表示設定
表示設定
目次 目次




【佳織が見た星空】

ー/ー



 私は晴彦(はるひこ)の運転する車の助手席に座り、窓の外を眺めていた。
 対向車もなくなり、車は街灯のない真っ暗な道へと入った。
 だんだん恐くなってくる。

「晴彦、どこに連れて行くの?」

「ん? 佳織(かおり)に数千年前のものを見せたくて……」

「こんな夜遅くに博物館なんてやっているわけないでしょ?」

「博物館にあるものよりも、もっと昔のものを佳織に見せてあげる」

 晴彦はいったい何を考えているのだろう。

 私と晴彦は同じ音楽大学に通う大学生。
 私はピアノ科で、晴彦は声楽科。
 彼の歌の伴奏を担当したことがきっかけで、私たちは付き合い始めた。
 晴彦が夏の夜のドライブに行きたい、と言うのでついてきたが、
 いったいどこに行くのやら……

 車は意外なところで止まった。

 車を降りると、そこは誰もいない海岸だった。

 潮風がとても涼しい。日中の暑さが嘘のようだ。
 目の前に広がる、暗くて広い海。
 夜の海はすべてを飲み込みそうな、そんな怖さを秘めていた。

 私たち以外に誰もいない。
 聞こえてくるのは波の音だけ。

「海を見たかったの? 花火でもするの?」

 晴彦は答えた。

「花火もいいかもね。でも、線香花火よりも、もっと儚い光を見たくて……」

 晴彦が何を言おうとしているのか、さっぱり分からない。

「数千年前の光を見せてあげる」

 晴彦はそう言うと、空を指さした。


「わああぁぁ」


 思わず声を上げた。
 街中では見られない満天の星が、私たちを見つめていた。

「すごい……こんなにたくさん星を見たの、初めて……」

 何かがたくさんあるって、なんだか怖くなってくる。

 街中にいる時は、見える星は数えられるくらいだった。
 けれど、いつもは見えていないけど、空には本当は、こんなにもたくさんの星があったんだ。

「あっちを見てごらん。天の川」

「あああぁ……」

 私はまた声を上げてしまった。
 天の川って言葉自体は、小学生の時から知っていた。
 実際に見た天の川は、あまりにもスケールが大きく、私の想像を遥かに超えていた。

「これ、全部、星……」

「うん、今、佳織が見ている星は、数千年前の天の川」

「?」

「銀河系の中心部は、地球から光の速さで行っても数千年かかる距離にあるんだ。だから、今、僕たちが見ている天の川は、数千年前に銀河系の中心部から出発した光。たった今、数千年の旅を終えて、星の光は地球に届いた。僕たちが見ている星は、今はそこにはないのかもしれない。今見ている星は、僕たちが生まれるずっとずっと前の星」

 晴彦が星の知識を語り続けている。
 私はそんなことよりも、空に輝く星の多さに、ただただ圧倒されていた。

 お父さんやお母さんにも見せたいな……
 そう思って晴彦に聞いた。

「ねえ、北海道ってどっち?」

「北海道? 北なら北極星を探せば分かるよ」

 晴彦は振り返り、空を凝視した。

「見つけた。あれが北極星。佳織は北極星の見つけ方、知ってる?」

「知ってるよ! 理科で習ったっしょ」

 しまった、北海道弁が出てしまった。

 私は札幌の女子高から推薦でこの音大へと進学した。
 札幌では街が明るすぎて、星なんて少ししか見えなかった。

 昔、学校で習った知識を思い出して、北極星を探してみた。

「北斗七星かカシオペアを見つければ、北極星が分かるんだよね?」

「うん。ほら、こっちに北斗七星、こっちにカシオペア」

 晴彦はそれぞれを指で示してくれた。


「うわ、大きい!」

 教科書や問題集に載っていた星座。
 それを実際に夜空で見てみると、当然のことながら大きく見える。

 北斗七星はちゃんとひしゃくの形になっていた。
 見つけることができた瞬間、難しい問題の答えが分かったときのような感動がこみ上げてきた。
 となると、北極星をはさんで反対側にカシオペアがあるはず。

「あ、Wっぽく見える。カシオペアも見つけた!」

 カシオペアは、きれいなWの形ではなかったけれど、
 確かにジグザグに並んでいた。

 北は北極星があるから分かりやすくていいな、と私は思った。
 私のご先祖様は、きっと開拓時代に内地から北海道に渡ってきたんだと思う。
 北極星が輝いている方角である「北」を目指して船でやってきたんだろうな。

 そういえば、私が通っていた高校のセーラー服にも星がついている。
 地元のビール会社のマークも星。
 そして、札幌のシンボル、時計台にも星のマークが付いている。

 地元にいたときは、あまり深く考えていなかったけど、
 今、すべてがつながった気がした。

 昔の人は北極星を手がかりに北に向かったんだ。
 北極星は北へ向かう人のシンボルなんだ。

 では、南は?

「北の北極星みたいに、南を表す星はないの?」

 晴彦に聞いてみた。

「ぴったり南を表す星はないみたい。けれども、昔の船乗りは、南十字星(サザンクロス)を見つけて南を探していたんだって」

「ふ~ん。そっか。で、南十字星って、どれ?」

 晴彦は少し馬鹿にしたように笑った。

「沖縄の方に行かないと見れないよ。波照間島(はてるまじま)とか」

「そっか……残念。でも、いつかは見てみたいな。沖縄にも行きたいし!」

「ははは……考えておくよ……」

 今日は七月七日。内地では七夕の日。

「ねえ、織姫と彦星って、どこ?」

「さっき見た、天の川にあるよ」

 私たちはまた振り返った。

「ほら、天の川に三つの明るい星がる。夏の大三角」

 晴彦はすぐに見つけることができたようだった。
 私もしばらく探し、そして見つけることができた。
 確かに三角になっている。

「わし座のアルタイルが彦星。こと座のベガが織姫。ちなみに、大三角のもう一つは、白鳥座のデネブ」

「なんだか三角関係みたい」

「おいおい、佳織……」

「でさ、琴座ってことは、織姫様は琴を演奏できるの?」

「う~ん……琴座は西洋の星座の話。七夕は中国の星座の話。だから、織姫と琴は関係ないよ」

「なあんだ。せっかくなら、織姫はピアノ座の星だったらよかったのに」

「……佳織らしいな」

 今日からちょうど一か月後の八月七日は、実は私の誕生日。
 北海道や東北の一部では、八月七日が七夕。
 七夕の日に生まれたので、私の名前は織姫様から一字取って「佳織」になった。

 彦星の彦の字が付いた「晴彦」と、七夕の夜にこうして付き合っているのも、何かの縁かも。

「東洋では琴座は織姫様だけど、西洋では男だよ」

「え? そうなの?」

「琴座は、オルフェウスっていう琴の名手の伝説がもとになっているんだけど、オルフェウスは男なんだよ」

「え~! 知らない方がよかった……」

「……うん、琴座の伝説は知らない方がいいと思う」

「あ、海の近くに赤い星。これなら分かる。さそり座のアンタレス!」

 低い空に輝く赤い星。
 一つだけ色が違うから、すぐに見つけられる。

「サソリの火……」

 晴彦がつぶやいた。

「『銀河鉄道の夜』でしょ? 私だって、そのくらいは読んでいるんだから」

 イタチに見つかって食べられそうになるサソリ。
 サソリは井戸に逃げ込んだが、今度は溺れて死にそうになる。
 サソリは祈った。
 こうして無駄に死んでしまうくらいなら、いっそ、イタチに食べられればよかった。
 私だって、小さな虫を食べて命をつないできた。
 もし、私がイタチに食べられれば、イタチの命をつなぐことができたはず。
 けれど、今、私はこうして溺れて死にそうになっている。
 こんなにむなしく命を捨てるくらいなら、どうかこの次には、みんなの幸せのために私の体をお使いください。
 祈りは天に届き、サソリの体は燃え上がり、真っ赤な美しい光になって夜空を照らすこととなった。

 こんな話だったかな?
 『銀河鉄道の夜』の中の有名なシーンだ。
 私はオリオンを殺したサソリの話よりも、宮沢賢治のサソリの話の方が好き。

 私も誰かの役に立ちたい。
 そんなピアニストになりたい。
 いつもそう思っている。
 私は、夜空を照らすサソリの火のようになれるだろうか。

 そんなことを考えていたら、隣で晴彦が星に祈っていることに気が付いた。

「織姫と彦星に、何か願いごとでもしていたの?」

「……あ、いや……それもあるけど、へびつかい座に祈っていたんだ」

「え? なんで? 晴彦、へびつかいにでもなるの?」

「いやいや、そうじゃなくて……」

 そう言って、晴彦は財布から写真を出し、懐中電灯で照らして見せてくれた。
 晴彦のお父さんの写真だ。
 自衛隊の医官をしていたけど、数年前、事故で亡くなったって聞いていた。

 自衛隊の制服姿で写る晴彦のお父さん。
 その襟のバッジのところを見せてくれた。
 杖に二匹のヘビが巻き付いているデザインだ。

「へびつかい座は、アスクレピオスという、ギリシア神話の医者がモデルになっているんだ。医術の達人で、死人さえも生き返らせたらしい」

「だから、自衛隊のお医者さんは、ヘビのバッジをしているのね」

「杖に二匹のヘビが巻き付いている。星座のヘビは一匹なんだけど、自衛隊では仲間で協力して助ける、という意味を込めて、二匹のヘビのデザインにしたらしいよ」

「へぇ~そうなんだ。二人で助け合って命を救うって、ちょっといい話かも」

 晴彦は車の後ろのハッチを開けると、電子キーボードを出してきた。
 野外で演奏できるように、電池式のキーボードをいつも車に積んでいるのだ。
 晴彦は私にお願いしてきた。

「一曲弾いてほしい。俺が歌うから。星空の下のコンサート」

「お客さん、誰もいないね」

 私は意地悪く言ってみた。

「いるよ。今日は満席だ。数億のお客さんが僕たちを見ている」

 晴彦はそう言い、星空を見上げた。

「……そうね。地球の全人口よりも多いお客さんかも」

 私はくすりと笑い、そしてキーボードの電源を入れた。
 試し弾きをしてみる。
 夜の海岸に、音は美しく鳴り響く。
 晴彦は発声練習を始めた。

「よし!」

 晴彦とアイコンタクトを取る。
 そして、両手の指を鍵盤におろした。

 前奏を奏でる。
 そして本奏へ。
 晴彦は朗々と歌い上げる。

・ ・ ・ ・ ・

 私の弾く伴奏の音と、晴彦のステキな歌声が、誰もいない海へ、そして夜空へと吸い込まれていった。
 繰り返す波と、静かに光る星たちだけが、私たちの演奏を聴いていた。

 今日は星空を見て感動した。
 晴彦と大自然の中で演奏できたのもいい思い出になった。
 いろいろ考えさせられたし、いい七夕になった。

 山で星を見ていたら虫に刺されていたかもしれないけど、
 海だから虫が少ないのもよかった。

 けれど、私の足のあざは、なかなか消えないな……



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 【晴彦が見た星空】


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 私は|晴彦《はるひこ》の運転する車の助手席に座り、窓の外を眺めていた。
 対向車もなくなり、車は街灯のない真っ暗な道へと入った。
 だんだん恐くなってくる。
「晴彦、どこに連れて行くの?」
「ん? |佳織《かおり》に数千年前のものを見せたくて……」
「こんな夜遅くに博物館なんてやっているわけないでしょ?」
「博物館にあるものよりも、もっと昔のものを佳織に見せてあげる」
 晴彦はいったい何を考えているのだろう。
 私と晴彦は同じ音楽大学に通う大学生。
 私はピアノ科で、晴彦は声楽科。
 彼の歌の伴奏を担当したことがきっかけで、私たちは付き合い始めた。
 晴彦が夏の夜のドライブに行きたい、と言うのでついてきたが、
 いったいどこに行くのやら……
 車は意外なところで止まった。
 車を降りると、そこは誰もいない海岸だった。
 潮風がとても涼しい。日中の暑さが嘘のようだ。
 目の前に広がる、暗くて広い海。
 夜の海はすべてを飲み込みそうな、そんな怖さを秘めていた。
 私たち以外に誰もいない。
 聞こえてくるのは波の音だけ。
「海を見たかったの? 花火でもするの?」
 晴彦は答えた。
「花火もいいかもね。でも、線香花火よりも、もっと儚い光を見たくて……」
 晴彦が何を言おうとしているのか、さっぱり分からない。
「数千年前の光を見せてあげる」
 晴彦はそう言うと、空を指さした。
「わああぁぁ」
 思わず声を上げた。
 街中では見られない満天の星が、私たちを見つめていた。
「すごい……こんなにたくさん星を見たの、初めて……」
 何かがたくさんあるって、なんだか怖くなってくる。
 街中にいる時は、見える星は数えられるくらいだった。
 けれど、いつもは見えていないけど、空には本当は、こんなにもたくさんの星があったんだ。
「あっちを見てごらん。天の川」
「あああぁ……」
 私はまた声を上げてしまった。
 天の川って言葉自体は、小学生の時から知っていた。
 実際に見た天の川は、あまりにもスケールが大きく、私の想像を遥かに超えていた。
「これ、全部、星……」
「うん、今、佳織が見ている星は、数千年前の天の川」
「?」
「銀河系の中心部は、地球から光の速さで行っても数千年かかる距離にあるんだ。だから、今、僕たちが見ている天の川は、数千年前に銀河系の中心部から出発した光。たった今、数千年の旅を終えて、星の光は地球に届いた。僕たちが見ている星は、今はそこにはないのかもしれない。今見ている星は、僕たちが生まれるずっとずっと前の星」
 晴彦が星の知識を語り続けている。
 私はそんなことよりも、空に輝く星の多さに、ただただ圧倒されていた。
 お父さんやお母さんにも見せたいな……
 そう思って晴彦に聞いた。
「ねえ、北海道ってどっち?」
「北海道? 北なら北極星を探せば分かるよ」
 晴彦は振り返り、空を凝視した。
「見つけた。あれが北極星。佳織は北極星の見つけ方、知ってる?」
「知ってるよ! 理科で習ったっしょ」
 しまった、北海道弁が出てしまった。
 私は札幌の女子高から推薦でこの音大へと進学した。
 札幌では街が明るすぎて、星なんて少ししか見えなかった。
 昔、学校で習った知識を思い出して、北極星を探してみた。
「北斗七星かカシオペアを見つければ、北極星が分かるんだよね?」
「うん。ほら、こっちに北斗七星、こっちにカシオペア」
 晴彦はそれぞれを指で示してくれた。
「うわ、大きい!」
 教科書や問題集に載っていた星座。
 それを実際に夜空で見てみると、当然のことながら大きく見える。
 北斗七星はちゃんとひしゃくの形になっていた。
 見つけることができた瞬間、難しい問題の答えが分かったときのような感動がこみ上げてきた。
 となると、北極星をはさんで反対側にカシオペアがあるはず。
「あ、Wっぽく見える。カシオペアも見つけた!」
 カシオペアは、きれいなWの形ではなかったけれど、
 確かにジグザグに並んでいた。
 北は北極星があるから分かりやすくていいな、と私は思った。
 私のご先祖様は、きっと開拓時代に内地から北海道に渡ってきたんだと思う。
 北極星が輝いている方角である「北」を目指して船でやってきたんだろうな。
 そういえば、私が通っていた高校のセーラー服にも星がついている。
 地元のビール会社のマークも星。
 そして、札幌のシンボル、時計台にも星のマークが付いている。
 地元にいたときは、あまり深く考えていなかったけど、
 今、すべてがつながった気がした。
 昔の人は北極星を手がかりに北に向かったんだ。
 北極星は北へ向かう人のシンボルなんだ。
 では、南は?
「北の北極星みたいに、南を表す星はないの?」
 晴彦に聞いてみた。
「ぴったり南を表す星はないみたい。けれども、昔の船乗りは、|南十字星《サザンクロス》を見つけて南を探していたんだって」
「ふ~ん。そっか。で、南十字星って、どれ?」
 晴彦は少し馬鹿にしたように笑った。
「沖縄の方に行かないと見れないよ。|波照間島《はてるまじま》とか」
「そっか……残念。でも、いつかは見てみたいな。沖縄にも行きたいし!」
「ははは……考えておくよ……」
 今日は七月七日。内地では七夕の日。
「ねえ、織姫と彦星って、どこ?」
「さっき見た、天の川にあるよ」
 私たちはまた振り返った。
「ほら、天の川に三つの明るい星がる。夏の大三角」
 晴彦はすぐに見つけることができたようだった。
 私もしばらく探し、そして見つけることができた。
 確かに三角になっている。
「わし座のアルタイルが彦星。こと座のベガが織姫。ちなみに、大三角のもう一つは、白鳥座のデネブ」
「なんだか三角関係みたい」
「おいおい、佳織……」
「でさ、琴座ってことは、織姫様は琴を演奏できるの?」
「う~ん……琴座は西洋の星座の話。七夕は中国の星座の話。だから、織姫と琴は関係ないよ」
「なあんだ。せっかくなら、織姫はピアノ座の星だったらよかったのに」
「……佳織らしいな」
 今日からちょうど一か月後の八月七日は、実は私の誕生日。
 北海道や東北の一部では、八月七日が七夕。
 七夕の日に生まれたので、私の名前は織姫様から一字取って「佳織」になった。
 彦星の彦の字が付いた「晴彦」と、七夕の夜にこうして付き合っているのも、何かの縁かも。
「東洋では琴座は織姫様だけど、西洋では男だよ」
「え? そうなの?」
「琴座は、オルフェウスっていう琴の名手の伝説がもとになっているんだけど、オルフェウスは男なんだよ」
「え~! 知らない方がよかった……」
「……うん、琴座の伝説は知らない方がいいと思う」
「あ、海の近くに赤い星。これなら分かる。さそり座のアンタレス!」
 低い空に輝く赤い星。
 一つだけ色が違うから、すぐに見つけられる。
「サソリの火……」
 晴彦がつぶやいた。
「『銀河鉄道の夜』でしょ? 私だって、そのくらいは読んでいるんだから」
 イタチに見つかって食べられそうになるサソリ。
 サソリは井戸に逃げ込んだが、今度は溺れて死にそうになる。
 サソリは祈った。
 こうして無駄に死んでしまうくらいなら、いっそ、イタチに食べられればよかった。
 私だって、小さな虫を食べて命をつないできた。
 もし、私がイタチに食べられれば、イタチの命をつなぐことができたはず。
 けれど、今、私はこうして溺れて死にそうになっている。
 こんなにむなしく命を捨てるくらいなら、どうかこの次には、みんなの幸せのために私の体をお使いください。
 祈りは天に届き、サソリの体は燃え上がり、真っ赤な美しい光になって夜空を照らすこととなった。
 こんな話だったかな?
 『銀河鉄道の夜』の中の有名なシーンだ。
 私はオリオンを殺したサソリの話よりも、宮沢賢治のサソリの話の方が好き。
 私も誰かの役に立ちたい。
 そんなピアニストになりたい。
 いつもそう思っている。
 私は、夜空を照らすサソリの火のようになれるだろうか。
 そんなことを考えていたら、隣で晴彦が星に祈っていることに気が付いた。
「織姫と彦星に、何か願いごとでもしていたの?」
「……あ、いや……それもあるけど、へびつかい座に祈っていたんだ」
「え? なんで? 晴彦、へびつかいにでもなるの?」
「いやいや、そうじゃなくて……」
 そう言って、晴彦は財布から写真を出し、懐中電灯で照らして見せてくれた。
 晴彦のお父さんの写真だ。
 自衛隊の医官をしていたけど、数年前、事故で亡くなったって聞いていた。
 自衛隊の制服姿で写る晴彦のお父さん。
 その襟のバッジのところを見せてくれた。
 杖に二匹のヘビが巻き付いているデザインだ。
「へびつかい座は、アスクレピオスという、ギリシア神話の医者がモデルになっているんだ。医術の達人で、死人さえも生き返らせたらしい」
「だから、自衛隊のお医者さんは、ヘビのバッジをしているのね」
「杖に二匹のヘビが巻き付いている。星座のヘビは一匹なんだけど、自衛隊では仲間で協力して助ける、という意味を込めて、二匹のヘビのデザインにしたらしいよ」
「へぇ~そうなんだ。二人で助け合って命を救うって、ちょっといい話かも」
 晴彦は車の後ろのハッチを開けると、電子キーボードを出してきた。
 野外で演奏できるように、電池式のキーボードをいつも車に積んでいるのだ。
 晴彦は私にお願いしてきた。
「一曲弾いてほしい。俺が歌うから。星空の下のコンサート」
「お客さん、誰もいないね」
 私は意地悪く言ってみた。
「いるよ。今日は満席だ。数億のお客さんが僕たちを見ている」
 晴彦はそう言い、星空を見上げた。
「……そうね。地球の全人口よりも多いお客さんかも」
 私はくすりと笑い、そしてキーボードの電源を入れた。
 試し弾きをしてみる。
 夜の海岸に、音は美しく鳴り響く。
 晴彦は発声練習を始めた。
「よし!」
 晴彦とアイコンタクトを取る。
 そして、両手の指を鍵盤におろした。
 前奏を奏でる。
 そして本奏へ。
 晴彦は朗々と歌い上げる。
・ ・ ・ ・ ・
 私の弾く伴奏の音と、晴彦のステキな歌声が、誰もいない海へ、そして夜空へと吸い込まれていった。
 繰り返す波と、静かに光る星たちだけが、私たちの演奏を聴いていた。
 今日は星空を見て感動した。
 晴彦と大自然の中で演奏できたのもいい思い出になった。
 いろいろ考えさせられたし、いい七夕になった。
 山で星を見ていたら虫に刺されていたかもしれないけど、
 海だから虫が少ないのもよかった。
 けれど、私の足のあざは、なかなか消えないな……