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覇王城攻略の策

ー/ー



「覇王の城を攻め落とす!? それは本当に可能なのか!?」

 タイイケンから覇王打倒の2つ目の策を聞いた時、ユーグリッドは目を見開いて驚いた。
だが対照的に提案したタイイケン本人は現実を見据えた目で王に答えを返す。

「ああ、状況次第では可能となる。
まず覇王は11万の大軍を持つ軍事大国だ。アルポート王国3万の軍がこの11万の軍と正面衝突して戦ったとしたらまず勝てない。

 だが、覇王は今モンテニ王国と戦争をしている。覇王のモンテニ王国攻略の意志は固く、今の所戦争を止める気配もない。必ずまたモンテニ王国に大軍を遠征に出すだろう。

 そしてその時こそアルポート王国が覇王のボヘミティリア王国を攻め落とす絶好の好機となる」

 タイイケンは静かに確信を持って明言する。
ユーグリッドはその大将軍の頼もしい言葉を真剣な態度で傾聴した。

「仮にボヘミティリア王国がモンテニ王国攻略のために10万の軍を出兵させたとしよう。
そうなればボヘミティリア王国に残る兵力は1万、アルポート王国3万の軍でも十分に攻め落とすことが可能となる計算だ。

 ボヘミティリア王国は大国なれど、その城塞の作り自体に際立った特徴はない。ボヘミティリアの城壁は遥か高く(そび)える断崖絶壁であり、梯子を使った攻城戦略は難しい。だが城の作り自体は一般的な石材を積み上げた石垣造りであり、城門も鉄製だ。破城槌(はじょうつい)や大砲を使った城の破壊は有効となる。

 そして城の囲いも城門の外壁だけにしか施されておらず、城の中に更に城壁の囲いを作る二重防壁構造が施されているわけでもない。そのために投石機を発射すればそのまま城内への遠距離攻撃を直撃させることも可能となるわけだ。

 それから何よりボヘミティリア王国の周りは平原地帯だ。軍の行進を妨げるものは何もない。アルポート軍がボヘミティリアに到着し次第、城の周りを包囲することは容易にできるだろう。

 現実的に考えて覇王の城を攻め落とすことは可能というわけだ」

 ユーグリッドはタイイケンの話を静かに聞き届ける。
覇王の城を攻め落とせる。その力強い可能性にユーグリッドは心を掴まれる。今からでも軍を率いて覇王の城を攻め落としたくなる。ユーグリッドは逸る気持ちを抑えながら覇王の居城について推察を述べる。

「なるほど、覇王は攻撃力は高いが守備力は平凡ということか。覇王は皇帝からボヘミティリア王国を封建されてから、特に城の増築などもしていないと見受けられる。

 それはつまりボヘミティリアをそれほど覇王が重視していないということだ。恐らく覇王は他国の侵略を果たしたら、そのままその城を自分の根城にしていく算段なのだろう」

「ああ、そうだろうな。覇王の狙いはアーシュマハ大陸の天下統一だ。覇王は最終的に朝廷コルインペリア皇国を乗っ取る気なのだろうな。飽くまでボヘミティリアは奴にとって仮の住まいでしかない」

 タイイケンは覇王の壮大な目標について語る。覇王には覇王の大義があるということだ。
だがそれはユーグリッドには到底理解できない。戦争を起こし、自らの兵力を犠牲にしてまでこの大陸全土を支配しようとしている。その覇王の野心は、性質の大人しい王であるユーグリッドとは、全く比べ物にならないほど底なし沼の欲望だった。

「話を戻す。我々アルポート王国が遠征中の覇王のボヘミティリア王国を攻めるとしよう。だが一番問題となるのは、覇王がどれだけの兵力をモンテニ王国に出兵させるかということだ」

 タイイケンは畳を拳で叩く。ここからの話が一番重要であるということをユーグリッドに注視させる。

「山守王と戦争している覇王は再びモンテニ王国に遠征をする、これは間違いないはずだ。

 だが同時に、覇王は我々アルポート王国によるボヘミティリア王国への侵攻を警戒している。敵がアルポート王国の内情に詳しく、内偵を使ってこの国の動向を探っていることからもこれは明白だ。

 ここでもし覇王がアルポート王国による城攻めを警戒して、ボヘミティリア王国に3万の兵を残したとしよう。そうなると覇王城攻略戦は3万対3万と兵力が伯仲(はくちゅう)する。兵力が互角の勝負なら城を防衛するボヘミティリア軍が確実に有利になる。我々アルポート軍が負ける可能性のほうが高いということだ。
そしてもし我々が負けたら――」

 タイイケンは切腹する瞬間のように覚悟の目をする。

「そして城攻めに失敗してそのままアルポート軍が撤退したとしたら、覇王は確実にアルポート王国へ報復するために大軍で攻めてくる。属国としての地位すら許さず、降伏も認めず、そのままアルポート王国が滅ぼされることになるだろう。

 つまりこのボヘミティリア王国への城攻めは一度しかできないということだ。我々アルポート王国がボヘミティリア王国に攻められる好機は一度きり。その機会を逃したらアルポート王国は二度と覇王に楯突くことができなくなる。

 いいかユーグリッド、我々が覇王軍と戦って勝てる好機は一度きりだ。それをしっかり頭に叩き込んでおけ!」

 タイイケンは人指し指を伸ばして王に突き出した。
その鬼気迫る姿にユーグリッドは緊迫する。その一度の失敗がどれだけ重いものなのかが、ユーグリッドの全身に津波となって伝わってきたのだ。家族や臣下や前王の遺志、王の大切なものがその敗北で全て波に攫われてしまう。

 ユーグリッドは正座したまま両の拳を握りしめていた。
だがそんな王の様子を見ると、タイイケンはユーグリッドを活気づけるようにして話を続ける。

「だが、もしこの好機を掴み取り、覇王の城を攻め落とすことができれば、我々アルポート王国にも勝機が生まれる。そのために我々がやるべき戦略についてこれから説明してやろう。

 まず城を攻め落としたら覇王の軍が帰ってくる前に、ただちにボヘミティリア王国の全てを破壊する。生き残った兵士や領民を虐殺し、畑や井戸には毒を投げ込む。町の建物や覇王の兵器を焼き払い、覇王の国庫からはあらん限りの金を略奪する。

 兵、金、人、土地、食料、兵器。覇王の力となるものは全て根こそぎ奪い、ボヘミティリア王国を二度と人が住めない屍の国とする。

 それが終わったら我々アルポート軍はすぐさま自らの王国に帰還する。これによってボヘミティリア王国攻略戦は完遂する」

 事もなげにタイイケンは淡々と恐ろしい計画を披露する。
ユーグリッドはその殺戮に満ちた戦略を冷や汗を流しながら聞いていた。無抵抗の兵士や領民をアルポート兵たちが大量に惨殺する。その惨たらしい光景がまざまざと目の前に浮かんできた。身をたじろがせ、嫌な気分が込み上がってくる。

 その王の潔癖な態度を見遣ると、タイイケンは不敵に口元を歪めて挑発した。

「どうした、親殺しの若造よ? 怖気づいたか? 貴様は父親は殺せても他国の領民どもは殺せないとでも言うつもりか? そんな半端な覚悟で覇王と倒せると思っているのか?」

「……いや、やれる。アルポート王国を守るためならどんな手でも使って見せる。だが、城を攻め落としたらなら、兵をこちらへ帰順させれば良いのではないか?」

 焦るユーグリッドの質問にタイイケンはすぐに首を横に振る。

「そんな暇はない。よく考えてみろ。ボヘミティリア王国とモンテニ王国間の遠征は8日でできる。つまりモンテニ王国を攻めている覇王は自国に8日で帰ってこれるということだ。そしてアルポート王国とボヘミティリア王国間の遠征には5日間かかる。これを計算すれば、差し引き3日間の猶予ということだな。

 我々がアルポート王国から遠征を始めたのを、覇王の内偵が報告しにいく時間も含めれば、凡そ4日間ということになる。

 つまり我々がボヘミティリア王国を落とすために使える日数は4日間しかないということだ。この4日間を過ぎれば、覇王軍がボヘミティリア王国の救援に来てしまう」

 タイイケンは冷静に城攻めの期限を計算すると、ユーグリッドは慌てて質問する。

「4日間? たった4日間で覇王の城を落とせるのか?」

「敵の兵力数にもよる。こちらが苦戦すれば、それだけ日数もかかるということだ。
だが攻城すること自体は難しくない。アルポート王国にはリョーガイが所持している大砲がある。これを使えば(たちま)ち城壁の壁は崩れ、城の中に攻め込むことは可能になるだろう。恐らく城壁を壊すのに一日と掛からないはずだ。

 そうなれば後は軍隊による純粋な強さと数の勝負になる。敵の兵力が少なければ少ないほど、こちらは城を落としやすくなるということだ。

 話をまとめれば、ボヘミティリア王国が手薄であれば、4日間で覇王の城を落城させることが可能だということだ」

 無骨な男の冴え渡った軍事論は結論される。
それを聞きユーグリッドは覇王城陥落の瞬間を夢想する。その先にこそアルポート王国の栄光があるのだ。ユーグリッドは奮起して質問を続ける。

「タイイケン、アルポート王国が3万の兵を出したとして、我々が勝てる見込みとなる敵の兵力数はどれくらいだ?」

「着実に勝つことを想定するならば1万5000。つまりアルポートの半分以下の兵力だ」

「そうか、つまり覇王が9万5000以上の兵力をモンテニ王国に遠征させれば、我々は覇王の城を攻め落とせるということだな? タイイケン、それは現実的に起こりうる数字であると思うか?」

「ああ、覇王は山守王に苦戦している。それだけの兵を出さねば勝てないと踏む可能性は十分あるだろう」

 タイイケンの勝機ある予測にユーグリッドの心はパッと明るくなる。覇王に勝てる希望を見出していた。
しかしタイイケンはそこで表情を曇らせる。

「だが、この作戦には問題がある。それは貴様にも先程話した通り、覇王がアルポート王国の出兵を警戒しているということだ。

 覇王は今我々の動向を探っている。アルポート王国の内情は奴らに筒抜けだと言うことだ。もし我々が覇王の城攻めのために兵力や兵器の増強を大々的に行えば、覇王は警戒して大規模な遠征を控えるだろう。下手をすれば覇王はアルポート王国に反意ありと判断して攻めてくるやもしれん。

 つまり覇王に大軍をモンテニ王国に遠征させるためには、アルポート王国が覇王の属国であり、覇王に逆らう気が全くないということを徹底的に意思表示しなければならない。覇王が要求する上納金などは全て差し出し続けねばならないということだ」

 タイイケンの渋面を作り結論すると、ユーグリッドも顔を落とす。
デンガダイに父の首を差し出した屈辱、デンガハクに100万金両を納めた屈辱。数々のバウワー家から受けた仕打ちが怒りとなって蘇ってくる。

「ユーグリッド、貴様は先程『属国になるぐらいなら死んだほうがマシだ』と息巻いていたな。心の底から覇王に逆らいたいと願っているわけだ。

 その大見得を切った貴様が果たして、いつ覇王が大軍をモンテニ王国に出兵させるかもわからぬままに、覇王の靴を舐め続けることができるのか? その反撃の狼煙を上げる時を愚直に信じ続け、覇王の奴隷として屈辱に耐え続けることができるのか?」

 タイイケンが王に詰め寄り、その決意を質す。その眼は頑なであり決して否定することを許さない。
だがユーグリッドはその大将軍の頑固な強要する意志とは無関係に、王としての決意を固めていた。

「……ああ、耐えてみせる。俺は覇王の属国の王だ。覇王のために尽くし、覇王のために(こうべ)を垂れ続けてみせる。父の仇である奴に、どれだけでも媚びを売り続けてみせる。
そしてその暁には――」

 ユーグリッドは立ち上がり、腰に据えた短剣を抜く。その小さな王の剣を夏影の中に(かざ)す。そしてそのまま日差しがわずかに差し込む明かりへと剣を伸ばした。

 光に反射した刃の切っ先が、白夜のように薄暗く眩い輝きを放つ。そして王は一心にそれを見遣ると、鋭く眼光を光らせた。

「この剣を覇王の首に突き立ててみせる!」

 王は殺意を執念にして剣に込めた。
その王の覚悟の意志を、タイイケンは厳粛とした態度で見守っていた。

「……座れ。まだ話は終わっていない」

 タイイケンは目を瞑り、口元を緩ませながら王に指図する。
王は素直に剣を収め正座した。
タイイケンの顔が元の厳しいものに戻り、話を続ける。

「話を戻す。これはアルポート王国がボヘミティリア王国の攻略に成功した後の話だ。ボヘミティリア王国を滅ぼしても、まだ覇王にはモンテニ王国に遠征した大軍が残っている。覇王をまだ完全には倒せていないということだ。

 奴らは自分たちが帰る根城を失い、兵糧の補給もままならない野盗の集団となる。だがそれは故郷と食料に飢えた餓鬼の軍勢だ。奴らは必ず失ったものを奪い返すためにアルポート王国を攻めてくる。
結局覇王軍との直接対決は避けられないということだ」

 タイイケンは楼閣から飛び降りる覚悟で、ユーグリッドに未来の戦局を伝える。
王もその不退転の覚悟を、己の家臣と共鳴させていた。

「その時覇王は9万5000以上の大軍で攻めてくる。アルポート王国3万の軍の3倍以上の兵力だ。

 だが勝機はある。相手は国を失い、攻城兵器も失っている。そしてこのアルポート城は水堀を海で囲まれた自然の要塞。敵に攻城兵器さえなければそう安々と落ちはせん。

 相手の補給は既に途絶えており、こちらが長期戦に持ち込めれば、覇王軍は飢えて自滅するだろう。貴様が直接覇王に手を下さなくとも、覇王は滅びの運命を迎えるということだ」

 タイイケンは鋭い眼光でユーグリッドに勝算を示す。その眼の先には王の瞳の遥か奥に宿る覇王の姿が捉えられていた。その覇王の喉元に刃を突き立て、海城王の仇との因縁に決着をつける。タイイケンも王と同じくその日を夢見ていたのだ。

 ユーグリッドはタイイケンの戦略に血湧き肉踊っていた。若き王は目を爛々と輝かせ、既に覇王軍への勝利を夢想していた。
しかしタイイケンは声の調子を落とし、主君を諌めるように言い聞かせたのである。

「――だがユーグリッド、これは飽くまで全て机上の空論の理想論だ。戦では何が起こるかわからん。

 例え属国として覇王に頭を下げ続けたとしても、覇王はアルポート王国に再び攻めてくるかもしれない。
例え兵力が少ないボヘミティリア王国を我々が攻めたとしても、覇王の城を落としきれぬかもしれない。
そして例え覇王軍が補給のできない飢えた軍団となったとしても、覇王はアルポート王国を陥落させるかもしれない。

 一歩でも予測が間違えば我々は死ぬ。戦略を着実に進め、連戦連勝を最後まで突き通す。これが覇王を倒すための、そしてアルポート王国を守るための、俺が考え得る最良の策だ。

 これにもし王である貴様が乗るならば、アルポート王国は一世一代の大博打を打たねばならなくなる。ユーグリッド、貴様にその覚悟があるか?」

 タイイケンは力強く両の拳同士を叩きつけ、王を崖に追い詰めるかのように睨めつける。
だがもはや王は迷わない。
大将軍の覇王討伐の決死の献策、ユーグリッドは心の髄からしかと承諾した。



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 タイイケンから覇王打倒の2つ目の策を聞いた時、ユーグリッドは目を見開いて驚いた。
だが対照的に提案したタイイケン本人は現実を見据えた目で王に答えを返す。
「ああ、状況次第では可能となる。
まず覇王は11万の大軍を持つ軍事大国だ。アルポート王国3万の軍がこの11万の軍と正面衝突して戦ったとしたらまず勝てない。
 だが、覇王は今モンテニ王国と戦争をしている。覇王のモンテニ王国攻略の意志は固く、今の所戦争を止める気配もない。必ずまたモンテニ王国に大軍を遠征に出すだろう。
 そしてその時こそアルポート王国が覇王のボヘミティリア王国を攻め落とす絶好の好機となる」
 タイイケンは静かに確信を持って明言する。
ユーグリッドはその大将軍の頼もしい言葉を真剣な態度で傾聴した。
「仮にボヘミティリア王国がモンテニ王国攻略のために10万の軍を出兵させたとしよう。
そうなればボヘミティリア王国に残る兵力は1万、アルポート王国3万の軍でも十分に攻め落とすことが可能となる計算だ。
 ボヘミティリア王国は大国なれど、その城塞の作り自体に際立った特徴はない。ボヘミティリアの城壁は遥か高く聳《そび》える断崖絶壁であり、梯子を使った攻城戦略は難しい。だが城の作り自体は一般的な石材を積み上げた石垣造りであり、城門も鉄製だ。破城槌《はじょうつい》や大砲を使った城の破壊は有効となる。
 そして城の囲いも城門の外壁だけにしか施されておらず、城の中に更に城壁の囲いを作る二重防壁構造が施されているわけでもない。そのために投石機を発射すればそのまま城内への遠距離攻撃を直撃させることも可能となるわけだ。
 それから何よりボヘミティリア王国の周りは平原地帯だ。軍の行進を妨げるものは何もない。アルポート軍がボヘミティリアに到着し次第、城の周りを包囲することは容易にできるだろう。
 現実的に考えて覇王の城を攻め落とすことは可能というわけだ」
 ユーグリッドはタイイケンの話を静かに聞き届ける。
覇王の城を攻め落とせる。その力強い可能性にユーグリッドは心を掴まれる。今からでも軍を率いて覇王の城を攻め落としたくなる。ユーグリッドは逸る気持ちを抑えながら覇王の居城について推察を述べる。
「なるほど、覇王は攻撃力は高いが守備力は平凡ということか。覇王は皇帝からボヘミティリア王国を封建されてから、特に城の増築などもしていないと見受けられる。
 それはつまりボヘミティリアをそれほど覇王が重視していないということだ。恐らく覇王は他国の侵略を果たしたら、そのままその城を自分の根城にしていく算段なのだろう」
「ああ、そうだろうな。覇王の狙いはアーシュマハ大陸の天下統一だ。覇王は最終的に朝廷コルインペリア皇国を乗っ取る気なのだろうな。飽くまでボヘミティリアは奴にとって仮の住まいでしかない」
 タイイケンは覇王の壮大な目標について語る。覇王には覇王の大義があるということだ。
だがそれはユーグリッドには到底理解できない。戦争を起こし、自らの兵力を犠牲にしてまでこの大陸全土を支配しようとしている。その覇王の野心は、性質の大人しい王であるユーグリッドとは、全く比べ物にならないほど底なし沼の欲望だった。
「話を戻す。我々アルポート王国が遠征中の覇王のボヘミティリア王国を攻めるとしよう。だが一番問題となるのは、覇王がどれだけの兵力をモンテニ王国に出兵させるかということだ」
 タイイケンは畳を拳で叩く。ここからの話が一番重要であるということをユーグリッドに注視させる。
「山守王と戦争している覇王は再びモンテニ王国に遠征をする、これは間違いないはずだ。
 だが同時に、覇王は我々アルポート王国によるボヘミティリア王国への侵攻を警戒している。敵がアルポート王国の内情に詳しく、内偵を使ってこの国の動向を探っていることからもこれは明白だ。
 ここでもし覇王がアルポート王国による城攻めを警戒して、ボヘミティリア王国に3万の兵を残したとしよう。そうなると覇王城攻略戦は3万対3万と兵力が伯仲《はくちゅう》する。兵力が互角の勝負なら城を防衛するボヘミティリア軍が確実に有利になる。我々アルポート軍が負ける可能性のほうが高いということだ。
そしてもし我々が負けたら――」
 タイイケンは切腹する瞬間のように覚悟の目をする。
「そして城攻めに失敗してそのままアルポート軍が撤退したとしたら、覇王は確実にアルポート王国へ報復するために大軍で攻めてくる。属国としての地位すら許さず、降伏も認めず、そのままアルポート王国が滅ぼされることになるだろう。
 つまりこのボヘミティリア王国への城攻めは一度しかできないということだ。我々アルポート王国がボヘミティリア王国に攻められる好機は一度きり。その機会を逃したらアルポート王国は二度と覇王に楯突くことができなくなる。
 いいかユーグリッド、我々が覇王軍と戦って勝てる好機は一度きりだ。それをしっかり頭に叩き込んでおけ!」
 タイイケンは人指し指を伸ばして王に突き出した。
その鬼気迫る姿にユーグリッドは緊迫する。その一度の失敗がどれだけ重いものなのかが、ユーグリッドの全身に津波となって伝わってきたのだ。家族や臣下や前王の遺志、王の大切なものがその敗北で全て波に攫われてしまう。
 ユーグリッドは正座したまま両の拳を握りしめていた。
だがそんな王の様子を見ると、タイイケンはユーグリッドを活気づけるようにして話を続ける。
「だが、もしこの好機を掴み取り、覇王の城を攻め落とすことができれば、我々アルポート王国にも勝機が生まれる。そのために我々がやるべき戦略についてこれから説明してやろう。
 まず城を攻め落としたら覇王の軍が帰ってくる前に、ただちにボヘミティリア王国の全てを破壊する。生き残った兵士や領民を虐殺し、畑や井戸には毒を投げ込む。町の建物や覇王の兵器を焼き払い、覇王の国庫からはあらん限りの金を略奪する。
 兵、金、人、土地、食料、兵器。覇王の力となるものは全て根こそぎ奪い、ボヘミティリア王国を二度と人が住めない屍の国とする。
 それが終わったら我々アルポート軍はすぐさま自らの王国に帰還する。これによってボヘミティリア王国攻略戦は完遂する」
 事もなげにタイイケンは淡々と恐ろしい計画を披露する。
ユーグリッドはその殺戮に満ちた戦略を冷や汗を流しながら聞いていた。無抵抗の兵士や領民をアルポート兵たちが大量に惨殺する。その惨たらしい光景がまざまざと目の前に浮かんできた。身をたじろがせ、嫌な気分が込み上がってくる。
 その王の潔癖な態度を見遣ると、タイイケンは不敵に口元を歪めて挑発した。
「どうした、親殺しの若造よ? 怖気づいたか? 貴様は父親は殺せても他国の領民どもは殺せないとでも言うつもりか? そんな半端な覚悟で覇王と倒せると思っているのか?」
「……いや、やれる。アルポート王国を守るためならどんな手でも使って見せる。だが、城を攻め落としたらなら、兵をこちらへ帰順させれば良いのではないか?」
 焦るユーグリッドの質問にタイイケンはすぐに首を横に振る。
「そんな暇はない。よく考えてみろ。ボヘミティリア王国とモンテニ王国間の遠征は8日でできる。つまりモンテニ王国を攻めている覇王は自国に8日で帰ってこれるということだ。そしてアルポート王国とボヘミティリア王国間の遠征には5日間かかる。これを計算すれば、差し引き3日間の猶予ということだな。
 我々がアルポート王国から遠征を始めたのを、覇王の内偵が報告しにいく時間も含めれば、凡そ4日間ということになる。
 つまり我々がボヘミティリア王国を落とすために使える日数は4日間しかないということだ。この4日間を過ぎれば、覇王軍がボヘミティリア王国の救援に来てしまう」
 タイイケンは冷静に城攻めの期限を計算すると、ユーグリッドは慌てて質問する。
「4日間? たった4日間で覇王の城を落とせるのか?」
「敵の兵力数にもよる。こちらが苦戦すれば、それだけ日数もかかるということだ。
だが攻城すること自体は難しくない。アルポート王国にはリョーガイが所持している大砲がある。これを使えば忽《たちま》ち城壁の壁は崩れ、城の中に攻め込むことは可能になるだろう。恐らく城壁を壊すのに一日と掛からないはずだ。
 そうなれば後は軍隊による純粋な強さと数の勝負になる。敵の兵力が少なければ少ないほど、こちらは城を落としやすくなるということだ。
 話をまとめれば、ボヘミティリア王国が手薄であれば、4日間で覇王の城を落城させることが可能だということだ」
 無骨な男の冴え渡った軍事論は結論される。
それを聞きユーグリッドは覇王城陥落の瞬間を夢想する。その先にこそアルポート王国の栄光があるのだ。ユーグリッドは奮起して質問を続ける。
「タイイケン、アルポート王国が3万の兵を出したとして、我々が勝てる見込みとなる敵の兵力数はどれくらいだ?」
「着実に勝つことを想定するならば1万5000。つまりアルポートの半分以下の兵力だ」
「そうか、つまり覇王が9万5000以上の兵力をモンテニ王国に遠征させれば、我々は覇王の城を攻め落とせるということだな? タイイケン、それは現実的に起こりうる数字であると思うか?」
「ああ、覇王は山守王に苦戦している。それだけの兵を出さねば勝てないと踏む可能性は十分あるだろう」
 タイイケンの勝機ある予測にユーグリッドの心はパッと明るくなる。覇王に勝てる希望を見出していた。
しかしタイイケンはそこで表情を曇らせる。
「だが、この作戦には問題がある。それは貴様にも先程話した通り、覇王がアルポート王国の出兵を警戒しているということだ。
 覇王は今我々の動向を探っている。アルポート王国の内情は奴らに筒抜けだと言うことだ。もし我々が覇王の城攻めのために兵力や兵器の増強を大々的に行えば、覇王は警戒して大規模な遠征を控えるだろう。下手をすれば覇王はアルポート王国に反意ありと判断して攻めてくるやもしれん。
 つまり覇王に大軍をモンテニ王国に遠征させるためには、アルポート王国が覇王の属国であり、覇王に逆らう気が全くないということを徹底的に意思表示しなければならない。覇王が要求する上納金などは全て差し出し続けねばならないということだ」
 タイイケンの渋面を作り結論すると、ユーグリッドも顔を落とす。
デンガダイに父の首を差し出した屈辱、デンガハクに100万金両を納めた屈辱。数々のバウワー家から受けた仕打ちが怒りとなって蘇ってくる。
「ユーグリッド、貴様は先程『属国になるぐらいなら死んだほうがマシだ』と息巻いていたな。心の底から覇王に逆らいたいと願っているわけだ。
 その大見得を切った貴様が果たして、いつ覇王が大軍をモンテニ王国に出兵させるかもわからぬままに、覇王の靴を舐め続けることができるのか? その反撃の狼煙を上げる時を愚直に信じ続け、覇王の奴隷として屈辱に耐え続けることができるのか?」
 タイイケンが王に詰め寄り、その決意を質す。その眼は頑なであり決して否定することを許さない。
だがユーグリッドはその大将軍の頑固な強要する意志とは無関係に、王としての決意を固めていた。
「……ああ、耐えてみせる。俺は覇王の属国の王だ。覇王のために尽くし、覇王のために頭《こうべ》を垂れ続けてみせる。父の仇である奴に、どれだけでも媚びを売り続けてみせる。
そしてその暁には――」
 ユーグリッドは立ち上がり、腰に据えた短剣を抜く。その小さな王の剣を夏影の中に翳《かざ》す。そしてそのまま日差しがわずかに差し込む明かりへと剣を伸ばした。
 光に反射した刃の切っ先が、白夜のように薄暗く眩い輝きを放つ。そして王は一心にそれを見遣ると、鋭く眼光を光らせた。
「この剣を覇王の首に突き立ててみせる!」
 王は殺意を執念にして剣に込めた。
その王の覚悟の意志を、タイイケンは厳粛とした態度で見守っていた。
「……座れ。まだ話は終わっていない」
 タイイケンは目を瞑り、口元を緩ませながら王に指図する。
王は素直に剣を収め正座した。
タイイケンの顔が元の厳しいものに戻り、話を続ける。
「話を戻す。これはアルポート王国がボヘミティリア王国の攻略に成功した後の話だ。ボヘミティリア王国を滅ぼしても、まだ覇王にはモンテニ王国に遠征した大軍が残っている。覇王をまだ完全には倒せていないということだ。
 奴らは自分たちが帰る根城を失い、兵糧の補給もままならない野盗の集団となる。だがそれは故郷と食料に飢えた餓鬼の軍勢だ。奴らは必ず失ったものを奪い返すためにアルポート王国を攻めてくる。
結局覇王軍との直接対決は避けられないということだ」
 タイイケンは楼閣から飛び降りる覚悟で、ユーグリッドに未来の戦局を伝える。
王もその不退転の覚悟を、己の家臣と共鳴させていた。
「その時覇王は9万5000以上の大軍で攻めてくる。アルポート王国3万の軍の3倍以上の兵力だ。
 だが勝機はある。相手は国を失い、攻城兵器も失っている。そしてこのアルポート城は水堀を海で囲まれた自然の要塞。敵に攻城兵器さえなければそう安々と落ちはせん。
 相手の補給は既に途絶えており、こちらが長期戦に持ち込めれば、覇王軍は飢えて自滅するだろう。貴様が直接覇王に手を下さなくとも、覇王は滅びの運命を迎えるということだ」
 タイイケンは鋭い眼光でユーグリッドに勝算を示す。その眼の先には王の瞳の遥か奥に宿る覇王の姿が捉えられていた。その覇王の喉元に刃を突き立て、海城王の仇との因縁に決着をつける。タイイケンも王と同じくその日を夢見ていたのだ。
 ユーグリッドはタイイケンの戦略に血湧き肉踊っていた。若き王は目を爛々と輝かせ、既に覇王軍への勝利を夢想していた。
しかしタイイケンは声の調子を落とし、主君を諌めるように言い聞かせたのである。
「――だがユーグリッド、これは飽くまで全て机上の空論の理想論だ。戦では何が起こるかわからん。
 例え属国として覇王に頭を下げ続けたとしても、覇王はアルポート王国に再び攻めてくるかもしれない。
例え兵力が少ないボヘミティリア王国を我々が攻めたとしても、覇王の城を落としきれぬかもしれない。
そして例え覇王軍が補給のできない飢えた軍団となったとしても、覇王はアルポート王国を陥落させるかもしれない。
 一歩でも予測が間違えば我々は死ぬ。戦略を着実に進め、連戦連勝を最後まで突き通す。これが覇王を倒すための、そしてアルポート王国を守るための、俺が考え得る最良の策だ。
 これにもし王である貴様が乗るならば、アルポート王国は一世一代の大博打を打たねばならなくなる。ユーグリッド、貴様にその覚悟があるか?」
 タイイケンは力強く両の拳同士を叩きつけ、王を崖に追い詰めるかのように睨めつける。
だがもはや王は迷わない。
大将軍の覇王討伐の決死の献策、ユーグリッドは心の髄からしかと承諾した。