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29話 土地神様と神社の謎 その二

ー/ー





「――コレで全員読み終わったわね」

『……はあ……』

 イザが最後のページをテーブルに置いてから、全員で息を漏らした。
 だってこの資料、ほぼ論文みたいな重厚さだったもん。
 全員で読み終わるまで30分以上かかってしまった。そりゃ溜息も出るってモンですよ。

「あー目が疲れた……フキのやつ、ホントよくこんなモン作ったな」
「作ったの昨日の今日よね。こんだけやれば体調も悪くなるのも当然だわ」
「フッ……文字を読みすぎて頭が痛いな!」
「後で別の資料についても聞かなきゃ……」

 ぐったりしている高校生組と違い、ニシユキさんは真剣な目でメモを取っている。大学生ってすげえなぁ……。

「あはは……皆、お疲れじゃねえ」
「キリさんもお疲れ様です。解説、ありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ、色々見れて懐かしかったよ。ありがとね」

 礼に礼を返してきたキリさんも疲れた様子は見せず、和やかな笑みを浮かべている。神様ってすげえな……。

 まあ、普段から読書(?)していることや年の功というのもあるかもしれないが、神社の建設当初からいるらしい神様のキリさんからすればこの資料に書かれていることは知っていて当然のこと。アルバムを流し見していたようなものと考えると、そこまで疲れてもいないのは自然かもしれない。

 ともかく、昨日に引き続き土地神様に知らないことがあるように、僕らも彼女について知らないことが多いと再確認できた。ある意味それが今回の騒動の収穫かな。

「……それにしてもサラのやつ、やけに遅いわね?」

 今回のことを脳内で雑にまとめてのんびりしていると、イザがそんなことを口にした。
 資料に夢中で忘れかけてたけど、言われてみればその通りである。
 お茶を淹れてくる、と言って離れていったけど、それにしては時間が掛かりすぎだ。


「お茶淹れてくるって言ってたけど……僕ちょっと様子見に――ッ!!」

 立ち上がろうとした瞬間、何か悪寒が身体中を駆け巡った。
 背後から視線、いや殺気のようなものを感じる。
 こ、これは一体……!



「ぶっ殺すぞこの野郎」



 振り向くと、客間の扉が少しだけ開いていて、その隙間から怨念を厚塗りで固めたような恨みのこもる声の呪詛が聞こえた。
 どう見ても怨霊の類にしか見えないがあれは……先程までトイレの番人と化していた我が親友、フキである。

「な、なんだあの恐ろしい怪異は!?」
「じ、神通力で吹っ飛ばした方がいいかね?」
「二人とも落ち着いて。アレ怪異じゃなくてさっき言ってた僕の友達」
「ぶ、ぶっ殺すとか言ってませんでした!?」
「大方セキが綺麗な女性陣に囲まれているのが気にくわなかったんでしょ」
「フキ、三人とも怯えてるから普通に入ってきてくれー」
「あ、すいません。失礼しまーす」

 狼狽える三人を引き合いに出すと、フキはあっさりと殺気を納めて入室してきた。
 そして現れたのは爽やかな笑顔を浮かべたいつもどおりの筋肉ダルマ。あまりにも変わり身が早い。
 まあコイツとて美人を怖がらせるのは本意ではないだろうしな。

「あらためて紹介しますね。コイツがその資料を持ってきた友人、柊崎(フキザキ)です」
「どうも初めまして、綺麗なお嬢さん方。気軽にフキって呼んでくださいRAINやってる?」
「……なんだかノロイさんに似ている気がするな」

 リンギクさんが少し警戒気味にニシユキさんを背に隠した。
 たしかにフキとあの折り鶴はちょっと似ている所があるし、それも(むべ)なるかな。

「……セキは問題なさそうなのに何故俺は警戒されてるんだ?」
「普段の行いじゃないかしら」
「馬鹿な!? 俺ほど品行方正で謹厳実直、虚心坦懐な人間はそういないというのに……」
「ところかまわずナンパする野郎が品行方正だと思ってるなら今すぐ意味を調べ直せ」
「うるせえ! 文字通り国際色豊かな女子に囲まれて幸せそうにしてたテメエに言われたかねえんだよ!」

 金銀紅白で確かに国際色、いや国彩色豊かだったとは思うけど……え、僕そんな風に見えた?

「うーん……どっちかというと緊張しとったと思うよ?」
「と、神様も仰っておられますが?」
「美人の神様が言うなら間違いないな。ごめん」
「いいよ」
「……悪い人間(ダークサイド)ではなさそう、だな?」

 あっさりと謝るフキとあっさりと許す僕。
 そんな僕らの独特なノリについてこれていないのか、リンギクさんは困惑した様子である。
 しかしそのおかげか少しだけ警戒心が緩んだようで、その隙にニシユキさんが話しかけていった。

「あ、あのー……フキザキさん、でしたよね?」
「はい。なんでしょう綺麗なお姉様」
「き、筋肉凄いですね!!」
「え?」

 ……ニシユキさん?

「あ、間違えた。えっと、貴方がこの資料を作った人なんですよね?」
「そっすよ。アンタは……たしかニシユキさん、だったか。コイツらから話は聞いてますよ。大変だったみたいっすね」

 なんだか一瞬ニシユキさんから変な感じがしたけど……普通に話してるな。
 この人、少し気弱っぽいけどここ最近出会った人の中では凄くまともだからな。きっと気のせいだ、うん。
 ……今も何か口の端に涎のようなものが見え……見間違いだな! うん!

「あ、はい。……コレ、すごく読みやすかったです。ありがとうございました!」
「いえいえ……それ、返さなくても大丈夫ですよ。是非研究に役立ててください」
「え、いいんですか? ありがとうございます! それとその、ここに書いてあった別の資料なんですが……」
「ええ、また持ってきますよ。連絡先交換しましょうか」

 フキはニシユキさんと爽やかな笑顔で丁寧なやりとりを交わし、ちゃっかりと連絡先の交換までこぎつけた。
 すげえ、このやりとりだけ見るととても感じのいい好青年にしか見えない。
 だがヤツの本性を知っている身からするとアレは……

「「キモいな……」」

 イザも僕と同じことを考えたらしい。同時にそのまま言葉にしてしまった。
 しかし流石はフキ。そんな罵倒は聞き慣れているので涼しい顔をしている。

「あまり褒めるな。興奮するだろ」
「フキ、あんまり本性を出しすぎるとニシユキさんが引くからほどほどにね」
「既に引いてるから今更でしょ」
「つまり印象が下がってるから後は上がるだけってことだな」

 なんてポジティブな野郎だ。そういうところは羨ましい限りだよホント。

「べ、別に引いてないから大丈夫ですよ?」
「アンタのお従姉(ねえ)さん、優しいわね」
「そうだろうそうだろう」

 なんでリンギクさんがドヤ顔なんだろう。
 あまり胸を張られると目のやり場に困る……フキはガン見すんな少しは本性隠せ。

「……って、そんな話はいいんだよ。フキ、サラのこと見てない?」
「ん? さっきサラのばーちゃんと一緒に台所にいたぞ。晩飯の手伝いとか言って……あ、そうだ。よかったら皆ここで食ってけって言ってたな」

 そっか、そういえばそんな時間だったっけ。

「皆どうする?」
「せっかくだし、ご馳走になるわ」
「えっと、ご迷惑でなければ自分も……」
「ではボクもご相伴にあずかるとしよう」
「OK。じゃあ伝えるついでに僕も手伝ってこようかな」
「じゃ、俺も行くわ。トイレ借りた分働くぜ」
「飯作りに行くのにトイレの話するんじゃねえよ」

 そもそもトイレを借りたから手伝うという時点でよく分からないけども。
 まあともかく、フキと僕でキッチンへと向かうことになった。



         〇〇〇



「――ってことで、皆ご馳走になるそうです」
「伝えてくれてありがとうねぇ。ちゃちゃっと作っちゃうから、向こうで待っておいていいよ」
「いやいや、手伝いますよ」
「あら、じゃあお願いしちゃおうかしら。でも他の子達もいるんだから、少しだけでいいからねえ」
「分かりました」

 キッチンで野菜を切るアザミさんに話をしてから、隣のシンクで手を洗う。
 こうした手伝いは神社で掃除をした後、偶に行っているからもう慣れたものである。

 一方、僕とアザミさんの背後では――

「――ジブンは匂いという点では男より女が良いと思っているが、お前はどう思う?」
「俺もそう思っちゃいるが……そこは個人の好みだな。野郎でも良い匂いのやつはいるとは思う。だが……」

「「『男の匂いを嗅ぐ』という事実が邪魔になる」」

「!! やっぱお前とは気が合いそうだな!」
「フッ……どうやら俺達は親友になれそうだ……!」

「「ハッハッハッハ!!」」

 盛り付け皿を拭くフキとその肩に乗る折り鶴の高笑いが響く。
 ……馬鹿とバカが意気投合しちまったよ。

「楽シーのはイイケド、手を動かせヨー?」
「「すんません」」

 そんな馬鹿共をサラが軽く叱った。
 いつもは注意される側の彼女がああいった立場にいるのは正直かなり珍しい気がするな。

「オバァチャン、セッチャン。ワタシも手伝うヨ」
「あらありがとう。じゃあお米炊いてくれる?」
「リョーカイ!」

 サラは元気よく返事をすると炊飯器から中釜を取り出しに行った。
 アイツ料理下手だったような……あ、でも最近は料理の勉強してるとか言ってたな。アザミさんもいるし、まあ問題ないか。

「最近、動画でColoring Riceって見たから試したいんだよネ」
「待たんかい」

 問題ありそうな呟きが聞こえたので即止めた。
 勉強は難航しているようだ。


 ――ドタドタドタッ!


「――ん?」

 サラが妙なことをしないように見張っていると、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。
 今度はなんだよ……と呆れ気味に目を向けたところで丁度引き戸が開いた。
 そこに立っていたのは……リンギクさん?

「ドシタノ? お腹スイタ?」
「い、いや違うんだ。ええっと……説明が難しいな。と、とりあえずフキザキ先輩をお借りしてもいいだろうか!?」
「俺? いいけど……」
「ありがとう! では失礼した!」

 お礼を言うや否や、リンギクさんはフキの腕を掴んでノロイさん諸共連れていってしまった。
 ……なんだったんだ?



 そんな場面が挟まりつつ、料理は無事完成。
 さっきフキが拭いてくれた大皿に盛りつけて、サラと一緒に客間へと運び始めた。
 アザミさんが張り切ったおかげか、量が多くて重い。運べない重さじゃないけどさ。

「……にしても、とんだ災難(サイネン)でござったナ、セッチャン。Drop Bookからここまでのコトになるなんて」

 慎重に運ぶため足取りを少し重くしながら廊下を歩いていると、前を歩くサラが軽い調子でそんなことを言ってきた。
 ここまでのことを振り返るような言葉に、僕も今回のことを思い返した。

 落とした本、土地神様との出会い。それから本を探して、リンギクさんとニシユキさん達にも会って、呪いの件を解決して……。
 まあ、時々焦ったりもしたけど……。

「災難ってほどでもなかったかな。色々あったけど面白かったし」

 サラの言葉に答えるように……いや、零れ落ちるように本心から言葉が出てきた。
 うん、まあ……なんやかんやで面白かったし楽しかった。この言葉に尽きるね。

「マ、ソーダネ! ワタシも面白かタヨ。Dataも残ってるらしーし、全部解決ですナ」

 明るく笑うサラにつられるように僕も笑った。
 ……しかし、脳裏に引っ掛かっていることが一つだけあった。
 それはニシユキさんの創作意欲の問題だ。
 本人の問題だし、僕が何もできない事は分かっている。が、呪いや諸々のことが済んでそこだけ解決できていないというのは……少しむず痒い気分だ。

 どうにかできないものか……と思っていたところで客間の前に到着した。

『……で、もう少し……』
『これ…………アンタらが……』

 ……なんか中が騒がしいな?
 サラと一緒に顔を見合わせて首を傾げてから、扉を開けた。
 中に入ると――


 上着をはだけさせ、少し肌を露出させたフキ。
 それを真剣な表情で写真に収めているニシユキさんとキリさん。
 撮影を手伝うようにスマホのライトで光源の調整をするリンギクさん。
 そしてそれらを視界に入れまいとテレビを見ているイザと折り鶴。


 ……そんな謎の光景が広がっていた。


 サラと一緒に少しだけ固まった後で事情を聞いたところ、フキの筋肉を見たニシユキさんの創作意欲が湧き上がってきたらしい。
 それで急遽フキを連れてきて撮影会を始めたようで、無事新作を描く気力を取り戻したようだ。
 ちなみにイザとノロイさんは一ミリも興味がないのでテレビを見始めたとのこと。

 これにて見事全ての問題は解決……したのは喜ばしいけど、晩飯前に、というか人の家で何してんだホント。




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『……はあ……』
 イザが最後のページをテーブルに置いてから、全員で息を漏らした。
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「あー目が疲れた……フキのやつ、ホントよくこんなモン作ったな」
「作ったの昨日の今日よね。こんだけやれば体調も悪くなるのも当然だわ」
「フッ……文字を読みすぎて頭が痛いな!」
「後で別の資料についても聞かなきゃ……」
 ぐったりしている高校生組と違い、ニシユキさんは真剣な目でメモを取っている。大学生ってすげえなぁ……。
「あはは……皆、お疲れじゃねえ」
「キリさんもお疲れ様です。解説、ありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ、色々見れて懐かしかったよ。ありがとね」
 礼に礼を返してきたキリさんも疲れた様子は見せず、和やかな笑みを浮かべている。神様ってすげえな……。
 まあ、普段から読書(?)していることや年の功というのもあるかもしれないが、神社の建設当初からいるらしい神様のキリさんからすればこの資料に書かれていることは知っていて当然のこと。アルバムを流し見していたようなものと考えると、そこまで疲れてもいないのは自然かもしれない。
 ともかく、昨日に引き続き土地神様に知らないことがあるように、僕らも彼女について知らないことが多いと再確認できた。ある意味それが今回の騒動の収穫かな。
「……それにしてもサラのやつ、やけに遅いわね?」
 今回のことを脳内で雑にまとめてのんびりしていると、イザがそんなことを口にした。
 資料に夢中で忘れかけてたけど、言われてみればその通りである。
 お茶を淹れてくる、と言って離れていったけど、それにしては時間が掛かりすぎだ。
「お茶淹れてくるって言ってたけど……僕ちょっと様子見に――ッ!!」
 立ち上がろうとした瞬間、何か悪寒が身体中を駆け巡った。
 背後から視線、いや殺気のようなものを感じる。
 こ、これは一体……!
「ぶっ殺すぞこの野郎」
 振り向くと、客間の扉が少しだけ開いていて、その隙間から怨念を厚塗りで固めたような恨みのこもる声の呪詛が聞こえた。
 どう見ても怨霊の類にしか見えないがあれは……先程までトイレの番人と化していた我が親友、フキである。
「な、なんだあの恐ろしい怪異は!?」
「じ、神通力で吹っ飛ばした方がいいかね?」
「二人とも落ち着いて。アレ怪異じゃなくてさっき言ってた僕の友達」
「ぶ、ぶっ殺すとか言ってませんでした!?」
「大方セキが綺麗な女性陣に囲まれているのが気にくわなかったんでしょ」
「フキ、三人とも怯えてるから普通に入ってきてくれー」
「あ、すいません。失礼しまーす」
 狼狽える三人を引き合いに出すと、フキはあっさりと殺気を納めて入室してきた。
 そして現れたのは爽やかな笑顔を浮かべたいつもどおりの筋肉ダルマ。あまりにも変わり身が早い。
 まあコイツとて美人を怖がらせるのは本意ではないだろうしな。
「あらためて紹介しますね。コイツがその資料を持ってきた友人、柊崎《フキザキ》です」
「どうも初めまして、綺麗なお嬢さん方。気軽にフキって呼んでくださいRAINやってる?」
「……なんだかノロイさんに似ている気がするな」
 リンギクさんが少し警戒気味にニシユキさんを背に隠した。
 たしかにフキとあの折り鶴はちょっと似ている所があるし、それも宜《むべ》なるかな。
「……セキは問題なさそうなのに何故俺は警戒されてるんだ?」
「普段の行いじゃないかしら」
「馬鹿な!? 俺ほど品行方正で謹厳実直、虚心坦懐な人間はそういないというのに……」
「ところかまわずナンパする野郎が品行方正だと思ってるなら今すぐ意味を調べ直せ」
「うるせえ! 文字通り国際色豊かな女子に囲まれて幸せそうにしてたテメエに言われたかねえんだよ!」
 金銀紅白で確かに国際色、いや国彩色豊かだったとは思うけど……え、僕そんな風に見えた?
「うーん……どっちかというと緊張しとったと思うよ?」
「と、神様も仰っておられますが?」
「美人の神様が言うなら間違いないな。ごめん」
「いいよ」
「……|悪い人間《ダークサイド》ではなさそう、だな?」
 あっさりと謝るフキとあっさりと許す僕。
 そんな僕らの独特なノリについてこれていないのか、リンギクさんは困惑した様子である。
 しかしそのおかげか少しだけ警戒心が緩んだようで、その隙にニシユキさんが話しかけていった。
「あ、あのー……フキザキさん、でしたよね?」
「はい。なんでしょう綺麗なお姉様」
「き、筋肉凄いですね!!」
「え?」
 ……ニシユキさん?
「あ、間違えた。えっと、貴方がこの資料を作った人なんですよね?」
「そっすよ。アンタは……たしかニシユキさん、だったか。コイツらから話は聞いてますよ。大変だったみたいっすね」
 なんだか一瞬ニシユキさんから変な感じがしたけど……普通に話してるな。
 この人、少し気弱っぽいけどここ最近出会った人の中では凄くまともだからな。きっと気のせいだ、うん。
 ……今も何か口の端に涎のようなものが見え……見間違いだな! うん!
「あ、はい。……コレ、すごく読みやすかったです。ありがとうございました!」
「いえいえ……それ、返さなくても大丈夫ですよ。是非研究に役立ててください」
「え、いいんですか? ありがとうございます! それとその、ここに書いてあった別の資料なんですが……」
「ええ、また持ってきますよ。連絡先交換しましょうか」
 フキはニシユキさんと爽やかな笑顔で丁寧なやりとりを交わし、ちゃっかりと連絡先の交換までこぎつけた。
 すげえ、このやりとりだけ見るととても感じのいい好青年にしか見えない。
 だがヤツの本性を知っている身からするとアレは……
「「キモいな……」」
 イザも僕と同じことを考えたらしい。同時にそのまま言葉にしてしまった。
 しかし流石はフキ。そんな罵倒は聞き慣れているので涼しい顔をしている。
「あまり褒めるな。興奮するだろ」
「フキ、あんまり本性を出しすぎるとニシユキさんが引くからほどほどにね」
「既に引いてるから今更でしょ」
「つまり印象が下がってるから後は上がるだけってことだな」
 なんてポジティブな野郎だ。そういうところは羨ましい限りだよホント。
「べ、別に引いてないから大丈夫ですよ?」
「アンタのお従姉《ねえ》さん、優しいわね」
「そうだろうそうだろう」
 なんでリンギクさんがドヤ顔なんだろう。
 あまり胸を張られると目のやり場に困る……フキはガン見すんな少しは本性隠せ。
「……って、そんな話はいいんだよ。フキ、サラのこと見てない?」
「ん? さっきサラのばーちゃんと一緒に台所にいたぞ。晩飯の手伝いとか言って……あ、そうだ。よかったら皆ここで食ってけって言ってたな」
 そっか、そういえばそんな時間だったっけ。
「皆どうする?」
「せっかくだし、ご馳走になるわ」
「えっと、ご迷惑でなければ自分も……」
「ではボクもご相伴にあずかるとしよう」
「OK。じゃあ伝えるついでに僕も手伝ってこようかな」
「じゃ、俺も行くわ。トイレ借りた分働くぜ」
「飯作りに行くのにトイレの話するんじゃねえよ」
 そもそもトイレを借りたから手伝うという時点でよく分からないけども。
 まあともかく、フキと僕でキッチンへと向かうことになった。
         〇〇〇
「――ってことで、皆ご馳走になるそうです」
「伝えてくれてありがとうねぇ。ちゃちゃっと作っちゃうから、向こうで待っておいていいよ」
「いやいや、手伝いますよ」
「あら、じゃあお願いしちゃおうかしら。でも他の子達もいるんだから、少しだけでいいからねえ」
「分かりました」
 キッチンで野菜を切るアザミさんに話をしてから、隣のシンクで手を洗う。
 こうした手伝いは神社で掃除をした後、偶に行っているからもう慣れたものである。
 一方、僕とアザミさんの背後では――
「――ジブンは匂いという点では男より女が良いと思っているが、お前はどう思う?」
「俺もそう思っちゃいるが……そこは個人の好みだな。野郎でも良い匂いのやつはいるとは思う。だが……」
「「『男の匂いを嗅ぐ』という事実が邪魔になる」」
「!! やっぱお前とは気が合いそうだな!」
「フッ……どうやら俺達は親友になれそうだ……!」
「「ハッハッハッハ!!」」
 盛り付け皿を拭くフキとその肩に乗る折り鶴の高笑いが響く。
 ……馬鹿とバカが意気投合しちまったよ。
「楽シーのはイイケド、手を動かせヨー?」
「「すんません」」
 そんな馬鹿共をサラが軽く叱った。
 いつもは注意される側の彼女がああいった立場にいるのは正直かなり珍しい気がするな。
「オバァチャン、セッチャン。ワタシも手伝うヨ」
「あらありがとう。じゃあお米炊いてくれる?」
「リョーカイ!」
 サラは元気よく返事をすると炊飯器から中釜を取り出しに行った。
 アイツ料理下手だったような……あ、でも最近は料理の勉強してるとか言ってたな。アザミさんもいるし、まあ問題ないか。
「最近、動画でColoring Riceって見たから試したいんだよネ」
「待たんかい」
 問題ありそうな呟きが聞こえたので即止めた。
 勉強は難航しているようだ。
 ――ドタドタドタッ!
「――ん?」
 サラが妙なことをしないように見張っていると、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。
 今度はなんだよ……と呆れ気味に目を向けたところで丁度引き戸が開いた。
 そこに立っていたのは……リンギクさん?
「ドシタノ? お腹スイタ?」
「い、いや違うんだ。ええっと……説明が難しいな。と、とりあえずフキザキ先輩をお借りしてもいいだろうか!?」
「俺? いいけど……」
「ありがとう! では失礼した!」
 お礼を言うや否や、リンギクさんはフキの腕を掴んでノロイさん諸共連れていってしまった。
 ……なんだったんだ?
 そんな場面が挟まりつつ、料理は無事完成。
 さっきフキが拭いてくれた大皿に盛りつけて、サラと一緒に客間へと運び始めた。
 アザミさんが張り切ったおかげか、量が多くて重い。運べない重さじゃないけどさ。
「……にしても、とんだ災難《サイネン》でござったナ、セッチャン。Drop Bookからここまでのコトになるなんて」
 慎重に運ぶため足取りを少し重くしながら廊下を歩いていると、前を歩くサラが軽い調子でそんなことを言ってきた。
 ここまでのことを振り返るような言葉に、僕も今回のことを思い返した。
 落とした本、土地神様との出会い。それから本を探して、リンギクさんとニシユキさん達にも会って、呪いの件を解決して……。
 まあ、時々焦ったりもしたけど……。
「災難ってほどでもなかったかな。色々あったけど面白かったし」
 サラの言葉に答えるように……いや、零れ落ちるように本心から言葉が出てきた。
 うん、まあ……なんやかんやで面白かったし楽しかった。この言葉に尽きるね。
「マ、ソーダネ! ワタシも面白かタヨ。Dataも残ってるらしーし、全部解決ですナ」
 明るく笑うサラにつられるように僕も笑った。
 ……しかし、脳裏に引っ掛かっていることが一つだけあった。
 それはニシユキさんの創作意欲の問題だ。
 本人の問題だし、僕が何もできない事は分かっている。が、呪いや諸々のことが済んでそこだけ解決できていないというのは……少しむず痒い気分だ。
 どうにかできないものか……と思っていたところで客間の前に到着した。
『……で、もう少し……』
『これ…………アンタらが……』
 ……なんか中が騒がしいな?
 サラと一緒に顔を見合わせて首を傾げてから、扉を開けた。
 中に入ると――
 上着をはだけさせ、少し肌を露出させたフキ。
 それを真剣な表情で写真に収めているニシユキさんとキリさん。
 撮影を手伝うようにスマホのライトで光源の調整をするリンギクさん。
 そしてそれらを視界に入れまいとテレビを見ているイザと折り鶴。
 ……そんな謎の光景が広がっていた。
 サラと一緒に少しだけ固まった後で事情を聞いたところ、フキの筋肉を見たニシユキさんの創作意欲が湧き上がってきたらしい。
 それで急遽フキを連れてきて撮影会を始めたようで、無事新作を描く気力を取り戻したようだ。
 ちなみにイザとノロイさんは一ミリも興味がないのでテレビを見始めたとのこと。
 これにて見事全ての問題は解決……したのは喜ばしいけど、晩飯前に、というか人の家で何してんだホント。