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No teeth No vampire Ⅲ

ー/ー





 気持ちを切り替え、僕はミルカラの治療に向き合うことにした。

「それで、先生、どうしてくれるのかしら?」

 ミルカラがじっと僕を見つめてくる。いや、じっとどころか、魂まで覗かれそうな圧を感じる。ここは冷静にいかないと。

「えーっとですね、ミルカラ様。現状、歯が脱灰しかかっています。これ、虫歯の初期段階と言いますが、フッ素を塗布していけば再石灰化、つまり元通りになる可能性が高いです。なので、侵襲性の低い治療、つまり削らないで済む方法を提案させていただきますね」

 僕がなるべく優しいトーンで説明すると、ミルカラはふんわりと笑みを浮かべた。

「あら先生!削らなくてもいいのね!それなら嬉しいわ」

 まるでメルヘンな童話の姫のようなポーズをとり、両手の指の先だけを合わせて微笑む。その仕草だけ見れば本当のお姫様に見えるが、僕はこの人の本性を知っている。油断禁物だ。

「そうですね。先ほど、透視させていただいたところ、虫歯はまだ内部には及んでいないようでしたので」

「透視?先生、わたくし眼術魔法に対しては無効になるほどの耐性を持っておりますのよ。インチキしていないかしら?」

 さっきの柔らかな笑顔はどこへやら、ミルカラの目が鋭く細められる。その視線は一瞬で僕の背筋を凍らせた。さすが真祖ヴァンパイア。

「ええと、当院では、そういった方にも安心して治療を受けていただくために、耐性を無効にする医療器具を取り揃えております。ですので、インチキではなく、あくまで正当な医療行為です。どうぞご安心くださいね」

 僕は冷や汗をぬぐいつつ、努めて落ち着いた声で説明する。さらに追い打ちをかけるように、こんな一言を添えた。

「それに、この件については問診票にも記載がありましたよね。ミルカラ様にも同意いただいておりますので」

「まぁ、そうでしたの?わたくし、痛くて痛くて読み飛ばしてしまいましたわ。ありがとう、先生」

 そう言って、ミルカラはまた笑顔を取り戻し、恥じらうように頬に手を当てた。ただ、その態度がどうにも心から反省しているようには見えない。どちらかというと、これ以上追及されたくないだけだろう。

 まぁいい。とりあえず爆弾の導火線には水をかけられたらしい。僕はほっと胸をなでおろし、次の手順に移る準備を始めた。

「またミルカラ様の歯茎についてですが、かなり炎症が進行しているようです。これは歯石の除去が非常に効果的です。歯石とは、食べ物のカスや、ミルカラ様の場合は血液ですね、それが磨き残しによって唾液の成分で石灰化したものです。歯石そのものは直接害を及ぼしませんが、その上に雑菌がコロニー、つまり住みかを作ります。そしてその雑菌が毒素を出し、それに免疫が反応して歯茎が腫れたり、最悪の場合骨を溶かしたりするんです。なので、クリーニングを行い、歯石をしっかり除去していきますね」

「……それって、痛いの?」
 ミルカラが不安そうに眉を寄せながら、じっと僕を見据える。

「麻痺魔法を使えば、痛みを軽減できますよ」
「先生、わたくし状態異常の耐性がございますの」
「それでしたら、耐性に対応した医療魔法器具も取り揃えておりますので、ご安心ください」
 僕は慣れた口調で返しながら、次に備えて頭の中で展開を組み立て始める。

「助かるわぁ。実はね、民間の人間の歯医者に人間のふりをして行ったのだけど、全然ダメだったの。麻酔の注射なんてまるで効かないわ。人間はあんなので痛くないのかしら?」
 吸血鬼の話を聞いていると、人間という存在がどれほど下に見られているかよく分かる。こうして話を聞いている間も、終始その調子だ。

「我々には効くんですよ、ミルカラ様。ですが、ヴァンパイアの方々にとって、人間のふりをするなんて大屈辱だったでしょう。それほどまでにお困りだったのですね。本日は本当に当院を選んでくださり、ありがとうございます」
「まぁ!先生ったら、なんて素敵なの!やっぱり大好きだわ。えっと、お名前はなんでしたっけ?」

 名前を忘れるというか、覚える気がないのだろう。僕は心の中で苦笑しつつ、努めてにこやかに答える。
「アマギと申します」
「ああ、そうでしたわ!アマギ、アマギ先生!ええ!ええ!そうでしたの!タ、タマキン、失礼。タマギ先生、お金のことはいいから痛くなくしてちょうだいね」

 秒で間違った上に危うくとんでもないド下ネタ先生にされそうになった僕は、込み上げる笑いを喉を締めて必死に押さえつける。
 ミルカラは、首を振って大袈裟に自分の非を改めるように見せかけているが、魅了がかかっていない人間からしたら可愛い以外別段なにも思わなかった。

「承知しました。とはいえ、一応こちら概算書の方になります」
 キリアがタイミングぴったしで書類をもってくる。0が6こ並んでいる。耐性無効グッズのオプションで跳ね上がっているが、正直、殺されるリスクを考えるともっと欲しいくらいだ。

「ねえ、これくらい安くて本当にいいの?十倍払っても構わないわよ?」
是非ともとはいえず、返答する。
「お気持ちだけで十分です。ミルカラ様が勇気を出して来院してくださった、それだけで光栄ですよ」
「まあまあ!先生、素敵すぎるわ。わたくし、しばらくお世話になりますわね」
「もちろんです。こちらこそよろしくお願いいたします。それでは、早速治療を始めますね」


 僕は口元に笑顔を貼りつけたまま、治療台の横にあるワークテーブルへそっと手を伸ばし、「それ」を置いた。
 着物を着た尼削ぎ──切れ長の目をした、全長50センチくらいの人形だ。可愛らしいといえば聞こえはいいけど、間違いなく呪われた人形。耐性を無効化する希少な匠の品。そんじょそこらじゃあお目にかかれない。

「イヤァああッ!」

 ミルカラが悲鳴を上げる。思わず両手を突き出し、人形を指差したかと思えば、そのまま身体ごと顔を背ける。
 え、怖いの?真祖ヴァンパイアが?呪い耐性ゼロなの?

「ミルカラ様、ご安心ください」
 僕はなるべく穏やかな声を作って、恐る恐る説明を始めた。

「この子は、ミルカラ様のお痛みを取り除くために用意しました。近くに置けば置くほど効果があります。髪型もミルカラ様に似せたものを選びました。治療中、抱いていただければ最高です」

「え、これを……抱くの?」

「そうです。抱いていただければ、この子がミルカラ様を守ります」

「そ、そう言われると……なんだか可愛く思えてきましたわ」

 僕の説明が効いたのか、ミルカラは一瞬の迷いを経て、人形の両脇をそっとつかむ。次の瞬間、彼女はその人形をお腹の上にしっかりと抱えて、僕に視線を向けた。

「失礼しましたわ。取り乱してしまって。これで良いのですわね?」

「ええ、完璧です」

 僕は心の中で「やったぜ」とガッツポーズを決めながら、治療器具に手を伸ばした。

「では、治療を始めます。痛かったらすぐ教えてくださいね」
 治療に入る前、僕は軽く手をかざして麻痺魔法を唱える。極少量だから、大したことはないけど、それでも効き目はあるはずだ。

「これが麻痺魔法?なんだか、少し不思議な感じですわ」

 ミルカラが首をかしげる。どうやらこういうのは初めてらしい。まぁそりゃそうか。なにせ状態異常無効化のチートもちだもの。

 さて、問題はここからだ。
 歯石の除去は厄介極まりない作業だ。歯肉の柔らかい部分と歯の硬い部分、両方を傷つけずに処理する必要がある。それ専用の魔法はないから、僕は超音波スケーラーを使って少しずつ歯石を削り取っていく。

 時間がかかったけど、ようやくあらかたの歯石を除去した。

「はい、うがいしてくださいね」

 治療台をゆっくり起こしながらそう言うと、ミルカラは素直に指示に従った。

「……先生!全然痛くなかったですわ!先生って、ゴッドハンドなんじゃなくて?!」

 ミルカラが椅子の上で座りながら少しだけ横に揺れる。見た目だけなら、無邪気な子供が嬉しそうにはしゃいでいる光景だ。でもね、実際はとんでもない真祖ヴァンパイアなんだよな、この人。

「それは光栄です」
 僕は大袈裟に頭を下げた。

 こうして、今日も無事に一件落着。
 僕の医院はまたひとつ、侵攻の危機を防いだ。そして、熱意(というか執着)のある太客、失礼、患者さんが一人増えたことで、AMDSの平和はしばらく保たれることになった。


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 気持ちを切り替え、僕はミルカラの治療に向き合うことにした。
「それで、先生、どうしてくれるのかしら?」
 ミルカラがじっと僕を見つめてくる。いや、じっとどころか、魂まで覗かれそうな圧を感じる。ここは冷静にいかないと。
「えーっとですね、ミルカラ様。現状、歯が脱灰しかかっています。これ、虫歯の初期段階と言いますが、フッ素を塗布していけば再石灰化、つまり元通りになる可能性が高いです。なので、侵襲性の低い治療、つまり削らないで済む方法を提案させていただきますね」
 僕がなるべく優しいトーンで説明すると、ミルカラはふんわりと笑みを浮かべた。
「あら先生!削らなくてもいいのね!それなら嬉しいわ」
 まるでメルヘンな童話の姫のようなポーズをとり、両手の指の先だけを合わせて微笑む。その仕草だけ見れば本当のお姫様に見えるが、僕はこの人の本性を知っている。油断禁物だ。
「そうですね。先ほど、透視させていただいたところ、虫歯はまだ内部には及んでいないようでしたので」
「透視?先生、わたくし眼術魔法に対しては無効になるほどの耐性を持っておりますのよ。インチキしていないかしら?」
 さっきの柔らかな笑顔はどこへやら、ミルカラの目が鋭く細められる。その視線は一瞬で僕の背筋を凍らせた。さすが真祖ヴァンパイア。
「ええと、当院では、そういった方にも安心して治療を受けていただくために、耐性を無効にする医療器具を取り揃えております。ですので、インチキではなく、あくまで正当な医療行為です。どうぞご安心くださいね」
 僕は冷や汗をぬぐいつつ、努めて落ち着いた声で説明する。さらに追い打ちをかけるように、こんな一言を添えた。
「それに、この件については問診票にも記載がありましたよね。ミルカラ様にも同意いただいておりますので」
「まぁ、そうでしたの?わたくし、痛くて痛くて読み飛ばしてしまいましたわ。ありがとう、先生」
 そう言って、ミルカラはまた笑顔を取り戻し、恥じらうように頬に手を当てた。ただ、その態度がどうにも心から反省しているようには見えない。どちらかというと、これ以上追及されたくないだけだろう。
 まぁいい。とりあえず爆弾の導火線には水をかけられたらしい。僕はほっと胸をなでおろし、次の手順に移る準備を始めた。
「またミルカラ様の歯茎についてですが、かなり炎症が進行しているようです。これは歯石の除去が非常に効果的です。歯石とは、食べ物のカスや、ミルカラ様の場合は血液ですね、それが磨き残しによって唾液の成分で石灰化したものです。歯石そのものは直接害を及ぼしませんが、その上に雑菌がコロニー、つまり住みかを作ります。そしてその雑菌が毒素を出し、それに免疫が反応して歯茎が腫れたり、最悪の場合骨を溶かしたりするんです。なので、クリーニングを行い、歯石をしっかり除去していきますね」
「……それって、痛いの?」
 ミルカラが不安そうに眉を寄せながら、じっと僕を見据える。
「麻痺魔法を使えば、痛みを軽減できますよ」
「先生、わたくし状態異常の耐性がございますの」
「それでしたら、耐性に対応した医療魔法器具も取り揃えておりますので、ご安心ください」
 僕は慣れた口調で返しながら、次に備えて頭の中で展開を組み立て始める。
「助かるわぁ。実はね、民間の人間の歯医者に人間のふりをして行ったのだけど、全然ダメだったの。麻酔の注射なんてまるで効かないわ。人間はあんなので痛くないのかしら?」
 吸血鬼の話を聞いていると、人間という存在がどれほど下に見られているかよく分かる。こうして話を聞いている間も、終始その調子だ。
「我々には効くんですよ、ミルカラ様。ですが、ヴァンパイアの方々にとって、人間のふりをするなんて大屈辱だったでしょう。それほどまでにお困りだったのですね。本日は本当に当院を選んでくださり、ありがとうございます」
「まぁ!先生ったら、なんて素敵なの!やっぱり大好きだわ。えっと、お名前はなんでしたっけ?」
 名前を忘れるというか、覚える気がないのだろう。僕は心の中で苦笑しつつ、努めてにこやかに答える。
「アマギと申します」
「ああ、そうでしたわ!アマギ、アマギ先生!ええ!ええ!そうでしたの!タ、タマキン、失礼。タマギ先生、お金のことはいいから痛くなくしてちょうだいね」
 秒で間違った上に危うくとんでもないド下ネタ先生にされそうになった僕は、込み上げる笑いを喉を締めて必死に押さえつける。
 ミルカラは、首を振って大袈裟に自分の非を改めるように見せかけているが、魅了がかかっていない人間からしたら可愛い以外別段なにも思わなかった。
「承知しました。とはいえ、一応こちら概算書の方になります」
 キリアがタイミングぴったしで書類をもってくる。0が6こ並んでいる。耐性無効グッズのオプションで跳ね上がっているが、正直、殺されるリスクを考えるともっと欲しいくらいだ。
「ねえ、これくらい安くて本当にいいの?十倍払っても構わないわよ?」
是非ともとはいえず、返答する。
「お気持ちだけで十分です。ミルカラ様が勇気を出して来院してくださった、それだけで光栄ですよ」
「まあまあ!先生、素敵すぎるわ。わたくし、しばらくお世話になりますわね」
「もちろんです。こちらこそよろしくお願いいたします。それでは、早速治療を始めますね」
 僕は口元に笑顔を貼りつけたまま、治療台の横にあるワークテーブルへそっと手を伸ばし、「それ」を置いた。
 着物を着た尼削ぎ──切れ長の目をした、全長50センチくらいの人形だ。可愛らしいといえば聞こえはいいけど、間違いなく呪われた人形。耐性を無効化する希少な匠の品。そんじょそこらじゃあお目にかかれない。
「イヤァああッ!」
 ミルカラが悲鳴を上げる。思わず両手を突き出し、人形を指差したかと思えば、そのまま身体ごと顔を背ける。
 え、怖いの?真祖ヴァンパイアが?呪い耐性ゼロなの?
「ミルカラ様、ご安心ください」
 僕はなるべく穏やかな声を作って、恐る恐る説明を始めた。
「この子は、ミルカラ様のお痛みを取り除くために用意しました。近くに置けば置くほど効果があります。髪型もミルカラ様に似せたものを選びました。治療中、抱いていただければ最高です」
「え、これを……抱くの?」
「そうです。抱いていただければ、この子がミルカラ様を守ります」
「そ、そう言われると……なんだか可愛く思えてきましたわ」
 僕の説明が効いたのか、ミルカラは一瞬の迷いを経て、人形の両脇をそっとつかむ。次の瞬間、彼女はその人形をお腹の上にしっかりと抱えて、僕に視線を向けた。
「失礼しましたわ。取り乱してしまって。これで良いのですわね?」
「ええ、完璧です」
 僕は心の中で「やったぜ」とガッツポーズを決めながら、治療器具に手を伸ばした。
「では、治療を始めます。痛かったらすぐ教えてくださいね」
 治療に入る前、僕は軽く手をかざして麻痺魔法を唱える。極少量だから、大したことはないけど、それでも効き目はあるはずだ。
「これが麻痺魔法?なんだか、少し不思議な感じですわ」
 ミルカラが首をかしげる。どうやらこういうのは初めてらしい。まぁそりゃそうか。なにせ状態異常無効化のチートもちだもの。
 さて、問題はここからだ。
 歯石の除去は厄介極まりない作業だ。歯肉の柔らかい部分と歯の硬い部分、両方を傷つけずに処理する必要がある。それ専用の魔法はないから、僕は超音波スケーラーを使って少しずつ歯石を削り取っていく。
 時間がかかったけど、ようやくあらかたの歯石を除去した。
「はい、うがいしてくださいね」
 治療台をゆっくり起こしながらそう言うと、ミルカラは素直に指示に従った。
「……先生!全然痛くなかったですわ!先生って、ゴッドハンドなんじゃなくて?!」
 ミルカラが椅子の上で座りながら少しだけ横に揺れる。見た目だけなら、無邪気な子供が嬉しそうにはしゃいでいる光景だ。でもね、実際はとんでもない真祖ヴァンパイアなんだよな、この人。
「それは光栄です」
 僕は大袈裟に頭を下げた。
 こうして、今日も無事に一件落着。
 僕の医院はまたひとつ、侵攻の危機を防いだ。そして、熱意(というか執着)のある太客、失礼、患者さんが一人増えたことで、AMDSの平和はしばらく保たれることになった。