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女神からのクエスト

ー/ー



 現在のハヤトのレベルは六。冒険者ギルドはレベル八まで登録はできず、大きな依頼が受けられない。なので、直接モンスターに関わらない見習いクエストで経験値やお金を稼いでいる。この期間はレベルを上げつつ、戦いを含めたいろいろなことに慣れる期間なのだろう。ギルドの受付がこんなことを言っていた。

「失敗しては困る依頼もありますし、冒険者の皆さんの安全の確保も我々の仕事です。無茶な依頼を受けさせることはできません」

 そうなんだけど、よくできているゲームだなと感心した。

 まだ初心者のハヤトは、ダンジョンコアやこれまでに手に入れた素材を売って、そのお金で防具を買い揃えた。これでようやく冒険者っぽくなったな。日本人顔でもけっこう似合うぞ。

 そんなこんなで夕暮れを迎え、新調した装備にウキウキしながら宿に向かったハヤトだったが、財布がスッカラカンになっていることに気がついた。おバカ。

 ステータスを【悄然】にしつつ向かったのはギルドの雑魚寝室。無料で泊まれるけどむさ苦しい場所らしい。お金は計画的に使おうな。

 次の日、私が朝食を食べながらスマホをいじっていると、フロンティアのアプリのメッセージが表示された。

 『緊急クエスト』

 初めて目にしたそれが何か、私はすぐに察した。

「ついに来た」

 女神アドミスからのクエストをクリアするために、ハヤトはゲーム世界に呼ばれたという。いったいどんなクエストなのか。少しだけ震える指でスマホをタップすると、「何これ?」なんて言葉が口を衝いた。

 クエストのタイトルが【山菜を採りに山に入った親子を救助せよ】だったからだ。

「女神が直々に与えるクエストがこれ?」

 もっと恐ろしいクエストなのではないかと身構えていただけに拍子抜けした。

「受注条件が二十八分以内に現場に到着することってなに? 場所は町からはそんなに離れてはいないけど」

 スマホからアプリを開いてこのクエストをハヤトに転送し、私は朝食のトレーを持って二階に上がった。

 すぐにログインをしたところ、ハヤトはすでに町の門に向かって走っていた。本意ではないのだろうけど、女神のクエストをクリアすることがゲームの世界から解放される条件なのだからしょうがない。

 スタミナの消費を調整しつつ走り続けたハヤトは二十分をかけて山に入った。

 【山菜を採りに山に入った親子を救助せよ】というクエスト名だけでは状況がわからない。どんな危険に陥っているのだろう。

 踏み固められて道になっている山道を進んでいくと、わずかに足場が崩れている場所があった。なのにハヤトは気づかず通り過ぎてしまった。おいおい!

 そんなときに使うのが【女神の囁き】という御業だ。

 『崩れた道』、『戻れ』といった内容をひたすらに送り続けると、ハヤトの歩速が落ちて足が止まった。

 振り向いたハヤトは訝しみながら目を凝らし、一歩一歩と来た道を戻っていく。すると、表情を確信めいたモノに変えて足早にその場に向かった。

 足ふたつ分ほどの崩れのある場所の斜面の草木が乱れて下まで続いている。予想できるのは、ここから滑り落ちたということだ。

 崩れやすい斜面をハヤトが慎重に下りていくと、深い木々の向こうに渓谷が見えてきた。

「いた!」

 先に見つけたのは神視点で周囲を見渡せる私だ。ハヤトもすぐに気付いたようで、残り十メートルを駆け下った。

「きゃっ!」

 そんな声を上げて驚いたのはハヤトとそう変わらない年齢の女の子だった。その側には母親らしき人が倒れている。

「あなた!」

 続けて言われたその言葉から、彼女はハヤトを知っているということがわかった。

「君は、あのときの子か」

 彼女とその母親に見覚えがある。私がアドミスから女神の御業のレクチャーを受けたときにハヤトが助けた親子だ。

「ここから落ちたんだね。怪我は?」
「私は擦り傷くらいです。でも、お母さんが」

 見ただけではわからないけど骨折していることも考えられる。意識を失っているので頭部を打った可能性もある。ハヤトは川でタオルを濡らし、傷口を拭いてから治療ポーションを使った。

「君も傷を洗ってきて」
「はい」


 体表の傷はあらかた塞がった。意識が戻らないのは頭を打ったなどの影響だろう。

「よし、見た目の傷は塞がってきた」

 母親の状態が改善したことでクエストクリアを予見したとき、川に傷を洗いにいった彼女が走ってハヤトの背に身を隠した。

「リザードマンです!」

 彼女が指さす先には川を上がってくるリザードマンが二匹。ぬらりとテカる鱗から水を滴らせながら近づいてきていた。

「こいつらのレベルは……」

 マウスを操作して確認すると【リザードマン(幼体):レベル十二】と表示された。

「ハヤトのレベルはまだ七だよ。ひとりで二匹は厳しいでしょ」

 動けない母親を連れて逃げることはできないだろう。そうなると彼女たちを守りながら戦うしかない。

  冒険者ギルドへ登録できるレベルに達していないハヤトはひとりで来るしかなかった。どのみち三十分足らずの時間制限があったので仕方のないことだ。

 ゲームと違って生身で戦うハヤトの恐怖は並じゃないはずだ。ファンタジーのモンスターは得体が知れない。そのうえハヤトからはリザードマンのレベルもわからない。いざとなったとき、この親子を見捨てる臆病さか、それを選択する勇気があるだろうか。

 重く鋭い音を走らせ鞘から剣が引き抜かれた。初期装備として与えられたこの剣だけがハヤトの心の拠り所だろう。

 短い期間ながらも幾度かの実践を経験した今は、この世界に来たばかりの頃とは違う。

 奇しくも、その背で守ろうとしている親子が、初めての実践で助けたふたりだということに、ちょっとした運命を感じてしまう。

 【女神の声援】(攻撃強化:小、効果時間:一分)
 【女神の衣】(守備力強化:小、効果時間:一分)

「ゴメンねハヤト。今できるのはこれくらいなの」

 できることの少ない駆け出し女神の私が使った女神の御業が、覚悟を決めたハヤトに力を与えた。

 皮膚が切れて血がにじむ。転ばされて内出血が浮く。表情を歪めて戦い続ける姿を見て、「ハヤト頑張れ!」と声が出た。こんな言葉が届くわけはないのだけど、応援せずにはいられない。
 親子と私が見守るなかで身を翻して動き回り、必死に振った剣がリザードマンの鱗を打った。

「いいぞ、その調子だ!」

 危うさはあれど動きはどんどん良くなっていくように見える。コツを掴んだのか闘志に火が点いたのか戦況は好転し始めた。

 リザードマンは傷を負うごとに少しずつ後退し、浅瀬に片足が入ったところで背を向けて逃げだした。それを見たもう一匹も奇声を上げて追いかけていく。勝負が決着しないままに戦いは終了した。

「助かった? いや、追い返した。これはハヤトの勝ちだろ!」

 数日前まで剣など握ったことのない少年が、リザードマンという架空のモンスター二匹と血まみれになりながら戦った。これはどれほどの偉業だろうか。

 『【山菜を採りに山に入った親子を救助せよ】をクリアしました』

 この文字が表示された直後にハヤトは尻もちをついて大きく息を吐いた。よく頑張った!

 ハヤトの頑張りに報いるために、私は気合を入れて午後からのバイトに向かった。稼がねば!



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 現在のハヤトのレベルは六。冒険者ギルドはレベル八まで登録はできず、大きな依頼が受けられない。なので、直接モンスターに関わらない見習いクエストで経験値やお金を稼いでいる。この期間はレベルを上げつつ、戦いを含めたいろいろなことに慣れる期間なのだろう。ギルドの受付がこんなことを言っていた。
「失敗しては困る依頼もありますし、冒険者の皆さんの安全の確保も我々の仕事です。無茶な依頼を受けさせることはできません」
 そうなんだけど、よくできているゲームだなと感心した。
 まだ初心者のハヤトは、ダンジョンコアやこれまでに手に入れた素材を売って、そのお金で防具を買い揃えた。これでようやく冒険者っぽくなったな。日本人顔でもけっこう似合うぞ。
 そんなこんなで夕暮れを迎え、新調した装備にウキウキしながら宿に向かったハヤトだったが、財布がスッカラカンになっていることに気がついた。おバカ。
 ステータスを【悄然】にしつつ向かったのはギルドの雑魚寝室。無料で泊まれるけどむさ苦しい場所らしい。お金は計画的に使おうな。
 次の日、私が朝食を食べながらスマホをいじっていると、フロンティアのアプリのメッセージが表示された。
 『緊急クエスト』
 初めて目にしたそれが何か、私はすぐに察した。
「ついに来た」
 女神アドミスからのクエストをクリアするために、ハヤトはゲーム世界に呼ばれたという。いったいどんなクエストなのか。少しだけ震える指でスマホをタップすると、「何これ?」なんて言葉が口を衝いた。
 クエストのタイトルが【山菜を採りに山に入った親子を救助せよ】だったからだ。
「女神が直々に与えるクエストがこれ?」
 もっと恐ろしいクエストなのではないかと身構えていただけに拍子抜けした。
「受注条件が二十八分以内に現場に到着することってなに? 場所は町からはそんなに離れてはいないけど」
 スマホからアプリを開いてこのクエストをハヤトに転送し、私は朝食のトレーを持って二階に上がった。
 すぐにログインをしたところ、ハヤトはすでに町の門に向かって走っていた。本意ではないのだろうけど、女神のクエストをクリアすることがゲームの世界から解放される条件なのだからしょうがない。
 スタミナの消費を調整しつつ走り続けたハヤトは二十分をかけて山に入った。
 【山菜を採りに山に入った親子を救助せよ】というクエスト名だけでは状況がわからない。どんな危険に陥っているのだろう。
 踏み固められて道になっている山道を進んでいくと、わずかに足場が崩れている場所があった。なのにハヤトは気づかず通り過ぎてしまった。おいおい!
 そんなときに使うのが【女神の囁き】という御業だ。
 『崩れた道』、『戻れ』といった内容をひたすらに送り続けると、ハヤトの歩速が落ちて足が止まった。
 振り向いたハヤトは訝しみながら目を凝らし、一歩一歩と来た道を戻っていく。すると、表情を確信めいたモノに変えて足早にその場に向かった。
 足ふたつ分ほどの崩れのある場所の斜面の草木が乱れて下まで続いている。予想できるのは、ここから滑り落ちたということだ。
 崩れやすい斜面をハヤトが慎重に下りていくと、深い木々の向こうに渓谷が見えてきた。
「いた!」
 先に見つけたのは神視点で周囲を見渡せる私だ。ハヤトもすぐに気付いたようで、残り十メートルを駆け下った。
「きゃっ!」
 そんな声を上げて驚いたのはハヤトとそう変わらない年齢の女の子だった。その側には母親らしき人が倒れている。
「あなた!」
 続けて言われたその言葉から、彼女はハヤトを知っているということがわかった。
「君は、あのときの子か」
 彼女とその母親に見覚えがある。私がアドミスから女神の御業のレクチャーを受けたときにハヤトが助けた親子だ。
「ここから落ちたんだね。怪我は?」
「私は擦り傷くらいです。でも、お母さんが」
 見ただけではわからないけど骨折していることも考えられる。意識を失っているので頭部を打った可能性もある。ハヤトは川でタオルを濡らし、傷口を拭いてから治療ポーションを使った。
「君も傷を洗ってきて」
「はい」
 体表の傷はあらかた塞がった。意識が戻らないのは頭を打ったなどの影響だろう。
「よし、見た目の傷は塞がってきた」
 母親の状態が改善したことでクエストクリアを予見したとき、川に傷を洗いにいった彼女が走ってハヤトの背に身を隠した。
「リザードマンです!」
 彼女が指さす先には川を上がってくるリザードマンが二匹。ぬらりとテカる鱗から水を滴らせながら近づいてきていた。
「こいつらのレベルは……」
 マウスを操作して確認すると【リザードマン(幼体):レベル十二】と表示された。
「ハヤトのレベルはまだ七だよ。ひとりで二匹は厳しいでしょ」
 動けない母親を連れて逃げることはできないだろう。そうなると彼女たちを守りながら戦うしかない。
  冒険者ギルドへ登録できるレベルに達していないハヤトはひとりで来るしかなかった。どのみち三十分足らずの時間制限があったので仕方のないことだ。
 ゲームと違って生身で戦うハヤトの恐怖は並じゃないはずだ。ファンタジーのモンスターは得体が知れない。そのうえハヤトからはリザードマンのレベルもわからない。いざとなったとき、この親子を見捨てる臆病さか、それを選択する勇気があるだろうか。
 重く鋭い音を走らせ鞘から剣が引き抜かれた。初期装備として与えられたこの剣だけがハヤトの心の拠り所だろう。
 短い期間ながらも幾度かの実践を経験した今は、この世界に来たばかりの頃とは違う。
 奇しくも、その背で守ろうとしている親子が、初めての実践で助けたふたりだということに、ちょっとした運命を感じてしまう。
 【女神の声援】(攻撃強化:小、効果時間:一分)
 【女神の衣】(守備力強化:小、効果時間:一分)
「ゴメンねハヤト。今できるのはこれくらいなの」
 できることの少ない駆け出し女神の私が使った女神の御業が、覚悟を決めたハヤトに力を与えた。
 皮膚が切れて血がにじむ。転ばされて内出血が浮く。表情を歪めて戦い続ける姿を見て、「ハヤト頑張れ!」と声が出た。こんな言葉が届くわけはないのだけど、応援せずにはいられない。
 親子と私が見守るなかで身を翻して動き回り、必死に振った剣がリザードマンの鱗を打った。
「いいぞ、その調子だ!」
 危うさはあれど動きはどんどん良くなっていくように見える。コツを掴んだのか闘志に火が点いたのか戦況は好転し始めた。
 リザードマンは傷を負うごとに少しずつ後退し、浅瀬に片足が入ったところで背を向けて逃げだした。それを見たもう一匹も奇声を上げて追いかけていく。勝負が決着しないままに戦いは終了した。
「助かった? いや、追い返した。これはハヤトの勝ちだろ!」
 数日前まで剣など握ったことのない少年が、リザードマンという架空のモンスター二匹と血まみれになりながら戦った。これはどれほどの偉業だろうか。
 『【山菜を採りに山に入った親子を救助せよ】をクリアしました』
 この文字が表示された直後にハヤトは尻もちをついて大きく息を吐いた。よく頑張った!
 ハヤトの頑張りに報いるために、私は気合を入れて午後からのバイトに向かった。稼がねば!