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偽計の果てに

ー/ー



「かかれェェッ!! ボヘミティリアの者どもを一匹残らず皆殺しにしろォォッッ!!」

 1月25日朝7時頃、再び悪魔の総大将ユーグリッドが雄叫びを上げる。アルポート軍がボヘミティリア王国に襲いかかってきた。

 南のユーグリッド軍は梯子と破城槌(はじょうつい)で城を攻め、北のソキン軍も同様の戦法で攻める。東のタイイケン軍は前方を剥き出しにした投石機の群れでひたすら岩の雨を降らし、西のリョーガイ軍は相変わらず全く動かない。

 そして何よりカイナギンが気になったことが、東の投石機軍にタイイケン自身の姿が全く見当たらないことであった。投石機の後ろ側で構える軍は、タイイケンの代わりに部下の将が陣取っている。

 そしてしばらくして時が進み、アルポート軍が中々城攻めに成功できないまま、戦況がそのまま膠着状態に陥り始める。タイイケン軍とリョーガイ軍は相変わらず城門から少し離れて陣取っており、城に攻めてくる気配がない。

(よし、そろそろだな。やはり敵軍は我々ボヘミティリア軍が打って出てくることを待っているのだな。相変わらず東の投石機の守りは手薄であり、投石機の射出に専念している。タイイケン軍が直接城に攻めてくる様子もない。明らかに敵は我々の出撃を誘っているのだ)

 カイナギンは己の読みが当たり奮起する。午前10時頃、東の城門の裏で構えている将に伝令を出した。

「1500の兵を東門より出撃させ、敵の投石機を全て破壊せよッ! 火薬や戦棍(せんこん)を使い、全て粉々に打ち砕いてやるのだァッ!!」

 カイナギンの命令により、東門よりボヘミティリア軍が打って出る。その軍は投石機の手前まで直進し、そして投石機の裏側で陣を構えていたタイイケン軍と打ち合いになる。
その報はすぐにカイナギンにも知らされた。

(まずは第一手……屈強なタイイケン軍との正面衝突となったら、ボヘミティリアに残った凡庸な将などすぐに討ち取られてしまうだろう。1500のボヘミティリア軍は瞬く間に5000のタイイケン軍により包囲され、ほとんど確実に何の成果も上げられぬまま全滅することになるだろう。
許せ、この戦に勝つためにはお前たちの命を差し出す必要があったのだ)

 冷徹な判断を下し、カイナギンはボヘミティリア城内を駆け出した。自らはすぐに西の城壁に登り、リョーガイの軍を観察する。

 その軍の前衛の陣のちょうど真ん中辺りには、赤い馬に乗った将がいた。その将は全身がギラギラとした赤い鎧兜を身に纏っており、目を離すことなくボヘミティリア城の巨大な西門に視線を凝らしていた。

 前衛の陣には梯子や槌を持った攻城部隊は存在せず、盾や槍を構えた迎撃部隊だけが配置されていたのである。

(あの赤い鎧の男……間違いない、リョーガイだ! 昨日はあんな真っ赤な姿の将はリョーガイ軍の前衛にはいなかったはずだ。城攻めをしてくる気配も全くない。奴はもはや時節を待ち、大砲を撃つ瞬間を見計らっているのだ!)

 決戦の時は近く、カイナギンの左目の傷が疼く。背中に携えられた得物の金棒はドシリと重みを増す。

 西の城門の裏には既に、出撃する騎馬隊や歩兵が並んでおり、その馬の(あぶみ)には火薬玉の束と火のついた行灯(あんどん)が取り付けられていた。

「東の敵陣より黒い煙が上がっております!!!」

 西の城壁にいた見張り兵が、大声でカイナギンに向かって叫ぶ。
リョーガイに注目していたカイナギンはバッと体を振り返らせ、自軍の部隊と交戦中のはずのタイイケンの投石機部隊がいる東の方角へと目を遣る。

 見るとそこには天高く遥か上空へと向かって、黒い巨大な3つの煙が朦々と立ち上っていた。

(あ、あれはタイイケン軍の狼煙(のろし)の合図! 間違いないっ!! リョーガイ軍に我々ボヘミティリア軍が、東門から打って出たことを伝えているのだ!)

 ちょうどカイナギンがそう判断を下した時だった。

「大砲を前方に出せェェッ!! 敵の城門をぶち抜くぞォォッッ!!」

 西陣にいたリョーガイが天を裂くほどの大声で怒号を上げる。

 その合図とともに、リョーガイ軍はまるで海が割れたかのように左右に陣を散らす。そしてその空となった陣の隙間から、物々しい黒い物体が車輪を回しながら3つの行列となって運び出される。
その筒状の物体は中央に大きな空洞が空いており、その隣には大量に黒い鉄の玉を運搬する兵士たちがいた。

 その黒い死の宣告のような兵器の登場に、西の城壁の兵士たちは息をすることすら忘れて見入ってしまう。
そしてカイナギンは敵の真の狙いを隻眼の右目でしかと見切ったのだった。

(間違いないッ!! あれはリョーガイの大砲だ!! ついに敵の切り札が出てきたのだッ!!)

 そう判断するや否や、カイナギンは城壁の兵士たちに雷鳴のごとく号令を発する。

「このままお前たちは城の守備を続けろッ!! 俺は城から打って出るッ!! そこのお前はあの大砲が敵陣の最前線に全て並べられた瞬間、ここから旗を上げろッ!!」

 手早く兵士たちに命令を下すと、カイナギンは飛び降りるように城壁の階段を駆け下りていった。そして自らも火薬玉が大量に搭載された馬に乗り、ボヘミティリア城の遥か高い城壁の上を見上げる。

(来たっ!! 目印の赤い旗が上がったぞ! 敵の大砲がついに前に出たのだっ!)

 そしてカイナギンが令を出す。

「城門を開けェェッ!! リョーガイ軍に突撃し、火薬で大砲を全て破壊するのだァァッ!!」

 西の巨大な城門が開かれ、鬨の声が湧き上がる。カイナギンの1000の破壊工作部隊が出陣した。

「撃ち方やめいッ!! 大盾部隊ッ、槍部隊ッ!! 敵軍の突撃に備え前に出よッ!!」

 リョーガイが号令を発すると、即座に前線の大砲部隊は引き下がり、入れ替わるように大盾部隊と槍部隊が大砲の前に出る。あっという間に幾重にも重なる厚い兵士の壁ができた。

(ざっと敵の部隊は500兵ほど。我々の突撃部隊の半分ほどだ。だがそれもすぐに、後衛の兵士たちが集まれば我々は大軍に包囲される。ならば、敵に囲まれる前に決着をつけるまでだ!!)

 カイナギンは背中に背負った金棒を抜き、大盾部隊と槍部隊に牛鬼の如く迫る。もはやカイナギンに命などない。自らの武人の魂と引き換えにこの絶体絶命の破壊工作を成功させるのだ。

 その魂魄(こんぱく)が乗り移ったかのようにカイナギンの1000兵の部隊も決死の咆哮を上げる。
飛沫(しぶき)が津波に立ち向かう如く、隻眼の鮫は1万のリョーガイ軍の海へと沈んでいった。

 こうして、ボヘミティリア王国西門では、城守の名将カイナギンとアルポート王国豪商リョーガイとの、この攻城戦の分水嶺(ぶんすいれい)となる勝負が始まったのである。



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「かかれェェッ!! ボヘミティリアの者どもを一匹残らず皆殺しにしろォォッッ!!」
 1月25日朝7時頃、再び悪魔の総大将ユーグリッドが雄叫びを上げる。アルポート軍がボヘミティリア王国に襲いかかってきた。
 南のユーグリッド軍は梯子と破城槌《はじょうつい》で城を攻め、北のソキン軍も同様の戦法で攻める。東のタイイケン軍は前方を剥き出しにした投石機の群れでひたすら岩の雨を降らし、西のリョーガイ軍は相変わらず全く動かない。
 そして何よりカイナギンが気になったことが、東の投石機軍にタイイケン自身の姿が全く見当たらないことであった。投石機の後ろ側で構える軍は、タイイケンの代わりに部下の将が陣取っている。
 そしてしばらくして時が進み、アルポート軍が中々城攻めに成功できないまま、戦況がそのまま膠着状態に陥り始める。タイイケン軍とリョーガイ軍は相変わらず城門から少し離れて陣取っており、城に攻めてくる気配がない。
(よし、そろそろだな。やはり敵軍は我々ボヘミティリア軍が打って出てくることを待っているのだな。相変わらず東の投石機の守りは手薄であり、投石機の射出に専念している。タイイケン軍が直接城に攻めてくる様子もない。明らかに敵は我々の出撃を誘っているのだ)
 カイナギンは己の読みが当たり奮起する。午前10時頃、東の城門の裏で構えている将に伝令を出した。
「1500の兵を東門より出撃させ、敵の投石機を全て破壊せよッ! 火薬や戦棍《せんこん》を使い、全て粉々に打ち砕いてやるのだァッ!!」
 カイナギンの命令により、東門よりボヘミティリア軍が打って出る。その軍は投石機の手前まで直進し、そして投石機の裏側で陣を構えていたタイイケン軍と打ち合いになる。
その報はすぐにカイナギンにも知らされた。
(まずは第一手……屈強なタイイケン軍との正面衝突となったら、ボヘミティリアに残った凡庸な将などすぐに討ち取られてしまうだろう。1500のボヘミティリア軍は瞬く間に5000のタイイケン軍により包囲され、ほとんど確実に何の成果も上げられぬまま全滅することになるだろう。
許せ、この戦に勝つためにはお前たちの命を差し出す必要があったのだ)
 冷徹な判断を下し、カイナギンはボヘミティリア城内を駆け出した。自らはすぐに西の城壁に登り、リョーガイの軍を観察する。
 その軍の前衛の陣のちょうど真ん中辺りには、赤い馬に乗った将がいた。その将は全身がギラギラとした赤い鎧兜を身に纏っており、目を離すことなくボヘミティリア城の巨大な西門に視線を凝らしていた。
 前衛の陣には梯子や槌を持った攻城部隊は存在せず、盾や槍を構えた迎撃部隊だけが配置されていたのである。
(あの赤い鎧の男……間違いない、リョーガイだ! 昨日はあんな真っ赤な姿の将はリョーガイ軍の前衛にはいなかったはずだ。城攻めをしてくる気配も全くない。奴はもはや時節を待ち、大砲を撃つ瞬間を見計らっているのだ!)
 決戦の時は近く、カイナギンの左目の傷が疼く。背中に携えられた得物の金棒はドシリと重みを増す。
 西の城門の裏には既に、出撃する騎馬隊や歩兵が並んでおり、その馬の鐙《あぶみ》には火薬玉の束と火のついた行灯《あんどん》が取り付けられていた。
「東の敵陣より黒い煙が上がっております!!!」
 西の城壁にいた見張り兵が、大声でカイナギンに向かって叫ぶ。
リョーガイに注目していたカイナギンはバッと体を振り返らせ、自軍の部隊と交戦中のはずのタイイケンの投石機部隊がいる東の方角へと目を遣る。
 見るとそこには天高く遥か上空へと向かって、黒い巨大な3つの煙が朦々と立ち上っていた。
(あ、あれはタイイケン軍の狼煙《のろし》の合図! 間違いないっ!! リョーガイ軍に我々ボヘミティリア軍が、東門から打って出たことを伝えているのだ!)
 ちょうどカイナギンがそう判断を下した時だった。
「大砲を前方に出せェェッ!! 敵の城門をぶち抜くぞォォッッ!!」
 西陣にいたリョーガイが天を裂くほどの大声で怒号を上げる。
 その合図とともに、リョーガイ軍はまるで海が割れたかのように左右に陣を散らす。そしてその空となった陣の隙間から、物々しい黒い物体が車輪を回しながら3つの行列となって運び出される。
その筒状の物体は中央に大きな空洞が空いており、その隣には大量に黒い鉄の玉を運搬する兵士たちがいた。
 その黒い死の宣告のような兵器の登場に、西の城壁の兵士たちは息をすることすら忘れて見入ってしまう。
そしてカイナギンは敵の真の狙いを隻眼の右目でしかと見切ったのだった。
(間違いないッ!! あれはリョーガイの大砲だ!! ついに敵の切り札が出てきたのだッ!!)
 そう判断するや否や、カイナギンは城壁の兵士たちに雷鳴のごとく号令を発する。
「このままお前たちは城の守備を続けろッ!! 俺は城から打って出るッ!! そこのお前はあの大砲が敵陣の最前線に全て並べられた瞬間、ここから旗を上げろッ!!」
 手早く兵士たちに命令を下すと、カイナギンは飛び降りるように城壁の階段を駆け下りていった。そして自らも火薬玉が大量に搭載された馬に乗り、ボヘミティリア城の遥か高い城壁の上を見上げる。
(来たっ!! 目印の赤い旗が上がったぞ! 敵の大砲がついに前に出たのだっ!)
 そしてカイナギンが令を出す。
「城門を開けェェッ!! リョーガイ軍に突撃し、火薬で大砲を全て破壊するのだァァッ!!」
 西の巨大な城門が開かれ、鬨の声が湧き上がる。カイナギンの1000の破壊工作部隊が出陣した。
「撃ち方やめいッ!! 大盾部隊ッ、槍部隊ッ!! 敵軍の突撃に備え前に出よッ!!」
 リョーガイが号令を発すると、即座に前線の大砲部隊は引き下がり、入れ替わるように大盾部隊と槍部隊が大砲の前に出る。あっという間に幾重にも重なる厚い兵士の壁ができた。
(ざっと敵の部隊は500兵ほど。我々の突撃部隊の半分ほどだ。だがそれもすぐに、後衛の兵士たちが集まれば我々は大軍に包囲される。ならば、敵に囲まれる前に決着をつけるまでだ!!)
 カイナギンは背中に背負った金棒を抜き、大盾部隊と槍部隊に牛鬼の如く迫る。もはやカイナギンに命などない。自らの武人の魂と引き換えにこの絶体絶命の破壊工作を成功させるのだ。
 その魂魄《こんぱく》が乗り移ったかのようにカイナギンの1000兵の部隊も決死の咆哮を上げる。
飛沫《しぶき》が津波に立ち向かう如く、隻眼の鮫は1万のリョーガイ軍の海へと沈んでいった。
 こうして、ボヘミティリア王国西門では、城守の名将カイナギンとアルポート王国豪商リョーガイとの、この攻城戦の分水嶺《ぶんすいれい》となる勝負が始まったのである。