新しいカフェのドアをくぐると、ほのかに甘い香りが漂い、窓際の席には柔らかな陽射しが降り注いでいた。店内の壁には、手作りの石の彫刻が飾られ、そのうちの一つには、欠けた部分が目立つものがあった。「ようこそ、金子珈琲へ。」カウンターの向こうから、優しい声が響く。美羽子はふと顔を上げ、目の前の店員に視線を移した。白いエプロンを纏い、控えめな笑顔を浮かべた青年——宏胤が、コーヒーカップを手に持ちながら、彼女を見つめていた。「何にしますか?」
「オパライトブレンドをください。」
「珍しいですね、このブレンドを頼む人は。」美羽子は少し微笑んだ。オパライト——まるで欠けた光を取り戻そうとするかのような、不思議な輝きを持つ宝石。それは、美羽子にとって、ある秘密の場所を思い出させるものだった。一方、店の奥では、いつきが窓際に座り、読書をしていた。彼の目の前には、さっきからずっと石の彫刻を観察している洋実の姿があった。「なんでそんなに気になるんだ?」
「この彫刻……元々は一つの完全な形だったはずなのに、何かが欠けてる。まるで——」
「俺たちみたいだな。」
「え?」洋実は驚いたように彼を見つめた。「過去に何かを失って、でも、それを受け入れながら前に進んでる。欠けたものと完全、どっちが正しいとかじゃなく、どっちも大事ってことさ。」その言葉に、洋実はふっと微笑んだ。確かに、自分たちは完璧ではない。それでも、それぞれが持つ「欠けたもの」を大切にしながら、共に歩んでいる。そこへ、宏胤が二人の前にコーヒーを置いた。
「この彫刻、気になりますか?」
「ええ。誰が作ったんです?」
「実は……ここでよくコーヒーを飲んでいたお客さんが、ある日ふと置いていったものなんです。でも、ある時彼はこう言いました——『これは未完成だから、いつか誰かが続きを完成させるんだ』って。」その言葉に、いつきと洋実は顔を見合わせた。欠けたままで終わるのか、それとも誰かが続きを作るのか。そんな話をしていると、突然——「うわっ!」
店の入口から、ビーチボールが飛び込み、思いがけずスタンリーの頭に直撃した。店内が一瞬静まり返る。「おいおい、なんだこれは!」
「すみません!」と、外から駆け込んできたのはセージだった。スタンリーは頭を押さえながら、恨めしそうにセージを睨んだ。
「お前……まさかこれ、わざとじゃないだろうな?」
「違うって!ただのアクシデント!」そんな騒ぎをよそに、美羽子はふと、彫刻を見つめながら考えた。この「未完成」の作品は、まるで「破壊の未来」を示唆しているようにも思える。でも、それをどうするかは、自分たち次第なのかもしれない——。目撃証言に隠された真実、欠けたものと完全、新しいカフェで出会った心温まる会話。そして——まるで未来を暗示するような石の彫刻の断片。「さて……私たちは、この続きをどうするべきかしら?」
美羽子の問いに、いつきは静かにコーヒーを啜りながら、目を細めた。「まずは、目の前のコーヒーを楽しむことからだな。」彼らは小さく笑い合いながら、それぞれの思いを胸に刻んだ。