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魔晶石の魔物

ー/ー



 転移魔法が刻まれたスクロールを使い、目的地の近く、以前は傭兵の詰め所もあった小さな村の跡地にマークは降り立った。寂しく崩れた家屋は雪で埋もれ見る影もない。
激しい吹雪が嵐のように唸り、目深(まぶか)に被ったマークの外套(がいとう)を激しく揺らしている。

「うぅっ!さすがの寒さだね。凍ってしまう前に移動しなきゃ。」

視線を北へ。
吹雪でわずかな先しか確認できないが、大きな建物はその黒い影をうっすらと蜃気楼のように映し出す。そこまでの距離はわずかなように見えるが、足元は深い雪。思っているよりも時間はかかりそうであった。

ザクザクと雪を踏みしめ小一時間―。
突然吹雪が止み、伏せていた頭を上げ、確認する。
入り口に設けられた松明が揺らめき、灰色の石のでできた天を貫く高さを持つ塔がその姿をはっきりとあらわした。

入り口には扉は無くそのまま中へ入れた。冷たい廊下を進むと、温かい空気が漏れだす大きな両扉があり、部屋の中にはいると、そこは塔の形に合わせて作られた円形状の大きなホール。中央には暖房として使っているだろう温かい空気を生み出す大きな魔晶石が設置され、ホールの外周にいくつか扉があり、きれいに部屋が作られている。…似つかわしくないのはいつ造られたかわからない古い階段が魔晶石を囲むように上へ続いている様だ。

「…さて、誰かいるかな?」

と、キョロキョロと周りを見渡した。が、人の気配はない。「すみません」と声を上げようとした瞬間、

ドッカーーーン!!!

大きな音と共に奥にある部屋の扉が吹っ飛んだ。

「けほっけほっ…いけない、また失敗。うー…」

ひとりの女性が煙にまみれ、煤だらけになりながら部屋の中から這いずるように出てきた。突然のことで驚きはしたが、マークは急いでその女性に駆け寄り、起こす。

「大丈夫?すごい音だったけど、怪我はない?」

「あ、ありがとうございま、す。えっと、貴方は…?」

所々焦げてしまっているが、群青色のセミロングの柔らかい髪と黒い瞳を持つ彼女の名はルナ・ノースフィールド。討伐の依頼主であり、【氷炎(ひょうえん)(みやこ)】エンカの王家の第一王女だ。

「ちょっと!ルナ?!またなんかやったの?!」

「懲りないですね、ルナは。あら?もしかして討伐の…?」

爆発音を聞きつけ、別の部屋から出てきた女性2人。
元気よくルナを𠮟りつける金髪でショートカットの女性はイルハ、その後ろをクスクスと笑いながらついてきた女性はルルハ、茶色のゆるい巻き髪がゆれる。ふたりの青い瞳がマークに向けられた。

「ごめんね、イルハ、ルルハ。また間違えちゃった。えへへ。」

「もう…驚かせちゃって悪いね。この子いつもこうなんだよねぇ。」

「ルナのことは任せるね、イルハ。…貴方はマークさんですね?」

イルハに支えられ別室に移動するルナを見送り、マークはルルハに付いて、応接室として使われているだろうちょっと高そうなソファとテーブルのある部屋に案内された。

すでにマークより先にここへ到着し、くつろぐ男女がいた。
ふたり掛けのソファに太々しく深く腰掛け、もてなされたワインを豪快にグラスにそそぎ、飲み干す黒髪隻眼の大男と、色素の薄い肌と紫の髪、赤い瞳が美しいメガネをかけた知的な印象の女性。

「こちらは討伐に同行していただくハザンさんとユキミさんです。」

「僕はマーク。よろしくね。」

軽く挨拶をし、ルルハにうながされ着席するマーク。そんな彼をみてハザンは鼻で笑う。

「どんな奴かと思えばひょろひょろのエルフじゃねえか。そんなほっせぇ腕で役に立つのか?」

「ちょっとハザン!そんな言い方するんじゃないわよ、失礼でしょ!」

ふたりはどうやら知り合い―というよりも深い仲のようだ。ユキミの小言をいつものことの様に右から左へ受け流して聞いているハザン。そんな様子をマークはほほ笑みながら観察する。

扉が開き、先ほど別室に移動したイルハとルナが入室した。どうやら着替えをしていたらしい、さすがに依頼主としてあのままの姿では人前には出られないからだろう。

「皆さんお揃いになりましたので、今回の討伐について説明させていただきます。」

【魔晶石の塔】
古の時代、突如現れた膨大な魔力が宿る魔晶石。その力が土地に宿り、周辺の岩や石を巻き込み変化し、天へ向かって成長を続ける塔へと変貌した。当時の統治者が先遣隊を送り、発見したのは豊富な魔力を帯びた魔晶石の原石。その後の調査で、どうやって出来たのかはわからないが、階段も生成されているのが分かり、素材たちに魅入られた人々は上へ上へと導かれるように原石を採掘するようになった。もちろん、その魔力に魅入られたのは人だけではない。はじめは寒さをしのぐ為に入り込んだ小動物や羽虫、階層が上がるにつれて増えていった事故で亡くなった人間の魂。あてられた魔力で魔物へと形を変え、採掘の際の障害となった。その中でも厄介なものがひとつ。
媒介を必要とせず、自然発生した魔力そのものでできた特殊個体。

「現在この塔の最高採掘階層は10階です。そこから下は原石の採掘は完了し、採掘道具を置いてるだけの広場になっているのですが…最近、7階層に新たな魔物が住み着いたことが分かりました。」

「定期的に調査として私の召喚獣を送り込むのですが、7階層に入ったところで消滅。」

「なーんにもないはずの7階層に魔物が生まれるってのはありえないの。おそらく、高層で新たな特殊個体が生まれた可能性がある、って予想ね。」

ユキミとハザンは目を合わせてニヤリと笑った。

「【コア】持ちだな?だから俺たちを選んだってわけか。」

「なるほどってかんじね。【トレジャーハンター】としてはその【コア】は喉から手が出るほど欲しいもの。」

「(トレジャー…凄腕の二人組がいるってのは聞いたことがあるけどこの人たちなんだ。どおりで…見慣れない珍しい装備品を身に着けてるわけだ。腕は立つのはわかるけど、討伐隊という割に人数があまりにも少ない。わけがあるのかな?)」

【トレジャーハンター】
モンスターと呼ばれるものには2種類ある。『魔物』と『魔族』。
魔物のほとんどは獣から禍々しく拡張した容姿をしたもの。言語は無く、意志というよりは本能で生きているもの。
魔族は人と同様の意志と言語を用いて組織的に動き、独自の技術を持ち、成長させ生きるもの。
トレジャーハンターは、その魔族が抱え込んでいる特殊な技術で生み出された道具、【魔道具】や宝石を求めて世界を巡る冒険者のことを指す。
魔物は倒しても利益は出にくく、わざわざ討伐をすることはないのだが、稀に最上級の『お宝』を宿しす個体がいる。それが今回で言う特殊個体。売れば500万G(ゴールド)以上の価値を持ち、道具として使えば冒険者を護る最強の盾となる。

「ま、なんでもいいさ。最近つまらねぇ討伐しかしてなかったし、暇つぶしにはなるだろ。」

どんな相手でも関係ない、と言わんばかりの余裕を見せるハザン。グラスに残ったワインを一気に飲み干し、

「出発は明朝だ、俺はもう寝る。」

話半ばで部屋を出ていく。ユキミは呆れたようにため息をついた。

「ごめんなさいね、あの人いつも勝手で…頭が痛くなるわ、まったく。」

「い、いえ…大丈夫です。こちらも予定は明朝でしたし…そうですね、お疲れでしょうし、お開きにして、体を休めてください。」

ルナも仕方なくと言った様子で討伐の説明を終えるしかなかった。

**********

「なぁによあいつ!明日一緒に行くってマジ?」

「落ち着いてイルハ、腕は確かなんだから。」

ユキミを部屋をへ送った後、イルハが愚痴をこぼし、ルルハがなだめ、マークも部屋へ案内する。

「階段前に集合でいいのかな?」

「そ!なんかちゃんとした作戦立てれないままお開きになっちゃって…それもぜんぶあいつがぁ!ぐぬぬ!」

「イルハ、マークさんがこまってる。なるようになるわよ。では、また明日。おやすみなさい。」

ルルハにひっぱられてイルハたちも自室へ戻っていく。

勢いに負け、話に口をはさめずマークは少し困っていた。仕方なく部屋のドアを閉めようとした時、がちゃがちゃと割れたガラスがぶつかる音がホールに響いた。

「王族なのに、そういう片付けも自分でするんだね。」

「あ、マークさん、うるさくしてごめんなさい。…王族であれ、今は国も家族もいませんから。」

「ごめん、嫌味に聞こえちゃったかな。そういう意味じゃないんだ、えらいなってことで…」

ちょっとした失言。マークは慌てて取り繕うように言葉をかける。その様子が面白かったのか、ルナはクスクスと笑っていた。

「うふふ、大丈夫、わかってますから、気にしないで。ところで、何か御用ですか?」

用を聞かれ、マークはクロウからの頼まれていたお使いを思い出す。

「ルナさんにこれを渡してくれっていう色男がいてね、受け取ってもらえる?」

小さな袋をそっとルナの手に。紐を解き、中から出てきたのは三日月型の金細工に、星形に加工された群青色の宝石が埋め込まれたネックレス。

「きれい…あの、色男さんは存じ上げないですけど、もらっていいの、かな…。」

これはもしかして、と、マークはハッとして訂正する。

「あ、えっとね。クロウ、っていうやつのことなんだけど…わかる?」

「えっ?!クロウ?!あ、やだ、私ったら…わわ、わ、し、知ってます…はいぃ。」

色男、の認識はなかったようだが、クロウの名を聞いて気付いたルナのその顔は、みるみる赤くなっていった。気付かなかったことに対しての赤面ではないことは、ネックレスを見つめるルナの表情を見ればわかった。

「彼、生きてくれていたんだ、よかった。本当に―」

安堵した表情で、大事そうに握りしめている。
お使いを無事済ませたマークは話題を切り替えてルナに問う。

「口を挟まなかった僕もわるいんだけど、もうちょっと詳しく明日の討伐について聞きたいんだ。時間いいかな?」

「そ、そうですよね。ハザンさん…ちょっと怖くて私も流されちゃって…お茶を用意しますので、こちらに。」

ルナたちも人柄ではなく、実績と実力を見て依頼したのもあって、威圧的な態度と声をしてたハザンが苦手のようだ。

「あははは。女の子は確かに彼はちょっと怖いかもね。」

今頃ハザンはくしゃみでもしているのではなかろうか。
マークは温かいお茶で体を温めながら、ルナから詳細を聞き、意見を出し―夜が更けていった。

**********

明朝―。
戦闘用の装備をしてホールの中央にある大階段へ向かう。
すでにユキミとハザンは待機しており、退屈そうに階段を腰掛にして座っていた。

「おはよう、ユキミさん、ハザン。」

「おはよう、マークくん。今日はよろしくね。」

「おい、なぁんで俺だけ呼び捨てなんだよエルフ。」

「だって僕、年上だもん。」

冗談のように言っているが事実である。ハザンも言い返せず眉間にシワを寄せ苦い顔、そのやり取りを見てユキミは笑っていた。

「おまたせ!準備はいい?張り切っていこう!」

「おはようございます皆さん。出発する前に―」

討伐メンバーは3人だけではなく、イルハとルルハも含めた5人。ルナは留守番、万が一に備えて待機する。
ルルハが右手を前にだし、左手の甲に刻まれた印に魔力を込める。床に同じ印が灯り、そこから2体の小鳥が飛び出した。

「ルナに1羽預けます、何かあれば知らせてくれますので。」

「うん、わかった。気を付けて、いってらっしゃい。」

ルナに見送られ、5人は一歩ずつ階段を踏みしめ上層へ向かう。

壁の合間合間に作られた人工灯(じんこうとう)の明かりを頼りに階段を上っていく。2階層以降、階段は繋がって続いているわけではなく、ホールのどこかに自然と造られる。階段の入り口には松明が立てられているので迷うことなく進めた。

「それにしても不思議な場所よね。魔力で満ちて、その影響でっていうのはわかるけど…意志でも持ってるのかしら?」

「私達姉妹も調査員という形で塔でずっと研究していますが、わからないことばかり。わかっているのは、豊富な資源を生み出しながら成長している。」

「うちらにとっては有益な資源としてとらえてるこの原石もさ、ルナが言うには塔の排泄物なんじゃないかーとか、でっかい魔晶石に『塔を築く』魔法とか暗示がかかってて、その際に出たゴミが原石なんじゃないかぁとか。考察は色々。難しいことは姉さんたちに任せてるし、この辺は私の領分じゃないからはっきりこうです!ってのは言えないけどねぇ。」

そう言いながらイルハは軽くジャブをしながら独特なステップを踏む。彼女の両手には、甲に魔晶石が埋め込まれたグローブをしている。見た目は魔術師なはずなのに、不釣り合いな装備だ。

「ルルハがサポートして、イルハが戦闘を行う。ルナ王女の護衛もできて、知識も持って支えてるなんて、若いのにえらいね、いい子。」

と、イルハの頭を撫でるマーク。

「ちょ、急になにすんだっ!ばかっ!」

「…マークさんって、結構チャラいんですね?」

「ちゃ、チャラ…いかなぁ?あはは…」

ルルハの思いがけない一言にマークは少し傷ついていた。本人はそんなつもりはなく、強いて言えば年下の女の子が頑張っててえらいなぁ、妹みたいだなぁという感覚。そんな感じで道中はなんともにぎやかで穏やかだった。

「…おい。くっちゃべるのも終わりにしろ。」

それも、ここまで。

7階層へ上る階段の前、今まで一言も口を開かず先頭を進んでいたハザンが足を止め、4人を静止させる。

「空気が変わりやがった。油断すんじゃねぇぞ。ゆっくりでいいからついて来い。俺のうしろから前はぜってぇ出るなよ。」

「…彼ね、口は悪いし、自分勝手だけど、絶対に仲間は見捨てないの。意外でしょ?」

「へぇ…面白い人だね。」

少しいたずらっこのような笑みをしながら、小声でマークに耳打ちするユキミ。

「余計な事言ってんじゃねぇよユキミ。いいから先を照らせ!」

「あら、聞こえてた?ふふ、了解よ。闇夜を照らす光(ライト)!」

ユキミの左手の腕輪がロッドに変形し、パシッと握り、唱えた呪文に応えるようにロッドは光を放った。階段を通して照明魔法を等間隔に配置するように、7階層まで送り出す。
魔物が住み着いた影響か、今まであった人工灯(じんこうとう)は機能を失っていた。
明かりが灯った途端、階段から這い下りるようにして流れてきていた重たい空気が更に重いものに変わった、警戒されているのがわかる。

「もっとバレずに進めたんじゃないの?」

「いや、これが正解だよイルハ。ここまで暗くしてるってことは暗闇は相手の領分、明かりなしで進めばそれだけでもう死んだも同然。例え無事に上りきって、そこで明りをつけたとしても待ち伏せされていたら、目が慣れない内に襲われて確実に全滅するからね。」

「そういうことだ短髪、大人しく俺の後にいりゃあいい。」

マークの発言にキラキラしたと表情をしたかと思えば、ハザンの発言にはふてくされて、と、ころころと表情を変えるイルハ。

「落ち着いてね、イルハ。私たちは今回はフォローする側なんだから。」

「わかってるよ、姉さん。ちゃあんとマークの言うこと聞くもん。」

自信の役割を再確認し、ゆっくりとハザンの後ろに付いて階段を上る。煌々と明かりは輝き、道を照らしているはずなのだが、その暗闇はどこかおかしい。光さえ飲み込むような深い暗闇。

階段を上りきる。視覚では広さは確認できないが、肌に感じる空気と足音の反響で7階層へ踏み入ったことをわからせる。

「この数じゃ明かりの意味がないわね。どうする?増やす?」

「よく見ろユキミぃ…増やす方があぶねぇぞ。」

天井に一つの光のみ。その範囲外の先は一切見えない。あるはずの壁も、上層への階段も。光の下にあるのは自分たちの影…勝手に動くはずのない影。

範囲外に一番近いところにいたルルハの影が闇とつながってグニャグニャと動き出し、無数の黒い手が現れて連れ込もうと体に絡みついた。

「姉さん!!」

「イ、ルハっ…!来ちゃ、だめよっ」

「チッ!シャドウハンドか!ユキミっ!」

「まかせてっ…聖光浄化魔法(ホーリーライト)!!」

引きずり込まれそうになっているイルハの頭上に方陣が現れ、雲の切れ間から降り注ぐ光の如く神々しい輝きが黒い腕を貫き、溶けるように消えていく。拘束を解かれたルルハをイルハが光の下まで抱えて飛んだ。

「身軽だね、イルハ。さすが魔闘術の使い手。」

「えへへ、それほどでも…ってそんな話してる場合じゃない!」

「構えろっ!」

ギーギーと言う鳥のような声が天井から聞こえる。わずかに揺ら
いだ形のある闇が、勢いよく降ってくる。
立ち上がることがいまだできていないルルハとイルハの元へ素早く移動したハザンはふたりを庇うように落ちてくる黒い塊を大剣で払い落とした。その中のひとつ、当たり所が悪かったのか、あえて切り落としたのか…グチャリと音を立てて肉片と羽が液体と共に床を汚す。

「デーモン…ガーゴイル…?」

ユキミが歪んだ表情で落ちたそれを見て呟いた。

「聞いたことないな…ユキミさん、こいつは―」

「とんでもないわよ…こいつらは単独で生きてる魔物じゃないの。とある魔物から自然発生する影の眷属…」

「はっ!大物じゃねぇの…腕がなるわっ!!」

話をする間もなく、暗闇の中から赤黒い肌をし、筋肉の浮き出た太い足が一歩、姿を見せる。鋭く大きなその爪は床にめり込み、その重さと力強さを見せつけるようにひび割れた。
周囲を覆っていた暗闇が吸い込まれて行くようにその巨体に吸収されていく。

「闇の中で食べようと思ってたみたいだけど、シャドウハンドもガーゴイルも失敗したからあきらめて姿を見せたってところかな?闇そのものも自分の中に取り込み、糧にして、確実に。」

「んなこまけぇことはいいんだよ。単純に俺たちの力にビビったんだろ。」

「まぁた何言ってるのよ…まだそんなに動いてもないんだからあのデーモンがビビるわけないでしょ。」

明かりに照らされ、現れた姿は筋肉の化け物。全身の筋肉には血管が浮き出て、ビクンビクンと脈打つ。人と牛の中間のようなその顔についている口から吐き出される息は熱を帯びて白い湯気となり、天井に向かって消える。赤く光る獣の目で5人を品定めしているようにギラリと血走っていた。

「シャドウブラッドデーモン…堅そうで厄介ね。さて、どうするハザン?」

「さっさと俺に身体強化魔法かけろユキミ。マーク、眷属までは面倒見れねぇ、任せるぞ。イルハ、ルルハ、お前らはマークのサポートだ。でけぇのは俺とユキミでやるから心配すんな、いいか!」

「「了解」」

「わ、わかった」

ハザンの指示で全員が構え、戦闘が始まる。

ユキミはロッドに複数の身体強化魔法を唱えて、溜める。速度、筋力、防御、回避…すべて唱え終わるとハザンに向かってロッドを振るう。じんわりと全身を覆うようにハザンの体が光る。

「ハザン、僕からおまけしてあげるよ。」

パチンッとマークが指を鳴らすと、緑色の光の蝶がハザンの体を足元から現れ、全身を螺旋状に舞い上がり、頭上で消える。

「いつもより速く、よく見えるから、置いて行かれないようにね?」

「…馬鹿言うな、俺を誰だと思ってやがるっ!」

強く握った大剣を平行に大きく振り構え、グッと足を踏み込みデーモンの懐に飛び込むように突っ込んでいく。その速度は一瞬消えて見えるほどの速さで、デーモンは防ぐことも避けることもできず、大剣を直接腹に受けることになった。

「グォォォオオオオオオッ!!!」

フロアに響く雄叫び。それに合わせて天井や床からデーモンの眷属たちが溢れるように湧き出してくる。

「さて、こっちもがんばろうね、ルルハ、イルハ。」

「…おっけ!姉さんお願い!」

「えぇ…聖炎(ホーリーフレイム)付与!」

ルルハが呪文を唱えると、その炎がイルハのグローブの魔晶石に吸い込まれ、グローブは蒼い炎を纏う。トントントンっとはずみ、リズムを作り、イルハは向かってくる眷属たちに飛び込んで拳を打ち込む。殴り飛ばされた影は蒸発するように消える。

「すごいね、初めて見た。そういうことなら、イルハにも風の精霊の加護を。」

「わっ!すごい!いつもより軽い!さんきゅ!!とりゃっあ!!」

マークは、ハザンにおまけした精霊魔法をイルハにも纏わせ、すぐさま自分に襲い掛かってくる眷属に向き直る。背中に背負った矢筒から素早く一本の矢を取り出し、弓を構えて打ち込む。時折場所を移動しながら、素早い動きで確実に急所を狙って一撃で落としていく。

「やるじゃねぇの。見直したぞエルフ。」

ドンっと、タイミングがあったのか、マークとハザンの背中がぶつかった。

「ひょろひょろでもやるでしょ?ハザンも、さすがって感じだね。」

「根に持ってんのかよ…。」

初めて同じ戦場にでたはずなのに、息が合っているように見える。ハザンが、というよりはマークが相手に合わせて動くことができるおかげだろう。

「…今一つ決め手がはいらねぇ。ちょっと手伝え。」

「仕方ないなぁ…この借りは結構高いよ!」

ハザンから合図をもらったユキミは、イルハとルルハに加勢して眷属たちに魔法を打ち込みつつ、おびき寄せ、ハザンとマークが戦いやすいように場を作っていく。

「風の精霊よ、今一度、加護と力添えを…!」

ハザンの片目に緑色の光が、足にも緑色の蝶の羽が形を成して宿る。見え方が一気に変わったことにハザンは口角が一気に上がった。

「精霊ってのはとんでもねぇな…っ!」

「お気に召したようで何よりだよ。じゃあ、いくよっ…!!」

ハザンの攻撃を何度も受けていたデーモンだったが、皮一枚といった程度の傷がほとんど。最初の一撃は深かったようだが、全身に見てとれる傷は浅いものだった。それほど硬い表皮。決め手に至らないのも当然だった。胸には心臓ともいえる核が赤くはみ出て見えるが、これは報酬としてもらうつもりでいる為、傷つけず回収したい。

と、すれば…狙いはもちろん首である。

先に動いたのはマーク。
床を蹴りあげ飛び上がり、素早く弓を構え、両腕に、そのまま回り込み背後から両足を、関節を狙って矢を打ち込む。もちろんマークの片目にも緑の光が宿っている。見え方が変わり、硬い表皮の中でも柔くもろい、急所の部分をその光が教えてくれる。

ズウゥンッ!と膝をついたデーモン。まだ足りない。

背後から再びマークは弓を構える。狙いを定めるその矢は3本。緑色に輝く特殊な矢。強く引き絞り、放つ。

「ハザンっ!!」

「まてったぜぇ…!!おうりゃっよっ!!!」

デーモンの正面に立っていたハザン。
握る大剣は赤黒いオーラを放ち、刃が熱く燃えるように鋭く光っている。
マークが放った3本の矢がデーモンの首を貫き消え、できた穴から血が噴き出す。顔を上げ、痛みに悶える雄叫びを上げるデーモンの首へ、間髪入れずに、ハザンが大剣を振りぬいた。

「…じゃあなっ!」

ミチミチミチと筋肉が引きちぎれる音と、最後の一皮をザッと切り裂く音を立てて大剣が抜け、ゆっくりと首が落ちる。
ドンッと重たい音がして、床にデーモンの首が転がり、ビクンビクンと震える胴体の切り口からはドクドクと血が溢れ、床を染めていく。

「キェアアアアア…!!」

と、断末魔を上げ、フロア全体に溢れていた眷属たちは蒸発して消えていき、普段と変わらない静かな階層に戻っていく。

**********

7階層から帰還し、一晩明け、5人とルナは応接間に集まった。

「皆さん、お疲れさまでした。無事に帰ってきて、よかったです。」

ルナがねぎらいの言葉をかけ、頭を下げる。

「当然だろ。それより、さっさと報酬を…」

「それなのですが―」

ルナ曰く、特殊個体のデーモンにある核を取り出すのには時間がかかるとのことだ。そのため、ハザンたちへの報酬は保留となってしまった。途端、不機嫌そうになるハザン。

「仕方ないでしょ?傷つけないで取り出すのってあの大きさだと大変なんだから。」

「申し訳ないです。完了しましたら連絡しますので…。」

「ね、マークはなにがほしいの?」

イルハがマークに声をかける。少し悩んだ振りをして、マークは口を開いた。

「今、一緒に戦ってくれる仲間を探してるんだ。ここにいる全員、僕たちの…アクリス王子の仲間になってほしい。」

全員ギョッとする。ルナは討伐前日にマークから話を聞いていた為、了承するつもりでいたらしいのだが、まさか全員とは思わず驚いていた。そう、全員ということは…

「私達もってこと?」

「なぁんで俺がそんなことしなきゃならねぇんだ、おことわ―」

「ハザンは昨日、僕に借りができたよね?」

グッと。前日、階段前で交わした会話の時と同じ苦い顔をして口を閉じた。ユキミも同様に、クスクスと。

「断れないじゃないの、ね?ハザン。たまにはこういうのもいいんじゃない?」

「チッ…勝手にしろ。」

にっこりとほほ笑むマークからハザンは視線を逸らし、仏頂面のままユキミに慰められている。

「私は喜んで協力します。私達も助けてもらいましたし、クロウも一緒なら…」

ルナの表情をみて、イルハとルルハも笑顔で返事をしてくれた。

「ルナの言う通りね、私達も協力します。」

「うんうん!ルナのだーーいじな人もいるみたいだし、マークは信用できるしね!」

大事な人にピンと来ていないルナだったが、姉妹も同じように協力に同意してくれたことにほっと胸をなでおろした。

マークと共に【ラギルーガ】に向かうのはハザンとユキミ。ルナたちは核の取り出しの作業もあるため一旦ここで別れることになるが、仲間が増えたことは確かである。

「…んで?そのアクリスっつうのは何するつもりで仲間集めてんだよ。」

「そうね、私も気になるわ。教えてくれる?」

「もちろん。アクリス王子は―」

到着時とは違い、穏やかに降る雪の中をマーク達は帰路へと立つ―。


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と、キョロキョロと周りを見渡した。が、人の気配はない。「すみません」と声を上げようとした瞬間、
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「ごめんね、イルハ、ルルハ。また間違えちゃった。えへへ。」
「もう…驚かせちゃって悪いね。この子いつもこうなんだよねぇ。」
「ルナのことは任せるね、イルハ。…貴方はマークさんですね?」
イルハに支えられ別室に移動するルナを見送り、マークはルルハに付いて、応接室として使われているだろうちょっと高そうなソファとテーブルのある部屋に案内された。
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ふたり掛けのソファに太々しく深く腰掛け、もてなされたワインを豪快にグラスにそそぎ、飲み干す黒髪隻眼の大男と、色素の薄い肌と紫の髪、赤い瞳が美しいメガネをかけた知的な印象の女性。
「こちらは討伐に同行していただくハザンさんとユキミさんです。」
「僕はマーク。よろしくね。」
軽く挨拶をし、ルルハにうながされ着席するマーク。そんな彼をみてハザンは鼻で笑う。
「どんな奴かと思えばひょろひょろのエルフじゃねえか。そんなほっせぇ腕で役に立つのか?」
「ちょっとハザン!そんな言い方するんじゃないわよ、失礼でしょ!」
ふたりはどうやら知り合い―というよりも深い仲のようだ。ユキミの小言をいつものことの様に右から左へ受け流して聞いているハザン。そんな様子をマークはほほ笑みながら観察する。
扉が開き、先ほど別室に移動したイルハとルナが入室した。どうやら着替えをしていたらしい、さすがに依頼主としてあのままの姿では人前には出られないからだろう。
「皆さんお揃いになりましたので、今回の討伐について説明させていただきます。」
【魔晶石の塔】
古の時代、突如現れた膨大な魔力が宿る魔晶石。その力が土地に宿り、周辺の岩や石を巻き込み変化し、天へ向かって成長を続ける塔へと変貌した。当時の統治者が先遣隊を送り、発見したのは豊富な魔力を帯びた魔晶石の原石。その後の調査で、どうやって出来たのかはわからないが、階段も生成されているのが分かり、素材たちに魅入られた人々は上へ上へと導かれるように原石を採掘するようになった。もちろん、その魔力に魅入られたのは人だけではない。はじめは寒さをしのぐ為に入り込んだ小動物や羽虫、階層が上がるにつれて増えていった事故で亡くなった人間の魂。あてられた魔力で魔物へと形を変え、採掘の際の障害となった。その中でも厄介なものがひとつ。
媒介を必要とせず、自然発生した魔力そのものでできた特殊個体。
「現在この塔の最高採掘階層は10階です。そこから下は原石の採掘は完了し、採掘道具を置いてるだけの広場になっているのですが…最近、7階層に新たな魔物が住み着いたことが分かりました。」
「定期的に調査として私の召喚獣を送り込むのですが、7階層に入ったところで消滅。」
「なーんにもないはずの7階層に魔物が生まれるってのはありえないの。おそらく、高層で新たな特殊個体が生まれた可能性がある、って予想ね。」
ユキミとハザンは目を合わせてニヤリと笑った。
「【コア】持ちだな?だから俺たちを選んだってわけか。」
「なるほどってかんじね。【トレジャーハンター】としてはその【コア】は喉から手が出るほど欲しいもの。」
「(トレジャー…凄腕の二人組がいるってのは聞いたことがあるけどこの人たちなんだ。どおりで…見慣れない珍しい装備品を身に着けてるわけだ。腕は立つのはわかるけど、討伐隊という割に人数があまりにも少ない。わけがあるのかな?)」
【トレジャーハンター】
モンスターと呼ばれるものには2種類ある。『魔物』と『魔族』。
魔物のほとんどは獣から禍々しく拡張した容姿をしたもの。言語は無く、意志というよりは本能で生きているもの。
魔族は人と同様の意志と言語を用いて組織的に動き、独自の技術を持ち、成長させ生きるもの。
トレジャーハンターは、その魔族が抱え込んでいる特殊な技術で生み出された道具、【魔道具】や宝石を求めて世界を巡る冒険者のことを指す。
魔物は倒しても利益は出にくく、わざわざ討伐をすることはないのだが、稀に最上級の『お宝』を宿しす個体がいる。それが今回で言う特殊個体。売れば500万|G《ゴールド》以上の価値を持ち、道具として使えば冒険者を護る最強の盾となる。
「ま、なんでもいいさ。最近つまらねぇ討伐しかしてなかったし、暇つぶしにはなるだろ。」
どんな相手でも関係ない、と言わんばかりの余裕を見せるハザン。グラスに残ったワインを一気に飲み干し、
「出発は明朝だ、俺はもう寝る。」
話半ばで部屋を出ていく。ユキミは呆れたようにため息をついた。
「ごめんなさいね、あの人いつも勝手で…頭が痛くなるわ、まったく。」
「い、いえ…大丈夫です。こちらも予定は明朝でしたし…そうですね、お疲れでしょうし、お開きにして、体を休めてください。」
ルナも仕方なくと言った様子で討伐の説明を終えるしかなかった。
**********
「なぁによあいつ!明日一緒に行くってマジ?」
「落ち着いてイルハ、腕は確かなんだから。」
ユキミを部屋をへ送った後、イルハが愚痴をこぼし、ルルハがなだめ、マークも部屋へ案内する。
「階段前に集合でいいのかな?」
「そ!なんかちゃんとした作戦立てれないままお開きになっちゃって…それもぜんぶあいつがぁ!ぐぬぬ!」
「イルハ、マークさんがこまってる。なるようになるわよ。では、また明日。おやすみなさい。」
ルルハにひっぱられてイルハたちも自室へ戻っていく。
勢いに負け、話に口をはさめずマークは少し困っていた。仕方なく部屋のドアを閉めようとした時、がちゃがちゃと割れたガラスがぶつかる音がホールに響いた。
「王族なのに、そういう片付けも自分でするんだね。」
「あ、マークさん、うるさくしてごめんなさい。…王族であれ、今は国も家族もいませんから。」
「ごめん、嫌味に聞こえちゃったかな。そういう意味じゃないんだ、えらいなってことで…」
ちょっとした失言。マークは慌てて取り繕うように言葉をかける。その様子が面白かったのか、ルナはクスクスと笑っていた。
「うふふ、大丈夫、わかってますから、気にしないで。ところで、何か御用ですか?」
用を聞かれ、マークはクロウからの頼まれていたお使いを思い出す。
「ルナさんにこれを渡してくれっていう色男がいてね、受け取ってもらえる?」
小さな袋をそっとルナの手に。紐を解き、中から出てきたのは三日月型の金細工に、星形に加工された群青色の宝石が埋め込まれたネックレス。
「きれい…あの、色男さんは存じ上げないですけど、もらっていいの、かな…。」
これはもしかして、と、マークはハッとして訂正する。
「あ、えっとね。クロウ、っていうやつのことなんだけど…わかる?」
「えっ?!クロウ?!あ、やだ、私ったら…わわ、わ、し、知ってます…はいぃ。」
色男、の認識はなかったようだが、クロウの名を聞いて気付いたルナのその顔は、みるみる赤くなっていった。気付かなかったことに対しての赤面ではないことは、ネックレスを見つめるルナの表情を見ればわかった。
「彼、生きてくれていたんだ、よかった。本当に―」
安堵した表情で、大事そうに握りしめている。
お使いを無事済ませたマークは話題を切り替えてルナに問う。
「口を挟まなかった僕もわるいんだけど、もうちょっと詳しく明日の討伐について聞きたいんだ。時間いいかな?」
「そ、そうですよね。ハザンさん…ちょっと怖くて私も流されちゃって…お茶を用意しますので、こちらに。」
ルナたちも人柄ではなく、実績と実力を見て依頼したのもあって、威圧的な態度と声をしてたハザンが苦手のようだ。
「あははは。女の子は確かに彼はちょっと怖いかもね。」
今頃ハザンはくしゃみでもしているのではなかろうか。
マークは温かいお茶で体を温めながら、ルナから詳細を聞き、意見を出し―夜が更けていった。
**********
明朝―。
戦闘用の装備をしてホールの中央にある大階段へ向かう。
すでにユキミとハザンは待機しており、退屈そうに階段を腰掛にして座っていた。
「おはよう、ユキミさん、ハザン。」
「おはよう、マークくん。今日はよろしくね。」
「おい、なぁんで俺だけ呼び捨てなんだよエルフ。」
「だって僕、年上だもん。」
冗談のように言っているが事実である。ハザンも言い返せず眉間にシワを寄せ苦い顔、そのやり取りを見てユキミは笑っていた。
「おまたせ!準備はいい?張り切っていこう!」
「おはようございます皆さん。出発する前に―」
討伐メンバーは3人だけではなく、イルハとルルハも含めた5人。ルナは留守番、万が一に備えて待機する。
ルルハが右手を前にだし、左手の甲に刻まれた印に魔力を込める。床に同じ印が灯り、そこから2体の小鳥が飛び出した。
「ルナに1羽預けます、何かあれば知らせてくれますので。」
「うん、わかった。気を付けて、いってらっしゃい。」
ルナに見送られ、5人は一歩ずつ階段を踏みしめ上層へ向かう。
壁の合間合間に作られた|人工灯《じんこうとう》の明かりを頼りに階段を上っていく。2階層以降、階段は繋がって続いているわけではなく、ホールのどこかに自然と造られる。階段の入り口には松明が立てられているので迷うことなく進めた。
「それにしても不思議な場所よね。魔力で満ちて、その影響でっていうのはわかるけど…意志でも持ってるのかしら?」
「私達姉妹も調査員という形で塔でずっと研究していますが、わからないことばかり。わかっているのは、豊富な資源を生み出しながら成長している。」
「うちらにとっては有益な資源としてとらえてるこの原石もさ、ルナが言うには塔の排泄物なんじゃないかーとか、でっかい魔晶石に『塔を築く』魔法とか暗示がかかってて、その際に出たゴミが原石なんじゃないかぁとか。考察は色々。難しいことは姉さんたちに任せてるし、この辺は私の領分じゃないからはっきりこうです!ってのは言えないけどねぇ。」
そう言いながらイルハは軽くジャブをしながら独特なステップを踏む。彼女の両手には、甲に魔晶石が埋め込まれたグローブをしている。見た目は魔術師なはずなのに、不釣り合いな装備だ。
「ルルハがサポートして、イルハが戦闘を行う。ルナ王女の護衛もできて、知識も持って支えてるなんて、若いのにえらいね、いい子。」
と、イルハの頭を撫でるマーク。
「ちょ、急になにすんだっ!ばかっ!」
「…マークさんって、結構チャラいんですね?」
「ちゃ、チャラ…いかなぁ?あはは…」
ルルハの思いがけない一言にマークは少し傷ついていた。本人はそんなつもりはなく、強いて言えば年下の女の子が頑張っててえらいなぁ、妹みたいだなぁという感覚。そんな感じで道中はなんともにぎやかで穏やかだった。
「…おい。くっちゃべるのも終わりにしろ。」
それも、ここまで。
7階層へ上る階段の前、今まで一言も口を開かず先頭を進んでいたハザンが足を止め、4人を静止させる。
「空気が変わりやがった。油断すんじゃねぇぞ。ゆっくりでいいからついて来い。俺のうしろから前はぜってぇ出るなよ。」
「…彼ね、口は悪いし、自分勝手だけど、絶対に仲間は見捨てないの。意外でしょ?」
「へぇ…面白い人だね。」
少しいたずらっこのような笑みをしながら、小声でマークに耳打ちするユキミ。
「余計な事言ってんじゃねぇよユキミ。いいから先を照らせ!」
「あら、聞こえてた?ふふ、了解よ。|闇夜を照らす光《ライト》!」
ユキミの左手の腕輪がロッドに変形し、パシッと握り、唱えた呪文に応えるようにロッドは光を放った。階段を通して照明魔法を等間隔に配置するように、7階層まで送り出す。
魔物が住み着いた影響か、今まであった|人工灯《じんこうとう》は機能を失っていた。
明かりが灯った途端、階段から這い下りるようにして流れてきていた重たい空気が更に重いものに変わった、警戒されているのがわかる。
「もっとバレずに進めたんじゃないの?」
「いや、これが正解だよイルハ。ここまで暗くしてるってことは暗闇は相手の領分、明かりなしで進めばそれだけでもう死んだも同然。例え無事に上りきって、そこで明りをつけたとしても待ち伏せされていたら、目が慣れない内に襲われて確実に全滅するからね。」
「そういうことだ短髪、大人しく俺の後にいりゃあいい。」
マークの発言にキラキラしたと表情をしたかと思えば、ハザンの発言にはふてくされて、と、ころころと表情を変えるイルハ。
「落ち着いてね、イルハ。私たちは今回はフォローする側なんだから。」
「わかってるよ、姉さん。ちゃあんとマークの言うこと聞くもん。」
自信の役割を再確認し、ゆっくりとハザンの後ろに付いて階段を上る。煌々と明かりは輝き、道を照らしているはずなのだが、その暗闇はどこかおかしい。光さえ飲み込むような深い暗闇。
階段を上りきる。視覚では広さは確認できないが、肌に感じる空気と足音の反響で7階層へ踏み入ったことをわからせる。
「この数じゃ明かりの意味がないわね。どうする?増やす?」
「よく見ろユキミぃ…増やす方があぶねぇぞ。」
天井に一つの光のみ。その範囲外の先は一切見えない。あるはずの壁も、上層への階段も。光の下にあるのは自分たちの影…勝手に動くはずのない影。
範囲外に一番近いところにいたルルハの影が闇とつながってグニャグニャと動き出し、無数の黒い手が現れて連れ込もうと体に絡みついた。
「姉さん!!」
「イ、ルハっ…!来ちゃ、だめよっ」
「チッ!シャドウハンドか!ユキミっ!」
「まかせてっ…|聖光浄化魔法《ホーリーライト》!!」
引きずり込まれそうになっているイルハの頭上に方陣が現れ、雲の切れ間から降り注ぐ光の如く神々しい輝きが黒い腕を貫き、溶けるように消えていく。拘束を解かれたルルハをイルハが光の下まで抱えて飛んだ。
「身軽だね、イルハ。さすが魔闘術の使い手。」
「えへへ、それほどでも…ってそんな話してる場合じゃない!」
「構えろっ!」
ギーギーと言う鳥のような声が天井から聞こえる。わずかに揺ら
いだ形のある闇が、勢いよく降ってくる。
立ち上がることがいまだできていないルルハとイルハの元へ素早く移動したハザンはふたりを庇うように落ちてくる黒い塊を大剣で払い落とした。その中のひとつ、当たり所が悪かったのか、あえて切り落としたのか…グチャリと音を立てて肉片と羽が液体と共に床を汚す。
「デーモン…ガーゴイル…?」
ユキミが歪んだ表情で落ちたそれを見て呟いた。
「聞いたことないな…ユキミさん、こいつは―」
「とんでもないわよ…こいつらは単独で生きてる魔物じゃないの。とある魔物から自然発生する影の眷属…」
「はっ!大物じゃねぇの…腕がなるわっ!!」
話をする間もなく、暗闇の中から赤黒い肌をし、筋肉の浮き出た太い足が一歩、姿を見せる。鋭く大きなその爪は床にめり込み、その重さと力強さを見せつけるようにひび割れた。
周囲を覆っていた暗闇が吸い込まれて行くようにその巨体に吸収されていく。
「闇の中で食べようと思ってたみたいだけど、シャドウハンドもガーゴイルも失敗したからあきらめて姿を見せたってところかな?闇そのものも自分の中に取り込み、糧にして、確実に。」
「んなこまけぇことはいいんだよ。単純に俺たちの力にビビったんだろ。」
「まぁた何言ってるのよ…まだそんなに動いてもないんだからあのデーモンがビビるわけないでしょ。」
明かりに照らされ、現れた姿は筋肉の化け物。全身の筋肉には血管が浮き出て、ビクンビクンと脈打つ。人と牛の中間のようなその顔についている口から吐き出される息は熱を帯びて白い湯気となり、天井に向かって消える。赤く光る獣の目で5人を品定めしているようにギラリと血走っていた。
「シャドウブラッドデーモン…堅そうで厄介ね。さて、どうするハザン?」
「さっさと俺に身体強化魔法かけろユキミ。マーク、眷属までは面倒見れねぇ、任せるぞ。イルハ、ルルハ、お前らはマークのサポートだ。でけぇのは俺とユキミでやるから心配すんな、いいか!」
「「了解」」
「わ、わかった」
ハザンの指示で全員が構え、戦闘が始まる。
ユキミはロッドに複数の身体強化魔法を唱えて、溜める。速度、筋力、防御、回避…すべて唱え終わるとハザンに向かってロッドを振るう。じんわりと全身を覆うようにハザンの体が光る。
「ハザン、僕からおまけしてあげるよ。」
パチンッとマークが指を鳴らすと、緑色の光の蝶がハザンの体を足元から現れ、全身を螺旋状に舞い上がり、頭上で消える。
「いつもより速く、よく見えるから、置いて行かれないようにね?」
「…馬鹿言うな、俺を誰だと思ってやがるっ!」
強く握った大剣を平行に大きく振り構え、グッと足を踏み込みデーモンの懐に飛び込むように突っ込んでいく。その速度は一瞬消えて見えるほどの速さで、デーモンは防ぐことも避けることもできず、大剣を直接腹に受けることになった。
「グォォォオオオオオオッ!!!」
フロアに響く雄叫び。それに合わせて天井や床からデーモンの眷属たちが溢れるように湧き出してくる。
「さて、こっちもがんばろうね、ルルハ、イルハ。」
「…おっけ!姉さんお願い!」
「えぇ…|聖炎《ホーリーフレイム》付与!」
ルルハが呪文を唱えると、その炎がイルハのグローブの魔晶石に吸い込まれ、グローブは蒼い炎を纏う。トントントンっとはずみ、リズムを作り、イルハは向かってくる眷属たちに飛び込んで拳を打ち込む。殴り飛ばされた影は蒸発するように消える。
「すごいね、初めて見た。そういうことなら、イルハにも風の精霊の加護を。」
「わっ!すごい!いつもより軽い!さんきゅ!!とりゃっあ!!」
マークは、ハザンにおまけした精霊魔法をイルハにも纏わせ、すぐさま自分に襲い掛かってくる眷属に向き直る。背中に背負った矢筒から素早く一本の矢を取り出し、弓を構えて打ち込む。時折場所を移動しながら、素早い動きで確実に急所を狙って一撃で落としていく。
「やるじゃねぇの。見直したぞエルフ。」
ドンっと、タイミングがあったのか、マークとハザンの背中がぶつかった。
「ひょろひょろでもやるでしょ?ハザンも、さすがって感じだね。」
「根に持ってんのかよ…。」
初めて同じ戦場にでたはずなのに、息が合っているように見える。ハザンが、というよりはマークが相手に合わせて動くことができるおかげだろう。
「…今一つ決め手がはいらねぇ。ちょっと手伝え。」
「仕方ないなぁ…この借りは結構高いよ!」
ハザンから合図をもらったユキミは、イルハとルルハに加勢して眷属たちに魔法を打ち込みつつ、おびき寄せ、ハザンとマークが戦いやすいように場を作っていく。
「風の精霊よ、今一度、加護と力添えを…!」
ハザンの片目に緑色の光が、足にも緑色の蝶の羽が形を成して宿る。見え方が一気に変わったことにハザンは口角が一気に上がった。
「精霊ってのはとんでもねぇな…っ!」
「お気に召したようで何よりだよ。じゃあ、いくよっ…!!」
ハザンの攻撃を何度も受けていたデーモンだったが、皮一枚といった程度の傷がほとんど。最初の一撃は深かったようだが、全身に見てとれる傷は浅いものだった。それほど硬い表皮。決め手に至らないのも当然だった。胸には心臓ともいえる核が赤くはみ出て見えるが、これは報酬としてもらうつもりでいる為、傷つけず回収したい。
と、すれば…狙いはもちろん首である。
先に動いたのはマーク。
床を蹴りあげ飛び上がり、素早く弓を構え、両腕に、そのまま回り込み背後から両足を、関節を狙って矢を打ち込む。もちろんマークの片目にも緑の光が宿っている。見え方が変わり、硬い表皮の中でも柔くもろい、急所の部分をその光が教えてくれる。
ズウゥンッ!と膝をついたデーモン。まだ足りない。
背後から再びマークは弓を構える。狙いを定めるその矢は3本。緑色に輝く特殊な矢。強く引き絞り、放つ。
「ハザンっ!!」
「まてったぜぇ…!!おうりゃっよっ!!!」
デーモンの正面に立っていたハザン。
握る大剣は赤黒いオーラを放ち、刃が熱く燃えるように鋭く光っている。
マークが放った3本の矢がデーモンの首を貫き消え、できた穴から血が噴き出す。顔を上げ、痛みに悶える雄叫びを上げるデーモンの首へ、間髪入れずに、ハザンが大剣を振りぬいた。
「…じゃあなっ!」
ミチミチミチと筋肉が引きちぎれる音と、最後の一皮をザッと切り裂く音を立てて大剣が抜け、ゆっくりと首が落ちる。
ドンッと重たい音がして、床にデーモンの首が転がり、ビクンビクンと震える胴体の切り口からはドクドクと血が溢れ、床を染めていく。
「キェアアアアア…!!」
と、断末魔を上げ、フロア全体に溢れていた眷属たちは蒸発して消えていき、普段と変わらない静かな階層に戻っていく。
**********
7階層から帰還し、一晩明け、5人とルナは応接間に集まった。
「皆さん、お疲れさまでした。無事に帰ってきて、よかったです。」
ルナがねぎらいの言葉をかけ、頭を下げる。
「当然だろ。それより、さっさと報酬を…」
「それなのですが―」
ルナ曰く、特殊個体のデーモンにある核を取り出すのには時間がかかるとのことだ。そのため、ハザンたちへの報酬は保留となってしまった。途端、不機嫌そうになるハザン。
「仕方ないでしょ?傷つけないで取り出すのってあの大きさだと大変なんだから。」
「申し訳ないです。完了しましたら連絡しますので…。」
「ね、マークはなにがほしいの?」
イルハがマークに声をかける。少し悩んだ振りをして、マークは口を開いた。
「今、一緒に戦ってくれる仲間を探してるんだ。ここにいる全員、僕たちの…アクリス王子の仲間になってほしい。」
全員ギョッとする。ルナは討伐前日にマークから話を聞いていた為、了承するつもりでいたらしいのだが、まさか全員とは思わず驚いていた。そう、全員ということは…
「私達もってこと?」
「なぁんで俺がそんなことしなきゃならねぇんだ、おことわ―」
「ハザンは昨日、僕に借りができたよね?」
グッと。前日、階段前で交わした会話の時と同じ苦い顔をして口を閉じた。ユキミも同様に、クスクスと。
「断れないじゃないの、ね?ハザン。たまにはこういうのもいいんじゃない?」
「チッ…勝手にしろ。」
にっこりとほほ笑むマークからハザンは視線を逸らし、仏頂面のままユキミに慰められている。
「私は喜んで協力します。私達も助けてもらいましたし、クロウも一緒なら…」
ルナの表情をみて、イルハとルルハも笑顔で返事をしてくれた。
「ルナの言う通りね、私達も協力します。」
「うんうん!ルナのだーーいじな人もいるみたいだし、マークは信用できるしね!」
大事な人にピンと来ていないルナだったが、姉妹も同じように協力に同意してくれたことにほっと胸をなでおろした。
マークと共に【ラギルーガ】に向かうのはハザンとユキミ。ルナたちは核の取り出しの作業もあるため一旦ここで別れることになるが、仲間が増えたことは確かである。
「…んで?そのアクリスっつうのは何するつもりで仲間集めてんだよ。」
「そうね、私も気になるわ。教えてくれる?」
「もちろん。アクリス王子は―」
到着時とは違い、穏やかに降る雪の中をマーク達は帰路へと立つ―。