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タイイケンの毒撒き騒動

ー/ー



 ユーグリッドが農園を始めてから2ヶ月ほどが経ち、11月の終わり頃になると、王の農園はとうとう収穫を迎える時期となっていた。豊潤に実る稲穂を(つぶさ)に観察し、最終的な品質を確認する作業に入っている。

 だがその穏やかに農夫たちが作業を進める中に、突然猛進する馬の襲歩(しゅうほ)が聞こえてきた。
その乗馬者は体中から威圧を放ち鬼気迫っており、まるで獲物を全力で追い殺す猛虎のようであった。

 その迫力には屯田兵たちも、てっきり山賊が襲ってきたかと思い農具を身構えてしまう。
だがそこに現れたのは山賊ではない。山賊よりも遥かに恐ろしい顔をした、アルポート王国最強の軍人、タイイケン・シンギであった。

 その猛烈な速度で迫ってくるタイイケンの後には、100人ほどの部下たちの騎馬隊も続いてくる。
農夫たちはその不穏な兵の一団に身を竦ませた。

「おう、タイイケン。そんなに兵を引き連れてきおって。お主も手伝いに来てくれたのか?」

 だが自らも農夫の格好をしたユーグリッドは、のんびりとタイイケンに手を振る。
しかしタイイケンは馬から飛び降りるや否や、その餌を食む兎のような顔をした王へとズンズンと迫り、その粗末な服の胸ぐらを掴み上げた。

「この大馬鹿者がァッ! 覇王に兵糧を略奪されたいのかァッ!!」

 タイイケンの唾棄を(もろ)に顔に受けながら、ユーグリッドは宙に浮かび上がる。だがユーグリッドはそれを袖で拭うと、平然として受け答える。

「略奪? 何を言っておる? この米はデンガダイ様にご献上するために作っておるのだ」

 ユーグリッドは間抜けな疑問面をする。
その青臭い顔に大将軍はますます怒りが込み上げてくる。

「貴様は何を平和ボケしているッ!? 貴様に覇王を倒す戦略を教えてやっただろッ!? 覇王軍のアルポート王国侵略には、兵糧攻めで敵の自滅を誘うしかないと俺は言ったはずだァッ!!」

 タイイケンが片腕でユーグリッドを持ち上げたまま、もう片方の腕を伸ばし獰猛に田園へと指を差す。

「それを何だこの稲の群れはァッ! アルポートの外れに略奪してくれとばかりに農園など作りおってぇ!! 貴様は覇王の敵軍に塩でも送ってるつもりかァッ!!」

「塩ではない。米俵を送るのだ。お主は何か勘違いしておるようだから言っておくが、俺はデンガダイ様と戦おうなどとは全く考えておらん。アルポート王国とボヘミティリア王国は友好国、その盟友関係を永遠のものにするために米をデンガダイ様に贈るのだ」

 ユーグリッドはのほほんとした表情で農耕の目的を説明する。
タイイケンは全身をわなわなと震わせ飛び散ってしまいそうなほどに目を(みは)る。

「……貴様は、海城王様の遺志を継ぐのではなかったのか?」

 体中から溢れ出る怒りを抑えながら、タイイケンは呟くようにして王に問う。

「貴様は、海城王様の仇敵(きゅうてき)である覇王を討ち、己の父親殺しの罪を(そそ)ぐのではなかったのかッ!?」

 だがもはや言葉が溢れ出すと怒りなど抑えられなかった。

「何のために貴様は俺の元で囚人どもと決闘し続けた!? それは覇王と戦う決意を固めた貴様自身の、武人としての覚悟ではなかったのかッ!? 海城王様から受け継いだこの国を守るための、王としての覚悟ではなかったのかァッ!?」

「ああ、もう決闘などというくだらぬ真似は二度とせぬ。アレにももう飽いた。俺は自分の命を賭けてまで人と殺し合いなどしたくないのだ」

 タイイケンはユーグリッドを掴み上げたまま剣の柄に震える手を掛ける。
だがユーグリッドは全く怯んだ様子がない。

「やめよタイイケン。ここはデンガダイ様のご厚意で生かされた平和な国アルポート。王の血など流れてしまったら、この国の平和が一気に乱れてしまう。お主だってただでは済まなくなるぞ?」

 ユーグリッドは怒れる猛将を静かに宥め(すか)す。宙に体が浮かんだまま手のひらを将軍の顔の前でひらひらさせる。
だがもうタイイケンの憤怒は絶頂に達していた。

「このボンクラのガキがァッ!!!」

 瞬間、王の半身が回転して吹き飛んだ。土の地面に倒れ伏し、王は鼻血を流している。頬に鈍器をぶつけられたような激痛が走り、顔中が麻痺したかのようにジンジンと熱くなっている。
タイイケンはその太く巨大な拳で、全力で王を殴り飛ばしていたのだ。

 隣でハラハラ見ていたテンテイイはその暴行の現場に悲鳴を上げる。
そしてそのあまりにも衝撃的な現行犯に、農夫たちのどよめきも絶頂に達していた。

「ユーグリッド、貴様の目を覚まさせてやるッ!!」

 倒れたまま動けなくなっている王にタイイケンは大きな人差し指を差す。

「貴様がくだらない農園などというものに現を抜かしているから、貴様は今ボンクラの王に成り下がっているのだッ!!
だから貴様の農園全てに猛毒を撒いてやるッ!! そして貴様に覇王打倒の決心を思い出させてやるッ!!」

 タイイケンは後ろで待機していた部下たちに号令をかける。
部下たちは馬を降り、鞍の後ろに携えられていた毒壺を取り外す。そしてそのまま壺を持ち抱え、100人の兵が農園へと押し迫ってきた。

「やめろタイイケンッ!!」

 だが王は倒れたまま力の限りを尽くして大声を上げる。まだ鈍痛が走る頬を抑えながらノロノロと立ち上がる。王は腫れ上がった赤い顔を振り向かせ、タイイケンと真正面から対峙した。

「……タイイケン。お主が俺のことを嫌っているのは知っている。俺はお主の本当の主である海城王を殺したのだからな。俺を殴ってお主の気が晴れるならいくらでも殴ればいい。
だがッ!!」

 そこでユーグリッドは王者の風格を纏い一喝する。

「このデンガダイ様にお贈りする米には指一本触れることは許さぬッ!! この田園に一滴でも毒を垂らしてみよッ!! その時は貴様ら一族全員生きたまま八つ裂きにし、その肉全てを豚牛どもの餌にするものと覚えておけッ!!」

「上等だガキがァッ!! 貴様らアルポート王城の弱卒どもが、俺の精鋭部隊を殺せるものならやってみろぉッ!! 貴様ら全員返り討ちにして、アルポート中に晒し首にしてやるッ!!」

 ユーグリッドとタイイケンの殺気立った眼球の火が、互いの目を焼き切るほどにバチバチと交差する。

「お、お二人ともお止めくださいっ!!」

 その間に必死に汗を流しながらテンテイイが割り込んだ。

「そんな王と家臣同士で戦争などしたら、それこそアルポート王国が滅ぶことになってしまいます! この国の平和も、海城王が築き上げてきた栄光も全て水の泡となってしまうのですよ! それでは覇王が攻めてくるどころの話ではございません!!」

 テンテイイが二人の子虎と大虎の肩に、手を置いて距離を突き放しながら諫言を続ける。

「タイイケン殿。今ユーグリッド陛下はこの国を守るために、海城王の栄光を守るために覇王へ取り入る作戦を立てているのです。金の代わりに米を作ることで、覇王との友好関係をより強固なものとして、戦争が起こらないようにしているのです。覇王がもし陛下の米を気に入ってくれれば、もしかしたら1月の上納金の取り下げをしてくれるかもしれない」

 テンテイイの一生懸命な説明に、タイイケンは血の付いた拳をブルブルと震わせて直立していた。

「……そんな下策が、本気で覇王に通用するとでも思っているのか?」

「で、ですがもうここまで来てしまってはやるしかありません。1月の100万金両の上納にはもう1ヶ月を切っています。我々はこの米を覇王に献上するしか道が残されていないのですよ」

 テンテイイの説得の限りを尽くした弁明に、やがてタイイケンの拳の震えは止まり、怒りすら湧かなくなってしまう。

「この、頭が花畑の阿呆どもが……」

 それだけ恨み言のように呟くと、タイイケンは肩を落としながら王に背を向ける。牙を全て抜かれた虎のように、そのまま敗走の歩みを始めたのだった。

「……ユーグリッド、貴様のことを少しでも信じた俺が馬鹿だった。この国はもう終わりだ。覇王に抗うこともなく、何の誇りも魂も持たずこの国は滅んでいく。結局俺は武人としても、海城王様の忠臣としても、華々しく戦場で散ることすらできなかったのだ……」

 タイイケンの大きな双肩が震えている。王から己の顔を隠し、悔しさと無念で漢泣きをしていたのだった。己の馬をアルポート王国の方角へ翻すとそのまま乗馬し、最後に空に向かって大声で叫んだ。

「この国がこれほど落ちぶれるなら、海城王様が亡くなったあの日、俺も後を追って死ねばよかった!!!」

 そしてタイイケンは部下に撤退を号令することもなく去っていった。
部下たちは慌てて毒壺を持ったまま馬に乗る。

 こうしてユーグリッドの暗愚は、二人の有力家臣たちの離心を招いたのだった。



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次のエピソードへ進む 覇王への上納米


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 ユーグリッドが農園を始めてから2ヶ月ほどが経ち、11月の終わり頃になると、王の農園はとうとう収穫を迎える時期となっていた。豊潤に実る稲穂を具《つぶさ》に観察し、最終的な品質を確認する作業に入っている。
 だがその穏やかに農夫たちが作業を進める中に、突然猛進する馬の襲歩《しゅうほ》が聞こえてきた。
その乗馬者は体中から威圧を放ち鬼気迫っており、まるで獲物を全力で追い殺す猛虎のようであった。
 その迫力には屯田兵たちも、てっきり山賊が襲ってきたかと思い農具を身構えてしまう。
だがそこに現れたのは山賊ではない。山賊よりも遥かに恐ろしい顔をした、アルポート王国最強の軍人、タイイケン・シンギであった。
 その猛烈な速度で迫ってくるタイイケンの後には、100人ほどの部下たちの騎馬隊も続いてくる。
農夫たちはその不穏な兵の一団に身を竦ませた。
「おう、タイイケン。そんなに兵を引き連れてきおって。お主も手伝いに来てくれたのか?」
 だが自らも農夫の格好をしたユーグリッドは、のんびりとタイイケンに手を振る。
しかしタイイケンは馬から飛び降りるや否や、その餌を食む兎のような顔をした王へとズンズンと迫り、その粗末な服の胸ぐらを掴み上げた。
「この大馬鹿者がァッ! 覇王に兵糧を略奪されたいのかァッ!!」
 タイイケンの唾棄を諸《もろ》に顔に受けながら、ユーグリッドは宙に浮かび上がる。だがユーグリッドはそれを袖で拭うと、平然として受け答える。
「略奪? 何を言っておる? この米はデンガダイ様にご献上するために作っておるのだ」
 ユーグリッドは間抜けな疑問面をする。
その青臭い顔に大将軍はますます怒りが込み上げてくる。
「貴様は何を平和ボケしているッ!? 貴様に覇王を倒す戦略を教えてやっただろッ!? 覇王軍のアルポート王国侵略には、兵糧攻めで敵の自滅を誘うしかないと俺は言ったはずだァッ!!」
 タイイケンが片腕でユーグリッドを持ち上げたまま、もう片方の腕を伸ばし獰猛に田園へと指を差す。
「それを何だこの稲の群れはァッ! アルポートの外れに略奪してくれとばかりに農園など作りおってぇ!! 貴様は覇王の敵軍に塩でも送ってるつもりかァッ!!」
「塩ではない。米俵を送るのだ。お主は何か勘違いしておるようだから言っておくが、俺はデンガダイ様と戦おうなどとは全く考えておらん。アルポート王国とボヘミティリア王国は友好国、その盟友関係を永遠のものにするために米をデンガダイ様に贈るのだ」
 ユーグリッドはのほほんとした表情で農耕の目的を説明する。
タイイケンは全身をわなわなと震わせ飛び散ってしまいそうなほどに目を瞠《みは》る。
「……貴様は、海城王様の遺志を継ぐのではなかったのか?」
 体中から溢れ出る怒りを抑えながら、タイイケンは呟くようにして王に問う。
「貴様は、海城王様の仇敵《きゅうてき》である覇王を討ち、己の父親殺しの罪を雪《そそ》ぐのではなかったのかッ!?」
 だがもはや言葉が溢れ出すと怒りなど抑えられなかった。
「何のために貴様は俺の元で囚人どもと決闘し続けた!? それは覇王と戦う決意を固めた貴様自身の、武人としての覚悟ではなかったのかッ!? 海城王様から受け継いだこの国を守るための、王としての覚悟ではなかったのかァッ!?」
「ああ、もう決闘などというくだらぬ真似は二度とせぬ。アレにももう飽いた。俺は自分の命を賭けてまで人と殺し合いなどしたくないのだ」
 タイイケンはユーグリッドを掴み上げたまま剣の柄に震える手を掛ける。
だがユーグリッドは全く怯んだ様子がない。
「やめよタイイケン。ここはデンガダイ様のご厚意で生かされた平和な国アルポート。王の血など流れてしまったら、この国の平和が一気に乱れてしまう。お主だってただでは済まなくなるぞ?」
 ユーグリッドは怒れる猛将を静かに宥め賺《すか》す。宙に体が浮かんだまま手のひらを将軍の顔の前でひらひらさせる。
だがもうタイイケンの憤怒は絶頂に達していた。
「このボンクラのガキがァッ!!!」
 瞬間、王の半身が回転して吹き飛んだ。土の地面に倒れ伏し、王は鼻血を流している。頬に鈍器をぶつけられたような激痛が走り、顔中が麻痺したかのようにジンジンと熱くなっている。
タイイケンはその太く巨大な拳で、全力で王を殴り飛ばしていたのだ。
 隣でハラハラ見ていたテンテイイはその暴行の現場に悲鳴を上げる。
そしてそのあまりにも衝撃的な現行犯に、農夫たちのどよめきも絶頂に達していた。
「ユーグリッド、貴様の目を覚まさせてやるッ!!」
 倒れたまま動けなくなっている王にタイイケンは大きな人差し指を差す。
「貴様がくだらない農園などというものに現を抜かしているから、貴様は今ボンクラの王に成り下がっているのだッ!!
だから貴様の農園全てに猛毒を撒いてやるッ!! そして貴様に覇王打倒の決心を思い出させてやるッ!!」
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部下たちは馬を降り、鞍の後ろに携えられていた毒壺を取り外す。そしてそのまま壺を持ち抱え、100人の兵が農園へと押し迫ってきた。
「やめろタイイケンッ!!」
 だが王は倒れたまま力の限りを尽くして大声を上げる。まだ鈍痛が走る頬を抑えながらノロノロと立ち上がる。王は腫れ上がった赤い顔を振り向かせ、タイイケンと真正面から対峙した。
「……タイイケン。お主が俺のことを嫌っているのは知っている。俺はお主の本当の主である海城王を殺したのだからな。俺を殴ってお主の気が晴れるならいくらでも殴ればいい。
だがッ!!」
 そこでユーグリッドは王者の風格を纏い一喝する。
「このデンガダイ様にお贈りする米には指一本触れることは許さぬッ!! この田園に一滴でも毒を垂らしてみよッ!! その時は貴様ら一族全員生きたまま八つ裂きにし、その肉全てを豚牛どもの餌にするものと覚えておけッ!!」
「上等だガキがァッ!! 貴様らアルポート王城の弱卒どもが、俺の精鋭部隊を殺せるものならやってみろぉッ!! 貴様ら全員返り討ちにして、アルポート中に晒し首にしてやるッ!!」
 ユーグリッドとタイイケンの殺気立った眼球の火が、互いの目を焼き切るほどにバチバチと交差する。
「お、お二人ともお止めくださいっ!!」
 その間に必死に汗を流しながらテンテイイが割り込んだ。
「そんな王と家臣同士で戦争などしたら、それこそアルポート王国が滅ぶことになってしまいます! この国の平和も、海城王が築き上げてきた栄光も全て水の泡となってしまうのですよ! それでは覇王が攻めてくるどころの話ではございません!!」
 テンテイイが二人の子虎と大虎の肩に、手を置いて距離を突き放しながら諫言を続ける。
「タイイケン殿。今ユーグリッド陛下はこの国を守るために、海城王の栄光を守るために覇王へ取り入る作戦を立てているのです。金の代わりに米を作ることで、覇王との友好関係をより強固なものとして、戦争が起こらないようにしているのです。覇王がもし陛下の米を気に入ってくれれば、もしかしたら1月の上納金の取り下げをしてくれるかもしれない」
 テンテイイの一生懸命な説明に、タイイケンは血の付いた拳をブルブルと震わせて直立していた。
「……そんな下策が、本気で覇王に通用するとでも思っているのか?」
「で、ですがもうここまで来てしまってはやるしかありません。1月の100万金両の上納にはもう1ヶ月を切っています。我々はこの米を覇王に献上するしか道が残されていないのですよ」
 テンテイイの説得の限りを尽くした弁明に、やがてタイイケンの拳の震えは止まり、怒りすら湧かなくなってしまう。
「この、頭が花畑の阿呆どもが……」
 それだけ恨み言のように呟くと、タイイケンは肩を落としながら王に背を向ける。牙を全て抜かれた虎のように、そのまま敗走の歩みを始めたのだった。
「……ユーグリッド、貴様のことを少しでも信じた俺が馬鹿だった。この国はもう終わりだ。覇王に抗うこともなく、何の誇りも魂も持たずこの国は滅んでいく。結局俺は武人としても、海城王様の忠臣としても、華々しく戦場で散ることすらできなかったのだ……」
 タイイケンの大きな双肩が震えている。王から己の顔を隠し、悔しさと無念で漢泣きをしていたのだった。己の馬をアルポート王国の方角へ翻すとそのまま乗馬し、最後に空に向かって大声で叫んだ。
「この国がこれほど落ちぶれるなら、海城王様が亡くなったあの日、俺も後を追って死ねばよかった!!!」
 そしてタイイケンは部下に撤退を号令することもなく去っていった。
部下たちは慌てて毒壺を持ったまま馬に乗る。
 こうしてユーグリッドの暗愚は、二人の有力家臣たちの離心を招いたのだった。