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属国会議

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 デンガハクが王宮から立ち去った後、玉座の諸侯たちの意見は真っ二つに分かれていた。

 このまま大人しく覇王に100万金両の上納金を納めるのか、断固としてその上納金を納めることを拒むのか。侃々諤々(かんかんがくがく)と議論が盛んに行われている。

「陛下、決して上納金を渡してはなりませぬぞ! アルポート王国はただでさえ財政を再興したばかり。今100万金両なぞ取られたらまた財政難になってしまいます!」

「陛下! 上納金は納めるべきです! 覇王は軍事大国であり圧倒的な軍と兵器を有している! その覇王を怒らせてしまっては、小国であるアルポート王国は(たちま)ち覇王に攻め滅ぼされてしまいますぞ!」

「いや陛下! 上納金を納めてはなりません! そんなことをしては覇王はますます付け上がり、どんどん我々に金を要求してきます! そうなればアルポート王国は経済的に破滅してしまうでしょう!」

「いや陛下! 上納金を納めるべきです! 今はやっとアルポート王国の諸侯らの統一も進み、平和な治世を築けたばかりです! 今戦争を始めてしまっては国の平和が乱れてしまう! アルポート王国には混乱が生じ、再び分裂してしまいますぞ!」

「いや陛下――!」

 臣下たちが口々に王に対して相反する意見をぶつけ合う。
だがユーグリッドはそれらを黙って聞き届けるだけであり、飛び交う意見に対して何も答えなかった。

 そんな騒ぎの中、王の重鎮ソキンが冷静にユーグリッドに進言する。

「陛下、これでは埒が明きません。100万金両を納めるにしても納めないにしても、まずは現在の我が国の状況を整理なさってはいかがでしょうか?」

 ユーグリッドはソキンの言葉を受け、ゆっくりと頷く。

「ああ、そうだな。まずは正確なアルポート王国の情報を集めないと、正しい議論はできん」

 ユーグリッドはそこで宰相のテンテイイに顔を向ける。

「まずは我が国の財政状況の確認だ。テンテイイ、今アルポートの国庫にはどれくらいの財産がある?」

「はい。まだ財政を再建したばかりですので、凡そ60万金両ほどしかありません」

「……そうか。40万ほど足りぬということか。リョーガイ」

 王に呼ばれ、財務大臣のリョーガイは縮み上がる。リョーガイはバツの悪そうな顔をして主君から目を逸した。

「毎月の財政収支は(およ)そどれくらいの見込みになる? 国庫に財産の貯蓄はできそうか?」

「……え、ええ、今我が国は毎月5万金両ほどの黒字であり、国庫にも貯蓄をそのまま加えることができます。このまま国の産業が軌道に乗り続ければ、さらに税収も増えるでしょう」

「そうか、最低でも毎月5万金両が我が国に入ると考えれば、8ヶ月後にちょうど40万金両を得られる見込みとなる。8ヶ月後とはつまり来年のちょうど4月、覇王が最初に50万金両の上納金を提示した期限と同じだ。

 今の国庫の全財産60万金両と、これから得られる見込みの40万金両を合わせれば、ちょうど100万金両になる。来年の4月には100万金両を上納できるということだ」

 ユーグリッドは財源の算定をする。
玉座の間の諸侯たちは、その算出結果に何とも言えない微妙な面持ちとなった。

「ええ、ですが問題は覇王が来年の4月まで上納を待てるのかどうかです」

 ソキンが一歩踏み込み、王の算定に意見を挟む。

「正攻法で考えれば、我々ができる最善の方法は、覇王に100万金両の上納を来年の4月まで待ってもらうということです。ですが覇王がそれを拒否した場合、我々は覇王に再び攻め込まれる可能性が出てくるということでもあります」

 ソキンの『覇王に再び攻め込まれる』という言葉を聞き、臣下たちは緊迫した。誰もが今年の4月の屈辱の降伏を思い出している。それは王であるユーグリッドも同じであり、胸を痛めていた。

「ですが、我々にあるのは正攻法だけではない。我々にはそれ以外の方法で今すぐ100万金両を用意することができます」

 そこでソキンはゆっくりと振り返り、鋭い視線でリョーガイを指差す。

「それはリョーガイ、そなたがユーグリッド陛下に100万金両を献上するということだ!」

 臣下たちの視線が一気にソキンの指先にいるリョーガイに集められる。
リョーガイはその諸侯たちの不穏な眼差しに冷や汗を流してたじろぐ。
ソキンは、そのハイエナの群れのような目つきをした諸侯たちの代表となって話を続けた。

「リョーガイ。そなたはかつて反逆を企て陛下に牙を向ける大罪を犯した。
だが今は陛下のご厚情によりそなたの罪は恩赦されている。失うはずだったそなたの命を陛下が救ってくださったのだ。

 つまりそなたには陛下に対する大恩がある。その王の大恩はこのアルポート王国の海のように深く、家臣として必ず報いるべきものだろう。即ちリョーガイ、今そなたはユーグリッド陛下にその恩を返す絶好の機会を得ているということなのだぞ」

 ソキンは傲然(ごうぜん)とした態度でリョーガイに迫る。今や王族となったソキンはリョーガイより立場が上だ。その地位を存分に振るい、リョーガイに金の引き渡しを強要しているのだった。

「ソ、ソキン殿。私は既に陛下にお貸しした100万金両の借金を帳消しにしているのでございますよ? つまりもう既に陛下に100万金両の金を献上しているということです。
その私に更に100万金両を寄越せというのは、あまりに横暴すぎるのではありませぬか?」

「リョーガイ、そなたは元々反逆者だ。本来その罪を清算するために、そなたら一族の全財産が没収されるはずだったのだぞ。つまり翻して考えれば、そなたの全財産は元々ユーグリッド陛下のものだということだ。
そなたの財産は今いくらある?」

 ソキンが威圧的にリョーガイに問い質す。
リョーガイは王族の重鎮の質問に逆らえず、やむを得ず答えた。

「……ざっと、400万金両ほど」

「なるほど。つまり単純に考えれば、覇王への上納金は後4回ほど納められるということか」

「ソキン殿ッ!! 私はあなたのヒモではないッ!!」

 そこでリョーガイはとうとう堪忍袋の緒が切れた。

「ソキン殿! 先程のデンガハクとの面会の場でも言いましたが、私は打出の小槌ではないのですよ! 無限にポンポンと100万金両を陛下に差し上げることはできないのです! 

 私にだって守らなければならない家族や家臣たちがいる! その者たちを養うために私にも金は必要なんですよ!」

「なるほど、守らなければならないものか。だがアルポート王国自体を守らねば、結局我々が全滅してしまうことに変わりはない」

 ソキンはそこで王に振り返る。

「なら、直接ユーグリッド陛下の思し召しをお尋ねするとしよう。
陛下、このリョーガイの金の献上の案についてどう思われますか?」

 ソキンは王に視線を渡す。そのソキンの腹底にある意志は頑なであり、何としてもリョーガイから金を巻き上げようとしていた。

「……そうだな。まず俺はリョーガイの王に対する信望を尊重しようと思う」

 ユーグリッドはさっとリョーガイに目を向ける。その視線には王としての威厳と重みがあり、その重圧にリョーガイは緊張を高めた。

「リョーガイ。もし俺が困難に遭い、どうしてもお主の金を献上してほしいと頼んだなら、お主はいくらまでなら出せる? 一文も渡したくないなら渡したくないと答えればいいし、全財産を捧げる覚悟があるというのならそう答えて欲しい」

 王は財務大臣に表向きには寛容な面持ちで尋ねた。しかしその実これはリョーガイの忠義心を試していたのである。

 それはリョーガイも瞬時に気づいたことだった。
リョーガイは王の腹の内を値踏みした。

「……200万金両」

 リョーガイは慎重に王に答える。

「200万金両、私の財産の半分です! 陛下、確かに私はあなたに恩義がある。ですが尻の毛までむしり取られるほど財産を献上するのは、流石の私でも無理でございます!

 私も地位を築いた商人の身。返って来ぬとわかっている金を人に渡すことは我慢なりません! 本来私にとって金を人に与えるということは、私の財産を増やすためにあるということです!」

 リョーガイは自分の思いの丈を王に表明する。
それを王はどっしりと構えたまま黙って聞き届けた。

「……わかった。それがお主の意志なのだな?」

 王は静かに臣下の忠義心のほどを確認し終える。
その王の腹の内はリョーガイにも読めなかった。
だがリョーガイはその気勢のままに話を続けた。

「陛下! この際だから私の意見も言ってやりましょう! 私は断固として覇王に金を献上することには反対です!」

 その明確な異議に玉座の間の諸侯たちがどよめきを見せた。その豪商人の主張に反対意見を持つ諸侯たちは冷ややかな視線を送る。
だがリョーガイはその蔑みを無視して熱弁を振るった。

「陛下。先程陛下はデンガハクの奴めに、アルポート王国は覇王の金脈源だと言いましたな?
ですが奴らはそんな甘い考え方じゃありません!

 金脈とは即ち継続的に金を得られる鉱山のことを言います。ですが奴らにとって我が国は鉱山ではなく焼畑農業なのです! 陛下も焼畑農業についてはご存知でしょう?」

「ああ知っている」

 王は短く答え、リョーガイの示唆を瞬時に理解した。

 焼畑農業とはその土地にある森林を切り倒し、それを燃やして灰を畑の肥料にする農作方法のことである。

 だがこの焼畑農業には問題があり、周りの森林を破壊し続けるために、やがては採取する木々がなくなってしまうのである。肥料となる木々がなくなれば、その土地で畑の栽培を継続することが不可能となり、その結果短期的にしかその土地での農耕作業ができない。

 そのために焼畑農業はその土地の森林を取り尽くした後は、新たな森林のある場所へ移動して、そこでまた森林を破壊するという行為を繰り返すのである。

 だが結果として森林を破壊された土地では、その土地の自然の生態系までもが破壊されてしまい、その土地で森林が再び繁茂(はんも)することができなくなる。つまりその森林があったはずの場所は土地が枯れ、二度と農耕ができない地域となってしまうのである。

「そう、つまり覇王はアルポート王国の財産という森林を刈り尽くせるだけ刈り尽くした後には、別の国をまた属国にして、そこで再び国家財産という森林を刈り尽くせるだけ刈り尽くすのです。国という森林は破壊し尽くされ、二度と復活することができない。つまり国が経済的に滅亡するのです。

 覇王は我々アルポート王国を生かす気など更々なく、金を(しぼ)り取れるだけ搾り取ったら、ゴミクズのように捨てるだけなのです。つまり我々はただの捨て駒であり、属国として服従する道すら残されていないのでございます!」

 リョーガイは大胆な比喩を用いて覇王の策略を暴露する。
その覇王の真意が暴かれた時、臣下たちの意見はリョーガイの方に傾いていた。やはり、覇王に抵抗すべきなのではないかと。

「で、ですがリョーガイ殿。100万金両の上納を断るということは、覇王に攻め込まれるやもしれないということですぞ。もし覇王の軍が我が国にまた襲来したら、あなたはどうするつもりなのですか?」

 臣下の一人が反対の意見を示して問い質す。
だがリョーガイの答えは勇猛果敢なものだった。

「その時は徹底して戦ってやりましょうぞ! 覇王軍が例え10万の軍で攻めて来たとしても、我々には地の利がある! このアルポート王国は海に囲まれた天然の要塞、そう安々と落ちやしない! 亡き海城王の遺志を受け継ぎ、覇王めの軍を返り討ちにしてやるのです!」

 リョーガイは諸侯たちを扇動するように声を荒げる。
臣下たちはそんな勇ましいリョーガイの発言にますます心を傾けていた。
だが王であるユーグリッドは慎重だった。

「……リョーガイ、お主が覇王と徹底抗戦すべきだと言いたいことはわかった。
だが覇王は10万の軍だけでなく、大量の兵器も保有している。そしてその中でも特筆すべきは投石機だ。

 かつて覇王は50機の投石機をアルポート王国に見せつけることで、この国に降伏を迫った。あの50機の投石機がもし本当に打ち出されていたならば、アルポート王国は岩の雪崩に埋もれ、領民も臣下も、そして王すらも皆全滅していただろう。
お主はそれをどう考える? お主も確かあの時開戦には反対していたはずだが」

 ユーグリッドは、興奮するリョーガイを静めるように言葉を投げかけた。
だがリョーガイは体を勢いよく翻し、王に向かって両手を広げた。

「陛下! 弱気になりなさいますな! 今では状況が違います!
我が国には3つの勝算があるのです!」

 リョーガイは高らかに宣言する。
その頼もしい言葉に臣下の誰もが期待の眼差しを向けた。
リョーガイは力強い言葉でその勝算について語り始める。

「まず一つ、私には投石機に対抗できる兵器があります。それは西海の海賊王より大量に輸入した大砲のことです。西地区の港にお越しいただいた時、陛下もご覧になったでしょう?

 大砲は投石機よりも命中の精度が高く連射性もあり、その威力も投石機の5倍以上もあると言い伝えられております。これを投石機に撃ってやれば、忽(たちま)ちに投石機を破壊することができるでしょう。
つまり我々はもう覇王の投石機に怯える必要がないということです!」

 臣下たちはその強力な兵器の紹介に、『おおっ!』という感嘆の声を漏らした。

「次に2つ、覇王は今我々に金の無心をするほど金に困っているということです。覇王には金がない。つまりそれは戦争する資金がないということです。恐らく北の山守王ケングとの戦争でだいぶ消耗しているのでしょう。

 これを翻して考えれば、覇王はアルポート王国の金を巻き上げねば、戦争ができない状態にあるということです。

 つまり我々が金さえ渡さなければ、覇王はアルポート王国においそれと戦争を仕掛けることすらできないというわけです。

 決して覇王軍に安々と100万金両を渡し、敵の戦力を増長させるようなことをしてはならないのでございます!」

 臣下たちはコクコクとリョーガイの自信に満ちた主張に頷いている。皆リョーガイの強弁する様に目も心も奪われていたのだ。

「そして3つ――」

 そして玉座の間の空気が盛り上がってきた時、リョーガイはニヤリと不敵に口元を歪める。その顔はかつて反乱を企てた時のような陰謀深い男の様相と同じであった。

「このアルポート王国には今、覇王の次弟デンガハクがいる。奴めを人質に取れば、覇王もおいそれとアルポート王国に手は出せまい」

 そしてリョーガイは切り札を切るように、その策略を打ち明かしたのだった。



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 デンガハクが王宮から立ち去った後、玉座の諸侯たちの意見は真っ二つに分かれていた。
 このまま大人しく覇王に100万金両の上納金を納めるのか、断固としてその上納金を納めることを拒むのか。侃々諤々《かんかんがくがく》と議論が盛んに行われている。
「陛下、決して上納金を渡してはなりませぬぞ! アルポート王国はただでさえ財政を再興したばかり。今100万金両なぞ取られたらまた財政難になってしまいます!」
「陛下! 上納金は納めるべきです! 覇王は軍事大国であり圧倒的な軍と兵器を有している! その覇王を怒らせてしまっては、小国であるアルポート王国は忽《たちま》ち覇王に攻め滅ぼされてしまいますぞ!」
「いや陛下! 上納金を納めてはなりません! そんなことをしては覇王はますます付け上がり、どんどん我々に金を要求してきます! そうなればアルポート王国は経済的に破滅してしまうでしょう!」
「いや陛下! 上納金を納めるべきです! 今はやっとアルポート王国の諸侯らの統一も進み、平和な治世を築けたばかりです! 今戦争を始めてしまっては国の平和が乱れてしまう! アルポート王国には混乱が生じ、再び分裂してしまいますぞ!」
「いや陛下――!」
 臣下たちが口々に王に対して相反する意見をぶつけ合う。
だがユーグリッドはそれらを黙って聞き届けるだけであり、飛び交う意見に対して何も答えなかった。
 そんな騒ぎの中、王の重鎮ソキンが冷静にユーグリッドに進言する。
「陛下、これでは埒が明きません。100万金両を納めるにしても納めないにしても、まずは現在の我が国の状況を整理なさってはいかがでしょうか?」
 ユーグリッドはソキンの言葉を受け、ゆっくりと頷く。
「ああ、そうだな。まずは正確なアルポート王国の情報を集めないと、正しい議論はできん」
 ユーグリッドはそこで宰相のテンテイイに顔を向ける。
「まずは我が国の財政状況の確認だ。テンテイイ、今アルポートの国庫にはどれくらいの財産がある?」
「はい。まだ財政を再建したばかりですので、凡そ60万金両ほどしかありません」
「……そうか。40万ほど足りぬということか。リョーガイ」
 王に呼ばれ、財務大臣のリョーガイは縮み上がる。リョーガイはバツの悪そうな顔をして主君から目を逸した。
「毎月の財政収支は凡《およ》そどれくらいの見込みになる? 国庫に財産の貯蓄はできそうか?」
「……え、ええ、今我が国は毎月5万金両ほどの黒字であり、国庫にも貯蓄をそのまま加えることができます。このまま国の産業が軌道に乗り続ければ、さらに税収も増えるでしょう」
「そうか、最低でも毎月5万金両が我が国に入ると考えれば、8ヶ月後にちょうど40万金両を得られる見込みとなる。8ヶ月後とはつまり来年のちょうど4月、覇王が最初に50万金両の上納金を提示した期限と同じだ。
 今の国庫の全財産60万金両と、これから得られる見込みの40万金両を合わせれば、ちょうど100万金両になる。来年の4月には100万金両を上納できるということだ」
 ユーグリッドは財源の算定をする。
玉座の間の諸侯たちは、その算出結果に何とも言えない微妙な面持ちとなった。
「ええ、ですが問題は覇王が来年の4月まで上納を待てるのかどうかです」
 ソキンが一歩踏み込み、王の算定に意見を挟む。
「正攻法で考えれば、我々ができる最善の方法は、覇王に100万金両の上納を来年の4月まで待ってもらうということです。ですが覇王がそれを拒否した場合、我々は覇王に再び攻め込まれる可能性が出てくるということでもあります」
 ソキンの『覇王に再び攻め込まれる』という言葉を聞き、臣下たちは緊迫した。誰もが今年の4月の屈辱の降伏を思い出している。それは王であるユーグリッドも同じであり、胸を痛めていた。
「ですが、我々にあるのは正攻法だけではない。我々にはそれ以外の方法で今すぐ100万金両を用意することができます」
 そこでソキンはゆっくりと振り返り、鋭い視線でリョーガイを指差す。
「それはリョーガイ、そなたがユーグリッド陛下に100万金両を献上するということだ!」
 臣下たちの視線が一気にソキンの指先にいるリョーガイに集められる。
リョーガイはその諸侯たちの不穏な眼差しに冷や汗を流してたじろぐ。
ソキンは、そのハイエナの群れのような目つきをした諸侯たちの代表となって話を続けた。
「リョーガイ。そなたはかつて反逆を企て陛下に牙を向ける大罪を犯した。
だが今は陛下のご厚情によりそなたの罪は恩赦されている。失うはずだったそなたの命を陛下が救ってくださったのだ。
 つまりそなたには陛下に対する大恩がある。その王の大恩はこのアルポート王国の海のように深く、家臣として必ず報いるべきものだろう。即ちリョーガイ、今そなたはユーグリッド陛下にその恩を返す絶好の機会を得ているということなのだぞ」
 ソキンは傲然《ごうぜん》とした態度でリョーガイに迫る。今や王族となったソキンはリョーガイより立場が上だ。その地位を存分に振るい、リョーガイに金の引き渡しを強要しているのだった。
「ソ、ソキン殿。私は既に陛下にお貸しした100万金両の借金を帳消しにしているのでございますよ? つまりもう既に陛下に100万金両の金を献上しているということです。
その私に更に100万金両を寄越せというのは、あまりに横暴すぎるのではありませぬか?」
「リョーガイ、そなたは元々反逆者だ。本来その罪を清算するために、そなたら一族の全財産が没収されるはずだったのだぞ。つまり翻して考えれば、そなたの全財産は元々ユーグリッド陛下のものだということだ。
そなたの財産は今いくらある?」
 ソキンが威圧的にリョーガイに問い質す。
リョーガイは王族の重鎮の質問に逆らえず、やむを得ず答えた。
「……ざっと、400万金両ほど」
「なるほど。つまり単純に考えれば、覇王への上納金は後4回ほど納められるということか」
「ソキン殿ッ!! 私はあなたのヒモではないッ!!」
 そこでリョーガイはとうとう堪忍袋の緒が切れた。
「ソキン殿! 先程のデンガハクとの面会の場でも言いましたが、私は打出の小槌ではないのですよ! 無限にポンポンと100万金両を陛下に差し上げることはできないのです! 
 私にだって守らなければならない家族や家臣たちがいる! その者たちを養うために私にも金は必要なんですよ!」
「なるほど、守らなければならないものか。だがアルポート王国自体を守らねば、結局我々が全滅してしまうことに変わりはない」
 ソキンはそこで王に振り返る。
「なら、直接ユーグリッド陛下の思し召しをお尋ねするとしよう。
陛下、このリョーガイの金の献上の案についてどう思われますか?」
 ソキンは王に視線を渡す。そのソキンの腹底にある意志は頑なであり、何としてもリョーガイから金を巻き上げようとしていた。
「……そうだな。まず俺はリョーガイの王に対する信望を尊重しようと思う」
 ユーグリッドはさっとリョーガイに目を向ける。その視線には王としての威厳と重みがあり、その重圧にリョーガイは緊張を高めた。
「リョーガイ。もし俺が困難に遭い、どうしてもお主の金を献上してほしいと頼んだなら、お主はいくらまでなら出せる? 一文も渡したくないなら渡したくないと答えればいいし、全財産を捧げる覚悟があるというのならそう答えて欲しい」
 王は財務大臣に表向きには寛容な面持ちで尋ねた。しかしその実これはリョーガイの忠義心を試していたのである。
 それはリョーガイも瞬時に気づいたことだった。
リョーガイは王の腹の内を値踏みした。
「……200万金両」
 リョーガイは慎重に王に答える。
「200万金両、私の財産の半分です! 陛下、確かに私はあなたに恩義がある。ですが尻の毛までむしり取られるほど財産を献上するのは、流石の私でも無理でございます!
 私も地位を築いた商人の身。返って来ぬとわかっている金を人に渡すことは我慢なりません! 本来私にとって金を人に与えるということは、私の財産を増やすためにあるということです!」
 リョーガイは自分の思いの丈を王に表明する。
それを王はどっしりと構えたまま黙って聞き届けた。
「……わかった。それがお主の意志なのだな?」
 王は静かに臣下の忠義心のほどを確認し終える。
その王の腹の内はリョーガイにも読めなかった。
だがリョーガイはその気勢のままに話を続けた。
「陛下! この際だから私の意見も言ってやりましょう! 私は断固として覇王に金を献上することには反対です!」
 その明確な異議に玉座の間の諸侯たちがどよめきを見せた。その豪商人の主張に反対意見を持つ諸侯たちは冷ややかな視線を送る。
だがリョーガイはその蔑みを無視して熱弁を振るった。
「陛下。先程陛下はデンガハクの奴めに、アルポート王国は覇王の金脈源だと言いましたな?
ですが奴らはそんな甘い考え方じゃありません!
 金脈とは即ち継続的に金を得られる鉱山のことを言います。ですが奴らにとって我が国は鉱山ではなく焼畑農業なのです! 陛下も焼畑農業についてはご存知でしょう?」
「ああ知っている」
 王は短く答え、リョーガイの示唆を瞬時に理解した。
 焼畑農業とはその土地にある森林を切り倒し、それを燃やして灰を畑の肥料にする農作方法のことである。
 だがこの焼畑農業には問題があり、周りの森林を破壊し続けるために、やがては採取する木々がなくなってしまうのである。肥料となる木々がなくなれば、その土地で畑の栽培を継続することが不可能となり、その結果短期的にしかその土地での農耕作業ができない。
 そのために焼畑農業はその土地の森林を取り尽くした後は、新たな森林のある場所へ移動して、そこでまた森林を破壊するという行為を繰り返すのである。
 だが結果として森林を破壊された土地では、その土地の自然の生態系までもが破壊されてしまい、その土地で森林が再び繁茂《はんも》することができなくなる。つまりその森林があったはずの場所は土地が枯れ、二度と農耕ができない地域となってしまうのである。
「そう、つまり覇王はアルポート王国の財産という森林を刈り尽くせるだけ刈り尽くした後には、別の国をまた属国にして、そこで再び国家財産という森林を刈り尽くせるだけ刈り尽くすのです。国という森林は破壊し尽くされ、二度と復活することができない。つまり国が経済的に滅亡するのです。
 覇王は我々アルポート王国を生かす気など更々なく、金を搾《しぼ》り取れるだけ搾り取ったら、ゴミクズのように捨てるだけなのです。つまり我々はただの捨て駒であり、属国として服従する道すら残されていないのでございます!」
 リョーガイは大胆な比喩を用いて覇王の策略を暴露する。
その覇王の真意が暴かれた時、臣下たちの意見はリョーガイの方に傾いていた。やはり、覇王に抵抗すべきなのではないかと。
「で、ですがリョーガイ殿。100万金両の上納を断るということは、覇王に攻め込まれるやもしれないということですぞ。もし覇王の軍が我が国にまた襲来したら、あなたはどうするつもりなのですか?」
 臣下の一人が反対の意見を示して問い質す。
だがリョーガイの答えは勇猛果敢なものだった。
「その時は徹底して戦ってやりましょうぞ! 覇王軍が例え10万の軍で攻めて来たとしても、我々には地の利がある! このアルポート王国は海に囲まれた天然の要塞、そう安々と落ちやしない! 亡き海城王の遺志を受け継ぎ、覇王めの軍を返り討ちにしてやるのです!」
 リョーガイは諸侯たちを扇動するように声を荒げる。
臣下たちはそんな勇ましいリョーガイの発言にますます心を傾けていた。
だが王であるユーグリッドは慎重だった。
「……リョーガイ、お主が覇王と徹底抗戦すべきだと言いたいことはわかった。
だが覇王は10万の軍だけでなく、大量の兵器も保有している。そしてその中でも特筆すべきは投石機だ。
 かつて覇王は50機の投石機をアルポート王国に見せつけることで、この国に降伏を迫った。あの50機の投石機がもし本当に打ち出されていたならば、アルポート王国は岩の雪崩に埋もれ、領民も臣下も、そして王すらも皆全滅していただろう。
お主はそれをどう考える? お主も確かあの時開戦には反対していたはずだが」
 ユーグリッドは、興奮するリョーガイを静めるように言葉を投げかけた。
だがリョーガイは体を勢いよく翻し、王に向かって両手を広げた。
「陛下! 弱気になりなさいますな! 今では状況が違います!
我が国には3つの勝算があるのです!」
 リョーガイは高らかに宣言する。
その頼もしい言葉に臣下の誰もが期待の眼差しを向けた。
リョーガイは力強い言葉でその勝算について語り始める。
「まず一つ、私には投石機に対抗できる兵器があります。それは西海の海賊王より大量に輸入した大砲のことです。西地区の港にお越しいただいた時、陛下もご覧になったでしょう?
 大砲は投石機よりも命中の精度が高く連射性もあり、その威力も投石機の5倍以上もあると言い伝えられております。これを投石機に撃ってやれば、忽《たちま》ちに投石機を破壊することができるでしょう。
つまり我々はもう覇王の投石機に怯える必要がないということです!」
 臣下たちはその強力な兵器の紹介に、『おおっ!』という感嘆の声を漏らした。
「次に2つ、覇王は今我々に金の無心をするほど金に困っているということです。覇王には金がない。つまりそれは戦争する資金がないということです。恐らく北の山守王ケングとの戦争でだいぶ消耗しているのでしょう。
 これを翻して考えれば、覇王はアルポート王国の金を巻き上げねば、戦争ができない状態にあるということです。
 つまり我々が金さえ渡さなければ、覇王はアルポート王国においそれと戦争を仕掛けることすらできないというわけです。
 決して覇王軍に安々と100万金両を渡し、敵の戦力を増長させるようなことをしてはならないのでございます!」
 臣下たちはコクコクとリョーガイの自信に満ちた主張に頷いている。皆リョーガイの強弁する様に目も心も奪われていたのだ。
「そして3つ――」
 そして玉座の間の空気が盛り上がってきた時、リョーガイはニヤリと不敵に口元を歪める。その顔はかつて反乱を企てた時のような陰謀深い男の様相と同じであった。
「このアルポート王国には今、覇王の次弟デンガハクがいる。奴めを人質に取れば、覇王もおいそれとアルポート王国に手は出せまい」
 そしてリョーガイは切り札を切るように、その策略を打ち明かしたのだった。