。ね?これで遊ぼ?」
 「うんっ!」

 瑠菜がつみきを取り出すと、みなこは嬉しそうにうなずいた。
 瑠菜はみなことつみきや折り紙で遊んでいるうちに少しずつ元気を取り戻してきた。
 
(コムさんがみなこちゃんを私に託してくれてよかった。)

 みなこの楽しそうな姿を見ていると、先ほどまでの暗い気持ちが薄れていく気がした。
 もちろん楽しそうにしているだけではない。
 怒ったり、真剣になっていたり、いろんな表情を見せてくれる。
 それがかわいくて、瑠菜の心を明るくしてくれたのだ。

 そうやって二人で遊んでいるうちに楓李が帰ってきた。
 
 「……何これ?」
 「熱中しちゃった……。」
 「かえにいちゃ、……これ!」
 「あ……ありがとう。」

 床の上にはつみきよりたくさんの折り紙で作った簡単なものから難しい作品が転がっていた。
 平面から立体まであるところを見ると、相当集中して作っていたのだろう。
 主に瑠菜が。

 楓李が驚いて床の上に広がる作品を茫然と見ていると、みなこは赤い折り紙で作ったハートを楓李に渡した。
 一見するとハートに見えないほどぶきっちょなそれは、みなこが一生懸命作ったことだけはわかる。

 「上手に作れたんだもんねぇ。みなこちゃん。」
 「うんっ!」
 
 まさか瑠菜がここまで元気になっているとは思わなかった楓李は笑顔の二人を見て笑みがこぼれた。

 帰ってくるまではこれからどうしようかとか、この後どうなるのかなどの不安が頭の中をぐるぐると回っていたが、それが吹っ飛ぶ勢いですっきりした。

 「瑠菜、一緒にシチュー作るか?」
 「うん。任せて。」
 「じゃあ、よろしく。みなこも手伝えよ。」
 「ん?」

 みなこは何をやるのかと聞きたげに首をかしげた。
 瑠菜もシチューを作るということ以外は何も言われていないため、みなこに何をさせようとしているのか少し疑問に思いながらキッチンへ行く。

 「んじゃ、やるか。」
 「喧嘩する勢いで包丁取り出さないでよ。」
 「悪い、悪い。」
 「瑠菜はシチュー作ってくれ。」
 「まぁ、別にいいけど……。……かえは何するの?」
 「ジャガイモを切る。」
 「は?」

 瑠菜が聞き返したそれを聞いているのか聞いていないのか。
 楓李は返事をせずにジャガイモをものすごい速さで切り始めた。
 瑠菜は訳が分からずにシチューに入れる野菜をその横で切った。
 二人が並んで切っていると得に楓李の切る早さが際立って早く感じた。

 「よし、みなこ。これつぶしてくれるか?」
 「ん……。」
 「これとこれも混ぜて。」

 瑠菜がさっさとシチューの調理を終えてゆったりしていると、楓李の声がしてきた。
 瑠菜は暇になって少し遠くから二人の料理をするところを見ていた。
 まるで本当に父親と娘のように見える。
 それくらい楓李は子供の世話が上手かった。
 手伝わせるところは手伝わせて、できないと思ったところは手を貸してあげる。
 それがしっかりできている。

 「よし、後は俺がやるから。みなこ、ありがとな。瑠菜姉のところ行っとけ。」
 「……ん。」

 瑠菜は油を使った料理以外の料理はとても上手だ。
 怖がりな性格のおかげで油が使えなかったからである。
 唐揚げもとんかつも、ポテトも大好きなのに自分で作ることはできない。
 楓李はそれを知ってから真剣に料理の練習をした。
 それを瑠菜が知っているかというと、まぁ。
 想像通りで。
 
 「わぁ!ポテトだ。ポテトだ!」
 「座ってろ。近寄るな。」
 「わぁ、かえ怖ぁ。」
 「……油飛ぶぞ。」
 「それはやだぁ。みなこちゃん、もうちょっと遊んでようか。」

 瑠菜はみなこの手を引っ張ってキッチンから出て行った。
 
 楓李は少し溜息を吐きながらそれを見ていた。
 瑠菜がおちゃらけたような言い方をするときは何かしら我慢しているときだ。
 こればかりはどうしようもないとは思いながらも、楓李の中では悩みどころだ。
 これからどうすればいいか。
 瑠菜なら自殺くらい簡単にするだろう。
 今でも自傷行為がなくなったわけではないのだ。
 みなこと遊んでいる、みんなの中にいる明るい瑠菜とは対照的な瑠菜の顔。
 それを瑠菜ではないと言い切ることは楓李には到底できない。

 サクラやリナならきっと瑠菜らしくないというだろう。
 それが、どうしても楓李にはできないのだ。
 良いように言うなら、瑠菜をどこまでも愛することができる。
 悪いように言うなら、瑠菜の本心が怖くて怖くて仕方がない。
 コムやこはくがしていたように瑠菜の表情から本音が読み取れればどれほどよかっただろうか。

 その日の夕食は炊き立てのご飯とシチュー、楓李とみなこが作ったポテトだった。

 「……なんかいつもよりも少ない。」
 「……ない……。」
 「文句あるなら食うな。わざわざ一品増やしたんだから。」
 「……おいし。いつものポテトじゃない。」
 「おいちぃ。」
 「……そりゃどうも。」

 もちもちサクサクのポテトはとても好評で楓李は少し嬉しそうにした。
 いつもはしおんが多めの品数で作るため、シチューと御飯だけじゃ寂しいと思ってジャガイモを多めに買ったのは正解だったらしい。
 










 次の日。

 「みなこちゃんをよろしくお願いします。ハカセ。」
 「あぁ、それは別にいいんだが……大丈夫か?」

 深々と頭を下げる瑠菜を見て、ハカセと梅香は心配そうな顔をした。
 それを見て見ぬふりをして、瑠菜はみなこを抱きしめる。

 「はい。大丈夫。すぐに迎えに来るから。お人形もあるし大丈夫ね。」
 「……んぅ……。」
 「いや、みなこもだが……おまえだって……。」
 「大丈夫です。」
 「すごく寂しそうに見えるぞ。」
 「わかっていたことですから。」

 瑠菜は嫌がるみなこを梅香に預けるとハカセの顔を見てにっこり笑った。
 ハカセからしたら、周りからコムのことを真剣に調べている瑠菜のことを聞いていたため、瑠菜のほうが心配だった。
 隣に楓李もいるが、目で訴えても無表情で何を考えているかわからなかったため、瑠菜のほうを優先して心配してしまったのだ。
 
 「私も、正直コム様のことは驚いた。しかし、それ以上に君らが葬儀にいないことのほうが違和感がある。」
 「先代ハカセの時はほぼ全員集まりましたからね。ほかは後から墓参りに行くそうです。」
 「急ぐ必要はないと……そういう考えか。瑠菜、これで終わりか?」
 「……もちろん。私の目的はコムさんとどんな形であれ会うことでしたから。」

 ハカセは瑠菜の表情を見てやはり心配になった。
 後ろ姿をこのまま見送ることが最後のような気もする。
 
 なぜ、瑠菜が笑っているのか。
 大事な先輩をなくした時、ハカセ自身とても寂しかった。
 悲しかった。
 人間の弱さを目の当たりにした気がした。
 
 なのに自分よりも小さくて年下の瑠菜が、なんともないような振る舞いをしていることが何よりも不思議でならなかった。
 それでも、博士は瑠菜に何と声をかけてよいのか、自分がどう声をかけてほしかったのか全く分からなかった。

 「ハカセ、みなこちゃんが少し成長しています。さすが瑠菜さんですね。」
 「あ、あぁ……そうか。」
 「ハカセ?どうかしましたか?」
 「いや、何でもない。あいつは、さん付けで呼んでいいような人間じゃないんだなって。」
 「え?」
 「いつもありがとな。梅香。」
 「な、何ですか、急に……。こちらこそ、いつもお世話になってます。」

 梅香は少し焦ったような様子でにっこりと笑う。
 いつも弱弱しくしているが、こういう一面もあるのかとハカセは思った。











 「わざわざ来ていただいて……ありがとうございます。」
 「いや、お忙しいのに案内していただいてすみません。」
 「私は別に大丈夫。それより……そっちの子は大丈夫?」

 墓の前に立ったまま大泣きしている瑠菜の背中をさすりながら、楓李はコムの妹を名乗る女性に頭を下げた。

 瑠菜と楓李はみなこをハカセに任せてから、電車に乗って三駅ほどの町に来ていた。

 「そんなに泣いてくれるけど、骨はそこにはないのよ?」
 「そうですか……。」
 「海にまけって言われていたから。ほかの人には内緒よ?」
 「わかってます。」
 「……君は泣かないのね。やっぱり男の子だからかしら?」
 「二人で泣いていたらもう一人必要になるでしょう?誰か一人はしっかりしていなければならない。だからです。」

 楓李はコムの妹に言われて笑顔のまま答えた。
 嫌味なこともわかっているし、もう少し悲しめばこんなことを言われないこともわかっている。

(こはくが死んだときも言われたなぁ。)

 こはくの葬式があった時、瑠菜は参加しなかった。
 来ないでとこはくの親から言われてしまえば来られるものも来られない。
 楓李はその時も泣かなかった。
 わかっていたから。
 こはくがもうすぐ死ぬということを、楓李は医学の知識をフル活用して理解していた。
 
 今回も同じ。
 コムが生きているなんて楓李には思えなかったのだ。
 瑠菜が真剣にコムのことを調べているときも楓李は生きていたらいいなぁとは思うものの、もう死んでいるだろうという結論にたどり着いていた。
 そう思う自分も最低だとか、瑠菜に申し訳ないとは思う。
 それでもその考えが変わることはなかった。

 「かえ、みなこちゃんは明日迎えに行こうか。」
 「あぁ。」
 「来れてよかった。ついてきてくれてありがとう。」
 「あぁ。」
 「……かえ?」
 「……。」

 瑠菜はそこで楓李に対して声をかけるのをやめた。
 コムの妹に見送られて、帰りの電車に乗ってからも楓李は瑠菜に話しかけなかった。
 それを見た瑠菜は、いつも楓李がしてくれるように話しかけたが、それでも楓李はそこまで反応しない。
 瑠菜は少し寂しさも感じるが、何も言えない自分がいた。

 「次、降りる駅だよ。」
 「……あぁ。」













 「ごめんね、みなこちゃん。迎えに来たよ。」
 「りゅーにゃっ!おかーり。」
 「ただいま、みなこちゃん。ありがとう、ハカセ。一日泊まらせちゃって。」
 「……そいつ、お前がいねぇとしゃべらないんだな。」
 「え?」

 すごく不機嫌そうなハカセに、瑠菜は笑顔のまま首をかしげた。
 そんな瑠菜と博士には気も止めずに、みなこはぎゅっと瑠菜の手をつかむ。

 「私たちが声をかけても口を開いてくれなかったんです。」
 「梅香、お前はまだいいほうだったろ?顔を背けられたり逃げられたりしないんだから……。」
 「ハカセ、嫌われてるでしょ……。それは。」
 「うるせぇ、瑠菜。楓李がいないからって毒吐いてんじゃねぇよ。」

 ハカセは悔しそうに言ってから、研究室の中へと入って行ってしまった。
 瑠菜としては少しからかっただけで毒を吐いたつもりはなかった。
 そのため、ぷんすか怒っているハカセの後ろ姿をきょとんとした顔で見送った。

 「すみません。瑠菜さん……。」
 「ん?いや、大丈夫よ。大変ねぇ。」
 「……今日は楓李様は?体調を崩しましたか?」
 「部屋から出てこないだけ。何かあったんでしょう。」
 「そうですか……。」
 「声はかけたんだけどね。」

 朝から声をかけても返答すらないため部屋にいるのかどうかすらわからないのだと、瑠菜が梅香に説明をすると梅香は瑠菜の目をじっと見た。
 ありえないものでも見るかのように。

 「えっ……と……。何?」
 「意外だなって思っただけです。すみません。」
 「あぁ……、いつも近くにいるから?」
 「いえ……人の死とか気にしていなさそうだったので。」
 「え?」
 「楓李様……きっと。」














 その日、家に帰ると楓李が出迎えてくれた。

 「おかえり。悪かったな、一人で行かせて。」
 「……う、ううん。気にしないで。」
 「みなこ、いい子にしてたか?」
 「ん!」
 「そりゃよかった。ほら手を洗って来い。」
 「ん。」
 
 瑠菜は嬉しそうにするみなこを横目に玄関から先へ進めなかった。
 梅香に言われたことが頭によぎり、楓李にどう接してよいかわからない。

(楓李は私の前では本心を隠してる?だから泣かない。……楓李は私といると頑張っちゃう?)
 
 瑠菜には思い当たる節がありすぎた。
 本当のことを言うと、楓李から離れたほうが楓李のためになる気がした。

 「瑠菜?どうした。」
 「え?」
 「大丈夫か?体調悪かったり……。」
 「……大丈夫。ありがとう。」
 「瑠菜……また何かあったのか?」

 楓李の目線から逃げたいと瑠菜は思った。
 いつもなら安心する楓李の手を振り払ってしまいたかった。
 しかし、そうしてしまうと本当に楓李から離れて行ってしまいそうな気がして、それが瑠菜にとって何よりも怖くて仕方がなくてできなかった。
 それでも、瑠菜の頭の中ではこの結末しかない。

 「別れようか。かえ。」


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 コムの知り合いを知っているわけではないが、コムを殺したのは瑠菜たちも知っている人物なのではないか。
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 みなこを瑠菜に託すような手紙があったのも自分が死ぬことをわかっていたとしたら説明できる。
 「もう夏も終わりか。」
 「早いわねぇ。」
 「八月下旬までには帰るからな。」
 「残念。まだ遊びたいのに。」
 「世界一周し終わるなぁ。」
 飛行機の中で雪紀ときぃちゃんの会話を聞いていると、まだまだ帰れなさそうだと思う。
 瑠菜が任されている仕事はイタリアで終わりだ。
 しかし、雪紀や楓李、きぃちゃんは他の仕事もあるためまだまだ日本には帰れないだろう。
 早く帰りたい瑠菜は下を向いてコムのことを考えることにした。
 「おにぃ、コムさんってもしかして……。」
 「ん?あ、ちょっと待ってろ。……おぉ、すげぇタイミング。」
 「え?」
 瑠菜が雪紀に声をかけたのとほぼ同タイミングで雪紀のスマホが鳴った。
 そして、メールの内容を見て雪紀は苦笑いをした。
 「コムの遺灰が海にまかれた。」
 瑠菜はそれを聞いてすぐにでも帰りたかった。
 しかし、次に行くイタリアの仕事では瑠菜が必要だったのだ。
 雪紀と楓李は帰りたいと騒ぐ瑠菜を止め、仕事だけに集中しろと言い聞かせた。
 瑠菜としても仕事を途中で放り投げるのは後々に自分がいろいろと考えてしまうので、その仕事が終わるまで我慢することにした。
 楓李は帰りたいという瑠菜を見て付き添うことになった。
 自分だってコムの弟子だと楓李が言うと、雪紀は少し寂しそうな表情をしながらも了承してくれたのだ。
 雪紀としては、瑠菜を一人で帰らせるのは気が気でなかったため、ありがたいことでもあったのだろう。
 「帰ってきたな。」
 「うん。」
 瑠菜の仕事が終わり、すぐに飛行機に飛び乗った瑠菜と楓李は玄関を開けて最初にそうつぶやいた。
 誰もいない家はいつもは賑やかな家がとても静かに感じたのだ。
 今年は海外からの仕事を優先しているため、ここでする仕事は一つもない。
 つまりは明日から数日間完全フリーな休日なのだ。
 本当なら二人で出かけてもいいくらいには暇だった。
 しかし、どうしても瑠菜から離れなかったみなこも一緒に帰ることとなってしまった。
 家にまっすぐ帰ってきた理由はこれだ。
 みなこはしゃべらずにいつもと違う静まり返った家を見ながら瑠菜にしがみついていた。
 「みなこ、手洗ったか?何か食べたいのあったら言えよ。」
 「……ちちゅー。」
 「シチューか。材料はないし買ってくるから、瑠菜姉ちゃんのことよろしくな。」
 「……ん。」
 楓李はほとんど会話にならない瑠菜をみなこに任せて、買い物へと出かける準備をした。
 小さくうなずきながらついてくるみなこを見て、楓李は笑いながらみなこの頭をなでる。
 瑠菜がおかしいことはみなこもわかっているようで、なでられるとすぐに瑠菜のほうへと駆け寄って行った。
 仕事をしているときは別にいつも通りの瑠菜のだが、仕事をしていないときはとてもひどかった。
 サクラが話しかけても全く返答をせずに遠くを見つめていてあまりにもぼーっとしていたのだ。
 雪紀のメールを見た後から、瑠菜との雑談で聞いた言葉は「うん」と「帰りたい」のみである。
(もぬけの殻……か。)
 楓李としては、瑠菜がこうなることを何となく想像はできていたため、これからどう瑠菜を元に戻そうかと考えている。
 「瑠菜姉……見て?」
 「……ん?……すごいね。上手。」
 みなこは嬉しそうに折り紙で作った鶴を瑠菜に見せる。
 瑠菜は笑ってみなこの頭をなでたが、みなこは少し不安そうな顔をしてる瑠菜に抱き着いた。
 まるで、瑠菜の心を読んだかのようだ。
 瑠菜はそんなみなこを見てギューッと抱きしめた。
 涙が出そうになったが、それは我慢した。
 これ以上心配させるのは何か違うと思ったのだ。
 「瑠菜姉……元気ない?……みなこ、悪い子?」
 「みなこちゃんはいい子だよ。大丈夫。ごめんね。」
 「……瑠菜姉、やっぱり……元気ない。」
 「元気だよ、大丈夫。一緒に遊びながら楓李兄を待ってようね。」
 「ほんと?」
 「本当。ね?これで遊ぼ?」
 「うんっ!」
 瑠菜がつみきを取り出すと、みなこは嬉しそうにうなずいた。
 瑠菜はみなことつみきや折り紙で遊んでいるうちに少しずつ元気を取り戻してきた。
(コムさんがみなこちゃんを私に託してくれてよかった。)
 みなこの楽しそうな姿を見ていると、先ほどまでの暗い気持ちが薄れていく気がした。
 もちろん楽しそうにしているだけではない。
 怒ったり、真剣になっていたり、いろんな表情を見せてくれる。
 それがかわいくて、瑠菜の心を明るくしてくれたのだ。
 そうやって二人で遊んでいるうちに楓李が帰ってきた。
 「……何これ?」
 「熱中しちゃった……。」
 「かえにいちゃ、……これ!」
 「あ……ありがとう。」
 床の上にはつみきよりたくさんの折り紙で作った簡単なものから難しい作品が転がっていた。
 平面から立体まであるところを見ると、相当集中して作っていたのだろう。
 主に瑠菜が。
 楓李が驚いて床の上に広がる作品を茫然と見ていると、みなこは赤い折り紙で作ったハートを楓李に渡した。
 一見するとハートに見えないほどぶきっちょなそれは、みなこが一生懸命作ったことだけはわかる。
 「上手に作れたんだもんねぇ。みなこちゃん。」
 「うんっ!」
 まさか瑠菜がここまで元気になっているとは思わなかった楓李は笑顔の二人を見て笑みがこぼれた。
 帰ってくるまではこれからどうしようかとか、この後どうなるのかなどの不安が頭の中をぐるぐると回っていたが、それが吹っ飛ぶ勢いですっきりした。
 「瑠菜、一緒にシチュー作るか?」
 「うん。任せて。」
 「じゃあ、よろしく。みなこも手伝えよ。」
 「ん?」
 みなこは何をやるのかと聞きたげに首をかしげた。
 瑠菜もシチューを作るということ以外は何も言われていないため、みなこに何をさせようとしているのか少し疑問に思いながらキッチンへ行く。
 「んじゃ、やるか。」
 「喧嘩する勢いで包丁取り出さないでよ。」
 「悪い、悪い。」
 「瑠菜はシチュー作ってくれ。」
 「まぁ、別にいいけど……。……かえは何するの?」
 「ジャガイモを切る。」
 「は?」
 瑠菜が聞き返したそれを聞いているのか聞いていないのか。
 楓李は返事をせずにジャガイモをものすごい速さで切り始めた。
 瑠菜は訳が分からずにシチューに入れる野菜をその横で切った。
 二人が並んで切っていると得に楓李の切る早さが際立って早く感じた。
 「よし、みなこ。これつぶしてくれるか?」
 「ん……。」
 「これとこれも混ぜて。」
 瑠菜がさっさとシチューの調理を終えてゆったりしていると、楓李の声がしてきた。
 瑠菜は暇になって少し遠くから二人の料理をするところを見ていた。
 まるで本当に父親と娘のように見える。
 それくらい楓李は子供の世話が上手かった。
 手伝わせるところは手伝わせて、できないと思ったところは手を貸してあげる。
 それがしっかりできている。
 「よし、後は俺がやるから。みなこ、ありがとな。瑠菜姉のところ行っとけ。」
 「……ん。」
 瑠菜は油を使った料理以外の料理はとても上手だ。
 怖がりな性格のおかげで油が使えなかったからである。
 唐揚げもとんかつも、ポテトも大好きなのに自分で作ることはできない。
 楓李はそれを知ってから真剣に料理の練習をした。
 それを瑠菜が知っているかというと、まぁ。
 想像通りで。
 「わぁ!ポテトだ。ポテトだ!」
 「座ってろ。近寄るな。」
 「わぁ、かえ怖ぁ。」
 「……油飛ぶぞ。」
 「それはやだぁ。みなこちゃん、もうちょっと遊んでようか。」
 瑠菜はみなこの手を引っ張ってキッチンから出て行った。
 楓李は少し溜息を吐きながらそれを見ていた。
 瑠菜がおちゃらけたような言い方をするときは何かしら我慢しているときだ。
 こればかりはどうしようもないとは思いながらも、楓李の中では悩みどころだ。
 これからどうすればいいか。
 瑠菜なら自殺くらい簡単にするだろう。
 今でも自傷行為がなくなったわけではないのだ。
 みなこと遊んでいる、みんなの中にいる明るい瑠菜とは対照的な瑠菜の顔。
 それを瑠菜ではないと言い切ることは楓李には到底できない。
 サクラやリナならきっと瑠菜らしくないというだろう。
 それが、どうしても楓李にはできないのだ。
 良いように言うなら、瑠菜をどこまでも愛することができる。
 悪いように言うなら、瑠菜の本心が怖くて怖くて仕方がない。
 コムやこはくがしていたように瑠菜の表情から本音が読み取れればどれほどよかっただろうか。
 その日の夕食は炊き立てのご飯とシチュー、楓李とみなこが作ったポテトだった。
 「……なんかいつもよりも少ない。」
 「……ない……。」
 「文句あるなら食うな。わざわざ一品増やしたんだから。」
 「……おいし。いつものポテトじゃない。」
 「おいちぃ。」
 「……そりゃどうも。」
 もちもちサクサクのポテトはとても好評で楓李は少し嬉しそうにした。
 いつもはしおんが多めの品数で作るため、シチューと御飯だけじゃ寂しいと思ってジャガイモを多めに買ったのは正解だったらしい。
 次の日。
 「みなこちゃんをよろしくお願いします。ハカセ。」
 「あぁ、それは別にいいんだが……大丈夫か?」
 深々と頭を下げる瑠菜を見て、ハカセと梅香は心配そうな顔をした。
 それを見て見ぬふりをして、瑠菜はみなこを抱きしめる。
 「はい。大丈夫。すぐに迎えに来るから。お人形もあるし大丈夫ね。」
 「……んぅ……。」
 「いや、みなこもだが……おまえだって……。」
 「大丈夫です。」
 「すごく寂しそうに見えるぞ。」
 「わかっていたことですから。」
 瑠菜は嫌がるみなこを梅香に預けるとハカセの顔を見てにっこり笑った。
 ハカセからしたら、周りからコムのことを真剣に調べている瑠菜のことを聞いていたため、瑠菜のほうが心配だった。
 隣に楓李もいるが、目で訴えても無表情で何を考えているかわからなかったため、瑠菜のほうを優先して心配してしまったのだ。
 「私も、正直コム様のことは驚いた。しかし、それ以上に君らが葬儀にいないことのほうが違和感がある。」
 「先代ハカセの時はほぼ全員集まりましたからね。ほかは後から墓参りに行くそうです。」
 「急ぐ必要はないと……そういう考えか。瑠菜、これで終わりか?」
 「……もちろん。私の目的はコムさんとどんな形であれ会うことでしたから。」
 ハカセは瑠菜の表情を見てやはり心配になった。
 後ろ姿をこのまま見送ることが最後のような気もする。
 なぜ、瑠菜が笑っているのか。
 大事な先輩をなくした時、ハカセ自身とても寂しかった。
 悲しかった。
 人間の弱さを目の当たりにした気がした。
 なのに自分よりも小さくて年下の瑠菜が、なんともないような振る舞いをしていることが何よりも不思議でならなかった。
 それでも、博士は瑠菜に何と声をかけてよいのか、自分がどう声をかけてほしかったのか全く分からなかった。
 「ハカセ、みなこちゃんが少し成長しています。さすが瑠菜さんですね。」
 「あ、あぁ……そうか。」
 「ハカセ?どうかしましたか?」
 「いや、何でもない。あいつは、さん付けで呼んでいいような人間じゃないんだなって。」
 「え?」
 「いつもありがとな。梅香。」
 「な、何ですか、急に……。こちらこそ、いつもお世話になってます。」
 梅香は少し焦ったような様子でにっこりと笑う。
 いつも弱弱しくしているが、こういう一面もあるのかとハカセは思った。
 「わざわざ来ていただいて……ありがとうございます。」
 「いや、お忙しいのに案内していただいてすみません。」
 「私は別に大丈夫。それより……そっちの子は大丈夫?」
 墓の前に立ったまま大泣きしている瑠菜の背中をさすりながら、楓李はコムの妹を名乗る女性に頭を下げた。
 瑠菜と楓李はみなこをハカセに任せてから、電車に乗って三駅ほどの町に来ていた。
 「そんなに泣いてくれるけど、骨はそこにはないのよ?」
 「そうですか……。」
 「海にまけって言われていたから。ほかの人には内緒よ?」
 「わかってます。」
 「……君は泣かないのね。やっぱり男の子だからかしら?」
 「二人で泣いていたらもう一人必要になるでしょう?誰か一人はしっかりしていなければならない。だからです。」
 楓李はコムの妹に言われて笑顔のまま答えた。
 嫌味なこともわかっているし、もう少し悲しめばこんなことを言われないこともわかっている。
(こはくが死んだときも言われたなぁ。)
 こはくの葬式があった時、瑠菜は参加しなかった。
 来ないでとこはくの親から言われてしまえば来られるものも来られない。
 楓李はその時も泣かなかった。
 わかっていたから。
 こはくがもうすぐ死ぬということを、楓李は医学の知識をフル活用して理解していた。
 今回も同じ。
 コムが生きているなんて楓李には思えなかったのだ。
 瑠菜が真剣にコムのことを調べているときも楓李は生きていたらいいなぁとは思うものの、もう死んでいるだろうという結論にたどり着いていた。
 そう思う自分も最低だとか、瑠菜に申し訳ないとは思う。
 それでもその考えが変わることはなかった。
 「かえ、みなこちゃんは明日迎えに行こうか。」
 「あぁ。」
 「来れてよかった。ついてきてくれてありがとう。」
 「あぁ。」
 「……かえ?」
 「……。」
 瑠菜はそこで楓李に対して声をかけるのをやめた。
 コムの妹に見送られて、帰りの電車に乗ってからも楓李は瑠菜に話しかけなかった。
 それを見た瑠菜は、いつも楓李がしてくれるように話しかけたが、それでも楓李はそこまで反応しない。
 瑠菜は少し寂しさも感じるが、何も言えない自分がいた。
 「次、降りる駅だよ。」
 「……あぁ。」
 「ごめんね、みなこちゃん。迎えに来たよ。」
 「りゅーにゃっ!おかーり。」
 「ただいま、みなこちゃん。ありがとう、ハカセ。一日泊まらせちゃって。」
 「……そいつ、お前がいねぇとしゃべらないんだな。」
 「え?」
 すごく不機嫌そうなハカセに、瑠菜は笑顔のまま首をかしげた。
 そんな瑠菜と博士には気も止めずに、みなこはぎゅっと瑠菜の手をつかむ。
 「私たちが声をかけても口を開いてくれなかったんです。」
 「梅香、お前はまだいいほうだったろ?顔を背けられたり逃げられたりしないんだから……。」
 「ハカセ、嫌われてるでしょ……。それは。」
 「うるせぇ、瑠菜。楓李がいないからって毒吐いてんじゃねぇよ。」
 ハカセは悔しそうに言ってから、研究室の中へと入って行ってしまった。
 瑠菜としては少しからかっただけで毒を吐いたつもりはなかった。
 そのため、ぷんすか怒っているハカセの後ろ姿をきょとんとした顔で見送った。
 「すみません。瑠菜さん……。」
 「ん?いや、大丈夫よ。大変ねぇ。」
 「……今日は楓李様は?体調を崩しましたか?」
 「部屋から出てこないだけ。何かあったんでしょう。」
 「そうですか……。」
 「声はかけたんだけどね。」
 朝から声をかけても返答すらないため部屋にいるのかどうかすらわからないのだと、瑠菜が梅香に説明をすると梅香は瑠菜の目をじっと見た。
 ありえないものでも見るかのように。
 「えっ……と……。何?」
 「意外だなって思っただけです。すみません。」
 「あぁ……、いつも近くにいるから?」
 「いえ……人の死とか気にしていなさそうだったので。」
 「え?」
 「楓李様……きっと。」
 その日、家に帰ると楓李が出迎えてくれた。
 「おかえり。悪かったな、一人で行かせて。」
 「……う、ううん。気にしないで。」
 「みなこ、いい子にしてたか?」
 「ん!」
 「そりゃよかった。ほら手を洗って来い。」
 「ん。」
 瑠菜は嬉しそうにするみなこを横目に玄関から先へ進めなかった。
 梅香に言われたことが頭によぎり、楓李にどう接してよいかわからない。
(楓李は私の前では本心を隠してる?だから泣かない。……楓李は私といると頑張っちゃう?)
 瑠菜には思い当たる節がありすぎた。
 本当のことを言うと、楓李から離れたほうが楓李のためになる気がした。
 「瑠菜?どうした。」
 「え?」
 「大丈夫か?体調悪かったり……。」
 「……大丈夫。ありがとう。」
 「瑠菜……また何かあったのか?」
 楓李の目線から逃げたいと瑠菜は思った。
 いつもなら安心する楓李の手を振り払ってしまいたかった。
 しかし、そうしてしまうと本当に楓李から離れて行ってしまいそうな気がして、それが瑠菜にとって何よりも怖くて仕方がなくてできなかった。
 それでも、瑠菜の頭の中ではこの結末しかない。
 「別れようか。かえ。」