《ならよかった。ほんと俺も楽しかったよ。家もまた行くから、やっぱ出掛けよう。次はどこ行きたい?》
うわ、いけない!
テーブルにグラスを置こうとして倒してしまい、わたしは慌てて布巾で拭く。お気に入りのランチョンマットが濡れちゃったけど、水だから洗えば済むわ。
アイスコーヒーと散々迷って、水にして正解だった。前のマットはコーヒーの茶色い染みが落ちなくて捨てたから。
手先まで不器用なのよね、わたし。自分でも嫌んなる。
端に置かれた
周人のスマホが濡れてないか気になって顔を向けると、開きっぱなしのトーク画面の下のメッセージが目に留まった。
タイムスタンプからして、
わたしの部屋に来る直前に送ったんだわ。本人は泊まる予定で、いまはお風呂に入ってる。
覗き見に対する罪悪感が頭を過る余裕もなく、ディスプレイにしっかり視点を合わせた。
トークルームの名は『
Yuko』。すぐ上にある相手からのメッセージを読んだだけで吐き気が込み上げる。
《周人、西口でいいのよね? 今どこ?》
《今日はすごく楽しかったわ。また家にも来てね。ごはん作るから。》
なによ、これ? ……いったいなんなの?
周人のスマホってなかなかスリープにならないのよ。
そういう設定にしてるみたい。電源入れ直すのが面倒なんだって。スイッチ押すだけなのにね。
いざというときに充電切れたら困るから、最速で消灯させちゃうわたしとは正反対。
そのおかげで、……せいで? 気づけたことになる。堂々と隠しもしないなんて、ずいぶん甘く見られてるのね、わたし。
今日は学生時代の男友達と草野球だって言ってたじゃない。
さっきだって、「楽しかったけど、久しぶりだからあちこち痛くて
辛えわ」なんて笑ってた。
……でもこれ、間違いなく女だ。『Yuko』って誰? パっと思い当たる相手はいない。
ねえ、わたしに嘘ついたの? どうして?
まさか周人、また浮気した!? もう絶対しないって言ったじゃない! わたしだけだって!
信じてたのよ。だから「一回だけなら」って許したのに。
恋人との愛しい時間を迎えていた、穏やかな空間。
今の今まで明るくて柔らかなもので満たされていたわたしの心が、重苦しい、薄暗い色に染め変えられて行く。