ユーステッド、僥倖す

ー/ー



 寝室に戻ると1通の手紙が置いてあった。
 封は閉じられておらず、本当に今、書き(つづ)ったという感じだった。

『月が高く輝く夜に…… レシュノルティア・デルフィヌス』

「え……本当に……?」

 あまりにも早い返答だ。
 確かに僕は今すぐにでも会いたいくらいだったけど、ティアの予定もあるだろうから……と、数日は待つつもりでいたんだ。
 けど、驚いた。

「そうか……そうか!よかった……」

 こんなにうれしいことはない!
 安心したと同時に、ドキドキと心臓が音を跳ね上げるのを感じ……喜びと緊張(きんちょう)が一気にくる。
 月が高く……あの日、バルコニーで彼女を見た時と同じ時刻にってことなんだ!
 ティアもちゃんと、覚えていてくれていた。

洒落(しゃれ)ている……素敵だな」

 本当は……こういうことは僕がするべき事なのに……あぁでも嬉しい。
 顔が勝手に(ゆる)んでしまう。
 手紙を手にしたままバルコニーへ出て、夕陽でオレンジ色に染まる海と街を(なが)め……思わず叫びそうになるくらいだった。

 早く日が落ちないだろうか。
 早く月が見えないだろうか。

 そんなことばかり思いながら、手すりに(ひじ)をつく。

 ……こんな気持ちになるのは初めてだ。

 元婚約者のアリアンナと初めて会った時はこんなに胸の高鳴りを感じたことはなかった。
 エリカに対しても……ここまで気持ちが高まることはなかった。
 ただ単に焦らされていただけだ、と、言われればそれまでだけれど……あの時の僕と今の僕の心は全く違う。
 だから……この気持ちは本当に心の底から(あふ)れる想いだ。

「……あ、カイだ」

 中央の庭を通って本邸に戻るカイとリリーの姿が見える。
 声が届くかわからなかったけど名前を呼んで手を振ってみたら気づいたみたいで、ペコリと頭を下げてくれた。ありがとう、カイ、本当に……。

 ルンルン気分で部屋に戻って、帰ってから食べられるようにと用意してもらっていたサンドウィッチをパクリ。
 以前のように山ほど食べきれないような量ではなくなったから、軽食に関しても心が軽い。
 ベンも「若い男の子だから足りないかと思ってた、すまない」って言ってた。
 屋敷で今まで食事をしていたのはカイとティアくらいだったから、僕の許容(きょよう)がわからなくても当然といえば当然だったけどね。

「まだ時間がある……どうしようかな……」

 とても短い、一言だけの文だけれど……何枚もの便箋(びんせん)(つづ)られた想いの言葉よりも今は……とても嬉しくてずっと見つめてしまっている……きれいな字だなとかもね……あぁ、本当に待ち遠しい。

「んぅ……?さむっ……!」

 どれくらい経ったのだろう……なにを話そうか、どう話そうかと考えているうちにうたた寝をしてしまったようで……開けたままにしていたバルコニーから寝室に流れ込む冷たい風で目を覚ました。

「疲れていたとはいえ少しお腹がふくれたくらいで寝てしまうとは……まるで子供だな僕は……」

 せっかく温泉で温めた体もすっかり冷えてしまった……外は、もう、夜。
 外を見ると星の光と月の明かりで(あわ)紺色(こんいろ)をした夜空……もうそろそろ月は高く上るだろうか、と。

「ランタンに火を……アチチっ……マッチってすぐ燃え尽きてしまうから加減がわからないな……」

 少しだけ、部屋を明るくした。
 ティアは恥ずかしがりだ、と僕は思っているから。あとは……ちょっとくらい雰囲気を演出してもいいかな?とも思った。

「……まて。今日来るとは限らないのでは?」

 あらためて手紙を見つめて我に返る。返事をもらえたことが嬉しくて、『今日の』とか『明日』とか具体的な日程など書いていないことに気付かなかった。
 こういうところも僕の悪いところだ……。

 そう思ってランタンの灯を消そうと思ったら、ノックの音が聞こえてビクッとしてしまった。

「ど、どうぞ」

 もしかしたらジュリーかもしれないけど……入室を許し、ゆっくりと開く扉を見つめる。

 コツコツという靴の音は女性の物……つまり、来てくれたのだ。

「ティア?」
「はい、ユーステッド様」

 ランタンの明かりを向けようとしたけど思いとどまって、少し離れたところ……ベッドのサイドテーブルにランプを置いた。

 わずかな明かりしか届かないから、顔ははっきりと見えなかったけどスカートの(すそ)を持って礼をするティアはあの夜と同じ。

「レシュノルティア・デルフィヌス……と申します。こうしてお会いして言葉を交わすのは初めてになりますね。ユーステッド様……お待たせしてしまって申し訳ございません」
「いや……僕のわがままをに応えてくれてありがとう。僕はユーステッドふぉ……んっぅうん!ユーステッド……初めましてティア」

 また以前の(せい)(ふく)めて名乗ってしまうところだった。
 ティアに椅子(いす)用意して座ってもらい、僕はベッドに腰を掛ける。
 (やわ)らかいランタンの明かりが僕たちふたりを包み、一呼吸(ひとこきゅう)おいてティアが口を開いて話始める。

「ロベリアから……ユーステッド様のお気持ちを聞きました」
「うん……急にあんなことを言ってしまって困らせてしまったかなって心配だったけどティアに届いてよかった」

 すごいドキドキした。
 目なんて合わせられなかった。

 それでも平常心(へいじょうしん)(たも)とうと思って、変なことを言わないように精一杯(せいいっぱい)言葉を選んで返事をする。

「言葉にするのはとても難しくて……うまく言えないかもしれないこと……お許しください」
「許すとか許さないとかなんて気にしないでティア。ゆっくりでいいから」
「ありがとうございます、ユーステッド様……私は――」

 ティアも言葉を選んでいるんだと思った。
 僕に対してのティアの行動と態度に誤解がないように……僕が気分を害さないようにって考えていたんだと思う。
 この時間を取ってくれた事自体ありがたいことだから、僕はなにを言われても傷付かない。

 そう思って……一つも聞き逃すことの無いように……ティアと向き合ったんだ。


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 寝室に戻ると1通の手紙が置いてあった。
 封は閉じられておらず、本当に今、書き|綴《つづ》ったという感じだった。
『月が高く輝く夜に…… レシュノルティア・デルフィヌス』
「え……本当に……?」
 あまりにも早い返答だ。
 確かに僕は今すぐにでも会いたいくらいだったけど、ティアの予定もあるだろうから……と、数日は待つつもりでいたんだ。
 けど、驚いた。
「そうか……そうか!よかった……」
 こんなにうれしいことはない!
 安心したと同時に、ドキドキと心臓が音を跳ね上げるのを感じ……喜びと|緊張《きんちょう》が一気にくる。
 月が高く……あの日、バルコニーで彼女を見た時と同じ時刻にってことなんだ!
 ティアもちゃんと、覚えていてくれていた。
「|洒落《しゃれ》ている……素敵だな」
 本当は……こういうことは僕がするべき事なのに……あぁでも嬉しい。
 顔が勝手に|緩《ゆる》んでしまう。
 手紙を手にしたままバルコニーへ出て、夕陽でオレンジ色に染まる海と街を|眺《なが》め……思わず叫びそうになるくらいだった。
 早く日が落ちないだろうか。
 早く月が見えないだろうか。
 そんなことばかり思いながら、手すりに|肘《ひじ》をつく。
 ……こんな気持ちになるのは初めてだ。
 元婚約者のアリアンナと初めて会った時はこんなに胸の高鳴りを感じたことはなかった。
 エリカに対しても……ここまで気持ちが高まることはなかった。
 ただ単に焦らされていただけだ、と、言われればそれまでだけれど……あの時の僕と今の僕の心は全く違う。
 だから……この気持ちは本当に心の底から|溢《あふ》れる想いだ。
「……あ、カイだ」
 中央の庭を通って本邸に戻るカイとリリーの姿が見える。
 声が届くかわからなかったけど名前を呼んで手を振ってみたら気づいたみたいで、ペコリと頭を下げてくれた。ありがとう、カイ、本当に……。
 ルンルン気分で部屋に戻って、帰ってから食べられるようにと用意してもらっていたサンドウィッチをパクリ。
 以前のように山ほど食べきれないような量ではなくなったから、軽食に関しても心が軽い。
 ベンも「若い男の子だから足りないかと思ってた、すまない」って言ってた。
 屋敷で今まで食事をしていたのはカイとティアくらいだったから、僕の|許容《きょよう》がわからなくても当然といえば当然だったけどね。
「まだ時間がある……どうしようかな……」
 とても短い、一言だけの文だけれど……何枚もの|便箋《びんせん》で|綴《つづ》られた想いの言葉よりも今は……とても嬉しくてずっと見つめてしまっている……きれいな字だなとかもね……あぁ、本当に待ち遠しい。
「んぅ……?さむっ……!」
 どれくらい経ったのだろう……なにを話そうか、どう話そうかと考えているうちにうたた寝をしてしまったようで……開けたままにしていたバルコニーから寝室に流れ込む冷たい風で目を覚ました。
「疲れていたとはいえ少しお腹がふくれたくらいで寝てしまうとは……まるで子供だな僕は……」
 せっかく温泉で温めた体もすっかり冷えてしまった……外は、もう、夜。
 外を見ると星の光と月の明かりで|淡《あわ》い|紺色《こんいろ》をした夜空……もうそろそろ月は高く上るだろうか、と。
「ランタンに火を……アチチっ……マッチってすぐ燃え尽きてしまうから加減がわからないな……」
 少しだけ、部屋を明るくした。
 ティアは恥ずかしがりだ、と僕は思っているから。あとは……ちょっとくらい雰囲気を演出してもいいかな?とも思った。
「……まて。今日来るとは限らないのでは?」
 あらためて手紙を見つめて我に返る。返事をもらえたことが嬉しくて、『今日の』とか『明日』とか具体的な日程など書いていないことに気付かなかった。
 こういうところも僕の悪いところだ……。
 そう思ってランタンの灯を消そうと思ったら、ノックの音が聞こえてビクッとしてしまった。
「ど、どうぞ」
 もしかしたらジュリーかもしれないけど……入室を許し、ゆっくりと開く扉を見つめる。
 コツコツという靴の音は女性の物……つまり、来てくれたのだ。
「ティア?」
「はい、ユーステッド様」
 ランタンの明かりを向けようとしたけど思いとどまって、少し離れたところ……ベッドのサイドテーブルにランプを置いた。
 わずかな明かりしか届かないから、顔ははっきりと見えなかったけどスカートの|裾《すそ》を持って礼をするティアはあの夜と同じ。
「レシュノルティア・デルフィヌス……と申します。こうしてお会いして言葉を交わすのは初めてになりますね。ユーステッド様……お待たせしてしまって申し訳ございません」
「いや……僕のわがままをに応えてくれてありがとう。僕はユーステッドふぉ……んっぅうん!ユーステッド……初めましてティア」
 また以前の|姓《せい》を|含《ふく》めて名乗ってしまうところだった。
 ティアに|椅子《いす》用意して座ってもらい、僕はベッドに腰を掛ける。
 |柔《やわ》らかいランタンの明かりが僕たちふたりを包み、|一呼吸《ひとこきゅう》おいてティアが口を開いて話始める。
「ロベリアから……ユーステッド様のお気持ちを聞きました」
「うん……急にあんなことを言ってしまって困らせてしまったかなって心配だったけどティアに届いてよかった」
 すごいドキドキした。
 目なんて合わせられなかった。
 それでも|平常心《へいじょうしん》を|保《たも》とうと思って、変なことを言わないように|精一杯《せいいっぱい》言葉を選んで返事をする。
「言葉にするのはとても難しくて……うまく言えないかもしれないこと……お許しください」
「許すとか許さないとかなんて気にしないでティア。ゆっくりでいいから」
「ありがとうございます、ユーステッド様……私は――」
 ティアも言葉を選んでいるんだと思った。
 僕に対してのティアの行動と態度に誤解がないように……僕が気分を害さないようにって考えていたんだと思う。
 この時間を取ってくれた事自体ありがたいことだから、僕はなにを言われても傷付かない。
 そう思って……一つも聞き逃すことの無いように……ティアと向き合ったんだ。