河本のドライバーを認証し、足立区全体をそのまま扱った『教会』側の拠点に辿り着く礼安。英雄サイドの扉とは異なり、すぐさま開かれる扉。不用心に扉横の機関銃は破壊されている。人間が行ったものとは思えない、銃全体の捩じれ方に薄気味悪さを覚える。
足立区新田から侵入し、堀之内方面に進むだけで、目的の人物と相対する。
「よお、多分ここに直接来んじゃあねえかって――指折り数えて待ってたぜ、瀧本礼安」
純白のローブから、『教会』支部長を示すバッジが付けられた、漆黒のスーツへと変わっていた。
「こっちの方が雰囲気出るだろ。いつものローブも悪かないんだが……気が引き締まるのはこっちなんだよ」
長く伸びた白髪は、前髪ごと全て後ろで乱雑にまとめられ、今まであまり窺い知ることのできなかった紅の瞳が覗く。煙草を燻らせながら、礼安と向かい合う待田。
「――んで、俺に一度こっ酷く負けて……何か対策立てたのかい?」
「……よく分からないけど……私は負けないよ」
「そうかい」とだけ呟くと、待田は片手で簡単な印を組み、高速で礼安に『圧』を仕向ける。しかし、礼安は、それをただの反射神経だけで横に飛び退き、避けて見せた。
「――相変わらず、野生児のような反射神経だな、お前さん。何で……不意打ちで攻撃されてんのに避けられんだよ」
「感情の、色が見えるから」
嘘を見抜く以外に、何かを企む悪心もぼんやりながら判別できるようになった。これは、他でもない『教会』とのやり取りを経験してきたからこそ。
「まるで俺たちのようだな、エスパーかよ」
快活に笑う待田であったが、笑いながらも無情に印を組み、彼女に迫らせる無数の『圧』。しかし、以前とは異なり全てを回避。後方に飛び退き、そして身を捻り。さながらプロアスリート。
敗北の経験が、彼女のあらゆる能力を向上させていた。
「……今の『圧』の軌道は、前回と完全に一緒とはいえ、全部避けられんのかよ」
「頑張ればできる!」
「頑張る頑張らねえの話じゃあねえ、それがおかしいってんだ!」
バック転を繰り返し、何とか『圧』を回避する礼安。変身する以前から、明らかに身体能力が向上している礼安。待田はそんな彼女に違和感を抱いていた。
(――本当、どこぞの少年漫画かってくらいに、短い間に成長してやがる。犯した失敗を反省し次に活かす、そして実際にパワーアップ……なんて賢しい真似が出来んのか、この嬢ちゃんに)
それでも、それ以上礼安に強くなることを禁じるよう、『圧』を飛ばすも、無自覚か裏拳で破壊。
既に装着し、変身準備が整った状態の礼安は咄嗟にドライバーを起動させる。
「変身!!」
『GAME START! Im a SUPER HERO!!』
その場に落雷、瞬時に乱気流が渦巻きつつ、装甲を身に纏う礼安。すぐさまエクスカリバーを手にし、待田に斬りかかるも、障壁を張り何とか防ぐ。
「クッソ、地味に『圧』を攻略されてんの腹が立つな」
「正直まだよく分かってないけど?!」
「ならこれはどうだよ、『
削』!!」
何となく。それで攻撃を殺されたことに苛立ち、複数の『圧』を圧縮、この世には存在しない新たな空間を生成、近距離に迫る礼安自体を削りにかかる。
スペイン語自体を理解してはいなかったものの、その攻撃が放つ死の気配を感じ取ったのか、その場から跳躍。空気を蹴り飛ばしつつ、梅島の方まで一旦退こうとしていたのだ。
「馬鹿野郎、そう簡単に逃がすかよ――ってんだ!!」
礼安の逃げる方へ『削』を小さなメスへ形状変化、空間をそのまま乱暴に切り裂き削ると、空中にいたはずの礼安は待田の傍へ。
しかし礼安は、無自覚ながら発達した戦闘のセンスが爆発していた。その削られた勢いを利用し、待田に対し飛び蹴りを放ったのだ。
何とか防御態勢を整えるも、人間の姿である待田には、装甲のサポート込みである飛び蹴りの威力を殺しきるには、膂力が足りなかった。故に、生身のまま弾き飛ばされ地面に叩きつけられる。
「――ッたく。ジジイには優しくしろって、ガキの頃教わんなかったのかよ」
「ごめんね、でも貴方に優しくしたら、多分私は死ぬから駄目だよ」
待田の戦闘力は、優に礼安を超越している。それは彼女自身が重々理解している。だからこそ、加減は死に直結すると自覚していたのだ。
「……そうかい、なら……少しはその手助けをしてやるか」
待田はおもむろに立ち上がると、礼安の脳内に念能力で多くの
映像を流し込む。ただの映像は、次第に現実にリンクしていく。多くの情報量を流し込まれることに抵抗はないが、その情報が問題であった。
多くの死体。
多くの歪み。
多くの紅。
多くの絶望。
視界全てが、最悪の映像。
老若男女関わらず、等しく皆殺してきた。
待田の異名は、『罪人殺し』。礼安にはその文言しか、大田区を襲撃された際に伝えられなかった。実際の映像など、あるはずもなく。それこそ、当の本人が目の当たりにしてきた『最悪』を、そっくりそのまま流し込む。まるで水を飲まされ続ける拷問であった。
「――ッッ!?」
「俺は、神の名のもとに多くの犯罪者を殺してきた。『教会』に仇なす存在をはじめとして、複数の女を犯し、性欲を満たしたら殺した……そんな死刑確実と言われたボンボンが、金に物言わせて罪をチャラにした際も……全て俺の念能力で殺してきた」
辺り一面の紅。いつの間にか、礼安は待田の作り出す幻覚、その術中に嵌っていた。
多くの血に、多くの死体に塗れる礼安は、母親が死んだときの記憶がフラッシュバック。最悪の絶望が、礼安の脳を侵食していく。
耐えきれず、礼安は頭部装甲を消し去り、その場で嘔吐。吐くモノが一切ないため、自ずと胃液を吐き出す羽目に。さらにストレスがオーバーフロ―状態となり、胃に穴が開き多量の血が混じり始めたのだ。
「こんなもんじゃあねえ、俺は多くの殺しを請け負ってきた。お前さんが相対した、コードネーム『フォルニカ』……神奈川支部支部長、桃田煩丈
桃田煩丈と共にな」
二人とも、いわゆる
掃除人。殺し、その後の処理。何から何まで、その人物が存在した証を消し去る、プロそのもの。桃田は『当人に嫌われる』ことで絶対に被弾しない、最強の回避盾。待田はあらゆる攻撃が隔絶され、多種多様な念能力で容赦なく殺害できる、最強の念能力者。
多くの殺しをしてきた二人にとって、殺人やその後の掃除は些事。息をするのと同じ感覚で、淡々と仕事をこなしてきた。桃田が己の弱点に気付ききれなかった結果、同じ最悪の境遇を味わった礼安に、心をほだされる形で決着がついたが、本来なら礼安は敵わない存在であった。
底力、あるいはド根性。礼安の力の原動力はそればかりだが、それが格差すら乗り越える大いなる鍵となったのだ。
「――正直、お前さんが桃田を打ち倒した、と聞いて。どんな超人かと思ったら。ただのド根性と、底なしの善性で切り抜けた。――正直よ、俺はお前さんが気になって仕方がねえ。その異常性に触れてみたくなってな。だから俺は『支部長』の肩書すら捨てて、あの信之とか言うガキに付き従った」
全ては、礼安の異常性をこの目で見たいがため。礼安の闇から生まれる、底なし沼。主目的だったはずだが、英雄・武器サイドに礼安ほどではないにしても、だれも信用していない上昇志向の塊であった異常者を見つけたため、一先ずはその存在を育成することで欲を発散。
しかし、人間の欲というものは末恐ろしいもので。鍾馗を相手にするのと、礼安を相手にするのとでは話が違ったのだ。
鍾馗の闇を否定したいわけではない。しかし、それ以上に礼安の隠している闇が、英雄のそれとは違う。それを第六感で感じ取っていたのだ。
「――話に聞いたぜ。お前さんは、人の道を大きく踏み外した外道を、尽く許さない傾向にあるらしいな。白状してやるぜ、俺こそが……お前さんにとっての『真の外道』だ。俺が鍾馗同様、大勢の二年次生徒を殺害した。俺らに逆らう異分子は皆殺した。英雄側の損害の大体は、俺と鍾馗によるものだ」