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孵る

ー/ー



 私という人間の行動規範は、きっと十歳の頃に形成された。
 行動規範――要するに選択の基準が十歳の時点である程度確立したというのは、よくよく考えると結構なアドバンテージだったのかもしれない。
 その当時、おばあちゃんが癌にかかっていた。余命が幾許もないとのことで、私は父に連れられて、父の地元にある医療センターに向かった。
 おばあちゃんとの思い出は、決して多くない。父は故郷から離れたところに家庭を築いていたし、おばあちゃんと同居しているのは伯父夫婦だったため、私がおばあちゃんの家に連れて行かれるのは一年に一度か二度ほどのことだったからだ。
 おばあちゃんがもうすぐ死ぬ、と心の中で思ってもあまり悲しい気持ちにはならなかったし、新幹線に乗って三時間以上もかけて医療センターに向かうことが憂鬱だった。だから、部活の試合があるから、と免れることができた姉を恨めしくさえ思っていた。私の方は、ピアノのレッスンを休まされたというのに。
 健康だった頃のおばあちゃんは物知りで、手先が器用で、適度なちゃめっ気もあったけれど、怒るととても怖い人だった。親しみの感情が畏れを上回ることは、決してなかった。
 けれどその日、白い個室の白いベッドに水色の患者服を着せられて横たわっていたおばあちゃんは悲惨なほど痩せ細っていて、それはすでに私の知っているおばあちゃんではなかった。そこにいる人は、生きているのではなく生かされているのだと、幼いながらにそんなことを思った。
 父が事務手続きのため病室を出て、私は目を瞑って横たわっているおばあちゃんを見つめながら椅子に座っていた。すると、不意におばあちゃんが目を開けて、「深澄(みすみ)」と私の名前を呼んだ。
「久しぶりだね」
 うん、と私は言った。かつての面影がちらついて、息が苦しいような、居心地が悪いような、複雑な気持ちになった。
「いくつになったんだっけ」
 十歳、と答えると、おばあちゃんは「そうか」と言った。そして突然痰の絡んだような咳をした。それは思わず耳を塞ぎたくなるような不吉な音で、私はとてもびっくりした。
「最後に顔を見れてよかったよ」
 こんなおばあちゃん、とこのとき、心の中でぼんやりと思ったのを覚えている。
 こんなおばあちゃん、私は見たくなかった。
「おばあちゃん、死んじゃうの?」
 それは、本来であれば言ってはいけない類の言葉だっただろう。当時の私にもうっすらとそう認識していた。けれど、そう訊ねずにはいられなかった。
「そうだね」
 とおばあちゃんは言った。それきり、沈黙が訪れた。どこかで〈エリーゼのために〉が流れていた。
「怖くない? 死ぬのって」
 それもまた、本来であれば――少なくとも父がそばにいたら――絶対に口にするはずのない言葉だった。まだ、死という概念を得体の知れない真っ黒な恐怖としか捉えていなかった当時の私だから、悪気も抵抗もなく、そうやっておばあちゃんの心境を確かめられたのだと思う。
「怖くないよ」
 乾いた声は、枯れ葉のように軽かった。おばあちゃんが息を吸う気配を感じて、私は唇を閉ざしたまま待った。
「なにも、残さなかったから」
「残さなかった?」
 と私は訊ねた。
「誰にも、なにも押し付けずに、全部、自分で、ひ、引き受けたからね」
 そこまで言って、おばあちゃんはもう一度痰の絡んだ咳をした。今度は私も驚かなかった。
「おじいちゃんと一緒だったのに?」
 おばあちゃんの言っている意味はよくわからなかったけれど、言葉の中に孤独な気配を感じた私は、ほとんど反射的にそう訊ねていた。
おばあちゃんは、ベッドの上で弱々しく首を振った。目を閉じて、口許を穏やかに結びながら。
「一緒にいることと、甘えることは、違うんだよ。あなたには、まだ難しいかもしれないね」
 実際、それは当時の私にとって難しい言葉だった。それどころか、今でさえ正しく理解できているとは言えないかもしれない。私が黙っていると、おばあちゃんは「とにかく」と続けた。
「今日まで、自由に生きてこれた。死ぬのなんて、怖くないよ」
 きっと、それがおばあちゃんにとって核心的な言葉で、私に示したメッセージだった。そのことを当時の幼い私はほとんど直感的に感じとっていて、チューブに繋がれて横たわっている目の前のおばあちゃんへの拒否的な感情も、いつの間にか消え失せていた。
 おばあちゃんは、もう一度私の名前を呼んだ。
「だからね、もし、誰かが私のことを、『かわいそうに』って言っていたらね、あなただけでも、『そんなことないよ』って、こ、心の中で、そう思ってちょうだい」
 私は何度も頷いた。どうしてか言葉が出なくて、おばあちゃんの薄く乾いた手を両手で優しく握った。
 それがおばあちゃんとの最後のやりとりだった。二週間後、私は再び三時間もの間新幹線に揺られて通夜に参加した。ゴールデンウィークが明けてすぐのことだった。誰かが「まだ若いのにお気の毒に」と暗い顔をして話していたのを耳にすると、心の中で『そんなことないよ』と思うことができた。次の日は学校があったから、葬儀には参加できなかった。
 
 おばあちゃんの死という不幸が時の流れと共に日常に希釈されていっても、病室で交わしたやりとりの記憶だけは薄まらずに残っていた。きっとあのとき、おばあちゃんの思いが私の中で閉ざされていた扉を開いたのだと思う。そこから流れ込む空気が少しずつ私の中を循環し、時間をかけて行き渡っていった。
そして気がつけば、一つの認識が産み落とされていた。
〈誰にも甘えなければ、自由に生きられる〉
 おばあちゃんの真意がどこにあったのか、それを知る術はない。けれどとにかく、最終的に私の中で病室のおばあちゃんの姿と強く結びついたのがそのような言葉で、当時の私に植え付けられた原初の自意識だった。
私は私なりに人に甘えることのないよう努めた。わからないことがあれば自分で調べて、なにか失敗をしてしまっても言い訳をせず、「深澄ちゃんはしっかりしてるね」と言われるような振る舞いを意識した。そうすることで自由に生きられると、信じて疑っていなかった。
 
 そんな私が出会ったのが、夏芽だった。
 思えば、私がおばあちゃんの死という出来事を経て彼女と巡り会ったのは、小さな運命のようなものなのかもしれない。運命、という、綺麗で、幼稚で、ほのかに一方的な表現は、私があの子に対して抱いた感情を、ある意味ではとても正確に言い表している気がする。
 夏芽は、かけがえのない友達だ。そして、私の理想を投影し、願いを託して作り上げた、唯一無二のだった。



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次のエピソードへ進む 和久井夏芽


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 私という人間の行動規範は、きっと十歳の頃に形成された。
 行動規範――要するに選択の基準が十歳の時点である程度確立したというのは、よくよく考えると結構なアドバンテージだったのかもしれない。
 その当時、おばあちゃんが癌にかかっていた。余命が幾許もないとのことで、私は父に連れられて、父の地元にある医療センターに向かった。
 おばあちゃんとの思い出は、決して多くない。父は故郷から離れたところに家庭を築いていたし、おばあちゃんと同居しているのは伯父夫婦だったため、私がおばあちゃんの家に連れて行かれるのは一年に一度か二度ほどのことだったからだ。
 おばあちゃんがもうすぐ死ぬ、と心の中で思ってもあまり悲しい気持ちにはならなかったし、新幹線に乗って三時間以上もかけて医療センターに向かうことが憂鬱だった。だから、部活の試合があるから、と免れることができた姉を恨めしくさえ思っていた。私の方は、ピアノのレッスンを休まされたというのに。
 健康だった頃のおばあちゃんは物知りで、手先が器用で、適度なちゃめっ気もあったけれど、怒るととても怖い人だった。親しみの感情が畏れを上回ることは、決してなかった。
 けれどその日、白い個室の白いベッドに水色の患者服を着せられて横たわっていたおばあちゃんは悲惨なほど痩せ細っていて、それはすでに私の知っているおばあちゃんではなかった。そこにいる人は、生きているのではなく生かされているのだと、幼いながらにそんなことを思った。
 父が事務手続きのため病室を出て、私は目を瞑って横たわっているおばあちゃんを見つめながら椅子に座っていた。すると、不意におばあちゃんが目を開けて、「|深澄《みすみ》」と私の名前を呼んだ。
「久しぶりだね」
 うん、と私は言った。かつての面影がちらついて、息が苦しいような、居心地が悪いような、複雑な気持ちになった。
「いくつになったんだっけ」
 十歳、と答えると、おばあちゃんは「そうか」と言った。そして突然痰の絡んだような咳をした。それは思わず耳を塞ぎたくなるような不吉な音で、私はとてもびっくりした。
「最後に顔を見れてよかったよ」
 こんなおばあちゃん、とこのとき、心の中でぼんやりと思ったのを覚えている。
 こんなおばあちゃん、私は見たくなかった。
「おばあちゃん、死んじゃうの?」
 それは、本来であれば言ってはいけない類の言葉だっただろう。当時の私にもうっすらとそう認識していた。けれど、そう訊ねずにはいられなかった。
「そうだね」
 とおばあちゃんは言った。それきり、沈黙が訪れた。どこかで〈エリーゼのために〉が流れていた。
「怖くない? 死ぬのって」
 それもまた、本来であれば――少なくとも父がそばにいたら――絶対に口にするはずのない言葉だった。まだ、死という概念を得体の知れない真っ黒な恐怖としか捉えていなかった当時の私だから、悪気も抵抗もなく、そうやっておばあちゃんの心境を確かめられたのだと思う。
「怖くないよ」
 乾いた声は、枯れ葉のように軽かった。おばあちゃんが息を吸う気配を感じて、私は唇を閉ざしたまま待った。
「なにも、残さなかったから」
「残さなかった?」
 と私は訊ねた。
「誰にも、なにも押し付けずに、全部、自分で、ひ、引き受けたからね」
 そこまで言って、おばあちゃんはもう一度痰の絡んだ咳をした。今度は私も驚かなかった。
「おじいちゃんと一緒だったのに?」
 おばあちゃんの言っている意味はよくわからなかったけれど、言葉の中に孤独な気配を感じた私は、ほとんど反射的にそう訊ねていた。
おばあちゃんは、ベッドの上で弱々しく首を振った。目を閉じて、口許を穏やかに結びながら。
「一緒にいることと、甘えることは、違うんだよ。あなたには、まだ難しいかもしれないね」
 実際、それは当時の私にとって難しい言葉だった。それどころか、今でさえ正しく理解できているとは言えないかもしれない。私が黙っていると、おばあちゃんは「とにかく」と続けた。
「今日まで、自由に生きてこれた。死ぬのなんて、怖くないよ」
 きっと、それがおばあちゃんにとって核心的な言葉で、私に示したメッセージだった。そのことを当時の幼い私はほとんど直感的に感じとっていて、チューブに繋がれて横たわっている目の前のおばあちゃんへの拒否的な感情も、いつの間にか消え失せていた。
 おばあちゃんは、もう一度私の名前を呼んだ。
「だからね、もし、誰かが私のことを、『かわいそうに』って言っていたらね、あなただけでも、『そんなことないよ』って、こ、心の中で、そう思ってちょうだい」
 私は何度も頷いた。どうしてか言葉が出なくて、おばあちゃんの薄く乾いた手を両手で優しく握った。
 それがおばあちゃんとの最後のやりとりだった。二週間後、私は再び三時間もの間新幹線に揺られて通夜に参加した。ゴールデンウィークが明けてすぐのことだった。誰かが「まだ若いのにお気の毒に」と暗い顔をして話していたのを耳にすると、心の中で『そんなことないよ』と思うことができた。次の日は学校があったから、葬儀には参加できなかった。
 おばあちゃんの死という不幸が時の流れと共に日常に希釈されていっても、病室で交わしたやりとりの記憶だけは薄まらずに残っていた。きっとあのとき、おばあちゃんの思いが私の中で閉ざされていた扉を開いたのだと思う。そこから流れ込む空気が少しずつ私の中を循環し、時間をかけて行き渡っていった。
そして気がつけば、一つの認識が産み落とされていた。
〈誰にも甘えなければ、自由に生きられる〉
 おばあちゃんの真意がどこにあったのか、それを知る術はない。けれどとにかく、最終的に私の中で病室のおばあちゃんの姿と強く結びついたのがそのような言葉で、当時の私に植え付けられた原初の自意識だった。
私は私なりに人に甘えることのないよう努めた。わからないことがあれば自分で調べて、なにか失敗をしてしまっても言い訳をせず、「深澄ちゃんはしっかりしてるね」と言われるような振る舞いを意識した。そうすることで自由に生きられると、信じて疑っていなかった。
 そんな私が出会ったのが、夏芽だった。
 思えば、私がおばあちゃんの死という出来事を経て彼女と巡り会ったのは、小さな運命のようなものなのかもしれない。運命、という、綺麗で、幼稚で、ほのかに一方的な表現は、私があの子に対して抱いた感情を、ある意味ではとても正確に言い表している気がする。
 夏芽は、かけがえのない友達だ。そして、私の理想を投影し、願いを託して作り上げた、唯一無二の《《作品》》だった。