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第一部 45話 真赤

ー/ー



 すぐさま連絡して、ブラウン団長と加奈に相談した。

「なるほど。
 有力な容疑者が見つかったというところか」

 ブラウン団長は冗談めかして言ったものの、その顔はいたって真剣だった。

「うん、可能性は十分にあると思う。
 それに気まぐれで姫の従者をやってるのは、何て言うか……」

「分かるぞ。
 すごく兄さんらしいんだ」

 俺と加奈が納得した様子を見せていると、ブラウン団長が口を開いた。

「では『レン・クーガー』を調査する、という方針で良いな?」

 俺と加奈が頷いた。


『レン・クーガー』の居場所については、驚くほど簡単に判明した。
『ハーフエルフの小国』からの流れ者として、普通に宿を取っていた。

 時計塔公園に程近く、一番街と二番街の境目付近。
 王都の中でも特に治安が良い地域の宿だった。
 調査には三日も掛かっていない。

 色々と相談した結果、俺が監視することになった。
 ただし、護衛のミアは道連れだ。

 これは組合に依頼すると、感づかれる恐れがあったからだ。
 それに、確かめたいことがあった。

「ひどいっす……」

 この時ばかりはミアが本気で悲しそうにしていた。
 護衛対象が自ら危険を冒しに行くのだ。こればっかりは俺が悪い。

 俺とミアは宿に近い空き家に潜んでいた。
 ブラウン団長が監視の拠点として話を付けてくれた物件だ。

 ほとんど廃墟のようなものだが、スペースは十分にある。
 加えて、窓から宿の出入口が見えた。

「で? あの宿にアッシュさんの探し人がいるっすか?」

 少しだけ不貞腐れたような様子でミアが言った。

「そうだけど……悪かったって。どうしてもこの目で一度見たいんだ。
 それに騎士団の護衛もいるんだろう?」

「まあ、そうっすけど。
 宿でじっとしている状態と比べて護衛の難易度がどれだけ上がると思います?」

「分かった!
 埋め合わせはする。許してください」

「……ま、それで手を打ちましょうか」

 和解を認めるように、ミアはにかっと笑って見せた。

 昼間から張っているが、レンは姿を見せなかった。

「なかなか出てこないっすねぇ」

「……そうだな」

 しかし夜も更け始めた頃に、ミアが声を上げた。

「誰か出てきた。
 あの人っすか?」

 自然と息を潜めるような声になっていた。
 俺も窓から相手を覗き込む。

「ああ、くそ」

 間違いない。
『レン』だ。

『レン・クーガー』が兄さんだ。

 ――確かにお前は言っていた。
 ――お兄さんの魂は見れば分かるようにしておくよ、と。

『レン・クーガー』の魂が、俺の目には真赤な炎のような形で、はっきりと見えていた。



 レンが夜の王都を歩き始める。
 ミアと一緒に十分な距離を取って尾行する。

 見失う心配はなかった。
 真赤な魂は遠くからでも良く見えたからだ。

「どこに行くっすかね?」

 あちこちをふらふらと歩きまわっているようにしか見えない。

 しかし、いつの間にかレンはハーフエルフの男性を尾行し始めていた。
 男性は酔っているのか、少しだけ千鳥足だった。

 レンは無造作に、しかし決して追いつくことがないように男性の後を歩いている。
 酷い胸騒ぎがした。俺は隣を歩くミアへと向き直った。

「ミア。応援を呼んでくれ。
 ブラウン団長に声を掛けてくれれば良い」

「でも……」

「頼む。騎士団の護衛はまだいる」

 ミアが一瞬の迷いの後、去っていった。



 男性が路地裏へと入っていく。レンも続いた。
 その様子を見届けるなり、俺は路地裏の出口へと急いだ。
 危険を承知で、出口から路地裏を覗き込む。

「!?」

 レンがハーフエルフの男性を壁に押し付けていた。
 首元にはナイフを突き付けている。

 何の能力なのか、レンの全身は真っ黒に染められていた。
 墨でも塗りたくったようだ。

 これでは目撃情報があってもレンを特定することは不可能だろう。

「やめろ!」

 暗く静かな路地裏に声が響いた。迷わずにレンへと斬りかかる。
 狭い路地なので武器はこちらもナイフを選択した。

「おっと」

 途端にレンはこちらへと男性を押して、後ろへと下がった。

 俺は男性を抱き止めると、無事であることだけ確認して脇に横たえる。
 すでに眠っているようだ。騎士団に回収してもらうのが良いだろう。

 しかし、騎士団の姿はまだ見えない。
 迷った末に、路地裏へと俺は足を踏み出した。

 夜の路地裏は薄い月明かりだけが頼りだった。
 ましてやレンは全身を黒く塗っている。そのせいで真赤に光っていた魂も隠されていた。
 不意打ちに対応できるだろうか。

 だが、ここで下がるわけにもいかない。逃がせばレンは王都を去るだろう。
 この路地裏は限られた機会だ。そう、対等な条件で兄さんと戦える機会だ。

「………………」

 緊張から肩で息をしながら、一歩ずつ進む。
 物陰を一つ一つ確認し、安全だと判断してから一歩ずつ前に出た。

 路地裏の中ほどに差し掛かる。汗が頬を伝った。
 すでにこの路地裏から去ったのではないか、そんな疑問が頭を過ぎった瞬間。

「上だ!」

 リックの声に反射的に空を見上げた。
 レンがナイフを払いながら、上空から俺へと跳んできた。

「ッ!」

 全力で屈む。首を狙った一撃はどうにか回避した。
 すぐ後ろで着地音。軽やかな音に背筋が寒くなる。

 背中合わせの体勢から全力で振り返った。

「左!」

 リックの声に応じて、レンのナイフを順手で受ける。
 神鋼のナイフに触れて、普通のナイフが刀身ごと切り取られた。

「へえ」

 レンの感心するような声。
 じゃあいいや、と言うように距離を取った。

 月明かりの下には黒づくめのハーフエルフ。
 数メートル先に、殺人鬼(兄さん)が立っていた。



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 すぐさま連絡して、ブラウン団長と加奈に相談した。
「なるほど。
 有力な容疑者が見つかったというところか」
 ブラウン団長は冗談めかして言ったものの、その顔はいたって真剣だった。
「うん、可能性は十分にあると思う。
 それに気まぐれで姫の従者をやってるのは、何て言うか……」
「分かるぞ。
 すごく兄さんらしいんだ」
 俺と加奈が納得した様子を見せていると、ブラウン団長が口を開いた。
「では『レン・クーガー』を調査する、という方針で良いな?」
 俺と加奈が頷いた。
『レン・クーガー』の居場所については、驚くほど簡単に判明した。
『ハーフエルフの小国』からの流れ者として、普通に宿を取っていた。
 時計塔公園に程近く、一番街と二番街の境目付近。
 王都の中でも特に治安が良い地域の宿だった。
 調査には三日も掛かっていない。
 色々と相談した結果、俺が監視することになった。
 ただし、護衛のミアは道連れだ。
 これは組合に依頼すると、感づかれる恐れがあったからだ。
 それに、確かめたいことがあった。
「ひどいっす……」
 この時ばかりはミアが本気で悲しそうにしていた。
 護衛対象が自ら危険を冒しに行くのだ。こればっかりは俺が悪い。
 俺とミアは宿に近い空き家に潜んでいた。
 ブラウン団長が監視の拠点として話を付けてくれた物件だ。
 ほとんど廃墟のようなものだが、スペースは十分にある。
 加えて、窓から宿の出入口が見えた。
「で? あの宿にアッシュさんの探し人がいるっすか?」
 少しだけ不貞腐れたような様子でミアが言った。
「そうだけど……悪かったって。どうしてもこの目で一度見たいんだ。
 それに騎士団の護衛もいるんだろう?」
「まあ、そうっすけど。
 宿でじっとしている状態と比べて護衛の難易度がどれだけ上がると思います?」
「分かった!
 埋め合わせはする。許してください」
「……ま、それで手を打ちましょうか」
 和解を認めるように、ミアはにかっと笑って見せた。
 昼間から張っているが、レンは姿を見せなかった。
「なかなか出てこないっすねぇ」
「……そうだな」
 しかし夜も更け始めた頃に、ミアが声を上げた。
「誰か出てきた。
 あの人っすか?」
 自然と息を潜めるような声になっていた。
 俺も窓から相手を覗き込む。
「ああ、くそ」
 間違いない。
『レン』だ。
『レン・クーガー』が兄さんだ。
 ――確かにお前は言っていた。
 ――お兄さんの魂は見れば分かるようにしておくよ、と。
『レン・クーガー』の魂が、俺の目には真赤な炎のような形で、はっきりと見えていた。
 レンが夜の王都を歩き始める。
 ミアと一緒に十分な距離を取って尾行する。
 見失う心配はなかった。
 真赤な魂は遠くからでも良く見えたからだ。
「どこに行くっすかね?」
 あちこちをふらふらと歩きまわっているようにしか見えない。
 しかし、いつの間にかレンはハーフエルフの男性を尾行し始めていた。
 男性は酔っているのか、少しだけ千鳥足だった。
 レンは無造作に、しかし決して追いつくことがないように男性の後を歩いている。
 酷い胸騒ぎがした。俺は隣を歩くミアへと向き直った。
「ミア。応援を呼んでくれ。
 ブラウン団長に声を掛けてくれれば良い」
「でも……」
「頼む。騎士団の護衛はまだいる」
 ミアが一瞬の迷いの後、去っていった。
 男性が路地裏へと入っていく。レンも続いた。
 その様子を見届けるなり、俺は路地裏の出口へと急いだ。
 危険を承知で、出口から路地裏を覗き込む。
「!?」
 レンがハーフエルフの男性を壁に押し付けていた。
 首元にはナイフを突き付けている。
 何の能力なのか、レンの全身は真っ黒に染められていた。
 墨でも塗りたくったようだ。
 これでは目撃情報があってもレンを特定することは不可能だろう。
「やめろ!」
 暗く静かな路地裏に声が響いた。迷わずにレンへと斬りかかる。
 狭い路地なので武器はこちらもナイフを選択した。
「おっと」
 途端にレンはこちらへと男性を押して、後ろへと下がった。
 俺は男性を抱き止めると、無事であることだけ確認して脇に横たえる。
 すでに眠っているようだ。騎士団に回収してもらうのが良いだろう。
 しかし、騎士団の姿はまだ見えない。
 迷った末に、路地裏へと俺は足を踏み出した。
 夜の路地裏は薄い月明かりだけが頼りだった。
 ましてやレンは全身を黒く塗っている。そのせいで真赤に光っていた魂も隠されていた。
 不意打ちに対応できるだろうか。
 だが、ここで下がるわけにもいかない。逃がせばレンは王都を去るだろう。
 この路地裏は限られた機会だ。そう、対等な条件で兄さんと戦える機会だ。
「………………」
 緊張から肩で息をしながら、一歩ずつ進む。
 物陰を一つ一つ確認し、安全だと判断してから一歩ずつ前に出た。
 路地裏の中ほどに差し掛かる。汗が頬を伝った。
 すでにこの路地裏から去ったのではないか、そんな疑問が頭を過ぎった瞬間。
「上だ!」
 リックの声に反射的に空を見上げた。
 レンがナイフを払いながら、上空から俺へと跳んできた。
「ッ!」
 全力で屈む。首を狙った一撃はどうにか回避した。
 すぐ後ろで着地音。軽やかな音に背筋が寒くなる。
 背中合わせの体勢から全力で振り返った。
「左!」
 リックの声に応じて、レンのナイフを順手で受ける。
 神鋼のナイフに触れて、普通のナイフが刀身ごと切り取られた。
「へえ」
 レンの感心するような声。
 じゃあいいや、と言うように距離を取った。
 月明かりの下には黒づくめのハーフエルフ。
 数メートル先に、|殺人鬼《兄さん》が立っていた。