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1話

ー/ー




「運命の赤い糸」
 生まれた時より存在し、結ばれる運命にある二人の小指と小指を繋ぐとされている。
 しかし運命の糸は良縁だけでなく、黒い糸で結ばれる悪縁もあるということは、一般的に認識されていない。
「運命の黒い糸=悪縁」
 もし、それが見えてしまったら?


 業務を終え、賑わうオフィスを傍目に退社していく一人の男性。上司や同僚は今から飲みに行くと話しているが、そんなコミュニティに一切参加しない。
 それが彼、葉山(はやま)泰造(たいぞう)
 大手企業で働く、会社員の三十二歳。そんな彼が抱えている、誰にも知られぬ秘密。
「運命の黒い糸が見える」、先天的な特殊能力の保持者ということだった。
 そんな彼が心得ていることは、「最低限しか人と関わらないこと」。下手に関わるから、相手に期待や失望の感情が生まれ、関係に歪みが出てくる。
 だから業務以外は一切の関わりは持たず、仕事関係者以外で人と関わりを持つなんて論外だった。


 夜八時。
 長引く梅雨の湿っぽさに体の怠さを感じつつ、単身用アパートに帰宅すると、部屋の前にある人影。黒髪のショートヘアで丸顔、泰造の頭一つ分以上に小さい小柄な女性が、こちらを見て一言。
「今日も作りすぎてしまって。良かったら食べてもらえませんか?」
 差し出してきたのは、赤色の簡易容器に詰められた惣菜だった。
「……あ。どうも」
 泰造が差し出してきたものを受け取ると、彼女は一礼し隣の部屋に戻っていく。
 その姿を見届けた泰造は、受け取った簡易容器をただ眺めていた。
 彼女の目的は何かを思考しながら。

 彼女は泰造が住むアパートの隣人。三年前に越してきたが、挨拶程度の関係だった。
 しかし半年前より、惣菜を作り過ぎたと持参してくるようになった。大体週に二度ぐらいで。
 そんなに作り過ぎることがあるのかと、疑念が捨てきれないのは当然だった。
 簡易容器を開けると、そこには鶏肉に里芋に人参にごぼうなどが入っており、筑前煮だと分かる。
 彼は警戒心が人一倍強く、初めは手を付けて良いものかと躊躇ったが、黒い糸で繋がってないなら悪意はないだろうと、口にした。
 するとあまりの美味しさに、留まることを知らない箸の動き。
 久しぶりの手料理に触れた彼は、いささかな不安を覚えつつこの味の虜になっていた。


 早朝、出勤しようと玄関ドアの施錠していると、背後より聞こえるその声。蒸し暑い中、黒いスーツに身を包んだ隣人女性だった。
 泰造は横目で彼女の指を見るが、変わらず黒い糸で繋がっている気配はなく、口を抑えて小さく溜息を吐く。
 一方彼女はこちらの動作を見た途端に、口元を抑えて立ち止まってしまった。
 そんな彼女の様子に泰造は思考を巡らす。
 彼女は一体何を考えているのか? を。
 人の心という見えないものを把握する為に、彼は視認出来る黒い糸が出現していないかを、何度も、何度も確認していた。

 すると、そんな姿を見つめていた彼女は一言呟く。
「……運命の……糸を知っていますか?」と。
 その言葉に、鳴り響く心臓の音。まさか彼女も、「運命の黒い糸」を視る力を保持しているのか?
 同じ能力者と思われる存在に、泰造は身震いを起こしていた。
 すると自身の胸より黒い糸が出現し、それは泰造の左小指を絡めてしまい、真っ直ぐに伸びていく。
 その先は、目の前に居る隣人女性。黒い糸は彼女の左小指をも絡めてしまい、二人は「運命の黒い糸」で繋がってしまった。


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「運命の赤い糸」
 生まれた時より存在し、結ばれる運命にある二人の小指と小指を繋ぐとされている。
 しかし運命の糸は良縁だけでなく、黒い糸で結ばれる悪縁もあるということは、一般的に認識されていない。
「運命の黒い糸=悪縁」
 もし、それが見えてしまったら?
 業務を終え、賑わうオフィスを傍目に退社していく一人の男性。上司や同僚は今から飲みに行くと話しているが、そんなコミュニティに一切参加しない。
 それが彼、|葉山《はやま》|泰造《たいぞう》。
 大手企業で働く、会社員の三十二歳。そんな彼が抱えている、誰にも知られぬ秘密。
「運命の黒い糸が見える」、先天的な特殊能力の保持者ということだった。
 そんな彼が心得ていることは、「最低限しか人と関わらないこと」。下手に関わるから、相手に期待や失望の感情が生まれ、関係に歪みが出てくる。
 だから業務以外は一切の関わりは持たず、仕事関係者以外で人と関わりを持つなんて論外だった。
 夜八時。
 長引く梅雨の湿っぽさに体の怠さを感じつつ、単身用アパートに帰宅すると、部屋の前にある人影。黒髪のショートヘアで丸顔、泰造の頭一つ分以上に小さい小柄な女性が、こちらを見て一言。
「今日も作りすぎてしまって。良かったら食べてもらえませんか?」
 差し出してきたのは、赤色の簡易容器に詰められた惣菜だった。
「……あ。どうも」
 泰造が差し出してきたものを受け取ると、彼女は一礼し隣の部屋に戻っていく。
 その姿を見届けた泰造は、受け取った簡易容器をただ眺めていた。
 彼女の目的は何かを思考しながら。
 彼女は泰造が住むアパートの隣人。三年前に越してきたが、挨拶程度の関係だった。
 しかし半年前より、惣菜を作り過ぎたと持参してくるようになった。大体週に二度ぐらいで。
 そんなに作り過ぎることがあるのかと、疑念が捨てきれないのは当然だった。
 簡易容器を開けると、そこには鶏肉に里芋に人参にごぼうなどが入っており、筑前煮だと分かる。
 彼は警戒心が人一倍強く、初めは手を付けて良いものかと躊躇ったが、黒い糸で繋がってないなら悪意はないだろうと、口にした。
 するとあまりの美味しさに、留まることを知らない箸の動き。
 久しぶりの手料理に触れた彼は、いささかな不安を覚えつつこの味の虜になっていた。
 早朝、出勤しようと玄関ドアの施錠していると、背後より聞こえるその声。蒸し暑い中、黒いスーツに身を包んだ隣人女性だった。
 泰造は横目で彼女の指を見るが、変わらず黒い糸で繋がっている気配はなく、口を抑えて小さく溜息を吐く。
 一方彼女はこちらの動作を見た途端に、口元を抑えて立ち止まってしまった。
 そんな彼女の様子に泰造は思考を巡らす。
 彼女は一体何を考えているのか? を。
 人の心という見えないものを把握する為に、彼は視認出来る黒い糸が出現していないかを、何度も、何度も確認していた。
 すると、そんな姿を見つめていた彼女は一言呟く。
「……運命の……糸を知っていますか?」と。
 その言葉に、鳴り響く心臓の音。まさか彼女も、「運命の黒い糸」を視る力を保持しているのか?
 同じ能力者と思われる存在に、泰造は身震いを起こしていた。
 すると自身の胸より黒い糸が出現し、それは泰造の左小指を絡めてしまい、真っ直ぐに伸びていく。
 その先は、目の前に居る隣人女性。黒い糸は彼女の左小指をも絡めてしまい、二人は「運命の黒い糸」で繋がってしまった。