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リディアのため

ー/ー



 道具屋に入ったハヤトは治療ポーションなどを買い込んで出発の準備を整えている。命が懸かっているからこそ万全にしなければならないのだけれど、ゲームクリアとは無関係な私利私欲のクエストに命を懸けても良いのか? いや、私利私欲だからこそ命を懸けられるのかもしれない。良く言えば恋の力だ!

 なれば、愛の女神ヒナコとして力添えしなければなるまい。ふたつの恋がひとつになって愛へと昇華するように。そのためには、興味から好意へ。好意から恋へと育てなければいけないぞ。

 準備を整えたハヤトが次に向かったのは冒険者ギルドだ。ここで仲間を募集したり、NPCの冒険者に頼んだり、フレンドと待ち合わせをしたり、登録プレイヤーを借りたりしてパーティーを組むのだけど、ハヤトは募集などせずに受付に向かった。自身の恋愛事情に生身を持つ人を募集するのは恥ずかしいか?

 万全を期すために、サポートプレイヤーのリストから条件に合う人を選んでいるときだ。

「ハヤトさん?」

 後ろからハヤトの名前を呼ぶこの声には聞き覚えがある。それは、数日前にパーティーを組んでフレンド登録をしたサーラちゃんだった。

 不意の再会に笑顔で対応するハヤトだけど、サーラちゃんの表情は微妙だ。怒ってるとまではいかないけど、ちょっと拗ねた顔に思える。なんで?

「ハヤトさん、さっきフレンドメッセージ送ったんですよ!」

 彼女は腰に手を当てて、ほっぺをぷく~っと膨らませてみせた。可愛い!

 どうやらメッセージに反応がなかったことが原因らしい。隼人よ、それはたしかに失礼だ。唯一のフレンドを失ってしまうぞ。

 説教したい案件だけど何やらおかしい。話を聞いてみるとメッセージは届いていないということだった。それどころか、ハヤト側からはメッセージを送ることができないという。個別の不具合?

 そう考えたあとにピンときた。これはおそらく女神アドミスの仕業なのだと。あとで問い詰めてやる!

 言い訳と謝罪を済ませたことでサーラちゃんの理解を得られたハヤトは、これから行くクエストに一緒にどうかと誘っている。白魔術士は貴重だしね。

 彼女は嬉しそうに「いいですよ」と答えたけど、恋する女子のお願いクエストに女の子を誘うのか? でもまぁ、当人同士が良いのなら愛の女神は何も言うまい。

「クエストのサポート依頼するね」
「はい」

 受注クエスト一覧からクエストのサポートを依頼しようとしたハヤトが首をかしげた。

「あれぇ、できないや」
「ユニーククエストってやつじゃないですか? かまいませんよ。気にしないでください」

 クエストを共有できないので報酬は得られない。それでもいいと彼女は笑顔で言った。いい子だな。

 無言で付いてくるサポート仲間ふたりと歩きながら話したのは、突然フレンド欄から消えたレガシー君のことだった。

 サーラちゃんとレガシー君は幼馴染のクラスメイトで、一緒にこのゲームを始めたという。やはり嫉妬によるフレンド離脱らしい。

「いいんです。たかがゲームでムキになるあいつが悪いんですから」

 夏休みなので顔を合わせてはいないようだけど、ゲーム内では一緒に遊んでいるということだ。

 ふたりの関係が壊れなくて良かった。恋は力にもなるけど、ときには人を狂わせる。私はそんな経験ないけどね。

「それにしても凄いですよね」
「何が?」
「フロンティアっていう異世界を現実のように体験できるんですから。戦うのはちょっと怖いけど、フロンティアって凄く楽しいです」

 そういってハヤトの手を取った。乙女だねぇ。

 今、この瞬間はハヤトも楽しいと思っているかもしれない。だけど、フロンティアはゲームでなくて現実だ。それがわかったとき、サーラちゃんは何を思うだろう。いや、わかってしまうということはハヤトに致命的なペナルティが課せられるのだから、そんな日はやってこないか。

 町周辺のモンスターと何度か戦闘をおこなったハヤトたちは、目的の森に到着した。

 ふたりで周辺を調査していると、一本の短剣と血液が飛び散った草地を見つけた。どうやらここで何かがあったらしい。

「彼女のお父さんの物でしょうか?」
「たぶんね。ここで誰かに襲われたのかもしれない」

 などの考察がなされた。

「もし、相手がモンスターだったらもう……」
「いや、きっと生きてる。捕まっているのかも」
「そうですね。これで死んでたらクエスト終わっちゃいますから」
「そう……だね」

 返答と表情の暗さに気づいたサーラちゃんは、自分が言ったことが原因なのかと少々戸惑いを見せている。ゲームの中でもそういった空気はわかるのだろうか。

 彼女の言ったことはおかしなことではない。だけど、この言葉は胸に強く刺さったはずだ。なにせ、ハヤトにとってこのゲームは現実なのだから。 

「血痕がこっちに続いている。誰かに連れて行かれたのかも。行ってみよう」

 自分の態度にサーラちゃんが戸惑っていることに気がついたのだろうハヤトは、声のトーンを上げて血液が続く方向に歩き出した。そうそう、そういった気遣いは必要だぞ。

 血痕はすぐに途切れたけど、森林道が続く先はリディアちゃんの住む町の北西にある小さな町だ。きっとそこにいるか情報が聞けるはず。

 このあたりのモンスターはもう相手にならないから安心して観ていられる。危なげなく辿り着いたウワドナルの町で聞き込みを始めたふたりは、すぐにリディアちゃんのお父さんの情報を手に入れた。モンスターに襲われて負傷したところまでは予想通りだったのだけど、その先がやっかいなことになっていた。

 この町の狩人が、モンスターに襲われていたリディアちゃんのお父さんのハルクさんを助けようとしたところ、力及ばず連れ去られてしまったらしい。そのモンスターは【マッドスパイダー】。卵と一緒に獲物を糸でグルグルと包み、生まれてきた子らの餌にするという。なかなかにグロい。

 助けに行きたいのはやまやまだけど、見知らぬ人と自分たちの命を天秤には掛けられず、しかたなく諦めてしまった。

 だけど、ここで冒険者ハヤトの、いや恋する男の子であるハヤトの取るべき行動はただひとつ。

「そのモンスターの巣はどこにあるんですか?」

 それでこそ男の子だ。とは思うんだけど、敵の強さは未知数。本物の自分の命が懸かっていることを忘れちゃいけない。

「マッドスパイダーの巣は町の北の森のどこかだ。巣は森の木だろうけど、卵はその近くの洞穴だろう」

 他にも火の魔法が有効だという情報を得たけど、雇ったNPCは前衛の壁役とサブヒーラーを兼任するアーチャーなので、下級の火属性の魔法が使える巻物(スクロール)をいくつか購入し、サーラちゃんと分け合った。

「張り切っていきましょう!」

 サーラちゃんの号令に「おう!」と元気よく応えたハヤトのステータスから【悄然】の状態異常が消えた。やっぱり女の子の力は偉大だね。


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 道具屋に入ったハヤトは治療ポーションなどを買い込んで出発の準備を整えている。命が懸かっているからこそ万全にしなければならないのだけれど、ゲームクリアとは無関係な私利私欲のクエストに命を懸けても良いのか? いや、私利私欲だからこそ命を懸けられるのかもしれない。良く言えば恋の力だ!
 なれば、愛の女神ヒナコとして力添えしなければなるまい。ふたつの恋がひとつになって愛へと昇華するように。そのためには、興味から好意へ。好意から恋へと育てなければいけないぞ。
 準備を整えたハヤトが次に向かったのは冒険者ギルドだ。ここで仲間を募集したり、NPCの冒険者に頼んだり、フレンドと待ち合わせをしたり、登録プレイヤーを借りたりしてパーティーを組むのだけど、ハヤトは募集などせずに受付に向かった。自身の恋愛事情に生身を持つ人を募集するのは恥ずかしいか?
 万全を期すために、サポートプレイヤーのリストから条件に合う人を選んでいるときだ。
「ハヤトさん?」
 後ろからハヤトの名前を呼ぶこの声には聞き覚えがある。それは、数日前にパーティーを組んでフレンド登録をしたサーラちゃんだった。
 不意の再会に笑顔で対応するハヤトだけど、サーラちゃんの表情は微妙だ。怒ってるとまではいかないけど、ちょっと拗ねた顔に思える。なんで?
「ハヤトさん、さっきフレンドメッセージ送ったんですよ!」
 彼女は腰に手を当てて、ほっぺをぷく~っと膨らませてみせた。可愛い!
 どうやらメッセージに反応がなかったことが原因らしい。隼人よ、それはたしかに失礼だ。唯一のフレンドを失ってしまうぞ。
 説教したい案件だけど何やらおかしい。話を聞いてみるとメッセージは届いていないということだった。それどころか、ハヤト側からはメッセージを送ることができないという。個別の不具合?
 そう考えたあとにピンときた。これはおそらく女神アドミスの仕業なのだと。あとで問い詰めてやる!
 言い訳と謝罪を済ませたことでサーラちゃんの理解を得られたハヤトは、これから行くクエストに一緒にどうかと誘っている。白魔術士は貴重だしね。
 彼女は嬉しそうに「いいですよ」と答えたけど、恋する女子のお願いクエストに女の子を誘うのか? でもまぁ、当人同士が良いのなら愛の女神は何も言うまい。
「クエストのサポート依頼するね」
「はい」
 受注クエスト一覧からクエストのサポートを依頼しようとしたハヤトが首をかしげた。
「あれぇ、できないや」
「ユニーククエストってやつじゃないですか? かまいませんよ。気にしないでください」
 クエストを共有できないので報酬は得られない。それでもいいと彼女は笑顔で言った。いい子だな。
 無言で付いてくるサポート仲間ふたりと歩きながら話したのは、突然フレンド欄から消えたレガシー君のことだった。
 サーラちゃんとレガシー君は幼馴染のクラスメイトで、一緒にこのゲームを始めたという。やはり嫉妬によるフレンド離脱らしい。
「いいんです。たかがゲームでムキになるあいつが悪いんですから」
 夏休みなので顔を合わせてはいないようだけど、ゲーム内では一緒に遊んでいるということだ。
 ふたりの関係が壊れなくて良かった。恋は力にもなるけど、ときには人を狂わせる。私はそんな経験ないけどね。
「それにしても凄いですよね」
「何が?」
「フロンティアっていう異世界を現実のように体験できるんですから。戦うのはちょっと怖いけど、フロンティアって凄く楽しいです」
 そういってハヤトの手を取った。乙女だねぇ。
 今、この瞬間はハヤトも楽しいと思っているかもしれない。だけど、フロンティアはゲームでなくて現実だ。それがわかったとき、サーラちゃんは何を思うだろう。いや、わかってしまうということはハヤトに致命的なペナルティが課せられるのだから、そんな日はやってこないか。
 町周辺のモンスターと何度か戦闘をおこなったハヤトたちは、目的の森に到着した。
 ふたりで周辺を調査していると、一本の短剣と血液が飛び散った草地を見つけた。どうやらここで何かがあったらしい。
「彼女のお父さんの物でしょうか?」
「たぶんね。ここで誰かに襲われたのかもしれない」
 などの考察がなされた。
「もし、相手がモンスターだったらもう……」
「いや、きっと生きてる。捕まっているのかも」
「そうですね。これで死んでたらクエスト終わっちゃいますから」
「そう……だね」
 返答と表情の暗さに気づいたサーラちゃんは、自分が言ったことが原因なのかと少々戸惑いを見せている。ゲームの中でもそういった空気はわかるのだろうか。
 彼女の言ったことはおかしなことではない。だけど、この言葉は胸に強く刺さったはずだ。なにせ、ハヤトにとってこのゲームは現実なのだから。 
「血痕がこっちに続いている。誰かに連れて行かれたのかも。行ってみよう」
 自分の態度にサーラちゃんが戸惑っていることに気がついたのだろうハヤトは、声のトーンを上げて血液が続く方向に歩き出した。そうそう、そういった気遣いは必要だぞ。
 血痕はすぐに途切れたけど、森林道が続く先はリディアちゃんの住む町の北西にある小さな町だ。きっとそこにいるか情報が聞けるはず。
 このあたりのモンスターはもう相手にならないから安心して観ていられる。危なげなく辿り着いたウワドナルの町で聞き込みを始めたふたりは、すぐにリディアちゃんのお父さんの情報を手に入れた。モンスターに襲われて負傷したところまでは予想通りだったのだけど、その先がやっかいなことになっていた。
 この町の狩人が、モンスターに襲われていたリディアちゃんのお父さんのハルクさんを助けようとしたところ、力及ばず連れ去られてしまったらしい。そのモンスターは【マッドスパイダー】。卵と一緒に獲物を糸でグルグルと包み、生まれてきた子らの餌にするという。なかなかにグロい。
 助けに行きたいのはやまやまだけど、見知らぬ人と自分たちの命を天秤には掛けられず、しかたなく諦めてしまった。
 だけど、ここで冒険者ハヤトの、いや恋する男の子であるハヤトの取るべき行動はただひとつ。
「そのモンスターの巣はどこにあるんですか?」
 それでこそ男の子だ。とは思うんだけど、敵の強さは未知数。本物の自分の命が懸かっていることを忘れちゃいけない。
「マッドスパイダーの巣は町の北の森のどこかだ。巣は森の木だろうけど、卵はその近くの洞穴だろう」
 他にも火の魔法が有効だという情報を得たけど、雇ったNPCは前衛の壁役とサブヒーラーを兼任するアーチャーなので、下級の火属性の魔法が使える|巻物《スクロール》をいくつか購入し、サーラちゃんと分け合った。
「張り切っていきましょう!」
 サーラちゃんの号令に「おう!」と元気よく応えたハヤトのステータスから【悄然】の状態異常が消えた。やっぱり女の子の力は偉大だね。