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第一部 47話 礼と仁

ー/ー



 四人の騎士団員がやって来て、路地裏の出口ごとレンを囲む。
 人数が少ないことを考えるとミアが呼んだのではなく、俺の護衛だったメンバーだろう。

 その内の一人が俺へと意識を割いていた。
 リーダーなのかもしれない。

 俺に大きな怪我ないことが分かると、事情を口にした。

「すみません。
 黒づくめの集団に襲われて、対応している間に見失いました」

「黒づくめの集団?」

 レンに仲間?
 それは違和感がある。

「それが交戦したらすぐに消えてしまって……」

 気になるが、今は良い。
 問題は目の前だ。

「主な武器はナイフ。使い魔はおそらく『影の精霊』です。
 影でナイフを作ります。それと、影で魔法陣も描ける。
 どこから魔法が来るか分からないので気を付けて」

 騎士団員が神妙に頷く。

 短い間に情報交換を済ませて、レンへと意識を向けようとする。
 先に騎士団員が口を開いた。

「ひとまず休んでいてください。酷い汗です。
 それに顔色も良くない」

「え?」

 その言葉を聞いた途端に膝が折れた。
 よほど消耗していたのか。自分の荒い息を今更ながら自覚する。

 ――言われた通り、少し休まなければ戦えそうになかった。



 レンはじりじりと退くような素振りを見せていた。

 釣られるように、騎士団員たちが前に出る。
 何度か繰り返すと、焦れた一人が斬り込んだ。

 長剣を袈裟に下ろしながら踏み込む。

 ――まずい。

 レンが後ろに半歩下がる。もう一振り。
 今度は一歩引いた。レンの体が路地裏へと入る。

 騎士団員が踏み込んで突きを放つ――レンが黒いナイフで軌道を逸らした。

「え?」

 剣を突き出した騎士団員の両腿に地面から生えた氷の槍が刺さっていた。
 そのまま倒れる。次はその両手。

「ぐ――!」

 地面に転がった騎士団員の真下に魔法陣が浮かび上がる。
 すぐさま魔法陣は起動して、騎士団員の両手両足を凍り付かせた。

 路地裏の入り口の少し手前で、騎士団員が地面に縫い付けられていた。
 レンはその向こうだ。

 ……絶妙な位置だ。

 路地裏へ入るには、真っ直ぐ氷漬けの騎士団員を越えるか、左右から回り込むしかない。路地裏の入口にレンが立った場合、絶好の障害物になる。

 加えて氷漬けの騎士団員は生きている。
 人質も兼ねているようなものだ。

 三人になった味方は攻めあぐねていた。
 実際に戦えるのは三人中二人のみ。

 さらに言えば、正面から向かい合うことも出来ない。

 相手は路地裏を覗いた敵を攻撃するだけだ。
 こちらは人質を取り返す必要がある。

 その状況は長く保たず、すぐにもう一人も肩をナイフで貫かれた。
 剣を落として膝を突いたらすぐさま腰まで凍る。

 その様子を確認した瞬間、レンは路地裏から出てきた。
 騎士団員と二対一で戦い始める。しかし、立ち位置を上手く誘導されていた。

 ――このままでは駄目だ。各個撃破される。
 ――相手が多対一に慣れ過ぎている。

 俺はゆっくりと立ち上がった。
 殺させはしない。

「お前、いい加減にしろよ」

「!」

 バチバチと。バチバチと。
 連続で奔る錬金の光。

 神鋼で作り上げたのは鎖。
 幾筋もの弧を描いて、殺人鬼を捉えようと迫る。

 レンが鎖を弾いてゆく。
 鎖はその度に再錬金されて方向と分岐を変えて、何度でも襲い掛かる。

 黒いナイフが触れる度に絡みついては砕いていく。

 殺人鬼が、一歩退こうとして止める。
 逃げ場のない路地裏までは下がれない。

 俺は錬金を続けたままで走り出した。
 鎖を足場に跳び上がる。

 火、風、氷と魔法が飛んできた。
 曲芸よろしく鎖の上を何度か跳ねて躱した後、レンへともう一度跳ぶ。

 バチバチと言う錬金光と一緒に、鎖が手元に集まってゆく。
 鎖をナイフに戻しながら、その首目掛けて一閃した。

 瞬間。
 足元の影がさらに広がって、レンは俺の一撃に反応した。

 背後へと転がるように俺のナイフを躱す。
 すぐにレンが立ち上がった。

「ん――」

 肌の上に纏った影を砕いて、俺のナイフがレンの頬を薄く裂いていた。

 白い肌に赤い筋が一本。
 数秒も経たずに影が肌を覆い直してゆく。

「俺と似た動きとそのナイフの形……何より甘ったるいその考え方」

 レンが軽く首を傾げながら、低く唸るように言ってこちらを睨む。

「お前、仁か?」

 核心を突いた一言に、俺は答えない。

「そうか」

 どことなく複雑な感情を滲ませて、兄さんは呟いた。

「こっちっす!」

 聞き覚えのある、大きな声が深夜の通りに響く。
 不自然なくらいに大声を上げているのはこちらに聞かせるためだろう。

 ミアとブラウン団長、それに追加の騎士団員がこちらに向かってくる様子が見えた。レンはその姿をしばらく眺めていたが、やがてこちらに背を向けた。

 それを隙だと斬りかかることは出来ない。
 そうすれば人質を盾にして逃げるだけだ。

 恐らくは逃走経路として最後まで確保していたのだろう、すぐ後ろにある路地裏へと歩いてゆく。氷漬けの体を跨いで、闇の中へと戻っていった。

「必ず殺しに来るからな」

 闇の向こうから声がした。



 ナイフを構えたまま、闇を睨み続ける。

 闇からナイフは飛んでこない。
 魔法陣の姿も見えない。氷漬けの騎士団員は無事だ。

 他に気を付けるべきことはないか。
 見逃している可能性はないか。

「アッシュさん! 大丈夫っすか!? アッシュさん?」

 いつの間にか、ミアとブラウン団長が隣に立っていた。

 俺はまだ闇から目を離せない。
 その肩が叩かれる。

「もう大丈夫だ。倒れなさい」

 ブラウン団長の言葉で、電源が落ちるように意識を失った。
 誰かが抱き止める――その感触がこの夜の最後の記憶だった。



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 四人の騎士団員がやって来て、路地裏の出口ごとレンを囲む。
 人数が少ないことを考えるとミアが呼んだのではなく、俺の護衛だったメンバーだろう。
 その内の一人が俺へと意識を割いていた。
 リーダーなのかもしれない。
 俺に大きな怪我ないことが分かると、事情を口にした。
「すみません。
 黒づくめの集団に襲われて、対応している間に見失いました」
「黒づくめの集団?」
 レンに仲間?
 それは違和感がある。
「それが交戦したらすぐに消えてしまって……」
 気になるが、今は良い。
 問題は目の前だ。
「主な武器はナイフ。使い魔はおそらく『影の精霊』です。
 影でナイフを作ります。それと、影で魔法陣も描ける。
 どこから魔法が来るか分からないので気を付けて」
 騎士団員が神妙に頷く。
 短い間に情報交換を済ませて、レンへと意識を向けようとする。
 先に騎士団員が口を開いた。
「ひとまず休んでいてください。酷い汗です。
 それに顔色も良くない」
「え?」
 その言葉を聞いた途端に膝が折れた。
 よほど消耗していたのか。自分の荒い息を今更ながら自覚する。
 ――言われた通り、少し休まなければ戦えそうになかった。
 レンはじりじりと退くような素振りを見せていた。
 釣られるように、騎士団員たちが前に出る。
 何度か繰り返すと、焦れた一人が斬り込んだ。
 長剣を袈裟に下ろしながら踏み込む。
 ――まずい。
 レンが後ろに半歩下がる。もう一振り。
 今度は一歩引いた。レンの体が路地裏へと入る。
 騎士団員が踏み込んで突きを放つ――レンが黒いナイフで軌道を逸らした。
「え?」
 剣を突き出した騎士団員の両腿に地面から生えた氷の槍が刺さっていた。
 そのまま倒れる。次はその両手。
「ぐ――!」
 地面に転がった騎士団員の真下に魔法陣が浮かび上がる。
 すぐさま魔法陣は起動して、騎士団員の両手両足を凍り付かせた。
 路地裏の入り口の少し手前で、騎士団員が地面に縫い付けられていた。
 レンはその向こうだ。
 ……絶妙な位置だ。
 路地裏へ入るには、真っ直ぐ氷漬けの騎士団員を越えるか、左右から回り込むしかない。路地裏の入口にレンが立った場合、絶好の障害物になる。
 加えて氷漬けの騎士団員は生きている。
 人質も兼ねているようなものだ。
 三人になった味方は攻めあぐねていた。
 実際に戦えるのは三人中二人のみ。
 さらに言えば、正面から向かい合うことも出来ない。
 相手は路地裏を覗いた敵を攻撃するだけだ。
 こちらは人質を取り返す必要がある。
 その状況は長く保たず、すぐにもう一人も肩をナイフで貫かれた。
 剣を落として膝を突いたらすぐさま腰まで凍る。
 その様子を確認した瞬間、レンは路地裏から出てきた。
 騎士団員と二対一で戦い始める。しかし、立ち位置を上手く誘導されていた。
 ――このままでは駄目だ。各個撃破される。
 ――相手が多対一に慣れ過ぎている。
 俺はゆっくりと立ち上がった。
 殺させはしない。
「お前、いい加減にしろよ」
「!」
 バチバチと。バチバチと。
 連続で奔る錬金の光。
 神鋼で作り上げたのは鎖。
 幾筋もの弧を描いて、殺人鬼を捉えようと迫る。
 レンが鎖を弾いてゆく。
 鎖はその度に再錬金されて方向と分岐を変えて、何度でも襲い掛かる。
 黒いナイフが触れる度に絡みついては砕いていく。
 殺人鬼が、一歩退こうとして止める。
 逃げ場のない路地裏までは下がれない。
 俺は錬金を続けたままで走り出した。
 鎖を足場に跳び上がる。
 火、風、氷と魔法が飛んできた。
 曲芸よろしく鎖の上を何度か跳ねて躱した後、レンへともう一度跳ぶ。
 バチバチと言う錬金光と一緒に、鎖が手元に集まってゆく。
 鎖をナイフに戻しながら、その首目掛けて一閃した。
 瞬間。
 足元の影がさらに広がって、レンは俺の一撃に反応した。
 背後へと転がるように俺のナイフを躱す。
 すぐにレンが立ち上がった。
「ん――」
 肌の上に纏った影を砕いて、俺のナイフがレンの頬を薄く裂いていた。
 白い肌に赤い筋が一本。
 数秒も経たずに影が肌を覆い直してゆく。
「俺と似た動きとそのナイフの形……何より甘ったるいその考え方」
 レンが軽く首を傾げながら、低く唸るように言ってこちらを睨む。
「お前、仁か?」
 核心を突いた一言に、俺は答えない。
「そうか」
 どことなく複雑な感情を滲ませて、兄さんは呟いた。
「こっちっす!」
 聞き覚えのある、大きな声が深夜の通りに響く。
 不自然なくらいに大声を上げているのはこちらに聞かせるためだろう。
 ミアとブラウン団長、それに追加の騎士団員がこちらに向かってくる様子が見えた。レンはその姿をしばらく眺めていたが、やがてこちらに背を向けた。
 それを隙だと斬りかかることは出来ない。
 そうすれば人質を盾にして逃げるだけだ。
 恐らくは逃走経路として最後まで確保していたのだろう、すぐ後ろにある路地裏へと歩いてゆく。氷漬けの体を跨いで、闇の中へと戻っていった。
「必ず殺しに来るからな」
 闇の向こうから声がした。
 ナイフを構えたまま、闇を睨み続ける。
 闇からナイフは飛んでこない。
 魔法陣の姿も見えない。氷漬けの騎士団員は無事だ。
 他に気を付けるべきことはないか。
 見逃している可能性はないか。
「アッシュさん! 大丈夫っすか!? アッシュさん?」
 いつの間にか、ミアとブラウン団長が隣に立っていた。
 俺はまだ闇から目を離せない。
 その肩が叩かれる。
「もう大丈夫だ。倒れなさい」
 ブラウン団長の言葉で、電源が落ちるように意識を失った。
 誰かが抱き止める――その感触がこの夜の最後の記憶だった。