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第百五話

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 胸に巨大な風穴を開けた、瀕死の河本を乱暴に蹴り飛ばし、信之の元へ転がす成田。
『あと残るは貴方だけです! 降伏を提案しますが、如何でしょう? そこの裏切り者に別れを告げるくらいの時間は差し上げますので、その間に考えて下さい!』
 信之は、深紅に染まった河本を抱き抱える。
「河本さん!! 河本さん!! しっかりしてください!!」
 揺さぶる信之であったが、目の輝きも消えうせ、喀血し消え入りそうな呼吸音が聞こえるばかり。先ほどまで笑いあっていた彼女が、数秒後突然として息を引き取る。運命や人生の悪戯、というのを、ここまで恨んだことはなかった。
「――のぶ、ゆき――――く、ん」
 ノイズがかかる視界一杯に広がる、信之の顔面。涙と絶望でぐじゃぐじゃになった、様々な事象が折り重なり、多くの血縁関係者を手にかけた悲しき存在が、少し前まで赤の他人だったはずの人間の死に目に遭い、涙を流すことに成長を覚えた。
 血がとめどなく溢れていく中で、急激に寒気を覚えていた。今までは、ちゃんとした人間の体温を保っていたのにも拘らず、とめどなく命の温かさが溢れていく。辺りに零れ満ちていく無常さが、とても寂しく思えた。これが、この世から離脱していく感覚なのか、と。
 これが、裏切り者だと錯覚された人間の惨めな最期か、と。
 河本は、体温が消えうせ、弱弱しくなってしまった血だらけの手で、信之の頬を撫でる。
 信之の頬に、多量の血が付着しようと。本人は何も言わない。ただ、その命の結末を悲しみながらも見守るのみ。
「――わた、し、さ。――――き、みなら……がんば――れる、って……しんじ――てる、から……さ。――わ――たしなんか、のた……めに、なか……ないで」
「何バカなこと言ってるんスか!! 生きてここを出るんスよ!!」
 信之自身も、そんなこと出来っこない、叶いっこないと思っていた。しかし、少しでも生きることに希望を持たせるために、どれほど叶わない願いであろうと、口にすることで少しでも実現できそうな雰囲気を持たせたかったのだ。
 しかし、河本は緩慢に首を横に振る。自分のことは自分がよく理解している、そう言いたげに、笑って見せたのだ。笑えないほどの痛み、恐怖が体中を汚染しているのにも拘らず、終始信之のことを気にかけていたのだ。
「――――ぁ、おく、り――もの」
 まるで死ぬ直前とは思えないほどに、河本最後の全力を振り絞り、信之の顔を引き寄せた。そこでしたのは、信之へのキス。頬や額ではなく、口へのもの。河本自身のファースト・キスを、死に際で信之へと捧げたのだ。
 そこに温かみは無く、嬉しさも無く。ただ血の味が広がるキス。しかし、マイナスなものは一切感じさせず。死にゆく人間が残す、最後の願い。それがそのキスに現れていたのだ。
「――――この、たた……かいに――――かっ、てよ――――の……ぶゆき、くん」
 その言葉を最期に、河本の手は力なく落ち。静かな笑みを湛えた相好のまま。河本美浦は命を落としたのだ。



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 胸に巨大な風穴を開けた、瀕死の河本を乱暴に蹴り飛ばし、信之の元へ転がす成田。
『あと残るは貴方だけです! 降伏を提案しますが、如何でしょう? そこの裏切り者に別れを告げるくらいの時間は差し上げますので、その間に考えて下さい!』
 信之は、深紅に染まった河本を抱き抱える。
「河本さん!! 河本さん!! しっかりしてください!!」
 揺さぶる信之であったが、目の輝きも消えうせ、喀血し消え入りそうな呼吸音が聞こえるばかり。先ほどまで笑いあっていた彼女が、数秒後突然として息を引き取る。運命や人生の悪戯、というのを、ここまで恨んだことはなかった。
「――のぶ、ゆき――――く、ん」
 ノイズがかかる視界一杯に広がる、信之の顔面。涙と絶望でぐじゃぐじゃになった、様々な事象が折り重なり、多くの血縁関係者を手にかけた悲しき存在が、少し前まで赤の他人だったはずの人間の死に目に遭い、涙を流すことに成長を覚えた。
 血がとめどなく溢れていく中で、急激に寒気を覚えていた。今までは、ちゃんとした人間の体温を保っていたのにも拘らず、とめどなく命の温かさが溢れていく。辺りに零れ満ちていく無常さが、とても寂しく思えた。これが、この世から離脱していく感覚なのか、と。
 これが、裏切り者だと錯覚された人間の惨めな最期か、と。
 河本は、体温が消えうせ、弱弱しくなってしまった血だらけの手で、信之の頬を撫でる。
 信之の頬に、多量の血が付着しようと。本人は何も言わない。ただ、その命の結末を悲しみながらも見守るのみ。
「――わた、し、さ。――――き、みなら……がんば――れる、って……しんじ――てる、から……さ。――わ――たしなんか、のた……めに、なか……ないで」
「何バカなこと言ってるんスか!! 生きてここを出るんスよ!!」
 信之自身も、そんなこと出来っこない、叶いっこないと思っていた。しかし、少しでも生きることに希望を持たせるために、どれほど叶わない願いであろうと、口にすることで少しでも実現できそうな雰囲気を持たせたかったのだ。
 しかし、河本は緩慢に首を横に振る。自分のことは自分がよく理解している、そう言いたげに、笑って見せたのだ。笑えないほどの痛み、恐怖が体中を汚染しているのにも拘らず、終始信之のことを気にかけていたのだ。
「――――ぁ、おく、り――もの」
 まるで死ぬ直前とは思えないほどに、河本最後の全力を振り絞り、信之の顔を引き寄せた。そこでしたのは、信之へのキス。頬や額ではなく、口へのもの。河本自身のファースト・キスを、死に際で信之へと捧げたのだ。
 そこに温かみは無く、嬉しさも無く。ただ血の味が広がるキス。しかし、マイナスなものは一切感じさせず。死にゆく人間が残す、最後の願い。それがそのキスに現れていたのだ。
「――――この、たた……かいに――――かっ、てよ――――の……ぶゆき、くん」
 その言葉を最期に、河本の手は力なく落ち。静かな笑みを湛えた相好のまま。河本美浦は命を落としたのだ。