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Brocken spectre Ⅱ

ー/ー





「その黒い奴らってのはね──」

 どこから湧いて出たのか、ラミアが僕の真後ろに立っていた。いつからそこにいたのかもわからない。呼吸音ひとつ、気配ひとつ察知できなかった自分が悔しい。
「うおっ!」
「ひっ!」
 僕とフォンファはほぼ同時に声をあげた。お互いのリアクションが漫画みたいで余計に情けない。

 ラミアは、僕たちの反応が楽しくて仕方ない、と言わんばかりに満足げな笑みを浮かべている。そして頼んでもいないのに、説明を始めた。そういう人なのだ、この人は。

「ピースキーパーよ」

 院内を呆れたような沈黙が支配する。

「……また言いやがったよ、この人」
「勘弁っすね、マジで」

 僕とフォンファは、顔を見合わせてため息をつく。慣れているとはいえ、いきなり呪詛みたいな言葉を吐かれるのは、いまだに心臓に悪い。いや、本当にやめてほしい。

「一度聞いたら、同じことよ」

 ラミアは微笑を浮かべたまま、確信に満ちた声で言った。

「いやそれでも、何回も聞きたくないっすよ!」

 フォンファが即座にツッコミを入れる。さすが、我々の良心だ。

「そしてね! なんで、ピースキーパーがキリちゃんの未来視に現れると雨が降るのかっていうと!」

 ラミアは突然、クイズ番組の司会者みたいに声を張り上げた。そして、わざとらしく間を置く。嫌な予感しかしない僕たちは、反射的に防衛に移った。

「「あー!! あー!!!!」」

 僕たちは大声で叫びながら耳を叩く。魔法を使って耳を塞いでも、ラミアならディスペルの魔法をぶっ放して強制的に聞かせてきそうだったから、ここは物理攻撃で耐えるしかない。

 だが、ラミアは僕らの手の動きに合わせて叫んでくる。

「て! ん! が! お! ま! も! り! く! だ! さっ! て! る! の! よ!」

 残念ながら、我々の防壁はあっさり突破された。さすがはキリアのお母さん、クソバ──ただ者ではない。

「このク──」

「それ以上はいけないよ。フォンファ」

 思わずこぼれたフォンファの暴言を止めるべく、僕は格闘技の審判みたいに手をクロスさせ、彼女たちの間に割って入った。だがフォンファの目は本気だ。危うくキョンシーの本来の姿に戻りそうな勢いだった。

「ピースメーカーかなんだか知らないっすけど、この人は間違いなくトラブルメーカーっす」
「ちげえねえ」

 僕たちの冷たい視線を受けても、ラミアは一切怯まない。むしろその胸を自慢げに張り、笑顔を浮かべる。やっぱりこの人、キリアの母親だ。親子というものは遺伝の呪いから逃れられないのだろう。

「あらやだ。二人とも。守ってもらえてるから大丈夫ってことよ!」

 彼女は、まるで華麗なフィナーレを飾るオペラ歌手のように堂々とそう言った。そして優雅に振り返ると、手首をくねらせて指先をひらひらと振る。

「アディオス」

 去り際の仕草までラミアらしく、謎のイラ立ちを覚える。あの手の動き、いったい何のつもりだろうか。腹立たしいにもほどがある。


「またオチがスピってたっすね」
 フォンファが息を荒くしながら言う。その息遣いには、疲労と微かな苛立ちが滲んでいた。彼女なりに落ち着こうとしているのだろう。

「新興宗教の長なんじゃないか?」
 僕も調子を合わせてラミアを弄る

「一応私の母ゆ。あんまりいじらないであげてゆ」

 キリアが、鋭く、そして静かに口を挟む。

「どう見てもいじられてたのは我々っすけどね!」
 フォンファの目が据わる。怒りというよりも困惑に近いその表情が少しだけ可笑しくて、僕は鼻で笑いそうになるのを堪えた。

「だとしてもゆ」
 キリアは頬をふくらませる。その仕草に、ほんの一瞬だけ母親を思わせる鋭い光が宿る。けれど次の瞬間には、それも消えていつもの可愛らしい顔に戻った。

 その切り替わりがあまりに自然で、僕はどきっとする。
 普段の会話では見せないその瞬間的な真剣さが、案外良いということに気づいてしまったからだ。ただ、よくよく考えると、ゲーム中の彼女もいつも真剣だった気がしてきた。あれ? 僕は彼女のどこを良いだと思ったんだっけ。

「ていうか、しっかりピースキーパーとやらが来てんじゃないっすか!どうすんすか!」
 フォンファが怒気混じりに言葉を続ける。その通りだ。どう考えても、状況はまともではない。AMDSの存続すら危ういかもしれないのに。

「でも、今のところ実害もないしね」

 僕はそういいつつも、心の中ではちょっぴり不安が芽が出てきた。何もないのはいいことのはずなのに、僕は何か起きた方がマシだと思ってしまう。ピースキーパーが現れて、ただ「無関心」でいることが最も恐ろしい。

「異常があったら私が言うゆ」

「それもそうっすけども……」

 フォンファが押し黙る。その表情には疑念が張り付いていた。僕も同じだった。この現実がどこかズレている気がするのに、それを正す術がない。ただ、この状況を選んだのは僕自身なのだ。

「ま、経過観察だね!」
 不安を振り払うように僕は高らかに宣言する。自分でも分かる。これは強がりだ。

「そんなヤブ医者みたいな!  いいんすかそんなんで! ウチは二人が心配っす……」
 フォンファは本気だった。自分のことではなく、ラミアとキリアのために悩んでいるらしい。それが、いかにもフォンファらしい。

「じゃあさ、僕がピースキーパーとやらをぶっ飛ばすために、レベル上げの冒険にでも繰り出すかい?」
 冗談めかして言うと、キリアとフォンファが即座に反応した。

「冒険が始まった瞬間、隣の林のキラービーにケツブッ刺されてゲームオーバーゆね」

「うーん、無理ゲーっすね」

 二人はにへらと笑いながら僕をからかう。それが妙に悔しくて、でも少しだけ心が軽くなった。

「きみたちなんなの? 結局僕が傷つく流れじゃない?」

 自分で言っておきながら、しょんぼりする。それでも二人の笑顔を見ると、なんだか許せてしまうから不思議だ。

「事実ゆ」
「そうっすよ」

 キリアとフォンファの言葉が僕の胸にのしかかる。どんな言い訳をしても、最終的には僕がなんとかするしかない。強くもないのに、責任感だけは一丁前に湧いてくるのが情けない。

(やっぱりモンスター医療にはあるまじきレベリングを行うべきか?いや、倫理的にどうなんだ。となると本当にどうしようもない時には、例のアレを使うしかないのか……?)

 院内の奥に厳重に保管してある“それ”。頭の中でその選択肢がちらつく。けれど、使いたくないという気持ちが今は勝っている。

 僕がそう思い耽っていると、二人が心配そうに顔を覗き込んでくる。まだ敢えて軽い感じにしとこう。僕は顔を隠して、およよと泣くフリをする。


「ひどいわ……私、キリちゃんを心配しているのに」
 わざと芝居がかった声で嘆く。指の隙間からちらりと二人を見ると、案の定、戯れ合いモードに突入していた。覆っていた手をさげて自然と見入ってしまう。なんだか二人の戯れ合いは、マニアが高値をつけそうな感じがするのだ。あ、あくまで私見ですよ。

 にしても──

「てんがまもってる」
 僕は心当たりがないわけではなかった。背後で何か大きな力が蠢いている気がする。でも、それを口にするのは怖かった。

「なんすか、その心当たりあります顔は。話してくださいっす」

 フォンファが的確に突っ込んでくる。逃げ場がなくて、僕は仕方なく肩をすくめた。

「いえゆ」

「うーん。ゆくゆくね。まだ確信はないんだ」

 キリアは僕の言葉を読み取ったのか、微かに息を吐き、窓の外に目を向ける。その視線の先では、雨粒が縦に降り続けていた。

 その雨音が僕らを静かに包み込みながら、ゆっくりと強まっていく。それは、まるでこれから始まる物語の前触れのようだった。




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みんなのリアクション



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「その黒い奴らってのはね──」
 どこから湧いて出たのか、ラミアが僕の真後ろに立っていた。いつからそこにいたのかもわからない。呼吸音ひとつ、気配ひとつ察知できなかった自分が悔しい。
「うおっ!」
「ひっ!」
 僕とフォンファはほぼ同時に声をあげた。お互いのリアクションが漫画みたいで余計に情けない。
 ラミアは、僕たちの反応が楽しくて仕方ない、と言わんばかりに満足げな笑みを浮かべている。そして頼んでもいないのに、説明を始めた。そういう人なのだ、この人は。
「ピースキーパーよ」
 院内を呆れたような沈黙が支配する。
「……また言いやがったよ、この人」
「勘弁っすね、マジで」
 僕とフォンファは、顔を見合わせてため息をつく。慣れているとはいえ、いきなり呪詛みたいな言葉を吐かれるのは、いまだに心臓に悪い。いや、本当にやめてほしい。
「一度聞いたら、同じことよ」
 ラミアは微笑を浮かべたまま、確信に満ちた声で言った。
「いやそれでも、何回も聞きたくないっすよ!」
 フォンファが即座にツッコミを入れる。さすが、我々の良心だ。
「そしてね! なんで、ピースキーパーがキリちゃんの未来視に現れると雨が降るのかっていうと!」
 ラミアは突然、クイズ番組の司会者みたいに声を張り上げた。そして、わざとらしく間を置く。嫌な予感しかしない僕たちは、反射的に防衛に移った。
「「あー!! あー!!!!」」
 僕たちは大声で叫びながら耳を叩く。魔法を使って耳を塞いでも、ラミアならディスペルの魔法をぶっ放して強制的に聞かせてきそうだったから、ここは物理攻撃で耐えるしかない。
 だが、ラミアは僕らの手の動きに合わせて叫んでくる。
「て! ん! が! お! ま! も! り! く! だ! さっ! て! る! の! よ!」
 残念ながら、我々の防壁はあっさり突破された。さすがはキリアのお母さん、クソバ──ただ者ではない。
「このク──」
「それ以上はいけないよ。フォンファ」
 思わずこぼれたフォンファの暴言を止めるべく、僕は格闘技の審判みたいに手をクロスさせ、彼女たちの間に割って入った。だがフォンファの目は本気だ。危うくキョンシーの本来の姿に戻りそうな勢いだった。
「ピースメーカーかなんだか知らないっすけど、この人は間違いなくトラブルメーカーっす」
「ちげえねえ」
 僕たちの冷たい視線を受けても、ラミアは一切怯まない。むしろその胸を自慢げに張り、笑顔を浮かべる。やっぱりこの人、キリアの母親だ。親子というものは遺伝の呪いから逃れられないのだろう。
「あらやだ。二人とも。守ってもらえてるから大丈夫ってことよ!」
 彼女は、まるで華麗なフィナーレを飾るオペラ歌手のように堂々とそう言った。そして優雅に振り返ると、手首をくねらせて指先をひらひらと振る。
「アディオス」
 去り際の仕草までラミアらしく、謎のイラ立ちを覚える。あの手の動き、いったい何のつもりだろうか。腹立たしいにもほどがある。
「またオチがスピってたっすね」
 フォンファが息を荒くしながら言う。その息遣いには、疲労と微かな苛立ちが滲んでいた。彼女なりに落ち着こうとしているのだろう。
「新興宗教の長なんじゃないか?」
 僕も調子を合わせてラミアを弄る
「一応私の母ゆ。あんまりいじらないであげてゆ」
 キリアが、鋭く、そして静かに口を挟む。
「どう見てもいじられてたのは我々っすけどね!」
 フォンファの目が据わる。怒りというよりも困惑に近いその表情が少しだけ可笑しくて、僕は鼻で笑いそうになるのを堪えた。
「だとしてもゆ」
 キリアは頬をふくらませる。その仕草に、ほんの一瞬だけ母親を思わせる鋭い光が宿る。けれど次の瞬間には、それも消えていつもの可愛らしい顔に戻った。
 その切り替わりがあまりに自然で、僕はどきっとする。
 普段の会話では見せないその瞬間的な真剣さが、案外良いということに気づいてしまったからだ。ただ、よくよく考えると、ゲーム中の彼女もいつも真剣だった気がしてきた。あれ? 僕は彼女のどこを良いだと思ったんだっけ。
「ていうか、しっかりピースキーパーとやらが来てんじゃないっすか!どうすんすか!」
 フォンファが怒気混じりに言葉を続ける。その通りだ。どう考えても、状況はまともではない。AMDSの存続すら危ういかもしれないのに。
「でも、今のところ実害もないしね」
 僕はそういいつつも、心の中ではちょっぴり不安が芽が出てきた。何もないのはいいことのはずなのに、僕は何か起きた方がマシだと思ってしまう。ピースキーパーが現れて、ただ「無関心」でいることが最も恐ろしい。
「異常があったら私が言うゆ」
「それもそうっすけども……」
 フォンファが押し黙る。その表情には疑念が張り付いていた。僕も同じだった。この現実がどこかズレている気がするのに、それを正す術がない。ただ、この状況を選んだのは僕自身なのだ。
「ま、経過観察だね!」
 不安を振り払うように僕は高らかに宣言する。自分でも分かる。これは強がりだ。
「そんなヤブ医者みたいな!  いいんすかそんなんで! ウチは二人が心配っす……」
 フォンファは本気だった。自分のことではなく、ラミアとキリアのために悩んでいるらしい。それが、いかにもフォンファらしい。
「じゃあさ、僕がピースキーパーとやらをぶっ飛ばすために、レベル上げの冒険にでも繰り出すかい?」
 冗談めかして言うと、キリアとフォンファが即座に反応した。
「冒険が始まった瞬間、隣の林のキラービーにケツブッ刺されてゲームオーバーゆね」
「うーん、無理ゲーっすね」
 二人はにへらと笑いながら僕をからかう。それが妙に悔しくて、でも少しだけ心が軽くなった。
「きみたちなんなの? 結局僕が傷つく流れじゃない?」
 自分で言っておきながら、しょんぼりする。それでも二人の笑顔を見ると、なんだか許せてしまうから不思議だ。
「事実ゆ」
「そうっすよ」
 キリアとフォンファの言葉が僕の胸にのしかかる。どんな言い訳をしても、最終的には僕がなんとかするしかない。強くもないのに、責任感だけは一丁前に湧いてくるのが情けない。
(やっぱりモンスター医療にはあるまじきレベリングを行うべきか?いや、倫理的にどうなんだ。となると本当にどうしようもない時には、例のアレを使うしかないのか……?)
 院内の奥に厳重に保管してある“それ”。頭の中でその選択肢がちらつく。けれど、使いたくないという気持ちが今は勝っている。
 僕がそう思い耽っていると、二人が心配そうに顔を覗き込んでくる。まだ敢えて軽い感じにしとこう。僕は顔を隠して、およよと泣くフリをする。
「ひどいわ……私、キリちゃんを心配しているのに」
 わざと芝居がかった声で嘆く。指の隙間からちらりと二人を見ると、案の定、戯れ合いモードに突入していた。覆っていた手をさげて自然と見入ってしまう。なんだか二人の戯れ合いは、マニアが高値をつけそうな感じがするのだ。あ、あくまで私見ですよ。
 にしても──
「てんがまもってる」
 僕は心当たりがないわけではなかった。背後で何か大きな力が蠢いている気がする。でも、それを口にするのは怖かった。
「なんすか、その心当たりあります顔は。話してくださいっす」
 フォンファが的確に突っ込んでくる。逃げ場がなくて、僕は仕方なく肩をすくめた。
「いえゆ」
「うーん。ゆくゆくね。まだ確信はないんだ」
 キリアは僕の言葉を読み取ったのか、微かに息を吐き、窓の外に目を向ける。その視線の先では、雨粒が縦に降り続けていた。
 その雨音が僕らを静かに包み込みながら、ゆっくりと強まっていく。それは、まるでこれから始まる物語の前触れのようだった。