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第百二十二話

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 どれだけ傷つけられようと、装甲自体を捩り潰されようと、多量の出血を伴いながらも、何度も立ち上がる礼安。そんな礼安に対し、心の底からの憐みの目を向ける待田。
「――そうまでして、この試合(ゲーム)で叶えたい願いがあんのか?」
「当然――――『無い』よ」
 その礼安の一言に、唖然とする待田。思わず、火をつけたばかりの煙草を落としてしまった。
「私なんかの願いで、お父さんの手を煩わせる必要はないんだ。私の願いは……いつだってただの一つ、『皆を守りたい』、ただそれだけだからさ。私『なんか』がそれ以外の願いを持つのも、烏滸がましい話でしょう?」
 さも当然かのように言い放つ礼安。その瞳は、深淵そのものであった。見入る者を徹底的に引きずり込んでいきそうな、普段の明朗快活な彼女からは想像もできないほどに、『闇』を感じ取っていた。
 この合同演習会、勝利タッグには学園長直々に願いが一つ叶えられる、そんなボーナスがある。しかし、礼安はそれを望まない。自分の願いは、自分で叶えたいと考える、多少なり意地っ張りな面が働いた結果なのか、否。それで叶えたい願いが、本当に『無い』のだ。
「――何でだ? 何でそうまでして人に尽くす。お前さん、かつてクソみたいな人間に酷いことをされたんだろう? なぜ人を恨まない、なぜ願いを抱かないんだ」
 待田は、『何者か』によって、礼安の過去を全て聞かされていた。学友を庇ったが故に、凄惨ないじめに遭い、母親の死と重なった結果、礼安が廃人同然と化してしまったことも。体中に、暴力を振るった畜生によって無数の傷跡が存在することも。
「何でって……『お母さん』との約束だし、私なんかが願いを語るのは、そしてそれで叶ってしまうのは――『立場からして許されない』からに決まってるじゃん」
 昔のいじめにより、礼安の自己肯定感は地に落ちた。昔の階級制度で名前が挙げられる、『穢多(えた)』や『非人(ひにん)』と同格。実際はそんなことあるはずないのにも関わらず、そう自覚するまで瀧本礼安という人格は捻じ曲がった。
「私は、英雄になって皆に平穏を『奉仕』する。それこそが、私のやるべきこと。欲の根源は確かに『赤の他人も友達も、総じて守る』ってのがあるよ。それも本当だけど……私にとっては最低限の達成目標なんだ」
 まるでこの世の常識を語るように、淡々と冷えた笑顔で語る礼安。顔全体としては笑っていたが、一切目が笑っておらず、光はどこかへ消え失せていた。
 今のカラフルな多様性を訴え続ける世の中とは遡上し、世の中への『奉仕』のために、徹底的に強くなり続ける。それこそが、礼安の歪んだ結末。
 初めて、待田は目の前の英雄を傷つけたことを後悔した。嫌というほど痛めつけられ続けた人間が、こうまで人の姿をした化け物に変えてしまったのだと。
 しかし、礼安はどれだけ深い傷を追おうと待田に向かって走る。心が痛めつけられながらも、両足を『絞』で復元不可能なレベルまで捩る。
「あェあああああッぁあああがはあああがあハあああおああガああああッ!?」
 装甲のサポートなど、一切関係ない。『それ』ごと捻じ曲げるため、骨も筋肉も装甲も血液も、等しくミキサーにかけるように仲良く肉塊に。開放骨折は、主に皮膚から骨折した骨が皮膚を突き破り、さらなる大けがに至るものであるが、そんなものは生温い。
 全てを綺麗に巻き込んだ、最悪を絵にかいた状態そのもの。人体を巨人が軽く雑巾絞りしたら、人体はこうなってしまうのだろう。
 復元など不可能、人間にとって、酷い痛みはトラウマになる。それで向かってこないはず。必ず、諦めるはず。しかし、そんな待田の願いは虚しく、それでも這いずって待田を追いかける。
 痛みは一度和らげた。しかしあくまで一度だけ。終わることのない地獄が、礼安に齎されるのだ。
「勝つかつゥあああぅああああハああガがああああぃあああオああああああっ!!」
 まるでパニックホラー映画の登場人物、今まさに恐怖を体感している、哀れな子羊。それになり替わったようであった。
 迫る根源からの恐怖。どれだけ痛めつけようと、執念深く付きまとう異物。自分以外の人類を守る。ただそんな漠然とした願いを馬鹿正直に叶えようと、自分の身を徹底的に犠牲にして迫る。
 初めてであった。ここまで待田が恐怖したのは。本当の異常者というものを、久しく目の当たりにしてこなかったが、改めてエンカウントした瞬間に、ここまでの寒気と怖気(おぞけ)を感じ取るとは思わなかった。
 どれほどの力を持とうと、どれほどの権力を持とうと。待田に怖いものはなかった。強いて言うならば、「『原初の英雄』には敵わない」という、諦めに似た恐怖を抱いていたが、わざわざ出向くなんてことは経験が無い。
 しかし。今眼前で肉塊になる手前で、狂気的に勝利を求め続けるのは、その『原初の英雄』の実の娘であり、どんな『教会』信者が入信する人生のどん底よりも、深い『闇』。体中に無数の傷があり、さらに人以下の待遇を受け続けた、究極無比のお人よし。
 自分以外に、こんな経験をしないように。そんな優しさも込められたものなのだろうが、それ以上に自分に課せられた奉仕こそ『世界平和の実現』。
「――あり得ねェ、あり得ねェ!! 来るな、寄るなよ化け物が!!」
「いやだあああああいああだあああああああガああああああッ!!」
 叫びあがる中、次第に礼安の意識はどこか遠くへ旅立とうとしていた。それ即ち、『死』の手前。何も成せず、何も残せず。
 ついに礼安は叫びが途切れ、糸が切れたかのように倒れ伏したのだった。



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 どれだけ傷つけられようと、装甲自体を捩り潰されようと、多量の出血を伴いながらも、何度も立ち上がる礼安。そんな礼安に対し、心の底からの憐みの目を向ける待田。
「――そうまでして、この|試合《ゲーム》で叶えたい願いがあんのか?」
「当然――――『無い』よ」
 その礼安の一言に、唖然とする待田。思わず、火をつけたばかりの煙草を落としてしまった。
「私なんかの願いで、お父さんの手を煩わせる必要はないんだ。私の願いは……いつだってただの一つ、『皆を守りたい』、ただそれだけだからさ。私『なんか』がそれ以外の願いを持つのも、烏滸がましい話でしょう?」
 さも当然かのように言い放つ礼安。その瞳は、深淵そのものであった。見入る者を徹底的に引きずり込んでいきそうな、普段の明朗快活な彼女からは想像もできないほどに、『闇』を感じ取っていた。
 この合同演習会、勝利タッグには学園長直々に願いが一つ叶えられる、そんなボーナスがある。しかし、礼安はそれを望まない。自分の願いは、自分で叶えたいと考える、多少なり意地っ張りな面が働いた結果なのか、否。それで叶えたい願いが、本当に『無い』のだ。
「――何でだ? 何でそうまでして人に尽くす。お前さん、かつてクソみたいな人間に酷いことをされたんだろう? なぜ人を恨まない、なぜ願いを抱かないんだ」
 待田は、『何者か』によって、礼安の過去を全て聞かされていた。学友を庇ったが故に、凄惨ないじめに遭い、母親の死と重なった結果、礼安が廃人同然と化してしまったことも。体中に、暴力を振るった畜生によって無数の傷跡が存在することも。
「何でって……『お母さん』との約束だし、私なんかが願いを語るのは、そしてそれで叶ってしまうのは――『立場からして許されない』からに決まってるじゃん」
 昔のいじめにより、礼安の自己肯定感は地に落ちた。昔の階級制度で名前が挙げられる、『|穢多《えた》』や『|非人《ひにん》』と同格。実際はそんなことあるはずないのにも関わらず、そう自覚するまで瀧本礼安という人格は捻じ曲がった。
「私は、英雄になって皆に平穏を『奉仕』する。それこそが、私のやるべきこと。欲の根源は確かに『赤の他人も友達も、総じて守る』ってのがあるよ。それも本当だけど……私にとっては最低限の達成目標なんだ」
 まるでこの世の常識を語るように、淡々と冷えた笑顔で語る礼安。顔全体としては笑っていたが、一切目が笑っておらず、光はどこかへ消え失せていた。
 今のカラフルな多様性を訴え続ける世の中とは遡上し、世の中への『奉仕』のために、徹底的に強くなり続ける。それこそが、礼安の歪んだ結末。
 初めて、待田は目の前の英雄を傷つけたことを後悔した。嫌というほど痛めつけられ続けた人間が、こうまで人の姿をした化け物に変えてしまったのだと。
 しかし、礼安はどれだけ深い傷を追おうと待田に向かって走る。心が痛めつけられながらも、両足を『絞』で復元不可能なレベルまで捩る。
「あェあああああッぁあああがはあああがあハあああおああガああああッ!?」
 装甲のサポートなど、一切関係ない。『それ』ごと捻じ曲げるため、骨も筋肉も装甲も血液も、等しくミキサーにかけるように仲良く肉塊に。開放骨折は、主に皮膚から骨折した骨が皮膚を突き破り、さらなる大けがに至るものであるが、そんなものは生温い。
 全てを綺麗に巻き込んだ、最悪を絵にかいた状態そのもの。人体を巨人が軽く雑巾絞りしたら、人体はこうなってしまうのだろう。
 復元など不可能、人間にとって、酷い痛みはトラウマになる。それで向かってこないはず。必ず、諦めるはず。しかし、そんな待田の願いは虚しく、それでも這いずって待田を追いかける。
 痛みは一度和らげた。しかしあくまで一度だけ。終わることのない地獄が、礼安に齎されるのだ。
「勝つかつゥあああぅああああハああガがああああぃあああオああああああっ!!」
 まるでパニックホラー映画の登場人物、今まさに恐怖を体感している、哀れな子羊。それになり替わったようであった。
 迫る根源からの恐怖。どれだけ痛めつけようと、執念深く付きまとう異物。自分以外の人類を守る。ただそんな漠然とした願いを馬鹿正直に叶えようと、自分の身を徹底的に犠牲にして迫る。
 初めてであった。ここまで待田が恐怖したのは。本当の異常者というものを、久しく目の当たりにしてこなかったが、改めてエンカウントした瞬間に、ここまでの寒気と|怖気《おぞけ》を感じ取るとは思わなかった。
 どれほどの力を持とうと、どれほどの権力を持とうと。待田に怖いものはなかった。強いて言うならば、「『原初の英雄』には敵わない」という、諦めに似た恐怖を抱いていたが、わざわざ出向くなんてことは経験が無い。
 しかし。今眼前で肉塊になる手前で、狂気的に勝利を求め続けるのは、その『原初の英雄』の実の娘であり、どんな『教会』信者が入信する人生のどん底よりも、深い『闇』。体中に無数の傷があり、さらに人以下の待遇を受け続けた、究極無比のお人よし。
 自分以外に、こんな経験をしないように。そんな優しさも込められたものなのだろうが、それ以上に自分に課せられた奉仕こそ『世界平和の実現』。
「――あり得ねェ、あり得ねェ!! 来るな、寄るなよ化け物が!!」
「いやだあああああいああだあああああああガああああああッ!!」
 叫びあがる中、次第に礼安の意識はどこか遠くへ旅立とうとしていた。それ即ち、『死』の手前。何も成せず、何も残せず。
 ついに礼安は叫びが途切れ、糸が切れたかのように倒れ伏したのだった。