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 両親は教師。二歳違いの弟は、野球が上手くて、地元のジュニアチームで四番だった。
 
 俺は、そんな家族の中で最も平凡だった。
 学校の成績は中の中。スポーツは、やるより観る方が向いていた。

 大学受験の時だけは猛烈に頑張って、学名は伏せるが、MARCHの一つに入った。そのタイミングで、俺は家を出た。
 一人暮らしは、寂しさよりも開放感の方が強くて、俺が生きづらかったのは、家族がいたからだったのか――と驚いた。
 
 その頃、弟はイップスで野球を辞めた。夢にしていた甲子園出場は叶わなかった。
 
 弟は優しくていいヤツだったが、野球ができなくなった途端、両親にひどく当たり散らしていたらしい。

 両親は弟の処遇に困り果て、俺に何度も連絡してきた。
 一人暮らしの大学生である俺に、時限爆弾みたいな弟を預かれ、とまで言ってきたので、そこからは着信拒否した。
 
 ある日、弟は、誰にも言わずに家を出たらしい。
 ……らしい、と言うのは、着信拒否して以来、両親とは連絡を取っていないから、何が事実かはっきりしていない。
 たまに中学・高校時代の友人から連絡が来た時、話に出てきた言葉を並べて推測して、俺はそう思った。

 弟は地元で、将来有望な野球少年として名が知れていた。だから、その落ちぶれ方も、すぐ噂になったのだろう。
 弟が「キャバ嬢相手に暴力沙汰を起こした」だの「借金を踏み倒して逃げた」といった悪評がちらほら聞こえてきた。もちろん、もっと言葉を精一杯選んだ表現だった。

 地元の友人たちは、その話を聞いた俺がどんな反応をしていたかを、酒の肴にするのだろう。
 そんな風に、意地悪く考える自分が、ひどく哀れに思えた。

 相手が満足するリアクションはなんだろう、と考えて、言葉を返した記憶がある。
 やがて、地元の友人とも連絡を取り合わなくなった。
 お互いのライフステージが変わったのだろう。人間関係なんて、そんなものだ。
 
 弟は、次のライフステージへ進むために、地元を捨て去ろうとしたんじゃないか、と今なら思う。
 
 それなら、俺は弟を探す必要はない。
 
 弟が俺を探していないのは、弟の世界に、俺は必要ないからだ。

 
 昔から、弟と仲が悪かったわけではなかった。
 中学生くらいまでは、俺のことを「アキ」と呼んで、顔を合わせればよく話しかけてきた。
 弟の方が、俺より魅力的で持っているものが多いのに、何でか俺を慕ってくれていた、のだと思う。
 
 そう思っていたからこそ、俺に連絡一つもなく姿を消したと聞いた時、弟から接点をばっさり切り離されてしまったような気持ちになった。
 実家を出て、一人暮らしを謳歌していた俺の方が、先に弟との接点を絶っていたんじゃないか、なんて一度も思わなかった。
 
 大好きだった野球で挫折して、孤独になった弟はどんな気持ちで、両親と暮らしていたのだろう。野球を心から楽しんで愛していた弟から野球がなくなった瞬間、弟は何を思ったんだろう。
 俺は何もしてやれなかったんだ、とふと思ったのはつい最近だ。
 

 
 日焼けしてニコニコ笑いながら、「今日も勝てたよ!」と試合結果を報告してくる弟は、もういない。


 



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 両親は教師。二歳違いの弟は、野球が上手くて、地元のジュニアチームで四番だった。
 俺は、そんな家族の中で最も平凡だった。
 学校の成績は中の中。スポーツは、やるより観る方が向いていた。
 大学受験の時だけは猛烈に頑張って、学名は伏せるが、MARCHの一つに入った。そのタイミングで、俺は家を出た。
 一人暮らしは、寂しさよりも開放感の方が強くて、俺が生きづらかったのは、家族がいたからだったのか――と驚いた。
 その頃、弟はイップスで野球を辞めた。夢にしていた甲子園出場は叶わなかった。
 弟は優しくていいヤツだったが、野球ができなくなった途端、両親にひどく当たり散らしていたらしい。
 両親は弟の処遇に困り果て、俺に何度も連絡してきた。
 一人暮らしの大学生である俺に、時限爆弾みたいな弟を預かれ、とまで言ってきたので、そこからは着信拒否した。
 ある日、弟は、誰にも言わずに家を出たらしい。
 ……らしい、と言うのは、着信拒否して以来、両親とは連絡を取っていないから、何が事実かはっきりしていない。
 たまに中学・高校時代の友人から連絡が来た時、話に出てきた言葉を並べて推測して、俺はそう思った。
 弟は地元で、将来有望な野球少年として名が知れていた。だから、その落ちぶれ方も、すぐ噂になったのだろう。
 弟が「キャバ嬢相手に暴力沙汰を起こした」だの「借金を踏み倒して逃げた」といった悪評がちらほら聞こえてきた。もちろん、もっと言葉を精一杯選んだ表現だった。
 地元の友人たちは、その話を聞いた俺がどんな反応をしていたかを、酒の肴にするのだろう。
 そんな風に、意地悪く考える自分が、ひどく哀れに思えた。
 相手が満足するリアクションはなんだろう、と考えて、言葉を返した記憶がある。
 やがて、地元の友人とも連絡を取り合わなくなった。
 お互いのライフステージが変わったのだろう。人間関係なんて、そんなものだ。
 弟は、次のライフステージへ進むために、地元を捨て去ろうとしたんじゃないか、と今なら思う。
 それなら、俺は弟を探す必要はない。
 弟が俺を探していないのは、弟の世界に、俺は必要ないからだ。
 昔から、弟と仲が悪かったわけではなかった。
 中学生くらいまでは、俺のことを「アキ」と呼んで、顔を合わせればよく話しかけてきた。
 弟の方が、俺より魅力的で持っているものが多いのに、何でか俺を慕ってくれていた、のだと思う。
 そう思っていたからこそ、俺に連絡一つもなく姿を消したと聞いた時、弟から接点をばっさり切り離されてしまったような気持ちになった。
 実家を出て、一人暮らしを謳歌していた俺の方が、先に弟との接点を絶っていたんじゃないか、なんて一度も思わなかった。
 大好きだった野球で挫折して、孤独になった弟はどんな気持ちで、両親と暮らしていたのだろう。野球を心から楽しんで愛していた弟から野球がなくなった瞬間、弟は何を思ったんだろう。
 俺は何もしてやれなかったんだ、とふと思ったのはつい最近だ。
 日焼けしてニコニコ笑いながら、「今日も勝てたよ!」と試合結果を報告してくる弟は、もういない。