あたし、
紺野 アヤカは男を飼っている。
別段広くもない1Kのマンションで、忠実で可愛い犬ではなく人間の男を。
大学時代のサークル仲間から恋人になった、
渡辺 宗太。
ワイワイみんなで一緒に過ごしてるうちになんとなく仲良くなって、流れでなんとなく付き合うようになって、いつの間にかもう五年。……いい加減極まりない。
二人とも今年で二十五だよ。時間が経つのって早いよねぇ。
あたしは新卒で入った会社にそのまま勤めてる。
このご時世にもそれなりに安定した業種で、収入も職場環境も恵まれてる方なんじゃないかな。上見たらキリないし。
学生時代、資格取得に苦労しただけのリターンは受けられてると思ってるよ。後輩もできたし、仕事もやり甲斐ある。少なくとも不満はないな。
あたしの部署は、世間の状況に照らして在宅勤務主体に切り替わった。
今後、在宅と出勤の割合はどう変わるかわからないけど、少なくとも以前みたいなオフィス主義の勤務状況には戻らない、と思う。
もう『在宅ありき・在宅メイン』に業務も意識もスライドしてるから。
宗太は生来のお気楽さも手伝って、就活もいい加減だった。どころかまともに就活してなかったんじゃないの?
案の定、滑り込んだ会社はブラックどころじゃないレベルだったらしくて三か月後には無職になってた。
その間はあたしも忙しくて構う暇なかったけど、向こうはそれこそこき使われて大変だったみたい。逃げられる前提でその前に使い潰そうとでも思ってんのかね、ああいうところって。
つーことで、卒業してから宗太が辞めるまではほとんど会ってなかったんだ。
たまに泣き言メッセージが来てた、かな。
普段のあたしなら、きっと突き放してたな。
それをきっかけに、まともに将来のことも考えられないようなダメ男とは別れたかもしれない。
でもその時は、振り返ればまさしく『魔が差した』としか言いようのない状況だったんだ。
「家事やってくれる? もう疲れて帰って来て、このキタナイ部屋でコンビニ弁当掻っ込むのうんざりなのよ。とりあえず毎日ご飯作って、まあ気が向いた時に掃除もしてくれるんならここに置いてやってもいいよ。あ、部屋代も生活費も全部
無料で」
ベッドの端に腰掛けたあたしの台詞に、目の前の床に正座してた宗太は、俯いていた顔を上げた。
ちなみに、あたしが床に座れって強要したわけじゃないから。
あたしもそこまで意地悪くない、ってか正直上から見下ろして話すのって全然気分良くないんだよね。自分がすげーやなヤツになった気がしてさぁ。
一応、ベッドの横ポンポン叩いて「ここ座れ」って合図はしたけど宗太が遠慮しただけ。
「アヤカ、ありがとう。俺、何でもする! ずっと自炊してたから料理得意だし!」
目をキラキラさせた宗太の言葉に、一瞬早まったかなと思わなくもなかったんだけど。
一応『コイビト』だし、何よりも当時のあたしは新人で慣れない仕事にいっぱいいっぱいだった。
激務ってほどじゃないけど、自分の要領が悪いせいもあって到底九時五時ってわけにはいかなかったしさ。
あたしは心底、あの殺伐とした日々から解放されたかった。そういう意味では、お互いwin-winだったのかも。
その二日後には、宗太は身の回りの荷物だけ持ってうちに転がり込んで来た。
幸いって言っていいのかわかんないけど。
宗太は無精して、卒業しても学生時代の大学すぐ傍の安アパートにそのまま住んでた。だから適当にバイトでもすれば生活できなくはなかったと思うよ。
ただ、本人がもうすっかり働くことに自信失くしちゃってたからな~。
だけど実家ならまだしも、一人暮らしで無職の引き籠りなんてどう考えても無理ってもんだ。
やっぱ何事も
金だよ、世知辛いけど。
もちろんアパートは今日言って今日解約なんかできないから、次の月まで家賃は払ったらしい。安いから、なけなしの貯金はたいて何とかなったってさ。
いやホントに、あたしみたいに卒業と同時にマンションとかに引っ越してなくてよかったよ。無駄に大金捨てる羽目になってたし。いい加減なのも功を奏することあるんだね。
……もちろん嫌味だよ!
それ以来二年以上、宗太はあたしの部屋で暮らしてる。
身分としては「同居人」で間違いないんだろうけど、家賃も食費も光熱費もびた一文出してないんだから、あたしの感覚としては飼ってるとしか言いようがない。
確かにご飯は作ってもらってるし、部屋だって一応片付いてはいるけどさ。ホンっとそれだけだもん。
でもさ、犬とか愛玩動物みたいな「癒やし」もないんだから、それくらい当然じゃない?
あ、念のために、外で働かないで家事だけしてる所謂主婦の人にはそんなこと思わないよ。結婚は契約だから、夫婦が納得して決めたんならそれは立派な役割でしょ。
行き当たりばったりの宗太とは、比べるのも失礼だって。