第二部 20話 人でなしの自覚
ー/ー 俺は燃え盛る屋敷の中庭で、ソフィアお嬢様を抱き止める。
ピノが教えてくれた部屋の窓から兵士の一人がこちらを見ていた。
しばらく睨み合ったが、兵士が諦めるように背中を向けた。
俺もソフィアを置いて攻め込む理由はない。
「ご無事ですか?」
俺はソフィアを中庭に下ろして、向き合った。
ピノが俺の肩に下りて来た。
ソフィアは小さく頷いた。
しかし、その顔は蒼白で、小刻みに震えていた。
「お嬢様。顔色が優れないようです。どこか怪我でも?」
「いいえ。そうじゃないの」
「?」
「お父様とお母様が、殺されました」
「――!」
やはり目的は内乱鎮圧の妨害か。
この調子で王都側から出足を挫かれるとすれば、泥沼になりかねないのではないか?
糸を引いてるとすれば……連合、か。
「……お嬢様。お気持ちは」
「違うの。そういうことでもないの」
「?」
同じやり取りを繰り返す。
ここまで来て、ようやくソフィアの様子に違和感を覚える。
火の勢いは強くなる一方で、深夜の中庭は少しだけ明るかった。
ぱちぱちと爆ぜる音と襲撃者達の怒号を少しだけ耳障りに思う。
目の前で真っ白なハーフエルフの少女が俯いていた。
公爵家の令嬢に相応しい、勇敢で賢く強い女の子。
その身を抱くように押さえ付けながら、怯えた様子で俺を見上げた。
俺は高さを合わせるために片膝を突く。まるで囁くように、少女は口を開いた。
「先生?」
「はい」
ソフィアの顔が歪む。
見て取れるのは、恐怖だった。
「私は――冷たい人間でしょうか?」
息を呑む。
「お父様とお母様が殺されたのに、私は悲しいと思っていない。涙の一つも出ないのよ」
咄嗟に言葉が出なかった。もう少し先だと思っていたのだ。
こんなにも早く、この子が自分の内面と向き合うことになるなんて。
「それどころか、冷静に仇を取ろうと『計算』したわ。やり返してやろうって」
……違う。目を逸らしていただけだ。
少なくとも、兄さんは同年代で自覚していたはずなのだから。
「二人を失ったことを悲しむのでもなければ、奪われたことを憎むのでもない」
いつまでも誤魔化せるものではないのだ。
それほどまでに早熟であり、自己への理解も深い。よく分かっていたことだ。
「襲われたから。攻撃されたから。やり返そうと確かに『計算』したの」
俺は口を開こうとして、上手く出来なかった。
軽々しく言葉にして良いと思えない。
いや、そもそも何を言葉にすれば良いのか。
俺に理解できる感情ではないのだから。
俺の中にないものを言葉にできるものだろうか。
「ねえ、先生?」
屈んだ俺に縋り付くように俺のシャツの袖を掴む。
他に縋るものなどないのだと言うように。
「あんなにも愛されたのに? こんなにも愛しているのに?」
崩れていく広い屋敷の中心で、未だ幼い少女は俺に迫る。
ソフィアの祖母であるシェリーの言葉を思い出した。
――ソフィアは、命の重さを感じられないように思うのです。
――もしも将来、あの子がこの点で苦しむことがあれば、助けてあげて欲しいのです。
「どうして二人が死んでも悲しくないの……?」
ソフィアが両手で顔を覆って崩れ落ちる。
俺はシェリーに何と返しただろう?
――精一杯、頑張ります。
ソフィアの質問に答えることも出来ず、俺はただ唇を噛み締めた。
ピノが教えてくれた部屋の窓から兵士の一人がこちらを見ていた。
しばらく睨み合ったが、兵士が諦めるように背中を向けた。
俺もソフィアを置いて攻め込む理由はない。
「ご無事ですか?」
俺はソフィアを中庭に下ろして、向き合った。
ピノが俺の肩に下りて来た。
ソフィアは小さく頷いた。
しかし、その顔は蒼白で、小刻みに震えていた。
「お嬢様。顔色が優れないようです。どこか怪我でも?」
「いいえ。そうじゃないの」
「?」
「お父様とお母様が、殺されました」
「――!」
やはり目的は内乱鎮圧の妨害か。
この調子で王都側から出足を挫かれるとすれば、泥沼になりかねないのではないか?
糸を引いてるとすれば……連合、か。
「……お嬢様。お気持ちは」
「違うの。そういうことでもないの」
「?」
同じやり取りを繰り返す。
ここまで来て、ようやくソフィアの様子に違和感を覚える。
火の勢いは強くなる一方で、深夜の中庭は少しだけ明るかった。
ぱちぱちと爆ぜる音と襲撃者達の怒号を少しだけ耳障りに思う。
目の前で真っ白なハーフエルフの少女が俯いていた。
公爵家の令嬢に相応しい、勇敢で賢く強い女の子。
その身を抱くように押さえ付けながら、怯えた様子で俺を見上げた。
俺は高さを合わせるために片膝を突く。まるで囁くように、少女は口を開いた。
「先生?」
「はい」
ソフィアの顔が歪む。
見て取れるのは、恐怖だった。
「私は――冷たい人間でしょうか?」
息を呑む。
「お父様とお母様が殺されたのに、私は悲しいと思っていない。涙の一つも出ないのよ」
咄嗟に言葉が出なかった。もう少し先だと思っていたのだ。
こんなにも早く、この子が自分の内面と向き合うことになるなんて。
「それどころか、冷静に仇を取ろうと『計算』したわ。やり返してやろうって」
……違う。目を逸らしていただけだ。
少なくとも、兄さんは同年代で自覚していたはずなのだから。
「二人を失ったことを悲しむのでもなければ、奪われたことを憎むのでもない」
いつまでも誤魔化せるものではないのだ。
それほどまでに早熟であり、自己への理解も深い。よく分かっていたことだ。
「襲われたから。攻撃されたから。やり返そうと確かに『計算』したの」
俺は口を開こうとして、上手く出来なかった。
軽々しく言葉にして良いと思えない。
いや、そもそも何を言葉にすれば良いのか。
俺に理解できる感情ではないのだから。
俺の中にないものを言葉にできるものだろうか。
「ねえ、先生?」
屈んだ俺に縋り付くように俺のシャツの袖を掴む。
他に縋るものなどないのだと言うように。
「あんなにも愛されたのに? こんなにも愛しているのに?」
崩れていく広い屋敷の中心で、未だ幼い少女は俺に迫る。
ソフィアの祖母であるシェリーの言葉を思い出した。
――ソフィアは、命の重さを感じられないように思うのです。
――もしも将来、あの子がこの点で苦しむことがあれば、助けてあげて欲しいのです。
「どうして二人が死んでも悲しくないの……?」
ソフィアが両手で顔を覆って崩れ落ちる。
俺はシェリーに何と返しただろう?
――精一杯、頑張ります。
ソフィアの質問に答えることも出来ず、俺はただ唇を噛み締めた。

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