3話
ー/ー
運命の赤い糸。
彼女、小西 美沙はそれを見透す力を保持していた。
一見すると良い能力に思えるが、運命の相手が分かるということは、特定の未来を見通せるようなもの。
この力があれば、初恋が最も簡単に散ってしまう。自分が好意を抱いた男性と繋がっていない現実を、目の当たりにしてしまえば。
年頃になった彼女の周りは、楽しそうに手を繋ぐ男女ばかり。
そんな姿に、赤い糸で繋がっていないからいずれ破局するのに馬鹿みたい。そう、醒めた目で傍観していた。
……いや、嘘だ。本当は羨ましく、恨めしかった。
未来を知らないからこそ、今の気持ちだけで全力に恋をしている。こんな力がなければ、自分だって。
そんな思いを抱え大人になった彼女は、生まれ育った田舎付近での仕事を望み、販売員として就職。
しかしその三年後。人事の都合から、都会の支店に配置転換となり、初めて実家を出て一人暮らしを余儀なくされた。
初めて出る田舎、初めての都会の街、初めての一人暮らし、また初めからの人間関係。
内向的な彼女はこの変化が辛かったが、もしかしたら運命に導かれているのではないかと密かに信じていた。
こうして二十三歳で引っ越しした彼女は、とうとうこの出会いを果たす。
隣人への引っ越しの挨拶で訪問の際に、彼と対面した。
あまりの衝撃に力が抜け、挨拶の洗剤を落としても。相手に奇怪な表情を浮かべられても、関係ない。
目の前に居る男性と、小指と小指が赤い糸で繋がっている。ずっと探していた、運命の人だった。
しかし、いくら運命の赤い糸で繋がっているとしても好意を持つのは別問題なのか、気付けば三年の月日が経とうとしていた。
一切の進展もなく、本当に運命で繋がっているのかを疑問視していた春先に、近所のスーパーで偶然彼を見かけた。
一人で惣菜を選んでおり、その表情は何故か悲壮感に満ち溢れているような気がした。
そんな姿を見てしまった彼女は、彼のことが頭の中を駆け巡っている最中に夕食のハンバーグをこねており。気付けば、別日の為に冷凍保存すると決めていたもの全て、フライパンで焼いてしまった。
食べきれない量に途方に暮れていると、不意に浮かぶ彼の表情。
これは、持っていけということなのか?
赤い糸に勇気をもらった彼女は、惣菜を簡易容器に詰めて彼を訪ねた。
『あ、あの。作り過ぎてしまって……。よければ……』
『え? あ、どうも……』
彼女が育った村は、野菜や惣菜などのお裾分けが盛んな地域。だから彼女にとって、普通の価値観だった。
その頃からだった。彼のことが頭から離れなくなっていったのは。
今、何をしているのか?
何を作ったら喜ぶのか?
彼の部屋に伸びている赤い糸を見つめながら、考えたら止まらなくなっていた。
そっか。単に、運命の人に出会いたかったのではない。私はあの人と、恋がしたかったんだ。
十年振りに経験する心地良い高揚感に身を任せ、休みの度に食事を作り、帰宅してきた彼に渡す。
本来なら相手の反応が鈍ければ早々に辞めるが、相手は赤い糸で結ばれている運命の人。
きっと何かが変わる。そう信じ、行動していた。
そして。
出勤する彼に朝から声をかけた。
駅に着くまで話がしたい。本当にそれだけだった。
すると彼が、自身とこちらの小指を交互に眺め、口元を抑えていた。
あれ? もしかして、この人も見えている?
私を運命の人だと知っている?
抑えられない感情に、彼女は。
『運命の……糸を……知ってますか?』
そう言葉にしていた。
「運命の赤い糸」など恥ずかしくて言葉に出来ず、少し言葉を濁す。
するとそれを耳にした彼は、見る見るうちに血の気が引いていく。
馬鹿みたいな問いをしたことを悔いていると、彼は一人走り去って行った。そして。
運命の赤い糸が変色していた。
紅葉色と呼ばれる真っ赤な色から、茜色と呼ばれる濃い赤へと。
糸を見続けて二十六年。このような色は初めてで、普通とは違う色に彼との繋がりを否定されたような気がした。
すると冷静にはなれない、その心。
まるで実らなかった初恋を取り戻すかのように、彼女は彼との関わりを求めていった。
しかし自分が近付くほどに、遠ざかっていく男性。
『あんた目障りなんだよ! 二度と顔見せるな!』
その言葉と共に突き飛ばされた彼女が唖然としていると、視えたのは、より一層濃い赤色である、須藤色。
黒が混じったその色は、まるでこの運命は終わりなのだと告げられているようで、溢れてくるものが止められなかった。
私が運命を壊してしまった。
そう悟った彼女は仕事終わりに児童公園のベンチに座り、月を眺めていた。
仕事を辞めて実家に戻ろう。
そう思い母親に電話をすると、「帰っておいで」の一言。彼との別れを決めた。
もう運命の糸など見ない。
そう思った彼女は左小指に繋がる糸を右手で塞ぎ、ただ美しく光る月を眺めていた。
すると見える、一筋の光。
運命の相手が、繋がった糸を辿って自分を探し出してくれた。
自分との繋がりを肯定してくれた。
やっぱり好きだ、この人が。
例え、その関係が愛で繋がっていなかったとしても。
そう思い、顔を合わせた瞬間に須藤色だった糸が紅葉色に戻っていたことにようやく気付いた。
黒い糸が消えた。
彼の言葉から、どうして糸の色が濃くなったのかようやく分かったような気がした。
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運命の赤い糸。
彼女、|小西《こにし》 |美沙《みさ》はそれを見透す力を保持していた。
一見すると良い能力に思えるが、運命の相手が分かるということは、特定の未来を見通せるようなもの。
この力があれば、初恋が最も簡単に散ってしまう。自分が好意を抱いた男性と繋がっていない現実を、目の当たりにしてしまえば。
年頃になった彼女の周りは、楽しそうに手を繋ぐ男女ばかり。
そんな姿に、赤い糸で繋がっていないからいずれ破局するのに馬鹿みたい。そう、醒めた目で傍観していた。
……いや、嘘だ。本当は羨ましく、恨めしかった。
未来を知らないからこそ、今の気持ちだけで全力に恋をしている。こんな力がなければ、自分だって。
そんな思いを抱え大人になった彼女は、生まれ育った田舎付近での仕事を望み、販売員として就職。
しかしその三年後。人事の都合から、都会の支店に配置転換となり、初めて実家を出て一人暮らしを余儀なくされた。
初めて出る田舎、初めての都会の街、初めての一人暮らし、また初めからの人間関係。
内向的な彼女はこの変化が辛かったが、もしかしたら運命に導かれているのではないかと密かに信じていた。
こうして二十三歳で引っ越しした彼女は、とうとうこの出会いを果たす。
隣人への引っ越しの挨拶で訪問の際に、彼と対面した。
あまりの衝撃に力が抜け、挨拶の洗剤を落としても。相手に奇怪な表情を浮かべられても、関係ない。
目の前に居る男性と、小指と小指が赤い糸で繋がっている。ずっと探していた、運命の人だった。
しかし、いくら運命の赤い糸で繋がっているとしても好意を持つのは別問題なのか、気付けば三年の月日が経とうとしていた。
一切の進展もなく、本当に運命で繋がっているのかを疑問視していた春先に、近所のスーパーで偶然彼を見かけた。
一人で惣菜を選んでおり、その表情は何故か悲壮感に満ち溢れているような気がした。
そんな姿を見てしまった彼女は、彼のことが頭の中を駆け巡っている最中に夕食のハンバーグをこねており。気付けば、別日の為に冷凍保存すると決めていたもの全て、フライパンで焼いてしまった。
食べきれない量に途方に暮れていると、不意に浮かぶ彼の表情。
これは、持っていけということなのか?
赤い糸に勇気をもらった彼女は、惣菜を簡易容器に詰めて彼を訪ねた。
『あ、あの。作り過ぎてしまって……。よければ……』
『え? あ、どうも……』
彼女が育った村は、野菜や惣菜などのお裾分けが盛んな地域。だから彼女にとって、普通の価値観だった。
その頃からだった。彼のことが頭から離れなくなっていったのは。
今、何をしているのか?
何を作ったら喜ぶのか?
彼の部屋に伸びている赤い糸を見つめながら、考えたら止まらなくなっていた。
そっか。単に、運命の人に出会いたかったのではない。私はあの人と、恋がしたかったんだ。
十年振りに経験する心地良い高揚感に身を任せ、休みの度に食事を作り、帰宅してきた彼に渡す。
本来なら相手の反応が鈍ければ早々に辞めるが、相手は赤い糸で結ばれている運命の人。
きっと何かが変わる。そう信じ、行動していた。
そして。
出勤する彼に朝から声をかけた。
駅に着くまで話がしたい。本当にそれだけだった。
すると彼が、自身とこちらの小指を交互に眺め、口元を抑えていた。
あれ? もしかして、この人も見えている?
私を運命の人だと知っている?
抑えられない感情に、彼女は。
『運命の……糸を……知ってますか?』
そう言葉にしていた。
「運命の赤い糸」など恥ずかしくて言葉に出来ず、少し言葉を濁す。
するとそれを耳にした彼は、見る見るうちに血の気が引いていく。
馬鹿みたいな問いをしたことを悔いていると、彼は一人走り去って行った。そして。
運命の赤い糸が変色していた。
紅葉色と呼ばれる真っ赤な色から、茜色と呼ばれる濃い赤へと。
糸を見続けて二十六年。このような色は初めてで、普通とは違う色に彼との繋がりを否定されたような気がした。
すると冷静にはなれない、その心。
まるで実らなかった初恋を取り戻すかのように、彼女は彼との関わりを求めていった。
しかし自分が近付くほどに、遠ざかっていく男性。
『あんた目障りなんだよ! 二度と顔見せるな!』
その言葉と共に突き飛ばされた彼女が唖然としていると、視えたのは、より一層濃い赤色である、|須藤色《すどういろ》。
黒が混じったその色は、まるでこの運命は終わりなのだと告げられているようで、溢れてくるものが止められなかった。
私が運命を壊してしまった。
そう悟った彼女は仕事終わりに児童公園のベンチに座り、月を眺めていた。
仕事を辞めて実家に戻ろう。
そう思い母親に電話をすると、「帰っておいで」の一言。彼との別れを決めた。
もう運命の糸など見ない。
そう思った彼女は左小指に繋がる糸を右手で塞ぎ、ただ美しく光る月を眺めていた。
すると見える、一筋の光。
運命の相手が、繋がった糸を辿って自分を探し出してくれた。
自分との繋がりを肯定してくれた。
やっぱり好きだ、この人が。
例え、その関係が愛で繋がっていなかったとしても。
そう思い、顔を合わせた瞬間に須藤色だった糸が紅葉色に戻っていたことにようやく気付いた。
黒い糸が消えた。
彼の言葉から、どうして糸の色が濃くなったのかようやく分かったような気がした。