「――あ、もしもし?? アンタに匿名でタレこみたいって言うか……」
電話の応答主は、他でもない待田本人であった。
『匿名の人間が、この電話番号を知っている訳ァねェと思うんだがよ』
「まあまあ、そこは穏便に。誰から電話番号を教えられたかは……分かると思うなあ」
『……ウチの教祖か』
その通り、とだけ笑って見せると、今現在企画している合同演習会の詳細を語り始めた。最初、待田は何のことか、そして電話の向こう側で楽しそうにしている、信一郎の底が知れなかった。しかし、次第に理解し始めたのだ。なぜルールを事細かに説明しつつ、ルールの穴を放置しているのかを。
「――ってな感じのゲームなんだよ。どうよ、待田招来君? このゲームなら、お宅の支部長の悶々とした、行き場のない復讐心も満たせるだろうし」
『……アンタ、仮にも英雄学園の学園長なんだろう? こんな性根の悪い催しごと企画して……何が目的だよ』
「簡単なことだよ、私の普段の立ち居振る舞いからして、待田君も理解できると思うなあ」
その時、待田は電話の向こう側でけらけらと笑う不破信一郎……またの名を、瀧本信一郎という男に身震いした。たった一つの簡単な結論に至っただけで、こうも恐怖心を覚えるとは思わなかったのだ。
『――アンタ、まさか自分のところの学生を強くする、ただそれだけの純粋な目標のために……こんな血みどろの戦いを経験させようってのか』
「正解! その通りだよ、待田君」
そこに悪意は一切ない。英雄が強くなるには、近道などない。しかし回り道をしていてはいずれ敵にやられてしまう。近道以上の茨道こそ、実戦経験以外にない。
ただ、その実戦経験以外にも、人間の醜悪な面が現れやすくなるルールをセッティングすることにより、裏切りや奇襲を常套手段として提示したのだ。英雄の正々堂々とした戦い方以外に、より幅広い戦い方、あるいは受け方を、身をもって学ぶ。本来の合同演習会の意味をそのままに、学生でありながら一人の英雄として接した結果であった。
「いつだってぬるま湯の中で手ほどきしていたら、いついかなる時も民衆を護る英雄的存在にはなれない。ダブルミーニングで弱い英雄なんて、世の中からはゴミ同然で扱われるだろうね。なら、学生時代から『かわいい子には旅をさせる』べきじゃあないか」
「――純粋な善意ってのは、純粋な悪意と表裏一体だな」
皮肉めいた言葉をぶつけるも、当の本人には一切効いていない様子。待田は、改めて瀧本信一郎という男に恐怖した瞬間であった。
「――とまあ、これが私の白状。全ては君たち卵たちを成長させたい、ある種の親心さ」
話を一通り聞いた二人は、信一郎の異常性を再確認した。それと同時に、信玄は怒りを露わにした。信一郎の胸倉を掴み、青筋を立てる。
「……そのために、茨城支部全体を焚き付けた、ってことかよ。信之を利用していた、ってことかよ」
「私は何も、彼らと違って殺す目的じゃあない、あくまで捕縛だよ。確かに誘い込みはしたが、それは警察と結託して支部を壊滅させていく目的が故だ。じゃあなかったら、信之君を更生させるために、減刑嘆願状なんてしたためないさ」
逆に言うならば、そうでもしないと動かせなかったのだ。学生たち……特に、信玄を餌にしないと、信之は表舞台に出てこない。元々、信玄と信之の家庭環境は知っていた信一郎。信玄を餌にしつつ、普段そこまでやる気のないそぶりを見せる信玄の着火剤となれば、との思いで招致したのだ。
胸倉から手を放す信玄。その表情は複雑そのものであった。
「――結局は、学園長の掌の上だった、ってことですか」
「流石に全部では無いよ、カルマの襲来に関しては、私は想定してなかった。合同演習会に部外者が乱入したなら、私が出る以外に他無い。アイツは前から知っている存在ではあったけど……正直現状だと、私以外に相対することのできる英雄はいない。私を引きずり出して少しでも感情を揺さぶりたかったんじゃあないかな」
椅子に座りながらも、外を見つめる信一郎。今までの学園長としての、凛々しい表情から一変、今まで見たことないほどに、複雑な感情が混じっていた。その奥に隠された過去には、一切理解は及ばない。
しかし、こちらを振り返ると、そんな複雑な表情は消え去り、学園長としての信一郎の顔がそこにあった。
「――もし気分を悪くさせたなら、申し訳なかったよ。でもこれだけは分かっていてほしい、私は君たち学生ファーストで動いている。今回の演習会も、君たちの実戦経験を積むために必要不可欠だったんだ」
頭を下げる学園長に、その言葉に嘘が無いことを見抜いた信玄。それ以上、彼を責めることはやめた。
「……次、何かしらやりたいんなら、まず先に伝えて下さいや。そうじゃあないと……またこういった軋轢を生むことになる。サプライズ精神も悪ィことじゃあねえけど……今回は騙された気分になっちまう」
「善処するよ」とだけ呟くと、申し訳なさそうに笑む信一郎。そしてその場で信玄に言い渡された事柄は、今回の働きを評価した礼として、礼安たちと同様『計画』の一員となることだった。
先に学園長室から去る丙良であったが、信玄だけは残り続けた。
「――君に殴られても仕方はないと思う、一発なら立場など気にすることなく、思い切り殴ってもらって構わない。暴行罪でしょっ引く、なんてしないからさ」
「……いや、もうそんなこと望んだところで、結果は変わんねえっスよ。まあ……もやもやはするけど」
信玄が残った理由はただ一つ。合同演習会勝利記念の願い事を聞き届けた。内容は『丙良といつかもう一度手合わせがしたい』とのこと。