第2話 虚弱体質
ー/ー
インディゴブルーの空の東側にオレンジの楔が差し込まれる。天の支配者が月と星々から太陽へと移り替わろうとしていた。十一月であってもここは心持ち温かい気がする。凪沙はほっとした。これで目的地函館へまた近づいた。
凪沙は茶封筒の中をあらためる。二万円入っていた。氏素性も知れぬ赤の他人にここまでするものだろうか。相当なお人好しだ。状況が良ければもっと美味い汁が吸えたかもしれない。凪沙はほぞを噛んだ。
「ねえこれ函館行くのに使うの?」
愛玲奈が凪沙の顔をのぞき込む。
「ばか言わないで。これは向こうでの生活資金の足しにする。一番厄介なフェリー代はもう確保できてるし」
「そうね、凪沙の言う通り」
という割にただでさえ覇気のない愛玲奈はいつも以上に覇気がない。屈んでおでこ同士をくっ付ける。
「あん」
愛玲奈が変な声をあげるが凪沙はそれには構わなかった。少し熱があるようだ。
「熱があるじゃない。どうして黙ってたの?」
「ん、大したことない、と思って」
凪沙の詰問に赤い顔で俯いて答える愛玲奈。
「あんたの場合微熱でも大したことになるのっ」
愛玲奈は申し訳なさそうに黙って俯いて頷く。
「さっ、どっかで休みましょ」
「じゃあっちのコンビニのイートインコーナーで座って……」
「ねえふざけてるの? ちゃんと睡眠取んないとだめっ、わたしみたいに車の後部座席で済むような身体じゃないんだからあんたっ」
「……ごめんなさい」
愛玲奈は本当に済まなそうな顔をして身を縮こまらせた。
駅前のホテルをスマホで検索し、その中でもアーリーチェックインできる一番安いホテルにチェックインした。客室に入った頃にはもう愛玲奈はだいぶ辛そうだった。服をさっぱりとした浴衣に着替えさせて寝かせ、以前受診した時に処方された風邪薬の余りを飲ませる。そのあと凪沙が持っていた余り物の生姜湯を飲ませた。この頃既に朝五時半になっていた。凪沙がチェックイン時に聞いた記憶では確か朝食はブッフェだったはず。今の愛玲奈では無理だろう。
「ごめんねお金使わせちゃって……」
布団から半分顔を出した愛玲奈が心細そうな声で詫びる。
「いや、どっちにしても今日ここで休まないととは思ってたんだ。気にしないで」
そのつもりはなかった。
「うん。凪沙優しい」
凪沙の考えを読んでいたのか、少し涙目で微笑む愛玲奈。
「優しくないし」
「……優しいよ」
凪沙がベッドに手をついて愛玲奈の額にキスをしようとした時、愛玲奈がさっと凪沙の首に両腕を回しキスをしてきた。そうなると凪沙も収まりがつかなくなり二人で熱い口づけを繰り返す。
「熱あるのにいいの?」
凪沙は愛玲奈を抱き締めながら、自身も熱があるように火照った顔で愛玲奈の耳元で囁く。
「うん、いいの。最近してなかったから久しぶり。三日?」
「三日を久しぶりって言うもん……?」
「ふふっ、言うもんなの」
愛玲奈はさっきまでの痩せ細ってか弱く今にも折れてしまいそうな印象から一転妖艶で蠱惑的で熱情に満ちた眼と声で凪沙を褥へと導く。凪沙はそれに引きずり込まれるようにしてベッドに潜り込むと二人は激しく交わった。それはまるで愛玲奈が凪沙の精気を吸い求めようとしているかのようだった。
凪沙と本来なら熱を出して寝込んでいるはずの愛玲奈は熱く激しくその身体を求め合った結果、二人とも睡眠時間はわずか一時間もなかった。
「ね、眠い……」
愛玲奈が呟くと
「し過ぎて吐きそう……」
と凪沙が呻く
愛玲奈はもうだいぶ体調は良くなったからと空元気を出すが、不安がる凪沙に腰を抱かれるようにして食堂に行った。そこで思ったよりもバランスのよい食事を摂れた二人は満足して食堂を出る。味も良かった。
そうなると客室に戻ってからが問題となる。要は暇なのだ。やることがない。一日で完結するようなバイトの求人もなく、二人はボーッとテレビを観て時間を潰すことになる。これは二人にとって耐えがたいことだった。もともと活発な凪沙にとっても耐え難く、絶え間なく凪沙を求める愛玲奈にとっても同じく耐え難かった。
凪沙はまだ熱発している愛玲奈をなだめすかして寝かせ、愛玲奈がすっかり眠ったのを確認すると自分はシャワーを浴びる。つやのある長い髪を乾かすのも面倒なので適当にして、二人の衣類をエコバッグに詰め込みホテルのコインランドリーに向かった。
コインランドリーを回すとすぐそばに喫煙コーナーがあるのを見つけた。これ幸いにと凪沙はそこに滑り込む。真っ黒で細くて長い煙草に火をつけ深く吸い込む。イヤホンを耳にはめ、adoを大音量で流す。咥え煙草で脚を組み、背もたれにだらしなく寄りかかると半眼になってただ音の奔流に流される。脳が解放される。弛緩した脳に様々な思考が濁流となって逆巻く。
◆次回 第3話 追憶
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インディゴブルーの空の東側にオレンジの楔が差し込まれる。天の支配者が月と星々から太陽へと移り替わろうとしていた。十一月であってもここは心持ち温かい気がする。|凪沙《なぎさ》はほっとした。これで目的地函館へまた近づいた。
凪沙は茶封筒の中をあらためる。二万円入っていた。氏素性も知れぬ赤の他人にここまでするものだろうか。相当なお人好しだ。状況が良ければもっと美味い汁が吸えたかもしれない。凪沙はほぞを噛んだ。
「ねえこれ函館行くのに使うの?」
|愛玲奈《あれな》が凪沙の顔をのぞき込む。
「ばか言わないで。これは向こうでの生活資金の足しにする。一番厄介なフェリー代はもう確保できてるし」
「そうね、凪沙の言う通り」
という割にただでさえ覇気のない|愛玲奈《あれな》はいつも以上に覇気がない。屈んでおでこ同士をくっ付ける。
「あん」
|愛玲奈《あれな》が変な声をあげるが凪沙はそれには構わなかった。少し熱があるようだ。
「熱があるじゃない。どうして黙ってたの?」
「ん、大したことない、と思って」
凪沙の詰問に赤い顔で俯いて答える|愛玲奈《あれな》。
「あんたの場合微熱でも大したことになるのっ」
|愛玲奈《あれな》は申し訳なさそうに黙って俯いて頷く。
「さっ、どっかで休みましょ」
「じゃあっちのコンビニのイートインコーナーで座って……」
「ねえふざけてるの? ちゃんと睡眠取んないとだめっ、わたしみたいに車の後部座席で済むような身体じゃないんだからあんたっ」
「……ごめんなさい」
|愛玲奈《あれな》は本当に済まなそうな顔をして身を縮こまらせた。
駅前のホテルをスマホで検索し、その中でもアーリーチェックインできる一番安いホテルにチェックインした。客室に入った頃にはもう|愛玲奈《あれな》はだいぶ辛そうだった。服をさっぱりとした浴衣に着替えさせて寝かせ、以前受診した時に処方された風邪薬の余りを飲ませる。そのあと凪沙が持っていた余り物の生姜湯を飲ませた。この頃既に朝五時半になっていた。凪沙がチェックイン時に聞いた記憶では確か朝食はブッフェだったはず。今の|愛玲奈《あれな》では無理だろう。
「ごめんねお金使わせちゃって……」
布団から半分顔を出した|愛玲奈《あれな》が心細そうな声で詫びる。
「いや、どっちにしても今日ここで休まないととは思ってたんだ。気にしないで」
そのつもりはなかった。
「うん。凪沙優しい」
凪沙の考えを読んでいたのか、少し涙目で微笑む|愛玲奈《あれな》。
「優しくないし」
「……優しいよ」
凪沙がベッドに手をついて|愛玲奈《あれな》の額にキスをしようとした時、|愛玲奈《あれな》がさっと凪沙の首に両腕を回しキスをしてきた。そうなると凪沙も収まりがつかなくなり二人で熱い口づけを繰り返す。
「熱あるのにいいの?」
凪沙は|愛玲奈《あれな》を抱き締めながら、自身も熱があるように火照った顔で|愛玲奈《あれな》の耳元で囁く。
「うん、いいの。最近してなかったから久しぶり。三日?」
「三日を久しぶりって言うもん……?」
「ふふっ、言うもんなの」
|愛玲奈《あれな》はさっきまでの痩せ細ってか弱く今にも折れてしまいそうな印象から一転妖艶で蠱惑的で熱情に満ちた眼と声で凪沙を|褥《しとね》へと導く。凪沙はそれに引きずり込まれるようにしてベッドに潜り込むと二人は激しく交わった。それはまるで|愛玲奈《あれな》が凪沙の精気を吸い求めようとしているかのようだった。
凪沙と本来なら熱を出して寝込んでいるはずの|愛玲奈《あれな》は熱く激しくその身体を求め合った結果、二人とも睡眠時間はわずか一時間もなかった。
「ね、眠い……」
|愛玲奈《あれな》が呟くと
「し過ぎて吐きそう……」
と凪沙が呻く
|愛玲奈《あれな》はもうだいぶ体調は良くなったからと空元気を出すが、不安がる凪沙に腰を抱かれるようにして食堂に行った。そこで思ったよりもバランスのよい食事を摂れた二人は満足して食堂を出る。味も良かった。
そうなると客室に戻ってからが問題となる。要は暇なのだ。やることがない。一日で完結するようなバイトの求人もなく、二人はボーッとテレビを観て時間を潰すことになる。これは二人にとって耐えがたいことだった。もともと活発な凪沙にとっても耐え難く、絶え間なく凪沙を求める|愛玲奈《あれな》にとっても同じく耐え難かった。
凪沙はまだ熱発している|愛玲奈《あれな》をなだめすかして寝かせ、|愛玲奈《あれな》がすっかり眠ったのを確認すると自分はシャワーを浴びる。つやのある長い髪を乾かすのも面倒なので適当にして、二人の衣類をエコバッグに詰め込みホテルのコインランドリーに向かった。
コインランドリーを回すとすぐそばに喫煙コーナーがあるのを見つけた。これ幸いにと凪沙はそこに滑り込む。真っ黒で細くて長い煙草に火をつけ深く吸い込む。イヤホンを耳にはめ、adoを大音量で流す。咥え煙草で脚を組み、背もたれにだらしなく寄りかかると半眼になってただ音の奔流に流される。脳が解放される。弛緩した脳に様々な思考が濁流となって逆巻く。
◆次回 第3話 追憶