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第百四話

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 河本は、貫かれた一瞬。全てを許し、一切悔やまなかったのだ。
 他と比べ平凡な自分に、出来ることはあるのだろうか。将来、大したことを成せなかった自分は、その時満足に笑えるのだろうか。そう考え、学園長に直談判したのだ。自身が、『教会』のスパイとして潜入することを認めてほしい、と。
 その際、信一郎はちゃんとした見返り、明確にするとしたら、安定した将来の確約を保証することを約束し、口惜しくもその提案を飲んだ。
 最初に述べておくが、河本は自分が劣っていると錯覚しているが、そんなことはなかった。武器科のトップである人間や、下の学年のトップであるエヴァと比べると劣っているだけで、ずっとトップクラスであったのだ。
 トップを目指し続ける、そんな愚直な性格であったため。現状に常に不満を持っていたのだ。だからこその、工作員|《スパイ》としての戦い。それを望んだのだ。
 実際、工作員として幾多もの痛苦を味わった。あることないことを疑われ、まるで昔あったような踏み絵を体験させられる、キリスト教信者の気持ちであった。
 故に、いつか勘違いされ、殺されたとしても、何の文句も言えない。自ら望んで戦地に赴いているのにも拘らず、テロ組織に捕まって自分が危険な目に遭ったからと言って、「助けてほしい」と叫ぶような、中途半端なジャーナリズムを持った、そんなみっともない人間にはなりたくないと。
 『教会』に潜入している中で、明確に殺しなどの汚れ仕事は行わなかったものの、事務作業を中心として行った結果、戦闘員よりも圧倒的に層の薄い、競争率の低い場所で輝いたのだ。その実直な性格から、その時は京都支部の支部長であった、待田の側近として配属が決定したのだ。待田との付き合いは、そこから始まったのだった。
 しかし、何と待田はすぐに河本の裏切り……もとい、スパイ行為に感づいたのだ。それにより、河本は死を覚悟したものの、それを許した。
(――別に、知られたからと言って殺すほどのことじゃあねえ。俺ァそこまで器の小せェ男じゃあねえからよ。その代わり……茶、良いの淹れてくれ。それでチャラ、ってことにしておくさ)
 たった、その一言。力と度量の差を知ったのと同時に、河本は待田を信頼するきっかけとなった。どんなことがあろうと、待田を傷つけたくはないと。
 そこからは、怒涛の日々であった。待田の仕事人としての殺しの数々を裏でサポートし、『罪人殺し』の待田をサポートした。表の舞台で裁けない悪を、待田と協力し裁いていった。
 その行為を善とは絶対に捉えはしなかったが、悪とも捉えずにいた。工作員とはいえ、自分のやっている行いはいつだってグレー。そう思いながら、罪悪感に心を痛めながら日々を過ごしていった。
 そして、茨城支部の新興により、待田は興味本位で河本と共に茨城支部へ出向。昨日から始まった合同演習会の『教会』サイドの一員として、戦いを見守っていた。
 そして、礼安と出会ったのだ。英雄サイドで、最も常軌を逸した存在。多くの英雄が戦わずに切り抜ける方法を探すほどの猛者である待田に、食って掛かった唯一の存在。そんな彼女の底なしの勇気に、報いるべきだと考えて独断で動いたのだ。
 待田もきっと、このタイミングこそ、河本が古巣に戻るべきタイミングだと考えたのだろう。特に何を言うでもなく、あの小瓶に全ての思いを乗せたのだ。
 河本は、最後は英雄として、武器として死にたい。そう考えていたがために、嬉しかったのだ。しかるべきタイミングで戻れた、今の自分を褒め称えたのだ。
 大して何かを成したわけでもなく、『教会』側の情報をある程度流していた、まるで映画のような、工作員として生きた一年間。その間の濃密な思い出と、英雄や武器たちと接した二年間。それらを天秤にかけたら、恐らく均衡状態となる。
 不思議と笑む河本。倒れ伏すほんの数秒の間に、これまでの人生の走馬灯が過る中、不思議と「楽しかった」という感想が脳内に浮かぶほどに、満足していたのだった。



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 河本は、貫かれた一瞬。全てを許し、一切悔やまなかったのだ。
 他と比べ平凡な自分に、出来ることはあるのだろうか。将来、大したことを成せなかった自分は、その時満足に笑えるのだろうか。そう考え、学園長に直談判したのだ。自身が、『教会』のスパイとして潜入することを認めてほしい、と。
 その際、信一郎はちゃんとした見返り、明確にするとしたら、安定した将来の確約を保証することを約束し、口惜しくもその提案を飲んだ。
 最初に述べておくが、河本は自分が劣っていると錯覚しているが、そんなことはなかった。武器科のトップである人間や、下の学年のトップであるエヴァと比べると劣っているだけで、ずっとトップクラスであったのだ。
 トップを目指し続ける、そんな愚直な性格であったため。現状に常に不満を持っていたのだ。だからこその、工作員|《スパイ》としての戦い。それを望んだのだ。
 実際、工作員として幾多もの痛苦を味わった。あることないことを疑われ、まるで昔あったような踏み絵を体験させられる、キリスト教信者の気持ちであった。
 故に、いつか勘違いされ、殺されたとしても、何の文句も言えない。自ら望んで戦地に赴いているのにも拘らず、テロ組織に捕まって自分が危険な目に遭ったからと言って、「助けてほしい」と叫ぶような、中途半端なジャーナリズムを持った、そんなみっともない人間にはなりたくないと。
 『教会』に潜入している中で、明確に殺しなどの汚れ仕事は行わなかったものの、事務作業を中心として行った結果、戦闘員よりも圧倒的に層の薄い、競争率の低い場所で輝いたのだ。その実直な性格から、その時は京都支部の支部長であった、待田の側近として配属が決定したのだ。待田との付き合いは、そこから始まったのだった。
 しかし、何と待田はすぐに河本の裏切り……もとい、スパイ行為に感づいたのだ。それにより、河本は死を覚悟したものの、それを許した。
(――別に、知られたからと言って殺すほどのことじゃあねえ。俺ァそこまで器の小せェ男じゃあねえからよ。その代わり……茶、良いの淹れてくれ。それでチャラ、ってことにしておくさ)
 たった、その一言。力と度量の差を知ったのと同時に、河本は待田を信頼するきっかけとなった。どんなことがあろうと、待田を傷つけたくはないと。
 そこからは、怒涛の日々であった。待田の仕事人としての殺しの数々を裏でサポートし、『罪人殺し』の待田をサポートした。表の舞台で裁けない悪を、待田と協力し裁いていった。
 その行為を善とは絶対に捉えはしなかったが、悪とも捉えずにいた。工作員とはいえ、自分のやっている行いはいつだってグレー。そう思いながら、罪悪感に心を痛めながら日々を過ごしていった。
 そして、茨城支部の新興により、待田は興味本位で河本と共に茨城支部へ出向。昨日から始まった合同演習会の『教会』サイドの一員として、戦いを見守っていた。
 そして、礼安と出会ったのだ。英雄サイドで、最も常軌を逸した存在。多くの英雄が戦わずに切り抜ける方法を探すほどの猛者である待田に、食って掛かった唯一の存在。そんな彼女の底なしの勇気に、報いるべきだと考えて独断で動いたのだ。
 待田もきっと、このタイミングこそ、河本が古巣に戻るべきタイミングだと考えたのだろう。特に何を言うでもなく、あの小瓶に全ての思いを乗せたのだ。
 河本は、最後は英雄として、武器として死にたい。そう考えていたがために、嬉しかったのだ。しかるべきタイミングで戻れた、今の自分を褒め称えたのだ。
 大して何かを成したわけでもなく、『教会』側の情報をある程度流していた、まるで映画のような、工作員として生きた一年間。その間の濃密な思い出と、英雄や武器たちと接した二年間。それらを天秤にかけたら、恐らく均衡状態となる。
 不思議と笑む河本。倒れ伏すほんの数秒の間に、これまでの人生の走馬灯が過る中、不思議と「楽しかった」という感想が脳内に浮かぶほどに、満足していたのだった。